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六十五話 ルナVSアクトロ

この俺を魔人にしてくださった、偉大なる悪魔に最大限の感謝を示しながら、俺は目の前の敵へ名乗りをあげる。


「偉大なる悪魔より力を授かり、魔人となった。俺の名はアクトロ。アクトロ・デルバ」


このダンジョンの最奧で待ってから、数週間。敵が来たのは初めてだ。

 だからこそ気分が上がる。そして、だからこそその場に雑魚がいると、どうしても許せなかった。

 殺す気で攻撃した。だというのに、あの雑魚は生きている。

 まあ、気にする必要はない。今の攻撃にまったく反応できないようなら、この戦闘に支障はまったくない。

 久しぶりだ。思いっきり戦って、


「全員皆殺しだ」


気配を吐き出す。

 奴らには申し訳ないことをした。俺がここにいるせいで、地下十六層から十九層までは、大した戦闘もできずに、ボス戦は準備運動くらいにしかなっていないだろう。

 まだ最高の状態ではない。だから、最初は手加減しよう。奴らの体があったまるように。


「行くぜぇ!」


まずは正面にいた前衛と思わしき『人種』二人に向かって走る。

 悪魔より賜った槍で突く。そこまで速いわけではない。二人がかりで攻撃をいなすと、右から女の方が懐に入り反撃してくる。

 俺はそれを、槍を手放し、持っていた右手を戻す勢いで後頭部を殴って阻止する。

 すぐさまもう一人の男が、左から剣で攻撃してくる。

 今度は余裕を持って、剣を左手で掴むと、折らないように加減して、剣ごと投げ飛ばす。

 足で槍を宙にあげると、掴む。

 次は後衛の二人だ。

 一人は正面から、もう一人は右から魔法を放つ準備をしている。


「『風輪』!」

「『水弾』!」


一発ずつ、魔法が飛んでくる。

 だが、これに大した意味はない。あるとしたら、前衛たちが起き上がるまでの時間稼ぎか。

 俺は魔法を槍で薙ぎはらう。

 時間稼ぎには、本当に一瞬で十分。それさえあれば前衛は起き上がる。

 俺からしてみれば奴らの体が温まるまで、本気を出すつもりなどない。だから、本来ならもう少し時間をかけて迎撃しても良かった。

 だが、状況が変わった。

 ここまで完璧に気配を消し、そして俺に存在そのものを気取られないように行動し、事実俺は今この時まで全く気づかなかった。

 そんなやつが、一人だけ俺を本気で殺す気で攻撃をしに来ている。下手をすれば、本気を出す暇もなく殺される。

 これだけは手加減をやめて迎撃する必要がある。


「そこにいるのは分かってるぜぇ!」


魔力感知とは、自分の魔力を広く、薄く伸ばし、その魔力に当たったものを感知する、という原理だ。

 つまり、実体がないやつ以外には大抵この感知方法で、居場所を知ることができる。

 ちょうど俺の真後ろ。完璧に首を断つことを考えた立ち位置。

 だが、居場所が分かっていればどうということはない。

 槍を後ろに振るえば、何も見えないが、何かを捉えている感覚が伝わってくる。踏ん張りが効いていない。空中か。

 好都合。少し力を込め、飛ばす。


「くそ、気づかれたか!」

「発想は良かったんだがなぁ。魔人である俺と戦うならもう一工夫いるぜぇ?」

「そのつもり」


不意に耳元で聞こえた声。

 その方向には誰もいなかったはず!?

