六十七話 ボス戦決着
黒く染まった四肢と魔力を可視化する魔眼を持つイフリートに対して、アクトロは今まで決定打に欠けるどころか、押されていた。
しかし、それは今までの話。今、この瞬間を以ってイフリートを殺せる力を手に入れた。
魔人の中でもほんの一握りにしか許されていない行為。膨大な量の魔力を放出させると、それを『変器』を持つ両腕に集める。
凝縮され、腕に完全に馴染んだ魔力が、アクトロの腕を変化させた。
アクトロの本来の腕よりもいくらか太いその腕は、肘から下と、上のバランスがおかしい。圧倒的に肘から下の方が長い。そして太い。
見た目からは硬く、そして表面が滑らかであることが伺える。
少し無骨ではあるものの、何かの芸術品だと言われれば、そうだと信じ込んでしまいそうな腕。
だが、イフリートはそれをそういう風には見なかった。
「なんだそりゃっ!」
ひしひしと感じるのは、圧倒的密度の魔力。そしてその魔力が完全に馴染んだ腕の危険度。あの腕から繰り出されたならば、どんな体勢からの攻撃であれ『龍人』である自分には致命傷になり得る。
そう確信できる存在感。
イフリートの黒く染まった四肢には、少なからず時間制限がある。どれだけ行使できるかはイフリート自身には分からない。だからこその短期決戦。
しかし、イフリート優勢であった戦況は、ひっくり返った。
それはそうだ。魔人であるアクトロが窮地に陥り、ようやく見せた奥の手。それが強力なものでなくてどうする。
戦うことはできる。しかし、それは『自己再生』があってこそ。自分が即座に再生することを前提とした戦闘。そこに周囲の損害の一切は含まれない。
イフリートはイストたちの身を案じているのだ。
あの腕がいつまでも使えるということはないだろう。それはイフリートの四肢も同じ。
長期戦に持ち込めば、苦戦はするが確実に倒すことはできる。しかし、実行に移すのは抵抗があった。
だからこそ、イフリートはある決断をする。
「ルナ! イストたちを俺の後ろの壁にまで集めておいてくれ! 全員だ!」
それは、仲間を守って戦うこと。
派手に戦うことはできない。細心の注意を払わなければならない。そして、何よりアクトロを仲間に攻撃させてはいけない。
今までの戦闘よりも何倍か難易度の増した状況を把握して、イフリートは一度深呼吸。
すぐに気持ちを切り替えると、並列思考を発動。
自前の脳で戦闘のことだけを考えると、もう一つの架空脳でイストたちに近づけない為にはどうすればいいかを思考。さらにもう一つの架空脳で、魔術を構築。
本来ならば、その分だけの脳でやるはずの処理を一つの脳だけで行う並列思考は、魔術よりも高難易度で、それでいてこの世界で受けたどの傷よりも痛みを伴う。
しかし、即座に行われる『自己再生』による再生でイフリートの脳は耐える。
イストたちの治療も必要。一刻も早く終わらせる必要はある。
だが、長期戦は、黒く染まった腕のタイムリミットを考えれば難しい。そして、短期決戦もアクトロの戦力増強を考えれば不可能に近い。
無理難題を押し付けられたイフリートが、戦闘を開始する。
→
先に動いたのはイフリート。
まだ効果の残る足を使っての蹴りがアクトロを襲った。
至近距離での、とても目では追えないだろう蹴りに、アクトロは反応した。
先ほどのイフリートの踏み込みを含み、二回目の黒い足での動作にアクトロが慣れた。
恐るべき適応能力。だが、相手が悪かった。
龍人という種族に、イフリートという生物に、油断などありはしない。
たとえ心で油断めいたことを思っても、それは仮初めに過ぎない。
完全に戦闘に向き合えば、イフリートに油断はありえない。
それは、イフリートの前世の経験がさせたこと。それは、『龍人』という種族故に起きたこと。
アクトロが蹴りを回避する。すかさずガラ空きの腹をアクトロの足が狙い撃つ。
イフリートはそれに魔術のなりそこないで応じた。あらかじめ構築していた魔術をあえて止めた。
威力などまるでない、一見意味のないそれに、アクトロは驚愕した。
(どうしてやつは魔法を手のひら以外で使える!?)
