五十三話 慌ただしくなる状況
確かに姿は主様だった。だが、あの気配は確実にこの森で一度だけ主様の体を使って現れた『神種』だ。
何をきっかけにかは知らないが、どうやらまた主様の体を使ったらしい。
主様は返すと言っていたが、それでも不安だ。
まあ、その不安を口に出したところで状況は変わらないし、断れるほどの力を持っているかと言われれば、否定する他ないのだが。
現在、目の前の敵を追っているのだが、チラチラとこちらを見てくる。私の存在に気づいたのか。いや、この感じは主様の方向に気を配っているな。何か置いてきたのか?
あの娘以外に、それほど重要そうなものはなかったと思うが。
しかし、先ほどの敵と比べるとどうしても見劣りしてしまうな。やはり、あの単身で乗り込んできた敵は精鋭中の精鋭らしい。あれ以上の実力者はそうそういないか。
残念ではあるが、とりあえず逃げる敵の目の前まで移動し、そして頭を掴んで、移動を止める。
「おい、どこへ行く?」
「ひぃっ! 嘘だろ、こいつまで化け物なのかよ!?」
こいつまで、ということは、あの『神種』と戦ったのか。よく逃げ延びたものだ、相当上位の『神種』だろうやつから。
おっと、感心している場合ではない。
早めに終わらせて、主様の状態を確認しに行かなければ。
娘を、男が担いでいた肩から、こちらに寄せると、すぐにとどめを刺す。
「撃てぇぇぇ!」
背中に衝撃。さらに追加戦力か。人数は少ない種族だと思っていたが、どうやら違ったらしい。
攻撃が放たれた方向へ向くと、そこには数人の魔法使いがいた。
しかし、主様の魔術の威力と比べると、あまりに幼稚だ。手加減ではないだろうな、全力だろう。
「なんだ今の攻撃は?」
そう言うと同時に、頭を掴んでいた男の心臓を貫く。
こいつが生きていると、あとあと面倒くさいだろうというところからだが、どうにも相手へ恐怖を与えることに一役買ったらしい。
「もう少しマシな魔法を打てないのか?」
「ひ、怯むな! 戦闘で少なからず消耗しているはずだ! 今がチャンス………………えぁ」
隙だらけだったので、『風爪』で頭を跳ね飛ばした。
なんだ、作戦の内ではなかったのか。
しかし、消耗とは。多少強かったとはいえ、いくらなんでも肩で息をするほど体力を消費したわけではない。
確か、相当消耗させられた状態で、相当強い冒険者が何十人単位で襲ってきたとは、さすがにもうダメかと思ったが。
たとえ肩で息をしていても大して強くもない奴らが、たかが数人集まっただけの集団に負けるほど、私は弱くない。
「急ぐので、全員そこから動くな」
『風爪』で横一線。
ほとんど抵抗なく切れた首は、簡単に頭を宙へと放った。
少し時間がかかったな。すぐにでも主様の元へ、この娘を連れて戻らなくては。
「『誘縛』、そして『動縛』『魔縛』」
「な!?」
一瞬で三つの魔法を使ったのか!? 今までとはまるで格の違う敵のようだ。
そして魔法の精度も高い。今、私を縛っている魔法は二つだけ。最初の一つの魔法は二つ目以降の魔法をかけやすくするため。だというのに、動きの大部分が制御されている。今動かせるのは口と目だけだ。
「間に合ったか。逃げた時はどうなることかと思ったが、こうして彼女が戻ってきたことを考えると、少し遠回りをしただけということになるな」
近づいてきた敵は、抱えていた娘を私の腕から取ると、付き添いのような者に抱かせた。
失態だ。いくら主様のことがあるとはいえ、いくらなんでも気を抜きすぎた。そしてここまでの魔法の使い手がいると、想像しなかった。
「さて、君は彼の従魔だったね。私が十分に離れてから、この魔法を解く。ああ、抵抗はしない方がいい。今、君の主人のすぐそばには、彼を捕まえられる人間がいて、見張っている。君が抵抗するようなら、彼をすぐ捕らえ、拷問する。そうだ、龍人の彼に伝えておいてくれ。これ以上首を突っ込まないなら、この件は不問にする、と」
私は、敵が十分に離れ、魔法が解けるまで抵抗せずに黙って大人しくしているしかなかった。
ふと目が覚める。
地面とキスする感じで寝てしまっていた俺は、思わず飛び起きた。
なんだ、何があったんだ。
「確か………あいつを守って戦ってて、それで………………」
敵を全員倒した、と思ったところから、四肢と首が切られた光景がフラッシュバックして、俺はどこか再生できていないところがないかを確認した。
両腕、両足、そしてなにより首が当たり前のように、あるべきところにある。良かった、さすがは『自己再生』だ。致命傷でもやっぱり再生するらしい。
「だけど、やっぱり連中、目的は忘れちゃいなかったな」
見回すと、俺が気絶させた敵はいたが、姉の姿はどこにもなかった。
