六話 ツケが回ってきてしまった
途中で描写が変わります。
俺はドアから半分ほど出した状態を保ったまま、どうしようかと考える。
あの冒険者は一体どうやって俺の場所を探し当てた?何かヒントを与えたか?俺あいつにあったことないんだけど。
いや、めっちゃでかいヒント与えちゃったか。誤射とも呼べないことをしてしまった、あの『炎天龍』。思いっきり俺のせいじゃね?どうしよう。
「と、とと、とりあえず外に出るか。俺のせいなんだし」
そう思って外に出ると、爺さんが俺にしがみついてでかい声で聞いてきた。
「何をしたんですか!?あの冒険者様は一体!?」
「俺も知らないよ!でも、原因は昨日の『炎天龍』だと思う。連発するまでもなくバレてたわけだ。とりあえず俺のせいだから俺がどうにかする」
「了解しました。危険になったら即座に動きますので」
「ああ、頼む」
少しずつ冒険者に近づいていく。すると、突然冒険者が口を開く。冒険者はおっさんのようにマントはしていなかったが、おっさんよりも若い印象を持った。腰にホルダーを巻いておりその中にナイフやら剣やらポーチが入っていた。おっさんより装備が手厚い。おっさんのことがあって警戒してきたか?まあ、俺には戦闘する気がないんだけどな。
「お前がB級冒険者を撃退した龍人か?」
「ふーん、おっさんは相当強かったんだな。ああ、そうだ。俺がそのB級冒険者を撃退した龍人だ。ここで提案したんだけど話し合いでここを納めるつもりはない?」
「はあ?あるわけないだろ?30年ぶりの龍人だ。労力に対して稼ぎが多すぎる獲物だ。やめるわけないだろうが」
「交渉決裂、か。じゃあ、何で俺を砕き伏せる?暴力か?」
「それじゃ、お前のお望み通り決闘で」
そう言って、ナイフに手をかける冒険者に、待ったをかける。オーノー、説得できないな。聞く気がない。
「ちょいちょいちょい!焦るなって!ちょっと準備するから待ってくれ」
「……すぐに済ませろ」
おお、今度は聞いてくれた。
冒険者に背を向けて、爺さんの元へ急ぐ。爺さんは思ったより落ち着いていた。
「どうするのですか?イフリート様が戦うおつもりならば、勝機はないと思った方がいいと思いますが」
「分かってる。だから、あいつにちょっと待ってもらったんだ。爺さん、単刀直入に聞く。今から身体強化が可能な技能は習得可能か?」
「無理ですな。技能を習得するにはその技能を習得するための条件を達成する必要があります。即座に習得のできる技能はないでしょうな」
「まあ、なんとなく察しはついてたけどさ。仕方ないか。あの冒険者とも俺が戦うよ。あー、俺がなんか言うまでは手出し無用ということで」
「そ、それならば!イフリート様が万が一負けた場合は我々が…」
「うん、それでお願い。負ける可能性の方が高いから身構えといて」
そう言って今度は爺さんに背を向ける。戦う覚悟、いや違うか。殺される覚悟はできた。なら、やってみるしかないでしょ。
冒険者の前に立つとできるだけゆっくり口を開こうとしたら先に冒険者が口を開いた。
「もう終わったのか。じゃあ、殺りますか」
「おい、ちょと待て。やる、の意味合いが違う気がするんだが!?何すー」
それ以上言う前に攻撃が飛んできた。もちろんの事ながら軌道も見えなければ何で攻撃されたのかも分からない。だが、また左腕が消えていた。
「あがぁぁぁっ!あぐぁ!」
激痛でもがきながらも、相手の場所だけでも確認するために前を向く。が、全く視認できない。早すぎるのだ。
おいおい、おっさんもあれくらい動けるってことなら、俺めっちゃ手加減されてたってことじゃねぇか。はあ、身体強化の技能、欲しいな。
考えつつも、気を配っているのだが全く見えない。これ、いないんじゃね?
ちなみに固有技能『自己再生』のおかげで左腕はしっかりと戻っている。
声がした。どこからともなく。
「おいおい、気づくと思ったが全く気づかないとは思わなかった。手こずるなんてありえないし、チャチャッといきますか」
答える間もなく冒険者からの攻撃以外にない斬撃が全方向から俺の体を切り裂いていく。回避不可である。避けようと動くものなら、その前に逃げる方向からの斬撃が強くなるだけだ。
まさしく斬撃の檻だ。
体の鱗が斬撃に耐え切れず剥がれていく。鱗ぉ!仕事しろよ!見た目の割に脆すぎだろ!