そもそも魔法、魔術どちらも手のひらから撃ち出すのが当たり前。アクトロが手のひらから以外で撃てたのは、魔人という種族と、アクトロ自身の技量があってこそ。
それをイフリートは並列思考と直列思考でごり押した。
(いや、それよりもどうして今のに反応できる! やつは確実に対応できていないはずだ!)
イフリートに油断がなかったからだ。
(そしてまずい! こんな至近距離で魔法を受ければ、一瞬怯む! 黒い腕に対して、それは致命的! 回避を!)
そう、戦闘は何者であっても少なからず攻撃を受けることへの抵抗を生む。
たとえその攻撃が、何の威力も持たないものだったとしても、だ。
アクトロは回避した。
しかし、イフリートは魔術を撃たない。そもそも魔術を用意していない。
代わりに、アクトロに先ほど当たらなかった蹴りを放った。
回避中のアクトロにそれを回避する余裕はない。綺麗に、頭へと吸い込まれるように蹴りがアクトロへと近づいていく。なんの妨害もなく、そのまま頭へ。
そんなことが起き得たのかもしれない。アクトロの腕が変化していなければ。
ほぼ反射。そこにアクトロの意思はほとんどなかった。体が勝手に動いて、イフリートの蹴りを止める。
衝撃、はこない。それだけの硬度。
そしてもう片方の腕から『変器』を振るう。
イフリートはそれを『身体硬化』で硬化した自分自身の体で対応。前もって体を硬くしておいたことが幸いした。
だが、衝撃を吸収しきれたりはしない。派手に吹っ飛ぶ、が黒い足は踏ん張った。
「ふぅー………」
僅か数秒の攻防。
しかし、その数秒にアクトロは神経をすり減らした。
それに比べて、イフリートにはほとんどダメージはない。並列思考、直列思考を同時に使用している。精神的なダメージなど皆無だ。
次はアクトロが先に動く。
丸太のような腕が振り下ろされる。
反応できない速度だが、イフリートは前もって魔術を発動させ、反動でその場から移動した。
アクトロの腕がイフリートを掠めた。擦り傷ができる。腕で隠しつつ、『自己再生』で傷を治す。
速い、今までよりも。そして、精度も想像以上だった。
ギリギリの回避では対応されかねない。しかし、イフリート自身の反応速度では前もって回避行動をとるしかない。
ならば、攻撃させないのが最善手。イフリートはそう考える。
(距離を詰めたらむしろ攻撃される。なら距離をとって、魔術を移動できないほど撃つ)
そこにはどうしても、イストたちに被害が出ないように、という条件が足されるが。
並列思考で作り出した架空の脳、そのすべてに直列思考をさせる。ただでさえ負担の大きいそれを無数の脳すべてにさせるということは、相当の負担だ。
現に、イフリートの鼻からは絶え間なく血が流れ出る。
しかし、そのおかげで魔術は一瞬で構築される。
その全てを同時に撃ち出す。
とてつもない物量の魔術が一斉にアクトロに向かって放たれる。
放たれた刹那のうちに、アクトロまでまだ数メートルはある位置で魔術は一つ残らず消し飛んだ。
「はっ?」
放心状態のイフリートに、アクトロは踏み込み、距離を詰めた。
素早く右拳をイフリートの腹へとねじ込む。
イフリートも遅れながら反応し、『身体硬化』で腹部を硬化させる。さらに黒い足で踏ん張ろうとする。
が、吹き飛んだ。意識には一瞬の余裕すらなく、気づけばイフリートの体は宙を舞っていた。
「なんで!?」
疑問を叫ぶと、イフリートは自分の足を見た。
黒くない。いつも通り目が痛くなるような鮮やかな赤色の鱗に覆われた、龍人の足がそこにはあった。
つまり、相棒の支援は途絶えた。
ここから先、戦うのは何の援護も望めないただの龍人ということになる。
短期決戦はこの瞬間、選択肢から消滅した。長期決戦、すなわちイストたちが死んでしまう可能性が高い選択肢を取る以外に方法はなくなった。
ひとまず、思考よりも着地を優先する。魔術で姿勢を制御し、うまく着地する。
前を向けば、もう目の前にアクトロが接近している。
思わず顔を腕で防御するが、実戦経験はアクトロの方が上。読み合いで、イフリートは判断を誤った。
ガラ空きの腹に変化した腕を叩き込む。
直前に、ギリギリで反応したイフリートは、かろうじて最低限の『身体硬化』を腹部に施した。
もちろん、それで足りるような柔な威力の一撃ではないが。
「が………はっ!」
派手に吹っ飛ぶ。
棒切れを投げ飛ばすように、放物線を描いて細身のイフリートが飛ばされる。
激痛が走る。しかし、負傷は最低限に抑えた。『自己再生』の再生時間も短時間で済むだろう。
だが、飛ばされた方向が問題だった。ちょうどルナがイストたちを移動させてくれて場所。
この方向を狙われた。イフリートは確信する。この距離で、イストたちを守りきれる自信はない。
(こいつ、腕も変だし、あんまり考えてなさそうな顔してたのに、全然考えてるじゃねぇか!)