 まずい、払いのける前に攻撃を食らう。仕方ない。

 魔力を放出して、一瞬の衝撃波を放つ。魔人だからこそ出来る芸当だ。

 今度こそ確実に距離を取らせた。

 驚いたな、まさか衝撃が乗り切る直前に槍の下へ潜り込んで、逃れるとは。ステータスが高くないとできない動き。この中で一番警戒すべきは、透明になっているあいつか。

 幸い魔力感知から逃れることはできない。居場所は常時知ることができる。意識しておけば、そこまで脅威ではないか。


「お前ら、体は温まったか? 温まったな? なら、俺も本気で相手をしよう」

「! 全員、距離を取れ!」

「判断が悪い。そして遅い」


槍での攻撃を警戒して、槍の長さでは届かない位置まで移動しようとした。

 だが、俺のステータスなら槍の射程は考えなくても奴らとは十分に戦える。そもそも一瞬で近づいて攻撃すれば、距離をとった意味はない。

 こんな風に。


「一人目」


指示をした女の前衛の頭を掴むと、それを地面に叩きつける。脳が揺れたはずだ。これで復帰するのにだいぶ時間がかかるだろう。

 どうやらまだ奴らは、俺を完璧に魔人だとは認識していないらしい。俺がどれだけ脅威なのかを理解できていないらしい。

 ならば認識させよう。理解させよう。お前らの前にいるのは、紛れもない脅威であると。


「あまり舐めるな」


少しだけ気配の放出する量を増やす。

 しかし、魔人にとっての少しは、『人種』にとっては相当な量。威嚇というには強力すぎる。この程度で気絶してくれるなよ?

 一歩踏み込む。それだけでもう敵は目の前。

 唖然とするその顔を見ながら、鳩尾に一撃。

 が、防がれる。しかも何もないはずの空間で。

 透明なやつか。厄介な能力だ。使い手自身が相当動く。こいつから消しておくか。

 槍を持つ手から、槍自体へと魔力を込める。

 この槍の力は…………殺気!

 向けられた方向を向けば、魔法使いが杖を構え、魔法を撃とうとしていた。

 神経質になりすぎているかもしれない。たかが魔法使いだ。大した脅威じゃない。

 槍への魔力の注入をいったん止め、魔法使いに向かって、槍を振るう。だが槍では届かない距離にいる。

 魔法使いは安堵の表情を見せる。

 だが違う。俺の目的は届かない槍を振るうことじゃない。お前に確実に命中する攻撃を行うための準備をすることだ。

 届いた。


「油断してんじゃねぇぜぇ!?」

「なに!? あっ………がはっ!」


瞬間、魔法使いの体から鮮血が流れ出る。前衛の体ではない。耐久力もまず間違いなくない。故に今の一撃は致命傷だ。

 先ほど前衛の女を地面に叩きつけた時とは全く違う。死に直結する一撃。

 前衛の男の方が狂ったようにこちらに攻撃を仕掛けてくる。

 連携も何もない、単調な攻撃に当たってやるほど俺は弱くない。

 足を払うと、太ももの辺りに槍を一刺し。これでまず動けない。


「み、皆………嘘、でしょ」


小柄なもう一人の魔法使いが怯えるように、そう言った。

 そうだよな、嘘であってほしいはずだ。だが、これは一切の嘘を含まない現実だ。

 自分の無力さを悔いながら、死んでいけ。

 俺は最初に言ったはずだ。全員皆殺しだと。

 槍を構えると、俺はそれを魔法使いへと投げ…………弾かれた。

 またもや透明なやつか。


「邪魔するなよぉ」

「…………こっちは怒ってる。イストたちのこともそうだけど、それよりもツカサを最初に雑魚って言ったとこに、怒ってる」

「ツカサぁ? ああ、あの雑魚のことか。本当のことを言って何が悪い?」

「雑魚じゃない!」


姿は見えない敵が、目の前に迫ってくるのが分かる。

 魔力感知でどう動いているのかが分かる。

 なのに、どうしてだ。対処できる気がしない。

 いや、気のせいだ。ありえない、魔人である俺が迎え撃って、そんなことが起こるはずがない。

 魔力感知で今の体勢を大まかに知る。そして特に守りが薄い場所を目掛けて槍を突く。

 空中で大振りを繰り出そうとしていた敵は、体を丸めると、武器で受ける。

 あの体勢から、攻撃を防御した?

