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六十九話 きっかけ

上手く書けた気はしない。

人は出来事で変わる。

 小さな出来事でも、大きな出来事でも。

 この私、マルフェ・ウードの場合、変わるきっかけはまず間違いなく大きい。

 最初見たとき、それを地獄と見間違えた。



  ↓



 遡る事、200年以上前。

 まだ若かったあの頃は、あらゆる種族を信頼していた。

 だから、こんな事をするなんて思ってもみなかった。

 我々『森人』という種族は、長命で知識があった。そのため、知識を求められる事も多々あった。

 そして、我々は魔法に長けていた。生まれながらに、凡人数人は相手どれる程度の力は持ち合わせていた。

 頼られたし、私もその事を誇りに思っていた。

 二十歳を過ぎた辺りだったか。結婚することになり、妻を迎えた。

 子供も出来た。その時はまだ妻のお腹の中にいたが、何よりも嬉しく、幸せだった。

 そんな時だった。

 ある国の王が、我ら『森人』に攻撃を仕掛けてきた。理由は戦力の確保、及び…………王の気に入った女を手に入れるため。

 容姿にも多少なり優れていた『森人』の女性の中の一人に一目惚れした王が、正面からでは断られると、講じた策だった。

 唐突に現れた兵隊に、すぐ隣にいた友人は殺された。私は魔法で迎撃し、難を逃れたが、他の皆はそうはいかなかった。

 あるものは殺され、あるものは生け捕りにして捕虜にされ、あるものは兵士に弄ばれた。

 崩壊した建物。

 兵士が放ったのだろう、火が見えた。燃やされているのは、建物の残骸か、それとも死体か。今となっては分からない。

 生き残った者たちは、身を隠した。

 しかし、このままでは見つかるのも、殺されるのも時間の問題。

 何か奴らから逃げ延びる手段が必要だった。

 隠れ場所を転々としながら、全員で考えた。

 誰かが言った。


『奴らを殺せばいい』


無駄だ。

 我々は数で負けている。たかだか数人程度しか相手ができないのに、多少殺すことはできても、それは根本的な解決になりえない。


『王と交渉しよう』


その場に王の目当ての女性は見当たらなかった。

 だとすれば、王はもう目的を達成している可能性がある。となれば、我々は、王にとって邪魔でしかない。殺されるだろう。

 もちろん王が未だ目的を達成していないことだって考えられる。しかし、ただの博打でしかない行動を、この場で起こすことは何よりも優先して避けなければいけない。

 よって却下だ。

 次々に出される案に対し、真剣に吟味した上で、全て否定する。

 そんな中で誰かが言った。


『どうしてこんなことをされなくてはいけないのだろうか。我々が何をしたのだ』


誰もが抱えていた疑問を言われたことで、全員が泣き出すようにして、感情を吐露しだした。


『何でこんなことに!』『信じていたのに!』『殺したい、憎い!』


そんなどす黒い感情が出てきて、その場の空気は沈んでいった。

 誰かが支えにならなければ、壊れてしまう。そう思った私は沈む彼らを導くことにした。

 到底導けるような立場ではない。だが、それでも誰かがその立場にならなければならなかった。

 幸い、私は突破口を1つ見つけていた。

 『森人』には数える程度しかいないが、強力な魔道具を作ることができるものがいる。魔法に長けているからこそ、できることではあるが。

 そして、それができる友にあることを頼む。


『安全な場所を手に入れることができる魔道具を作ってはくれないか?』

『安全な場所を、か。分かった、やってみよう』


快く引き受けてくれた友に感謝しつつ、私たちはまたもや逃げ回った。

 長い逃亡生活を経て、完成した魔道具は、そこに『ある』という認識すらさせない効果を持っていた。

 幾つかの試作品はあったものの、逃げる際においていく他なくなった。

 だが、これで逃亡生活には終止符が打てる。

 ちょうど良い森の中心に魔道具を置くと、森全てを覆うように魔道具の効果を発動させる。

 しかし、魔道具は発動しなかった。

 友人によれば、


