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七十二話 突撃

少しのんびりしていると、急にマルフェさんが顔を出しました。

 特に予定はないはずですが、一体どうしたのでしょうか?


「リエル、龍人が近づいてきた」

「さ、さすがに早すぎませんか?」

「私も驚いている。だが、まず間違いない。申し訳ないとは思うが、これより儀式の準備を始める。支度をしろ」


申し訳ないと思っているのかはさておき、いくらなんでも早すぎます。

 結婚の決断を先延ばしにしてから、まだ1日しか経っていません。一体どんな速度で移動すればこれだけ早く事が進むんですか。

 というか! 私の寿命が縮んでるじゃないですか! 自然に言わないでください!

 抗議しようとしましたが、私が言葉を口にしようとするよりも前に行ってしまいました。


「どうしましょう………いえ、やることは一つしかないんですけど」


諦めました。

 今更私にできることは一つもありません。イフリートさんが持ってきた方法を信じることもできません。

 とにかく準備しなければ。

 と言っても、そこまで大掛かりなことをする必要も、することが多いわけでもありません。

 ただ、少し前にマルフェさんに渡された服を着るだけでいいのです。

 もちろん、お風呂には入りますが。

 簡単です。だからこそ、死への恐怖も近いのです。

 不安になりながらも、せめてもの抵抗としてゆっくりとお風呂に入ります。

 そして、服を着ます。

 さらにゆっくり歩いて、所定の位置まで向かいます。

 一歩踏み出すたびに、死が近づいている感覚があります。死に近づいている感覚があります。

 半分ほど歩いたところで恐ろしさが増しました。

 息が荒くなり、足が止まります。

 それでも、行かないければいけない。


「何をしているんですか、こうなる覚悟は済ませたはずでしょう。何年も前から、ずっとこうなるって分かっていたはずでしょう」


自分自身に言う。

 私は行かないといけません。



  ↓



 着きました。

 もう既に準備は完了していて、あとは私の到着を待つだけになっていたようです。

 森にいた全ての『森人』が私を待っていました。

 ゆっくりと向かうのは、魔道具のある場所です。

 マルフェさんもいて、一言言いました。


「頼んだ」

「はい」


体が震えてきます。

 深呼吸をしてから、躊躇いつつも魔道具に近づきます。

 ですが、


「やっぱり期限早めてやがった! マルフェ、てめぇ!」


数回だけ聞いたことのある声が聞こえました。

 近くまで来ていたというのは本当だったようです。

 ですが、一体どうして戻ってきてしまったのでしょうか。

 こんな時に戻ってこなければ、これから起こることを見なくて済むのに。

 指の端から、少しずつ吸収されるのを感じながら、そんなことを考えていましたが、すぐに考えが変わりました。

 何故なら、気づけば目の前にイフリートさんがいたからです。

 一体どうやって、という疑問を抱くよりも先にイフリートさんが言います。


「方法は持ってきた。使えるかは分からんが、とりあえず試すから待ってろ」



  →



 森に入ってすぐ、常時魔術を発動させて加速する。

 すぐ後ろに、多少無理をしてはいるだろうが、ルナもついてきている。

 むっ、嫌な予感がするな。

 開けた場所に出ると、その予感が的中していることが確認できた。

 『森人』勢ぞろいかよ。儀式にはギリギリだな。

 というか、だ!


