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七十三話 VS極狼 2

極狼。

 間違いなく最上位に位置する、魔獣の中の魔獣。

 危険度は余裕で『SS』に達し、それでも尚本気ではないという最強っぷりを見せる。

 そんな魔獣と真っ向から戦う? しかも龍人が?

 端から聞けば、不可能と断じることしかできない。

 実際、イフリートは本気の戦闘の際、油断しているうちに辛くも勝利を収めた。

 つまりそれは、万全でありなおかつ油断ない状態ならば、まず勝利は得られないということ。

 確かにイフリートは先ほど、『森神』を圧倒した。

 だが、そんなことならば極狼、リルファーもやっている。

 虚ろな目が見つめるのは、イフリートただ一人。

 マルフェが持つ最大にして、最新の切り札。

 それを自分は打ち破れるのか。そもそも勝負になるのか。

 森に到着するまでに何度も考え、できないかもしれないと思ってしまった。

 それでも、魔吸石をしまいながら、


(いや…………考える時間は十分あった。それでもここに来てるんだ。やるしかねぇ)


決意と同時に衝撃。

 手加減してもらっていたとはいえ、少なからず戦闘を教えてもらっていた。

 だから理解しているはずだった。極狼という魔獣の速さを、強さを。

 だというのに、一瞬だった。

 動き始めは、イフリートの決意とほぼ同時。しかしステータスの差でイフリートとの距離を一気に詰める。そして、イフリートが衝撃を感じるほんの数瞬前に攻撃を終えた。

 トップスピードで放たれた拳は、人間の感覚を超える速度を出した。


「がっっはっ!」


肺にあった空気を全て吐かされ、さらに吹き飛ぶ。

 紙一枚? いや、それよりかは飛ばしやすい。

 まるで巨漢が石ころか何かを本気で投げ飛ばすよう。

 木に、それも大樹にぶつかり、だが止まらない。

 念のためにと使っておいた『身体硬化』の効果で体が壊れることはない。

 イフリートがそもそも軽いということもあっただろう。だが、それを差し引いても余りある圧倒的なステータス。

 そのことを、イフリートが止まるまでになぎ倒した15本という大樹の数が物語る。

 しかし、立ち上がる。鮮やかな赤い鱗が、血の色でさらに真っ赤に染まっていたとしても。

 理由は単純明快。イフリートの持つ固有技能『自己再生』である。

 たとえイフリートが死を願ったとしても、おそらく実現させてはくれないであろう再生能力。

 龍人であるイフリートの生命線。それがイフリートの傷を全て回復させた。


「いった! やっぱり最初の時も完全に本気ってわけじゃなかったんだろうな」


痛みは残るため、殴られた箇所を押さえながら、どうするかを考える。

 最初のリルファーとの戦闘は、そう何度もありはしないだろう幸運が招いた勝利。

 その幸運を、今度はイフリートだけで埋め合わせなければいけない。そうできることではないし、できたとしても勝てるとは限らない。

 唯一リルファーに絶対に通用すると判明しているのは、『蒼炎』と『炎天龍』。

 だが、『操炎』はもう既に見せてしまっている。いくら操られているとはいえ、敗北した敵の状態の動きや能力を覚えていないはずはない。

 ならば、使えるのは『操風』。脳への負担は大きい。それでも行使しなければ渡り合うことは不可能。

 使うほかない。即決すると、すぐさま風を纏う。

 リルファーも勘で『操風』が自分を倒した状態の別種であると察したか、距離を詰めてくる。

 イフリートは技能で身体能力を上げると、腕にさらに風を纏わせ、擬似的に『魔人』アクトロの『部分悪魔化』を再現する。

 それをリルファー目掛け叩きつける。


「知ってたけど無傷かよ」


反射的に出された腕が、イフリートの攻撃を止める。

 感覚でこの状態がどれほどイフリートにとって不利であるかを感じる。

 魔術で目くらましと後退を同時に行う。

 『身体硬化』は現在進行形で効果を発揮している。が、イフリートには不安が溜まる。たかがこの程度の硬度ではリルファーの本気の一撃を止め切ることはできない。

 先ほどの攻撃を受けた経験がそう告げてくる。これでは全く足りない、と。

 だというのに、これ以上魔力を『身体硬化』に注ぐことに意識を向ければ、むしろ今ギリギリで少しずつ魔力を注げているこの状況は一瞬で崩れる。

 イフリートは転生した初期からまず間違いなく強くなった。素のステータスでは太刀打ちできない格上の相手に対して、転生前から持っていた並列思考、直列思考と、この異世界の能力、技能を合わせることで、勝利を収めることができた。

 できることが増えた。

 だからこそ、できることが増えたからこそ浮き彫りになった弱点。

 それは…………


(くそ、並列思考と直列思考を同時に使ってるのに、それでもこれ以上の処理ができねぇ。『自己再生』が悪いわけじゃない。俺自身で首を絞めてる!)