 俺が驚いていると、視界の左に突然ナイフが現れる。

 透明化を解いた!? いや、それよりも、武器を手放した!? つまりこいつは今素手。何の武器も持っていない状態ということ………いや、そんなはずはない。

 武器を手放したと油断させて、俺から透明化を解除したナイフへの関心を無くさせ、またナイフを掴んで透明化、そのまま攻撃するつもりのはずだ。

 なら、あのナイフから目をそらすわけにはいかない。


「簡単」

「は? 何が………!?」


俺は一瞬で危機を察知。

 魔力による衝撃波で周囲から全てを吹き飛ばす。

 …………武器は一本ではない。元から二本あったのだ。一本目の武器の透明化を解除して、気をそらさせ、二本目で俺のことを殺すつもりだったのだ。

 戦闘慣れしている。確実に敵よりも生きている俺を、ひっかからせるほどに。


「魔人でも、人。ものが見えれば、少なからずそっちに視線がいく」

「いいねぇ。殺し甲斐がある」


未だ透明な敵が、目の前に迫ってくる。

 今度は魔力で迎撃はしない。まったく見えない敵に近接戦闘をする。

 ここまで攻防を繰り返しても、俺もやつも傷を負っていない。俺はもちろんのこと、敵も相当な実力者だ。少なくとも弱者ではない。

 だが、どうしてだ。決着を引き延ばしている気がするのだ。まるで、何かを待っているかのように。

 まさか、俺が撃沈させた奴らが起き上がるのを待っているのか? あの中に俺を殺せるような実力のやつは誰一人としていなかった。仲間への異常な信頼故か、それとも本当にそれを為せる者があの中にいるのか。