アクトロはさらに距離を詰めてきている。
接近されないように魔術を放つが、アクトロが魔術が命中するよりも前に『変器』を振るうと、魔術は霧散した。
イフリートはアクトロの迎撃方法を、魔眼を用いてようやく気づく。
アクトロの技能、『魔力撃・線』で魔術を打ち消したのだ。
対処法はある。が、それについて思考している時間はイフリートにはない。
眼前まで迫るアクトロに、イフリートは対応する。
振り下ろされつつある右腕を、イフリートは『血への渇望』と『身体強化』でステータスの底上げを、そして『身体硬化』で硬化した左腕で殴りつけた。
地力で劣るイフリートはアクトロの腕に拮抗することもなく押し負ける。『身体硬化』のおかげで完全破壊はされなかったが、それでも骨は折れているだろう。
続けざまに放たれたアクトロの左腕を、イフリートは右腕で応じる。先ほどよりも一瞬時間があったため、左腕よりも硬度は上だが、気休めにしかならない。
右腕も難なく弾かれ、またもやガラ空きの体にアクトロの容赦ない一撃が叩き込まれる。
意識が途切れそうになるのを何度も繫ぎとめながら、必死に迎撃を続ける。
次第に、イフリートが後退を始めた。イストたちのことを考えればありえない行動。アクトロの凄まじい攻撃がそれをさせた。
「くっそ」
勝てない。
そう思ってしまった。今まで互角に渡り合えたのは黒い四肢があってこそ。ステータスで優位に立てず、距離も取れない今の状況では、イフリートが誇れる武器はひとつたりとも使えなかった。
それでもまだ耐えてみせるのは、気力からか、それとも偶然か。
どちらにしろ、イフリートが勝てる見込みなど万にひとつもない。
「この程度、か。先ほどまでとはまるで違う。黒く染まった腕や足ももうないようだし、元に戻ったのか。つまらん、わざわざ『部分悪魔化』したのだ。もう少しは楽しませて欲しかった」
自分よりも上の種族から力を授かり、種族が変質した者などには、ごく稀に力を授けた格上の種族の力を完全に引き出すことのできる者がいる。
例えば魔人。アクトロは、悪魔より授かった力を、体を悪魔に変質させるという方向で引き出した。それが『部分悪魔化』。
だからあの膂力。
少しの思考時間を与えられたイフリートが必死に対策方法を探すが、どうあがいても見つからない。
だが、そういうものだ。序列というのは、そういうことだ。圧倒的な力関係を簡単に表したものが序列だ。逆転などありえない、下剋上などありえない。
それがこの世界の理だ。
「そろそろ終わりにしよう」
今までよりも少し速度を上げ、アクトロが接近する。
躱すことのできない攻撃が、イフリートを襲う。
しかし、それはイフリートに到達する前に防がれる。
何もない場所で、アクトロの腕は停止している。いや、何かと拮抗している。
「な、に!?」
驚くアクトロだが、イフリートは分かっていたように笑った。
アクトロも魔力感知を使って、理解する。
ルナがいた。『色彩操作』で保護色になり、悟られないよううまく立ち回り、アクトロの警戒が完全に消えたところで、戦闘に参加した。
狙い通り、アクトロの意識外から防御に成功した。
「思いっきりやれ!」
イフリートの言葉通り、ルナが攻撃を開始した。
即座に魔力感知を張り巡らせ、反応するアクトロ。『部分悪魔化』の恩恵か、先ほどまでと打って変わってアクトロが押している。
が、ルナも先ほどとは決定的に違う。後ろにイフリートがいる。
突然、アクトロの目の前に火の玉が現れる。思わず止まるアクトロだが、ルナは突撃する。ルナに当たる一瞬前で、火の玉は消え、ルナの攻撃がアクトロを襲う。
「ナメるな!」
『部分悪魔化』した腕でルナのナイフを受け止めると、もう片方の腕を地面に叩きつける。
砂埃が上がり、何も見えなくなる。その状態でも魔力感知による索敵は可能。
アクトロとイフリートが、同時に魔力感知で索敵を行う。
(アクトロも魔力感知は使っているはず。なら、ルナに攻撃される前に俺が行く!)