『それだけの効果を発揮させるための魔力は、一人の少しの魔力では補えない』

『では、どうすればいいのだ?』

『おおよそ、『森人』一人の魔力丸ごとが必要だ』

『つまり、生贄が必要か?』

『そういうことだ』


当然議論になった。

 誰が生贄になるのか。せっかくここまで生き延びたのだから、他に方法はないのか。

 もちろん他に方法はあるだろう。だが、探す時間も、それを試す時間もありはしなかった。

 今、この場で誰が生贄になるのかを決定しなければいけなかった。

 …………誰も自ら名乗り出ることはなかった。

 敵は迫ってきている。このままでは何の準備もしないまま、迎え撃たねばならなくなる。

 準備を始めるか、無理やりにでも誰かを生贄にするか。

 思考を続ける私の頭に入ってきた言葉は、意識の死角からやってきた。


『私が、なります』


そう言ったのは、お腹を大きくしていた私の妻だった。

 今でも、まるで数分前のように思い出せる。

 本来なら、許容できないほどのストレスと運動を行ったために、当分安静と言われ寝かされていた妻が目の前で、覚悟を決めて立っていた。

 息は切れていて、それでも、絶対にこの意見だけは曲げない、という強い意志が感じられた。

 私は立ち尽くした。そこにいたのは普段のように優しい妻ではなく、大切なものを守るために覚悟を決めた、一人の女性だった。

 それでも私は諦めきれない。


『子供もいる! 道連れにするというのか!? それは…………それはあまりにも』

『分かってるわ。私だって迷ったもの。でも、この子が私の背中を押してくれたの。頑張れ、って。だからこそ、私はこの子と共に行くわ』

『止められないのか?』

『止めないで』


そう言って、妻は魔道具に近づき、目を閉じて、自分の全てを明け渡すようにして、魔道具に吸収されていった。

 その直前、妻は確かにこう言った。


『私の分も、もちろんこの子の分も生きて、為すべきことをして、マルフェ』


涙は、不思議と出なかった。

 代わりに感じたのは、胸が丸ごとなくなったかのような圧倒的な虚無感。

 そして、妻にこんなことを強いた人間への憎悪。

 それだけが残り、固まり、削られ、結果として今の私が、マルフェ・ウードが出来上がった。

 非情で、冷徹で、利己的。誰に嫌われようと知ったことではない。

 それは私の目的の障害にはなりえない。

 200年の森の中の生活は同じことの繰り返しだった。

 魔力の高い者を見つけ、魔道具の動力源として吸収させる。

 時間は余るほどあった。私たちの居場所をこんな場所に限定させた国の王がもう死んでいるということは承知している。

 だが、国自体はまだ消えていないはず。故に、国に復讐する。

 昔の、それこそ200年前の私ではありえないことだった。

 変わった。変わってしまった。もう妻にも生まれてくるはずだった子供にすら嫌われてしまうかもしれない。だが、それでいいのだ。

 私は嫌われてもいい。ただ、妻に言われた通り、為すべきことを為すのだ。

 今も昔も変わらず、私の胸にあるのはただひたすらに憎しみだけなのだから。



   ↓



 人は出来事で変わる。

 小さな出来事でも、大きな出来事でも。

 私、リエル・メーディスの場合、変わるきっかけはごく小さなことだったでしょう。

 ゆっくりと、『私』は崩れていった。



   ↓



 生まれた時から、森から出たことはありませんでした。

 『森人』である私は、森の決まりで、森の外には出られませんでした。小さかった頃は不思議に思いましたが、気づけば不思議でもなんでもなくなっていました。

 優しいお母様がいて、頼もしいお父様がいた、ただそれだけで幸せだったのですから。

 でも、すぐに終わってしまいました。

 友達と遊んでいたら、森の中で一番偉い人に話しかけられたのです。


『君には才能がある。いつか君を頼る人が大勢現れる。今は分からなくてもいい。でも、きっと私と会うことになる。その時はよろしく頼むよ』


何を言っているのか分かりませんでした。

 でも、目が真剣だったことだけ覚えています。

 きっとこの森に関わることなのだろうと、ぼんやりと考え、急に誇らしくなりました。