地球という場所の、日本という場所での生活をほとんど自分の部屋で過ごし、争いなんてなかった世界で生きてきたイフリートの、風見司という人間の精神。

 これ以上はできないだろう、という無意識が自分自身を苦しめる。

 並列思考を増やすほど、直列思考を増やすほど、肉体的ではない、どこか精神的な部分が辛くなっていく。これ以上できないと思ってしまう。

 リルファーに押されているこの状態が、今のイフリートの最大なのだ。並列思考、直列思考、魔力の配分、それらの均衡を、本当にギリギリの状態で保っている。

 ほんの少しでも何かを強めれば、弱めれば、バランスは崩れ、リルファーには惨敗する。

 どうにかしなければいけない。だというのに、方法は分からない。

 一体どうすれば…………?

 そんなことを考えているうちに、動きに隙が生じる。

 若干の戦いにくさを感じていたリルファーに、まるで攻撃してくれとでもいうような相手の隙。

 つけ込まれた。


「あっ………」


一瞬で、手刀による四肢の切断。

 意識の埒外からの唐突な痛みに負け、『操風』を解除してしまう。

 そこからは一方的に撃ち込まれて、殴り飛ばされて。

 敗北。

 それだけが頭をよぎった。


(負ける………やっぱり強い、というか強すぎ。でも龍人だし、しょうがないかな……)

(なら、俺がやる)


ひたすらに邪悪な気配が、イフリートから溢れ出る。

 リルファーも思わず後ずさる。

 その隙に『自己再生』で傷がたちまち塞がり、手足が生える。

 そして指から少しずつ、黒く染まっていく。

 リルファーもそれに同調するようにして、気配の質をさらに高める。


(それでも………俺があいつを倒さないとダメだ)


イフリートから出ていたとんでもない気配が、一瞬で霧散。

 むしろ気配が完全になくなる。

 深く、大きく深呼吸をすると、気配を全放出する。

 イフリート自身にもどんな理由があったのかは分からない。

 それでもイフリートはそうした。


(何が龍人だから、だ。ついさっきやるしかねぇって思ったばっかりじゃねぇか。どうあがいても格下なのは絶対なんだ)


自分のやるべきことを再確認して、もう一度決意して、イフリートはこう言う。


「下剋上だ。行くぞ、リルファー」


『操風』を発動させ、距離を詰める。

 即座に反応するリルファーに対して、イフリートはそれを超えるスピードを出す。

 何故かは分からない。もしかしたらイフリートの中の秘められた力が覚醒したのかもしれない。だが、実感しているのは、先ほどよりも頭が冴えているということだけ。

 ついさっきより、並列思考を、直列思考を無駄なく使えている感覚。

 実際、今までよりも速度を上げられているあたり、この感覚は間違ってはいないはず。

 そう思いつつ、イフリートは魔術で加速させ、さらに魔術を纏わせ攻撃力を増した右拳を放つ。

 そして、それは吸い込まれるようにリルファーの顎へ、鳩尾へ。

 格闘経験なんてないイフリートの拳が綺麗に入ったのは、『操風』による強烈な加速があったからこそ。

 何せ、先ほどまでとはまるで別物の加速によって、顎へ叩き込み、鳩尾にも叩き込むための準備に要した時間は、リルファーが顎へ攻撃が入ったことを理解した時間とほぼ同じ。反射的に防御したが、細かく魔術で軌道を変えることで防御の隙間をぬって、鳩尾に一撃。

 吹き飛ぶ、には至らない。

 それでも確実なダメージ。

 このまま、攻撃を止める? ………………まさか。


「うおおぉぉぉらッッ!」


殴って、戻して、殴って、戻して、殴って戻して殴って戻して殴って戻して殴って戻して殴って戻して。

 形勢が、立場が、先と逆転する。

 止まらないラッシュは、果たしてリルファーに効いているのか。

 効いていた。

 この戦闘が始まってから、一度たりとも出なかった血が、リルファーの口から出る。

 この戦闘が始まってから、一度たりとも感じなかった、脳を揺らされる感覚がリルファーを襲う。

 しかも何を隠そう、このラッシュ。『自己再生』によって、止まることはない。

 永遠に、この一方的な攻撃が続く。

 『自己再生』の存在を知らなかった『森人』でさえ、そう感じたその時、イフリートの手は止まった。

 疲れたわけでもない。飽きたわけでもない。

 なのに止まった。なのに止めた。

 一体どうして?