わざわざキツいことまでしたというのに、敵の勝利に終わってしまった。
追いかけるか、いや、それならルファーを待ってからの方がいいだろう。『自己再生』で魔力やらなんやらは戻ってきたが、精神的にまだ万全じゃない。もう少しでいいから休みたい。
ルファーを待つ、ついでに少し休ませてもらおう。
大丈夫だ、まだどうにかなる。
少しして、そろそろ精神的に万全に近い状態になった時に、すごいスピードで何かがこちらにやってきた。
「な、何だ!?」
「主様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
声がした方へ向くと、声の主の姿をこの目に捉える前に、俺の目の前が物理的に何かに遮られて真っ暗になった。どうなってんだ?
あー、なんとなく状況を把握した。
「おい、リル。離れろ、すごく邪魔だから」
「嫌です! どこか怪我してませんか!? 傷が治るからって無理してませんか!?」
「してねぇよ! 急にどうした?」
「そ、それは……………」
「とりあえず何があったか話せ」
リルが少しずつ、何があったのかを話し始めた。
……………………………なるほど。
トップ自ら出てくるかよ。リルでも不意を疲れたのか。そして俺に釘をさすことも忘れてねぇ。
そこまでしてでも、あの姉は手中に収めておきたいのか。
妹は確か、結界を維持するための魔力がどうのこうの言っていた。そろそろちゃんと認識して、対策を練らなきゃいけない。
あいつにとって、いや森人全体にとって、姉は生贄ってわけだ。
やけになるのは、森を覆う結界が森人の存在を隠すための防衛戦だから。まあ、引きこもってる場所から離れたくない気持ちは分からんでもないが。
だが、少女一人を殺してまで引きこもりたいかと聞かれたら、俺はノーだ。そういう世界じゃなかったっていうのもあるが。俺だったら罪悪感で死にそうになる。
ふぅ、よし、行こう。待ってるかどうかは知らないが。
「リル、立てるか? 行くぞ」
「なっ、まさか小娘を取り返しにいくのですか!? 無茶です、冗談も大概にしてください! 私でも不意打ちを食らったんですよ!? 主様に勝ち目があるとは思えません!」
「やってみなけりゃ分からない、とは言えないか。でもまぁ、やれるだけのことはする」
「そこまでする理由が分かりません! 主様はよく言っていたではありませんか、目立たずに生きると! 今ここで、行動するということは、主様の目的とは食い違います! それでも行くというのですか!?」
「ああ、行く。まあ、確かに俺がいつも言ってることとは正反対だよな。でも俺だってちゃんと考えて生きてる。許容できない現実だってある」
リルが、俺を気遣って言ってくれてるのは分かっている。
だが、やっぱり気に入らないことだってある。人間ですし。
例えば今だ。
「そうかもしれません、ですが!」
「あぁ、悪い。今ある感情は一気にあるやつにぶつけたい。とりあえずついてきてくれるか?」
リルはおし黙った。
俺はそれを肯定とみなして、技能で身体能力を強化すると、走り出した。
イラついてる。もしかしたら、前世でもここまで怒ったことはないかもしれない。まあ、誰かと会話を取るような人間でもなかったから、そもそも誰かにキレるっていうことがなかったんだが。
前世では、他人なんてどうでもいいって思ってたなぁ。勇気出して声かけたところで、暴言吐かれて終わりだったし。そこで終わらなかったら、いじめられてるし。
とりあえず、俺の中ではとても珍しい感情だった。だから、使い方も、どこに向けていいのかも、発散の仕方も分からない。
だから、最初に思い浮かんだやつにこれをぶつけることにした。
まあ、俗に言うただの八つ当たりだ。
「追いついたな。うちのリルがお世話になったみたいじゃねぇか。お礼だなんだを言いに来たぞ」
「なんだ、君か。おかしいな。つい先ほど、そこの君の従魔にもう関わってこないようにと、伝言を頼んだはずだが?」
「おう、聞いたぜ。その返事を言いに来たっていうのもある」
「ほぅ、律儀だね。まあ、こうしてここに立っているからなんとなく返事は分かってるんだがな」
「お察しの通りだ」
俺はベロを出して、大きく言い放った。
「断固拒否する!」
「やはり小僧か。ならば、貴様などいらん。今すぐ出て行くか。ここで消えるかの二択だ。選ばせてやろう」
「おお、ありがたい。じゃあ、ありきたりに三つ目の選択肢を選ばせてもらおう。お前の抱えてるやつを奪って、トンズラ」
「何?」
「リル、今だ!」
一瞬の油断をついて、リルが腕から姉を取り上げた。
それを認識すると同時に、迎撃態勢をとられた。
まあ、俺が全力で阻止するがな。
直列思考!