「やっぱり期限早めてやがった! マルフェ、てめぇ!」


大声で叫ぶ。

 そして、『森人』の視線がこちらに向くのとほぼ同じくらいのタイミングで小さな声で言う。


「『操風』」


風を纏う。

 そう、『操炎』の風属性バージョンだ。

 必死こいて練習して、やっと戦闘で使うことができるようにしたのだ。大変だった。

 とりあえずリエルがいる場所までひとっ飛びで移動する。

 威力の上がった風属性の魔術を進行方向と逆に放てば、反動で一気に加速ができる。今までと段違いのスピードだ。

 『森人』の上を飛び越える、というよりも飛行に近い。

 後ろにルナを置いてきたが、確実に追いついてくれるだろう。

 少し見にくいが、多分マルフェが迎撃しようとしている。

 なんともまあ、幸いなことに風属性の魔法を使おうとしているので、『操風』の中で割と大事な機能がちゃんと使えるかを確認させてもらおう。

 最悪、機能していなくても『自己再生』で治るせいで、危機感が薄れてきた今日この頃。まあ、痛いんだけどね。

 マルフェから魔法が放たれた直後、俺はマルフェの目の前に到着。

 間違いなく魔法を吸収したのを確認してから、マルフェに衝突するのは嫌なので、魔術で軌道を変えて、マルフェの真後ろに。

 ちょうどよく目の前だったので、吸収され始めているリエルに止まれ、という意味を込めて言う。


「方法は持ってきた。使えるかは分からんが、とりあえず試すから待ってろ」



  →



 まるで物語の王子のよう、というわけにはいかないが、それでもそれに準ずる者となって目の前に現れたイフリートを見て、リエルは少しだけ泣きそうになる。

 泣くわけにはいかない。そもそもどうして泣くのか。こうなる覚悟は済ませたはず。何年も前からこの結末は分かっていたはず。

 だというのに、一体どうして、湧き出てくる感情を抑えられないのか。

 絞り出して、発した言葉は……


「どうして来たんですか?」


何度か想像して、ありえないと切り捨てた未来。

 目の前に訪れた、リエルの中では絶対になかった未来を選んで、今この場まで引っ張ってきたのは、間違いなくイフリート。

 ならば、一体なぜそんなことを? 胸の中に生まれた疑問を率直に言った。

 それに、イフリートは即答する。


「気に食わないからって、言わなかったっけ?」


不思議そうだった。

 イフリートにとって、それ以上でも以下でもない。

 うまく考えがまとまらないまま、リエルが混乱していると、マルフェの攻撃がイフリートを襲った。


「龍人、貴様………もう少し利口だと思っていたぞ」

「過大評価じゃない?」


『操風』の効果で、魔法は吸収される。

 マルフェは構わず、魔法を打ち続ける。

 もちろん無意味。イフリートは首を傾げる。

 そこでマルフェが接近。油断につけ込んだ。

 イフリートには魔法以外を見せていない。故に、平均以上の『森人』のステータスの動きを捉えることはできない。そう考えた。

 が、ただでさえリルファーの桁違いのステータスを相手に戦わせられ、つい先日『魔人』であるアクトロと戦ったばかりなのだ。龍人という種族のステータスの都合上、まるで止まっているように見える、ということはなくとも、普段以上にはマルフェの動きが見えている。

 体がついていかなくとも、頭はついていく。

 マルフェの繰り出す拳に、魔術で対応。

 咄嗟のことだったので、魔術の完成度が低い、というわけでもない。

 並列思考と、直列思考。その両方の行使によって、魔術は即座に、完璧に構築できる。

 マルフェの拳は、風の刃と激突した。

 そして、拳は魔術によって切り裂かれ………なかった。

 それどころか、マルフェは拳を振り切り、魔術をかき消した。


「嘘……」


まさか龍人以外は頑張ればこんなことができるのか!? などとイフリートは考えるが、そんなわけではない。

 いわば工夫である。拳に魔力を纏わせたのだ。

 魔力でできた魔術と衝突できるほどに、濃密に纏わせれば、先のマルフェのような芸当は可能である。

 『操炎』や『操風』の、同属性の魔法、魔術の吸収の基礎のような技術なので、イフリートもやろうと思えばできるのだが。

 マルフェは振り抜いた腕と逆の拳をイフリート目掛けて放つ。


(魔術で対応するのは避けたほうがいい。となると、回避か)