 理由は一つ。

 彼女に攻撃してもらうため。


「ふっ!」


リルファーは奇襲を食らう。

 意識はイフリートだけを向いていた。イフリート以外に敵はいないのだから。

 そういう風に思わせた。今まで存在をバレないようにして、ここに来たことさえ気取られないように動いた。その努力を、この一撃に込めて、放った。

 そう、ルナが。

 斬った。感触はそう伝えてくる。なのに、自分の見ている光景はそれとは違う。

 いや、確かに斬ったのかもしれない。だが、斬れているのはリルファーの首の薄皮一枚。

 あまりに頑丈。絶対に首は斬れない。そう思わせる頑強さ。

 だというのに、ルナは笑っていた。

 何故なら、ルナの目的は達成されたから。

 気配を完全に消して、リルファーに忍び寄るのはルナだけではない。


「おいおい、さっきまで戦ってた主人を忘れるなよ」


気づいた時にはもう遅い。

 何度も攻撃した鳩尾に、今度は手を当てる。

 ルナの目的は、すなわち先ほどまで戦っていたイフリートから意識をそらすこと。

 見事に達成。

 リルファーからイフリートは消え失せた。

 そこで一発。イフリートが撃ち込む。

 奇しくも、イフリートがリルファーを倒した決定打となった二つの魔術、その別属性で。

 まずは、


「『風天龍』」


風で構成された龍は、邪魔をするリルファーを羽虫とでも言うようにして、難なく吹き飛ばし、嚙み砕く。

 ルナは『風天龍』が放たれる前にはイフリートの後ろへ。

 よって、被害はリルファーのみ。

 『操風』によって、威力を底上げされた『風天龍』はただひたすらにリルファーを破壊しにかかる。

 リルファーは大樹に叩きつけられ、それでも『風天龍』は止まらずリルファーを叩きつけ、大樹を折り、そしてまた大樹に叩きつける。

 それを繰り返し、止まった時には大樹の本数、30本。

 イフリートが吹き飛ばされ、折った大樹の本数の実に二倍。それだけの威力がリルファーを襲った。

 だが、立ち上がった。

 リルファーに『自己再生』のような再生能力はない。それでも立つ。しかも余力を残して。

 即座に距離を詰め、お返しとばかりに攻撃しようとしてくるリルファーに対して、イフリートは『操風』で纏っていた風を全て右手のひらに集める。

 膨大な風を凝縮させて、一つに。

 それに伴って、色が変わる。

 イフリートがリルファーの間合いに入る。その直前。


「耐えろよ。『紫風』」


紫の風がリルファーを包み込む。

 しかし、それだけに終わらない。イフリートの前方ほぼ全てに紫の風がふわりと漂う。

 『蒼炎』はいわば一点集中、個のための魔術。

 それに対して、『紫風』は全体に作用できる魔術。多数の敵が相手の時に使える、いわば群のための魔術。

 イフリートが開いていた手を、握る。

 そこで初めて『紫風』は効果を発揮する。

 魔術で感知できる敵を捕捉し、全方位から『風天龍』よりも威力の高い、風で構成された紫の龍が襲う。

 リルファーでも、無傷では帰れない。そんな一撃。

 『紫風』が発動しきり、リルファーはその場に倒れる。

 それを見て、イフリートも座り込む。


「勝った………」


イフリートがそう言う。


「いいや、まだだ! 極狼!」


反対してマルフェがそう言ってくる。

 その言葉に応じて、リルファーが起き上がり、そしてイフリートに向かってくる。


「マジかよ……」


迎え撃とうとする。

 だというのに、足は言う事を聞いてくれない。


(『操風』も使って、『紫風』も出した。もう限界か)


『自己再生』で身体的な疲労は治っても、精神がそれを理解できていない。

 全くと言っていいほど、動けない。

 急速な魔力の使用で、倦怠感も凄まじい。

 リルファーを取り戻すと言ったのに、もうこれ以上の行動は不可能だった。

 吹き飛ばされたところから、マルフェがいる場所まで近づいてきた。

 イフリートの前方、そのほんの少し後ろにいたことで『紫風』から逃れたマルフェが言う。


「極狼、龍人を殺せ!」


その言葉は、スーっと頭に入ってきた。

 抗うわけでもなく、ただ受け入れた。


(疲れた)


死を受け入れて、待っている状態。

 そんな中、全く予想しなかった答えが返ってくる。


「主様を殺すだと? 嫌だが?」

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