 家に帰ってから、お父様とお母様に自慢しました。

 だけど、


『…………なんて、ことだ』

『リエル、ごめんなさい』

『今からでも遅くない。抗議してくる!』

『あの人が決めたのよ。どうにもならないわ』

『どうして、どうしてだ。せめてあと少しだけ………』

『えぇ、少しだけ………』


『『弱く生んであげられれば』』


あとで知ったことですが、私が選ばれた理由は魔力がとても多かったから。

 他にも魔力の多い子はいましたが、私の魔力が群を抜いて一番だったそうです。

 周りの子達との魔力の差で私は囚われました。

 地獄に。



   ↓



 何も教えられずに突然連れられ、私は偉い人が集まる場所に来ました。

 そして、何の説明もなく魔法を使い続けることを強要されました。

 魔力は使い、死ぬギリギリになると、総量が少し上がります。

 その特性を利用して、ただでさえ多い私の魔力量をさらに上げようとしたのです。

 始めて間もない頃は、本当に辛かったです。続ければ続けるほど自分の力が増えていく感覚は、嬉しさと共にどこか不気味さを感じさせました。

 こんな力を一体何に使うのか、そればかりを考えてしまいました。

 ある時、いつもの習慣で来たはずが、少し早かったせいで今まで歩くことのなかった建物の中を歩くことがありました。

 歩いていると、1つの部屋から話し声が聞こえてきて、耳を澄ませてみました。

 中からは、私に声をかけてきた偉い人たちの会話が聞こえてきました。


『どうですか、リエルは』

『想像以上だ。魔力、体力は日に日に総量を上げている。このペースなら後10年ほどで生贄にできるだろう』

『ありがとうございます』


その瞬間、私の頭は2つのことでいっぱいになりました。

 生贄とは何か。そして………どうして私の最もよく知る人物の一人が、偉い人と話しているのか。

 どうして、どうして、どうしてどうして、どうしてどうして、どうしてどうしてどうして、どうしてどうしてどうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして………………、


『お父様………?』


聞き慣れた声、間違えるはずがない。

 間違いなく、お父様だった。

 私が選ばれた時、あんなに私のことを思ってくれたお父様が、なんで偉い人と話をしているのでしょうか。

 ああ、きっとこれは夢です。夢じゃなければ、お父様がこんなひどいことをするはずがありません。

 私を騙して、こんな思いをさせるような人が父親であるはずがありません。

 私は物音を立てないようにして、その場を後にしました。

 次の日から、私は親を信用しなくなりました。父親は勿論、母親も偉い人たちと繋がっていることを考えると、心配になって仕方ありませんでした。

 少しずつ、全てが信用できなくなってきて、気づけば、私は自分の中に閉じこもるようになってしまいました。


『よく頑張っているじゃないか』

『はい、ありがとうございます。マルフェさん』


なんの嬉しさも感じない。

 そしてその頃から、記憶が途中で途切れることが多くなりました。

 理由はうっすらではありますが、分かりました。

 きっと、自分の中に閉じこもりすぎたせいで、いわゆる二重人格というものになってしまったのでしょう。

 でも、それを不便だとは不思議と思いませんでした。完全に二つに分かつことはできなくても、きっと少しはこの辛さを感じなくていいのですから。

 嫌なことがあれば、今までのように、閉じこもるように、人格が変わります。朝になれば元に戻っているので、特に困りません。

 逃げているのかもしれません。もしそうなら、きっと仕方のないことです。それが唯一の逃げ道だったのですから。

 救いの手なんてありません。だって、森の結界は絶対なのですから。

 本で見るような王子様なんていません。『助けて』とも言えないこの空間で、救世主なんて現れるはずがありません。

 それが日常で、いつものことで、この先も変わらないことだから。

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