冒険者は攻撃の手を止めない。まあ、攻撃しても削られる端から再生してくから持久戦に持ち込んでしまえば勝てるんだよね。ただ、体力の分からない俺との戦いで持久戦なんて限られたステータスでの戦闘なんて避けないはずがない。でも、俺には決定打が圧倒的に足りない。どうする。
痛い。だから魔術を作るための集中ができない。どうする?逃げられない。爺さんたちからの手助けは俺が自分で止めた。解決方法、皆無。
「そろそろ飽きてきたから、もう決着つけていいか?」
「ぐ、にににに!」
「返事もできないか?」
斬撃が一瞬のみ止んだ。そして腹部に衝撃が走る。全力で(多分)蹴られた。もちろんの事ながら反応できなかったのでガードも出来ない。
「ぐおおおおおおおお!ぬぎぎぎににに!」
「変な声だな」
確かに奇怪な声は出したけども!反応薄いな!と言いつつも何もできずに後ろに吹っ飛んでいく。体をよじって軌道を変えることもできない。チラッと後ろを見ると荷物置き場だった。もちろん回避不可である。
バアアアアアァァァァンッ!!
音を立てて、荷物置き場が崩れる。同時に背中に激痛が走る。中にあった全てのものが外に放り出される。それの幾つかを被ったが、大して気にはしない。まだ動ける。
だが、瓦礫の山の斜面にもたれかかって立とうとも思わない。なぜって?
勝てる気がしないからだ。怪我は再生している。瓦礫を少なからず被っているのならば、死んだということで誤魔化せると思う。腕が再生するのを目撃されてしまったが、誤魔化せなくもないだろう。
そんなずるいやり方でもしなけりゃ………俺は生きていけないんだから。そんな平凡ですらない弱すぎる、最弱なステータスなのだから。引きこもりになった、臆病な俺にはこんなステータスが似合ってる。
そんなことを考えたところで冒険者が言葉を発した。
「あいつはもう使い物にならなそうにないぜぇ?どうするんだ?お前らは龍人を守るんだろ?なのに、全く手を出してなかったのは、あの龍人の差し金か?」
誰も答える者はいない。全員が口を閉じて冒険者に答えまいとする。だが、それは冒険者の感情を高ぶらせた。
「あっはっはっは!なら一人ずつでも精神を壊していこうかな。さあ、誰からだ?俺と遊ぼうじゃねぇか?来ないなら、この種族全てを根絶やしにするぞ?」
「なっ!?おい、そこの冒険者!本気か!?それでも冒険者か!?」
マルサさんの声がした。視界を遮られている俺には何も見ることのできない。
だが、明らかな殺意が冒険者に向いた。会って二日目の人間が危険にさらされてここまでの感情を生み出すことができるだろうが?
できないだろう。何かが俺をあいつを殺せと駆り立たせる。あの失礼極まりなく、命知らずで愚かな冒険者に鉄槌を下せと。誰かが俺を駆り立てる。
俺に冒険者を退ける力はない。この殺意を俺に伝えてきた誰かならば冒険者を退ける、あわよくば殺すことができるのだろうか?
ならば、その感情に任せてみようじゃないか。次は殺意を持って、戦ってみるか。
「おい、お前いい加減にしろよ?」
間違いなく俺の声だった。なのに自分でも恐ろしくなるような冷淡な声だった。
すぐに変化は訪れた。俺の右足から冒険者の両足を狙って、氷が出現していた。氷はしっかり冒険者の足を捕えて凍っていた。
これには冒険者も驚いたようで、どうにかして、その氷を破壊して両足を自由にしようと試みるが、それに対して動作がチグハグで全く抜け出せそうにない。
「クッソッ!何をした!」
「魔術を使った。あんた、このままだと足、動かなくなるぞ?」
「なっ!早く消せ!この氷を消せ!」
「分かった分かった。消すって」
そう言うと冒険者はホッと表情を緩ませる。これから俺が何を言うかも知らずに。本当に…
「おめでたいやつだなー」
「何か言ったか?それより早くこれを消してくれ!」
「ああー、その前に一つあるんだけどさ。交換条件、飲んでくれない?」
「分かった!分かったから。何でも飲むから早く消してくれ!」
「了解でーす。じゃあ、とりあえず消して、と」
ほとんど意識もせずに魔術で生成した氷を消す。冒険者は足が動くことを確認してから、俺に向き直る。
「それで?何だ、その交換条件ってのは?」
「俺ともう一度戦ってもらおうか。逃げるわけねえよなぁ?序列最下位の最弱の種族から戦いを申し込まれたのに、おめおめと逃げ出す、なんてことがあるわけねえよな?
