五十二話 逃す
敵はどれほどだ。数が知りたい。
敵の実力はどの程度だ。
俺に今、全ての敵の動きや、場所を把握できるのか?
分からない。だが、こんな状況になってしまったのだ。もう把握しきって、そして倒すしかない。
「離れるなよ! 絶対だぞ!」
「分かりました、ですが大丈夫ですか?」
「知らん! 今から大丈夫にするんだよ!」
一人仕掛けてきた。
魔術で迎撃してやる余裕は、並列思考をいくつも展開している俺にはない。並列思考に直列思考まで使うことは今は無理だ。
なら、技能で応戦。『血への渇望』を使い、1分間の身体強化をすると、死に物狂いで足を掴み、ぶん投げる。
これで一人は数秒間使い物にならなくなる。だが、100人以上まだまだいる。すぐに復帰もしてくる。
さて、現在全力で並列思考でそれぞれ魔術を構築中だが、構築し終わるまでに一体どれだけの敵を戦闘不能にさせられているかが勝負の鍵だ。
出し惜しんだら、龍人の俺はすぐに負ける。後ろのこいつはなんとしてでも守る。
「さあ、どっからでもかかってこい!」
その一言で、敵は全方位から一気に襲いかかってきた。
俺のせいだけど、くそ、逃げ場がない! いや、よく見ろ。どこかにあるはずだ。手薄な場所が。それを見つけろ。
周りを見回し、残り少ない時間で突破口を探す。
そして見つけた。
ジャンプしたせいで地面と足との間に隙間ができてる。
あそこならギリギリ通れる。まだ効果の残っている『血への渇望』で強化された身体能力で姉を引っ張って、隙間を抜ける。
そして、簡単な魔術だったため、今ちょうど構築し終わった魔術を後ろにいる敵に向かって、放つ。
「『炎球』」
背中に火傷を負った敵は『炎球』の勢いもあり、地面とキスした。
よし、このままの感じで…………そう思っていた俺が、なんとなくで向いた後ろには、肩で息をしている姉がいた。
そうだ、俺は自分で動いていたから、全然大丈夫だった。でも、姉は急に動き出した俺についてきたんだ。遅れずに。俺に合わせた。それだけ疲れる。この調子だと一回や二回が限界だろう。
もう逃げは使えない。とことんまで攻撃するしかない。
余裕がない中、俺は魔力感知をするように魔力を円状に広げた。
これで動きは把握できる。その分、脳に負担もかかるけど、『自己再生』で治る。ごり押ししてやる。
もうほとんどの魔術は出来上がっている。
「来いよ、もう逃げねぇ。殺すつもりで、全力で!」
魔力のおかげでさっきより状況が把握できる。
しかも先の移動のおかげで敵は全員前にいる。構築した魔術で最高火力を。
「『炎天龍』」
もう森への被害なんて気にしてられない。
やらなきゃやられる。
『炎天龍』は確実に敵に命中した。だが、龍という姿を取っている以上、どうしても攻撃は直線的になる。それを見破られ、横に避けた奴らが相当数いる。避けられなかったのはほんの一部だ。
まだまだ残ってる。こちらに走ってくる奴らに向かって、攻撃の魔術を使うよりも先に俺がした行動は、防御の魔術だった。
「『土壁』!」
すごい勢いでこちらにやってくる敵の速度を利用させてもらった。
目の前に突然何かが出てきても、速度があれば、人間そう簡単には止まれない。ここでさらに数人が顔面を打ち付けた。
だが、さすがは戦闘慣れしている。
一瞬の判断で、魔法を使って上に飛び、『土壁』を回避した。
今度は上から。問題なく迎撃できる、はずだった。
それを止めたのは、俺が最初に投げ飛ばした敵だった。俺の腕を後ろから鷲掴みにして、動かないように固定された。
「よくやった!」
そんな声が聞こえると同時に、俺の体を痛みが走る。
くそ、魔法か。
敵は着地と同時に俺を無視して、姉の方へと走り出す。
「悪いが、それはさせてやれないんだ、よっ!」
『身体強化』を一瞬発動させ、拘束を振り解くと、すぐに後ろを向き、準備していた魔術のうち二つを使う。
「『炎壁』! 『暴炎』!」
姉の体からは離れた位置で『炎壁』を発動させる、そして敵には『暴炎』で攻撃。
『炎壁』には少し細工をしてある。俺の『操炎』の炎属性の魔術、魔法を吸収するのと同じ能力を与えておいた。
そのおかげで姉には『暴炎』は届かない。
まあ、それをするために直列思考を使って、緊急で細工したせいで脳への負担は大きいが、耐えていればすぐに治るだろう。
炎は敵を飲み込み、確実に戦力を削いだ。