「『風天龍・小』」
一度発動させた時に、既に確信している。この魔術は鬼火のように軌道を変えられる。風属性の魔術なら、当たり前かもしれないが、この魔術は風を凝縮して作ってある。
凝縮してあるとはいえ、多少の風は漏れている。それでも普通の風属性魔法くらいの威力はある。そういう風に調整した。脳への負担はヤバいが。
だから、あの小さな龍が敵の近くを飛び回る。それだけで十分な妨害になる。
「くっ、なんだこの龍は! 鬱陶しい!」
「当たり前だ。そんな感じになるようにわざわざしたんだよ。だいぶ疲れたぞ。まあ、そのかわりにお前の足止めできてるけどな」
「私と魔法で戦うつもりか? 浅はかだな。龍人では勝てないとその身で知れ」
「断る。一人で魔法勝負でもしてろ!」
俺が使ってるのは魔術だもんね。
魔法で戦う気は元からねぇよ。まあ、絶賛劣勢だが。
垂れてきた鼻血を拭う。あっちがノータイムで撃ってくる魔法を、こっちは直列思考、並列思考、どっちにしろ脳に負担のかかる力で魔術を構築して対抗しないといけない。
はっきり言って、勝ち目なんてない。
ただでさえ、そうなのに。
「『風刃』『乱風』『砂煙』『暴縛』」
「うぉ、ちょっ、待て…………!」
捌ききれない!
攻撃系の魔法を防ぎきれずにいると、捕縛系の魔法で身動きが取れなくなった。
嘘、全然動けない。魔術は………、
「『魔縛』」
使えたと思ったら、すぐに使えなくなった。これも魔法か?
まあ、どっちでもいいか。どうせ攻撃手段がなくなった。
くそ、こいつどこまでも俺とリルを殺さないつもりだ。多少の傷はつけても、無力化に収めてくる。
何を思ってか知らないが、とりあえずリルが十分な距離まで逃げられるまでは時間を稼がないとまずい。
けど、それ以上にこの状況がまずい。
行かれる、それだけは阻止しないと! 何か、何か手はないか。
………………やれることを全部試すしかねぇ。
魔術は使えない。技能で強化した身体能力でならどうだ?
「ぐ……………おおおぉぉ!」
無理か。元からこの方法での脱出は諦めてたけどな!
あとできることは……………ゴリ押しかな。
思いつきだが、もしかしたら魔力を大量に放出したら、壊れるかもしれない。
今度、どのくらいの魔力で壊れるのか、調べてみたい気もするけど、今は無理だな。
全力で放出しよう。
すると、あれ、壊れたよ。
なんだよ、割と簡単に壊れるじゃないか。ここまで悩む必要なかったな。
「なっ!? なんだ、その魔力の量と濃さは!?」
「ああ、うん。誇れるのがこれとあともう一つだけなんだ」
「くっ、まさかこうも簡単に攻略されるとは! だが、もう魔力は尽きただろう」
いえ、全く。それもこれも『自己再生』のおかげです。とは流石に言えない。ステータスの表記で体力が無限、ということももちろん言えません。
「そろそろ決着つけたいな」
俺はその言葉を皮切りに、魔術を構築し始めた。