もう一度言うぞ?最弱の龍人からの挑戦状だ。拒否する理由がないよな?それとも何か?負けるのは怖いのか?」
「ちっ!だが、確実に勝てるはずだ」
「成立?んじゃあ、やりますか」
「お、おい。今度は準備とかいらないのか?」
冒険者は先ほどとは打って変わって、俺に警戒しつつ受け答えしている。
冷静な判断だな。俺にも訳が分からないが、なぜか使うまでに時間の掛かった魔術が、一瞬で使えるようになっているのだ。
あの冒険者以外にとっても脅威となっていることだろう。
だが、そんなことよりも、あの冒険者がいた言葉は、謝られたとしても許せるものではない。なぜかそう感じる。そう思う。
だから、こいつは殺す。
冒険者を見据えて歩きながらも俺の頭の中ではあの冒険者をどうやって殺すか。どんな殺し方をすれば『俺が』満足するのかを考え続けた。
そして、ある考えに辿り着き小声で言った。
「ああ、そうだ。あの冒険者に死に方を選ばしてやればいいんだ」
そう考えた瞬間に、頭の中で魔術を構築していく。三種類の魔術を、同時にだ。
少しずつ近づく俺に対して、冒険者は明らかに腰の引けた様子で後ずさっていく。
「おいおい、逃げるなよ?戦うのに」
「や、やめろ。来るな!お願いだ、来ないでくれ!」
「待てって。俺は何もしてないぞ?」
と言いつつも、俺にはなぜ冒険者があれほど怯えているのか分かっている。
現在、俺は殺意丸出しでやつと会話している。怯えさせるには十分だろう。
「お前が来ないなら、俺からやってみようかなぁー」
「く、来る、来るなぁー!」
「いや、戦うんだから攻撃しないとダメだろうが。てか、逃げんなよ。『氷壁』」
逃げようとする冒険者の前に高さ3メートルほどの半円状の氷の壁を出現させる。冒険者はそれにぶつかる寸前に止まるが、急に止まったため、後ろに倒れる。
それを見届けた後に二つ目の魔術を発動させる。
「『炎壁』」
『氷壁』と同じくらいの半円状の大きさの、今度は炎で形成された壁を出現させる。
壁は作った。あとは屋根だね。
「『風斬壁・上』」
そう言うと、円状に不可視の風の壁が形成される。これで動いた瞬間に死ぬ空間が出現した。
まあ、可哀想だから効果くらいは教えてやるか。
「あー、今は何にも触らない方がいいと思うよ?どれに触っても死ぬから」
「な、何をしたんだ!俺は逃げたいんだ、早くこれを消してくれぇ!」
「いやいや、お前はここを見つけたからな。このまま町に戻らせると、情報を漏らす可能性があるからな」
「待ってくれ!ここの情報は絶対に言わない!だか…」
「はい、嘘。あと、猫人を殲滅するって?ふざけたこと言ってんじゃねぇよ。死にたくなければ本当のこと以外は言うんじゃない」
すごいな、人間ってのはここまで壊れるんだな。死を前にすると。
「さあ、選べ。このまま、多少の情報を吐いてから死ぬか、何も言わずに死ぬか。そして死に方もな」
「い、嫌だぁ!死にたぐ!死にたくない!」
「いいや、死ぬね。お前は。さあ、凍死、焼死、斬死、どれがいい?」
俺はここまで壊れられたんだな。さてと、トドメだ。
「暴れろ、『炎天龍』」
唱えるだけで昨日使用した炎を纏った龍が冒険者を閉じ込める空間内に出現する。袋小路ってこった。焼死の割合がもうひとつ増えたね。
この選択肢を選ばせることを楽しんでいる俺がいる。こんな非道を心のどこかで許している俺がいる。
「うわあぁー!来るんじゃねぇえぇッ!」
「さあ、行ってみようか。どれを選ぶ?見せてくれよ、猫人族を殲滅させると言ったあんたの悪あがきを。その覚悟を」
ここから逃げられないのなら。
殲滅?笑わせてくれるね。俺に勝ってから言いやがれ。
「まだ、やらなきゃいけないことが残ってる!死にたくなービョギョッ!」
「呆気ねぇ。できねえじゃねぇか、殲滅」
「す……すごい。すごすぎる」
『条件を達成しました。称号:『殺人者』を獲得しました。
技能:『死への執着』を獲得しました。
技能:『血への渇望』を獲得しました』