だが、姉に被害が及ばないように『炎壁』は、囲むように姉を中心に、離れた場所に円状に展開させてある。
つまり、敵が入り込んでいる可能性もある。『血への渇望』の効果はまだ残っている。踏み込んで、『炎壁』の壁を目指して突っ走った。
そして突っ込む。
焼けるような痛みが走るが、気にせず中に入ると、やはり敵がいた。それを、勢いをつけたパンチを顎に入れて怯ませると、さらに蹴りでバランスを崩させ、『炎壁』の壁で燃やす。
よし、よし! 半分は減らせただろうか。確実に数は減っている。
現在の敵の人数は……………ぴったり50人か。
だが、この人数なら、新しく魔術を構築しなくても、どうにかなりそうだ。
ちらりと姉の方を見て、息が整えられていることを確認する。最悪もう一度の移動はできそうだ。
「もう半分近くになった。近接で一気に仕留めに行くぞ」
魔術を使う俺への対策かな。
実際俺への対処法はそれが正解だ。近接では魔術はほとんど封じられる。本当なら使えるのだが、今はすぐ近くに姉がいる。俺も巻き添えにした広範囲攻撃は、そもそも選択肢から外さなければいけない。
そして、このタイミングで『血への渇望』も切れた。つまり、今の俺はステータスが飛び抜けて低いただの龍人だ。
一瞬の静寂の後、即座に襲いかかってくる敵の位置と攻撃手段を把握しながら、俺はもう一度『血への渇望』を発動させ、戦闘を試みた。
だが、数の暴力には勝てなかった。最初の数人はどうにか捌いたが、その後の怒涛の攻撃に俺は深い傷を負い、思わず膝をついた。
「く、そっ!」
体勢を直していられない。
手を後ろに向け、『鬼火』を放つ。軌道を変えられるものの、速度はそこまで早くないこの魔術が、敵に命中するまでの時間に、魔力感知で敵に位置を正確に把握する。
よし、今放った軌道は姉には当たらない。多少の軌道修正をして、敵に『鬼火』を命中させる。
体のどこかしらを焼かれて苦しむ敵、そしてそれを見て動きを止める敵。
俺はその隙に体勢を立て直し、一番近かった敵に全力でパンチする。技能で強化したステータスなら、一応相手にダメージを当てることはできるようだ。後頭部を打ち付けて、気絶した。
一瞬、腕が黒く見えた気がしたが、気のせいだろう。
残り、49人。
ギリギリだった。だが、この人数の敵となら、俺の勝ちだ。
「おい、移動するぞ、できるか!?」
「はい!」
敵から離れた位置まで移動すると、
「『風球・大』!」
俺は敵全員が入るように『風球』を発動させた。
真面目に作ってなかったせいで、まだ試作段階。そのせいで、一度『風球』として発動させないと使えないが、その分の時間を考慮しても、十分強力な魔術だ。
「『風球・無空』」
まあ、空気を無くす、っていうところから安直につけた名前だが、別にいいだろう。
『風球』からは少しずつ空気が抜けていく。この勢いなら、1分やそこらで真空状態になり、中に入っている敵は呼吸できずに死ぬだろう。
俺の立場上それができないんだけどね。俺は空気が抜け、呼吸できなくなり、気絶してしまった者から『風球』の外に出してやる。
友好条約なんて結んでしまった以上、さすがにこの森のやつを殺すのはダメだろう。
だが、この作業。思っていた以上に頭と魔力を使う。どちらも『自己再生』で治るのだが、一瞬でも、襲ってくる激痛ははっきり言って耐えられる気がしない。
早く終われ。そう願いながら、ただただ、一人ずつ外に出していく。
1分と経たずに気絶した敵全員を外に出す頃には、俺は汗だくでいつ倒れてもおかしくないほどの疲れていた。今までの魔力切れとは大きく異なり、魔力切れよりも何倍も辛い状態だった。
少しずつ『自己再生』でその症状が治まっていくのを感じながら、俺は目の前の光景を見て、どうやら死人ゼロでこの場を切り抜けたらしいということを確認した。
「はぁ、はぁ、は……はー。疲れた」
「大丈夫ですか? 相当魔力を消費したようですが」
「いや、大丈夫じゃないくらいには疲れてる。すぐに治るとは思うけど」
少し休まないとな。
そう思って、気を緩めた時だった。完璧に油断していた。
まだ敵がいるなんて、思ってもいなかったから。
「隙を見せてくれて感謝するよ」
「はっ? ……………………………」
あれ、おかしいな。どうしてみている景色が落ちてきてるんだ? 首は下げていないぞ?