 いや、後者は絶対にありえない。ならば仲間への異常な信頼か。

 しかし、起き上がってくる者などいない。全員が全員、致命傷。唯一、何の傷も負っていない魔法使いはいるものの、正直そいつは使い物にならない。


「お前は何を待っている?」

「………………」


少しの沈黙。

 そして、そこに音をもたらしたのは、瀕死の魔法使いだった。


「ぐぅおおおおおぉぉ!」


自滅覚悟で魔力を練った魔法。魔力の衝撃波では対応できない。だからと言って槍で対処しようにも、間に合わない。

 俺はとっさに槍に魔力を込める。先ほどは、中断され発動できなかった槍の力を使う。

 念じると、それに応えるように槍が形状を変える。一度分解され、そして盾に。

 大盾へと変わった槍で、俺は魔法を受ける。どれだけ魔力を練って魔法を撃とうが、悪魔より賜ったこの『変器』にかかれば、そよ風だ。

 事実、俺にはほとんど衝撃を伝えずに、魔法が消える。

 もちろんお前のことも忘れてはいない。魔法使いとの位置関係的に俺が真後ろを向いた隙を狙って俺を殺そうとするはず。

 元から隙などない。奴の攻撃は大振りになるだろう。俺はその隙をつく。

 『変器』の形状を剣に変え、後ろを振り向きざまに剣を振る。

 敵は受けた、だが体勢は乱れた。今なら傷を負わせられる。

 流れるように『変器』を今度は双剣に変え、手数に物を言わせて攻撃する。

 だが、全く攻撃が当たった感触がない。

 そこで、俺はそういえばと思い出す。俺の視線誘導のために使われたナイフがなくなっていた。どのタイミングでかは分からないが、回収したのだ。

 ならば、今やつが持つ武器は二つ。『変器』の双剣の状態でも捌かれるのは、敵の技量を察すれば当然のことだった。

 そして、完璧に捌き切られる。まさか、ここまでとは。


「名前を聞きたい」

「…………ルナ」

「ルナか。姿を見せてはくれるか?」

「断る」

「そうか。では殺した時にでも姿を拝むとしよう」

「無理だと思う」

「ほぉ、お前は殺せないと?」

「うん」


有り余る自信。

 なるほど、まさしく強者。

 悪魔はこの出会いを察知したが故に俺をここで待たせたのか。

 ここまで捌かれては、こちらも手の内を見せなければいけないな。

 俺は、雑魚を吹き飛ばし、魔法使いを瀕死に追いやった技能を使う。


「全力で相手をしよう。『魔力撃・線』」


思わず素の口調が出てしまう。

 だが、今更気にしても仕方ない。

 俺は双剣となった『変器』を、やたらめったらに振り回す。しかし、目的がないわけではない。

 『変器』には、魔力を纏わせ、その魔力を飛ばす機能がある。だが、魔力だけでは威力はない。ただそこに残留し、いつか消えるゴミだ。

 そのゴミに、意味を持たせるのが『魔力撃・線』という技能だ。

 線状の残留する魔力に限り、その魔力に威力を与える効果を持つ。

 今振っている『変器』から飛ばした魔力は、少し離れた場所で残留する。その魔力を威力ある攻撃に変え、自分の任意のタイミングで発動させる。

 言ってしまえば、俺の周囲は突っ込めば重傷は免れない、死地だ。

 どうするのだ、ルナよ。いくらお前でも、これを完全に回避することは不可能だ。


「さあ、来い」


そして俺はすぐにその認識を改めた。

 ありえない。ありえないのだが、確実に目の前で起きていることは事実だ。

 ルナは、俺が残留させた線状の魔力全てを、避けながらこちらに移動してきている。魔力感知がおかしくなければそのはずだ。

 ほんの少しの間をくぐり抜け、あるいは跳んで、全てを避けて進んでいる。

 気づくはずがない。生物にとって、魔力とは不可視のものだ。生命そのものである魔力は見えるはずのないものだ。

 だというのに、一体どうやって!?

 『魔力撃・線』が威力を持たせられるのは、あくまでも魔力そのものだけだ。だから、残留する魔力から少しでも離れれば、攻撃を受けることはない。

 故に、今のルナに攻撃を当てることはできない。

 気づけば、ルナはすぐそこまで迫ってきていた。勘だけでここまでのことをするとは考えにくい。何らかの技能によるものだろう。

 俺を目前にしてルナがさらに速度を上げた。まだ上がるのか。

 そして、またもや透明になる。しかし、今度の俺に焦りはない。残留させた魔力に触れないように動くため、そこまで奇怪な動きをすることは絶対にない。ルートは幾つかに絞ることができる。

 どうせ魔力感知でルナのいる場所は把握してある。

 もはや透明化など無意味だ。


「そこだ」


『変器』を振るう。

 確かな手ごたえ。防御されているだろうが、それでいい。何故なら、防御したなら、ステータスの高い俺が吹き飛ばせる。魔力のある場所へ。

 それは回避でも然り。どちらにしろ、ギリギリで移動してきたルナを動かすことが、俺の攻撃だ。

 『変器』を振り切り、ルナを魔力のある場所へと吹き飛ばす。ルナも気づいているはず。しかし、今空中にいる、その状態から回避することは絶対に不可能。

 『魔力撃・線』発動。

 何もない空間に衝撃が生まれた。ルナはそれが起きることを把握している。ナイフで防御しているようだ。

 だが、無駄だ。衝撃を受け流すことはできない。衝撃を無くすためには、魔人である俺が残留させた魔力を斬るか、同等の量の魔力で相殺させる必要がある。

 これだけは断言しよう。どちらの方法も不可能だと。

 『魔力撃・線』が発動する、ほんの瞬間前、魔力が消失した。

 理解が遅れ、固まる俺を見据えながら、透明化を解除し初めて姿を見せたルナが言った。


「あなたに私は殺せない。だって、あいつがいるから」


ルナが指差した方向には、俺が最初に『魔力撃・線』で攻撃した雑魚がいた。

 ゆっくりと立ち上がり、あまりに濃密な気配と殺気を放出する真っ赤なそいつは、まるで死神のようだった。


「そろそろ終わりにしようか。アクトロ」

前の話までで、テンポが早いなと思った方。間違いじゃありません。

 アクトロのせいです。あのダンジョンにいる魔獣はアクトロの気配を察知して、階段近くに寄らないようにしています。そのため、戦闘もほとんどなく次の層へとスムーズに行けました。

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