イフリートが『血への渇望』を使うと同時に、魔術を放つ反動で加速する。
今までと立場を変えて、今度はイフリートが接近する。
もちろんアクトロも気づいている。
だが、接触する直前、イフリートが魔術で自分の軌道を変えた。
対応はしてきた。だが、決して完璧に、というわけではない。イフリートはそこをついて、魔術を放つ。
アクトロが、イフリートの予想よりも激しく焦る。
「チィっ!」
イフリートが接近してきていると分かった時に、張り巡らせておいた魔力に乱暴に威力を生ませる。
イフリートはこれを、またもや魔術で切り抜ける。
魔術の余波で煙が晴れる。ルナもしっかりと追撃する。
配置しておいた魔力は全てなくなったが、その隙にアクトロは体勢を整えている。
難なく迎撃し、足を払うとルナを蹴飛ばし、距離を取らせる。
すると、アクトロは足に力を込め、ボス部屋を縦横無尽に動き回り始めた。
(まずい!)
イフリートは即座にイストたちを集めておいた場所を、魔術で守る。
だが、アクトロの狙いはイストたちではなかったようだ。魔術で守られた場所を通り過ぎ、それでも尚、移動をやめない。
時に壁を走り、時にイフリートたちの目の前を通る。
イフリートとルナが、ジリジリとボス部屋の中央に追いやられる。
どれだけ移動を続けたか。アクトロが不意に止まる。
イフリートの魔眼は、アクトロの意味不明な行動の意味を示した。
すなわち、魔力の配置。むやみやたらに動いていたのはこれが理由だった。
少しでも動けば、『魔力撃・線』による攻撃が命中する。イフリートが対抗して、魔力を放出するが、今までとは段違いに圧縮されたアクトロの魔力は、イフリートの魔力に抵抗する。
(本気で放出するしかない)
そう決意すると、イフリートは戦闘中、ずっと使っていた並列思考、直列思考をフル稼働させる。
戦闘の先を予測する。それに伴って、鼻血が流れるが、気にせずルナに指示を出す。
「俺が全力で魔力を放出したら、アクトロに向かって飛び出せ」
「分かった」
イフリートが、魔力を手加減なく放出する。
瞬間、ルナが飛び出した。アクトロが構える。と同時に、ルナが透明化する。
アクトロが魔力感知を使うが、イフリートのとんでもなく濃密な魔力に阻まれ、うまく機能しない。
それはつまり、ルナの位置を特定できないということ。
首を狙った斬撃がアクトロを襲う。
偶然か、はたまたアクトロの勘がそうさせたのか。『変器』で首を守った。
ルナがバランスを崩す。アクトロの『変器』がルナを殺しにかかった。
それを身をよじることで回避すると、顔を両手で掴み膝蹴りを浴びせる。完璧に入った、がアクトロは怯まずに反撃する。
ルナ一人では、アクトロに致命傷を与えるには足りない。それは先ほどの戦闘で明らかになっている。
アクトロが笑った。
(時間稼ぎのつもりだろうが、龍人だけでも俺を殺しきれない。俺の勝ちは確定した)
だが、ルナも笑った。
位置的にはアクトロの真後ろに立つイフリートが全ての予測を終えた。それを察知したのだ。
瞬間、圧倒的な存在感が空間を支配した。アクトロが思わず振り返る。
その存在感が、俺と戦えと、そう言っていたから。
そこにいたのは、無防備に立ち、そして右手を横にあげたイフリートだった。
アクトロはイフリートの行動に疑問を覚えつつ、ルナの位置を確認する。
動いていない、あくまでもイフリートに最後を譲るつもりなのか。一撃必殺の技を使うつもりらしいイフリートもまた動かない。
ならば、律儀に一撃必殺を撃たせてやる必要はない。死角から確実にイフリートを殺す。
踏み込み、一瞬でイフリートの真後ろへと移動すると、右腕から一撃を頭へ繰り出す。
イフリートの行動を度外視した行動。