どうしてだ、なんで自分の両腕が落ちてる。
どうして両足が見える。
どうして、四肢のない、自分の体が見える。
まさか……………死ぬのか? 致命傷だ。しかも、ほとんどの部位が体と離れている。まだしっかりと『自己再生』の再生の基準を知らない俺には、この距離で再生が始まるのかが分からない。
姉を守り切れてもいないのに、こんなところ、で……………ダメだ、眠い。抗え、ない。
そうして俺の意識は沈んでいった。
イフリートの四肢と首を切り落としたのは、森人の中でも気配の消し方が飛び抜けて上手い、3人組である。
彼らは、いわば本命であり、イフリートが戦っていた100人近い敵たちは陽動でしかなかった。
3人組はその優れた技術で、一人が右手右足を、もう一人が左手左足を、最後の一人が首をはねた。一切の淀みのない連携で切り落とされた四肢や腕は、切られた、という事実の認知が遅れるほどだった。
成功、作戦は完璧に成功した。
3人組も嬉しそうにハイタッチ。
イフリートは友好条約を結んだからには、死人を出すわけにはいかないと考えていたようだが、森人側はまるで違った。
すなわち、邪魔であれば殺す。
彼らはそのために駆り出されたのだ。
だが、森人の彼らにも、当の本人であるイフリートですら知りえぬ情報があった。
それは森人の彼らの唯一の失態であり、失敗だった。
殺されたはずのイフリートの腕は、足は、首は、何事もなかったかのように体の切断面とくっついた。再生した。
立ち上がると、どす黒い気配を漂わせ、それに合わせるかのように体全てが赤から黒へと色を変えた。
しかし、それは一瞬。すぐにどす黒い気配を抑え込むかのように、神々しい気配が、周囲に広がった。イフリートの体の色も赤へと戻ると、イフリート自身が目を開けた。
「な、なんで………殺したはずだぞ。いくら再生能力があるからって、それは反則だろ!」
「兄貴! どうすんだ!」
「とりあえず逃げるか!?」
「いや、俺たちの任務は、あの龍人の殺害だ。それをできなきゃ俺たちのクビが飛ぶ。やるしかねぇんだ」
腹をくくり、構える3人に対して、イフリートは自然な状態を保ったまま、ありえないほどの殺気を発した。
「貴様らか、私のイフリートを傷つけたのは」
3人の足は、震えに震えた。
本能は悟る。勝てない、と。
お得意の奇襲はできない。近接戦で勝てる自信は今消えた。逃げ切れる自信も今消えた。この場から生き残ろう、という野心はすでに折れかけている。
だが、それでも。戦って、勝たなければいけない。
「うおぉぉぁぁ!」
一人が飛び出した。
3人兄弟で言うところの末っ子にあたる彼は、兄たちによって育てられた。兄たちが死ぬところを見たくはなかった。だが、目の前の敵を倒せるとも思っていなかった。それでも一矢報いたい、そんな意思が彼を動かした。せめて、せめて兄たちが楽できるように。
思いと、今出せる全ての力を込めて、放った攻撃は、
「くらえぇぇぇぇぇぇぇ!」
「邪魔だ」
いとも容易く防がれ、流れるように男は殺された。
その動きに一切の躊躇も、慈悲もなかった。
だが、一瞬の硬直はあった。
その隙を狙っていたかのように、いや実際狙っていたもう一人の攻撃が、イフリートの体に襲いかかった。
避けられなかった。短剣での攻撃だが、体重の乗った袈裟斬りを胸に食らったイフリートは後ずさった。
「今だ、兄貴! その娘連れて逃げろぉ!」
「だ、だが! それじゃあお前は!」