魔術で移動する。

 それだけでマルフェが空振り、隙が生まれる。

 今度はこちらが、とでも言うように、イフリートがその隙につけ込み、魔術を撃ち込む。

 ガラ空きの腹に、外した拳に、魔術をかき消した拳に、両足に、頭に。

 全身に撃ち込まれた魔術を、マルフェは知覚していた。同時に、自分の死をも。

 一瞬で生涯を、半ば強制的にもう一度送らされ、避けようのない事実を悟る。いわゆる走馬灯である。

 だが、魔術が届く、ほんの数コンマ。事実が変わった。

 そして、マルフェの気配も変わる。


「ここでラスボスみたいな仕様はいらないんだよ!」


思わず心の声が、そのまま漏れる。

 先ほどまでとはまるで違う。まさしく格が違う。下手をすれば、リルファーを倒すことはできなくとも、多少なり傷を与えられる程度には。

 まるで進化。そんな感想が頭を横切る。

 実際、これはある種進化であり、それでいて進化ではない。


「龍人、教えてやろう。我々、『森人』は元は全員が『神種』だったのだ。その力を一人に集め、他の『森人』は神の力を失った。私は今、強引にそれを取り戻したのだ。

 故に、私の種族は『森神』へと変化した!」


『神種』と化す。

 魔獣の種類が変わることを、世間一般に進化と呼ぶ。

 しかし、これはいわば先祖返り。よって、進化であって進化ではない。

 イフリートは神、という言葉に驚くが、先ほど感じた感覚は間違いないと確信したため、戦闘体勢を今一度とる。

 先ほどよりもスピードは上がっている。が、対応できないほどではない。

 魔術で回避、および追撃を行う。

 もちろんマルフェも回避する。


「舐めるな! 序列最下位!」


振り向きざまに一撃。

 それをイフリートは避けると、一瞬首をかしげる。

 疑問が生まれたのだ。

 すなわち、


(あれ? 言うほど変わってる?)


戦闘にそこまで慣れていないイフリートの体感ではあるが、マルフェの言うような『神種』としての力があるかと言われれば、あまり感じることができないのだ。

 もちろん強くはなっている、ものの正直微々たるものである。

 何より、先ほどまでの魔法の多さがなくなっていた。

 にも関わらず、ステータスはさほど上昇していない。


「『風華』」


マルフェを包み込むようにして、花の蕾の形状をした魔術が構築される。

 そして、一瞬の間を挟んで、蕾が開く。

 衝撃が開花と同時に飛び散る。中にいたマルフェはその全てを身に受けて、体のいたるところに傷ができる。


「な、に!?」

「いや、『な、に!?』と言われても。本当に『神種』の力入ってる?」


そのまま、魔術を十数発撃ちこむ。

 すると、最初の数発は躱すものの、残り全てを回避できずに命中する。

 あまりに変化が乏しい。


「とりあえずお前倒して方法試させてもらうぞ。というか試すくらいさせてくれよ」

「黙れぇ!」


全方位に魔法を展開したマルフェはそのまま撃ち出す。風属性の魔法ではないため、『操風』による吸収はできない。

 反応しきれず、いくつがイフリートの体に被弾する。と言ってもかすり傷だが。

 『自己再生』で即座に再生する。

 が、それに構わず、というか気づいていないマルフェは撃つ、撃つ、撃つ。

 何も考えずにただひたすらに魔法を撃った。

 イフリートも魔術を使って回避するが、先ほどはないと感じた手数の多さがここにきて現れた。

 被弾は少なからず増えてきた。しかし、致命傷すら再生させる『自己再生』を持つイフリートには全く意味を持たない。

 無傷というわけではない。『操風』を維持するための並列思考と直列思考をフル活用しているのだ。脳への負担は計り知れない。


「はあああああぁぁぁぁっ!」


全力の魔法が放たれた。

 またもや風属性ではない魔法が、イフリートの体を襲う。

 直撃。

 まず間違いなく助からない威力の魔法は、完璧にイフリートを捉えた。

 その衝撃を受け、派手に吹っ飛ぶ。

 はずだった。


「馬鹿……なっ! ありえん! 貴様本当に、最弱の『龍人』か!?」


全身を『身体硬化』で硬化させ、耐久力を上げ、魔術で足を固定し、吹き飛ぶことを防いだ。

 全くの無傷。

 否、負傷した端から治っていくため、傷は消えていく。よって無傷のように見える。


「化け物がっ!」

「そんなこと言われても………もう俺の勝ちでいい? 試していい?」


そう言って、イフリートは魔吸石を取り出す。

 急速に魔力、すなわち体力を吸われていくため、『操風』を解除する。

 そのタイミングを見計らってか、マルフェが大きく叫んだ。


「来い、極狼!」


直後に現れたのは、燕尾服を着た、銀髪の好青年。虚ろな目がイフリートを捉える。

 イフリートは驚き、すぐに戦闘態勢をもう一度とる。


「そういやお前もいたな。待ってろ、マルフェから取り戻す」

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