しかし、イフリートはそこまで予測していた。その上で、ルナを信じて何も言わなかった。そう、ルナは龍人の、イフリートの護衛。
護衛対象が窮地に立たされているこの状況で、見過ごす護衛など、この場にいるはずがない。
アクトロの右腕は、ルナが完璧に防いだ。だが、まだ左腕が残っている。
頭から、腹へと狙いを変えて、アクトロの左腕が動いた。ルナも反応するが、間に合わない。
丸太のように太い、『部分悪魔化』した腕が、細いイフリートの腹をいとも容易く貫いた。
(死んだな)
確信して、左腕を引き抜く。
そこで異変に気付く。アクトロの左腕がありえないほどの力で固定されている。
だが、目に映る障害物はイフリートのみ。たかが龍人にこれほどの力はない。
否、『自己再生』を持つイフリートだからこそできる方法がある。
今イフリートは、際限なく『身体硬化』で腹部を硬化し続けている。それこそ、ありえないほどの硬度になるまで。
痛みは、気にしない。
痛みで途切れそうになる意識は、『自己再生』で無理やり繋ぎ止める。
何より優先すべきは、アクトロの腕を固定しておくこと。それだけを考え、実行する。
そして、
「『操炎』」
弱々しく、だけど、聞こえる声量でイフリートが言った。
炎を纏い、至近距離にいるアクトロに少なからずダメージを与える。
(このまま俺を焼くつもりか? 残念だったな、この程度の熱量ならお前の命を絶つ方が断然早い)
事実、アクトロが感じるのは、そこまでの痛みではない。我慢できるし、無視もできる。
だから、この一手は無意味。
アクトロはそう考え、もはやほとんど力の入っていないルナの防御から、右腕を自由にする。
そして、頭を潰す。
その前に、イフリートはまたギリギリ聞こえる程度の大きさで言う。
「『蒼炎』」
『操炎』で纏った炎の全てを右手のひらに集中させる。
その魔術の異常さに、アクトロは危険を察知する。
(凝縮させた!? まずい、あれは俺を殺せる!)
すぐさま、逃げようとするが、もちろんできない。
殺すために放った左腕は、今イフリートの腹でしっかりと固定されている。イフリートごとは、魔術が命中してしまう。右腕を使って殺そうにも、イフリートの方が早い。
そこでアクトロは気づいた。この状況はイフリートが作り出したものだと。
あえて攻撃を受けて、左腕を固定して、そうしてアクトロを逃げられなくした。
イフリートにはアクトロを殺しきる力はない。そう見誤った、アクトロの責任。
だが、殺されるわけにはいかない。強行手段に出る。
アクトロは後ろに全力で移動しようとする。完璧に固定された左腕がミシミシと悲鳴をあげる。
イフリートはあらかじめ足を魔術で固定して動かないようにしていた。
それでも、それさえも関係ない。このまま左腕を引きちぎって、『蒼炎』を避ける。そういう算段だった。
アクトロは思ってもみなかった。それすら読まれていることに。
「逃げるなよ? 正面から勝負しようぜ? アクトロ・デルバ」
鮮やかな赤い目とと、妖しげな色の魔眼が光る。
心を見透かされたようで、もう何も考えられずにただ大声をあげながら、アクトロは右腕を振るう。
「うわあああぁぁぁっ!」
アクトロだって分かっていた。
いくらステータスで勝っていても、これだけは、この一瞬だけはイフリートの方が早いと。
己を責める時間も、悔いる時間も、嘆く時間も、何一つ与えずに、アクトロの視界が青く、蒼く、染まる。
幻想的な青色が、全てを覆った。
何も感じることなく、アクトロの体が灰と化す。
残ったのは、激痛で狂いそうになるイフリートと、そのすぐ横で倒れるルナ、そしてイフリートたちに守られたイストたち。
ダンジョン、全二十一層。
その全てを攻略した瞬間だった。
台風がすごいらしいです。分からないですけど。