冒険者は『炎天龍」に頭を噛み切られた後に焼かれた。絶命してるはずだ。何か聞こえたが、そんなことはどうでもいい。
この声、爺さんか。そうだ、あいつらを守るために戦ってたんだ。そうだ、俺はどうでもいい。あいつらが無事なら。
だが、まだ終わってない。終わらせてはいけない。
「爺さん、周りに警戒を。攻撃に警戒を……。っはぁ、はあはあはあ」
「大丈夫ですか?もう敵はいないのでは?」
「昨日、マルサさんたちに爺さんも一緒に聞いたはずだ」
「なっ、まさか!?いや、だがそんな!」
「その…まさかだよ。冒険者は二人で一組。片割れしかいないわけがない」
一人での行動で、あるはずがない。
そんな確証のない何かに引かれ、周りを見ながら歩き出す。
「どこだ?どこに…どこにいる?」
なぜか、俺のせいで半壊した蔵が目に止まる。
なんだ?何かが気になる。
「ふぅーん、案外勘のいい子じゃない」
間延びした大人っぽい声。普通なら安心させる類の声だろう。
そう、普通ならば。
今の俺には、いや、今の俺らにはその声に恐怖以外を抱かせない。
蔵の上にはゆったりとした、それこそ冒険者なんて無縁そうな服を着た女性が立っていた。
戦う、しかない。だが、その余裕がない。
なぜだ?体が妙にだるい。おかしい、さっきまでこんなことはなかったはずだ。
「まさか……」
「そうよ、坊や。あなたは燃料切れよ。あれだけ魔力使って切れない方がおかしいわよ。さてと、目標は捕獲するのは簡単そうだけど、あなたたちの妨害はちょっときそうね。まあ、どうにかするけど…ああ、おやすみなさい、坊や」
声がするのを意識の端で聞きつつ、倒れこみながら俺は眠った。
イフリートが倒れこんだ頃、女冒険者は蔵の屋根から降り、イフリートを抱えている。
「まずい!総力を挙げてイフリート様を奪還しろ!手段は選ばん、殺しても構わん!」
「できるならね?」
余裕の表情を見せる女冒険者。その余裕に偽りはない。ハッタリではない。
この戦力差を完璧に受け入れられたのは猫人族の中でただ一人。
「私が行く。多分…私しか戦えない」
「ルナ……しかし」
「迷っている暇はない。殺られる前に殺るしかない」
ルナは猫人族の集まりから一歩出る。その顔に女冒険者と違い、余裕の表情はない。
「へえ、あなたが戦うの?可愛い顔を潰す趣味はないのだけれど、仕事上容赦はしないわ」
「容赦、何てしてもらったら困る。そんなのこっちから願い下げだ。本気で来い、お前の相棒がそうであったように。龍人に殺られるほど弱かったお前の相棒のように」
挑発して、冷静さを奪おうという思惑も実力者の前には無力。
それを分かっていて、あえてそう言ったルナだが、女冒険者の表情を見て疑問は確信に変わる。
笑っていた。冒険者の有様を見て、呆気ないあの死に方を思い出したようにして笑っていた。
女冒険者もまた、『冒険者』という役柄の例外ではなく、狂っているのだ。
そして、猫人の誰かが言った。
「ゲスがッ!これだから人種は嫌なんだ。お前は、人の命をもて遊んだ。楽しんでいたんだろう?面白がっていたんだろう?相棒と呼べるおもちゃを使って!気配を消し、遠くから嘲笑っていたんだろう!」
その声を聞き、今までとは打って変わり、激情したルナは走り出す。それに比べて女冒険者は冷静だ。ルナは女冒険者の前にまで移動すると、おもむろに手女冒険者の顔の横に突き出す。
その手には何も握られていない。だが、何かが握られている、気がする。
そして、鮮血が飛んだ。
誰のものか?ほとんどが予想できないものだった。
「あ!?ぐっ、何をした!?」
「………」
その血は女冒険者のものだった。傷は切り傷。明らかに何かに切られた傷だ。
ルナの手が女冒険者の顔の横を通過した直後のことだった。
「種明かしはあなたが生きてたら。ねえ、余裕はなくなった?まだ戦うよね?」
「ガキが!殺す、絶対に殺す!」
女冒険者はその一撃で感情を変えて。
戦いの火蓋は切って落とされた。