「こいつは俺たちじゃ殺せない! さっき兄貴はあの龍人は殺さないといけないって言ってたけど、このままじゃ龍人を殺すどころか、娘の捕獲すら難しくなる!」
「それでも!」
「冷静になれよ! 俺たちの兄貴は誰よりもやるべきことを分かってたやつだ!」
「…………………くそ」
「頼んだぜ。安心しろ、弟の仇は俺が取る!」
兄貴と呼ばれた男、ガリアは振り向かずに少女のところへ。
無駄な抵抗などされないように手刀で首を叩き、落とした。
肩に担ぐと、一気に木を駆け上り、枝を足場に逃走した。
それを見た、残った男、ギリアはイフリートの方へ向き直る。1秒でも時間を稼ぐ。そうして、兄をサポートするのだ。
自分も死ぬだろう、だが、それがどうした。尊敬する兄のために死ねるのだ。なんの後悔もない。
胸の傷が完全に再生したイフリートは、こちらを憤怒に染められた目で凝視した。
恐れを消すために叫びながら、走った。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!」
「…………『神腕』」
不可視の腕に掴まれたギリアは、ただひたすらに困惑した。
どうして自分は浮いている。何かに掴まれている? 一体何に!?
その思考が答えに行き着く前に、ギリアは近くの木に叩きつけられていた。
「がっ!」
体の隅まで、衝撃が行き渡り、そして骨が折れる。どう考えても動ける身体ではない。ギリアは再生能力を持っているわけでもない。
だが、動いた。イフリートの体へゆっくりと近づいていき、抱きつき、その行動を阻害した。
振りほどかれると思っていた。しかし意外にも振りほどかれることはなかった。
それだけの力を使ってしまったのかと考えたが、イフリートの目を見て、ギリアは考えを改めた。
意に介してもいないのだ。お前の拘束など簡単に解けるという意思表示だった。
10秒が経過。イフリートはまだ動かなかった。
15秒、イフリートが動いた。
『神腕』でギリアを引っぺがすと、簡単に握りつぶした。
そしてガリアを追いかける。
が、すぐに速度が落ちる。
(嘘! よりにもよってこのタイミングで切れた!?)
イフリートがほぼ無意識で発動させた技能の効果は、今効果が切れたのだ。
今のイフリートの状態は『神種』に依り代とされているような状態に近い。つまり身体能力など、ステータスは基本的に龍人であるイフリートに依存する。
イフリートを依り代としている『神種』には、それを改善する力はある。
しかし、
(まだそうなるまでの時間は経っていない。馴染んでない!)
『神種』としての力をイフリートの体で使うには、あまりに時間が経っておらず、馴染んでいない。
(『極狼』の方は大丈夫かな。あの感じは良くて下位神だし)
やはりガリアの方へ向かわなくてはいけないことは明白だった。
しかし、龍人のステータスではいくら中身が『神種』でも追いつけない。
少しの時間思案していると、『極狼』リルファーが勝利を収めた。
好都合と、神々しい気配を放ち、リルファーを呼び寄せる。
「あなたは、あの時の………」
「時間がない、今すぐあの娘の後を追え。この体は必ず返す」
「承知しました。必ずあの小娘は取り返してきます」
信頼できる返事と共にリルファーは駆けていった。
それを見届けると、まるで魂が抜け出たようにイフリートの体は脱力し、地面に倒れた。
前回が前回だけに、主人公が弱い気がしてるそこのあなた。
きっとこれから強くなる。




