四十九話 裏が見え始める
深刻な顔をして、妹は話し始めた。
「この森に棲む森人という種族は、長いこと、この森から出られません。いえ、出ることはできます。しかし、出ようとする者は全て、掟を破った、という名目のもと、殺されました。
それは、何より森人という種族の存在が、世界に知れ渡ることを防ぐためです。
まあ、些細な動機で、我々森人はこの森に立て篭もるというか何というか………」
「引きこもったんだな。どのくらい前からなのか気になる」
「およそ、200年は前ではないかと」
「うわ、極度の引きこもりじゃん。ご近所にまで強要する徹底ぶりかよ」
「まあ、そういうことです。話戻しますよ。監視が来るまでに終わらせないと」
うん、俺と同じようなことで引きこもったから、つい、ね。
別にここまで話を邪魔するつもりではなかったんだ。ごめんなさい。
「しかし、森に引きこもっただけでは、すぐにこの森の場所がバレてしまいます。だから、結界を張りました。認識阻害の効果を持つ結界を。まあ、一人ほど、結界を張っているにも関わらず、この森の中に踏み入った奴がいますが」
「悪かったな。見えちまったんだよ」
「よく分かりませんが、常人には見ることはおろか、森があるという思考すら取らないような空間に出来上がっているはずなんです。そのおかげで200年もの時間を誰にもばれずに過ごすことができました。
しかし、さすがに無限に結界を張れるわけではありませんでした。魔力が必要だったのです。少しの魔力ではまるで足りません。もっと膨大で、かつ濃度の高い魔力が必要でした」
「…………………」
なんとなく、本当にうっすらだ。俺が聞きたくないから、頭が予測するのを止めているのだろうか。
とにかく、少しずつ一体この森で何が起きているのか。俺が裏で何かある、とそう思っていたことの全貌が見えてきた。
なるほど、あそこまで血眼になるわけだ。
しかし、俺にはある考えが浮かんだ。
「おい、その魔力………」
そこまで言いかけて、俺は言葉を止めた。扉が開いた。一応閉めておいたのだが、まさか俺がここに入っていることがバレたのか? いや、一応気配の放出なんかは止めておいたんだが。魔術を使ったわけでもないから、痕跡などから探知する分にはあまりに早い。この場所に入ってから、まだ10分と経っていない。
となると、見回りだな。うん、とても嫌なタイミングで見回ってくれたもんだ。
「見回りが来ました。隠れるか、逃げるかしてください」
小声でそう言ってくる妹の言うことを、素直に実行して、乱雑に置かれた物の山の中に気付かれないように気をつけつつ、隠れた。
息を潜めて、見回りが去るのを待つか。まだ、聞きたいこともあるし。
「おい、今誰かいなかったか」
「いるわけないじゃないですか。この建物の警戒態勢が、特に強いことは誰よりあなたたちが一番分かっているでしょう?」
「……………あまり我々を挑発しない方がいい。元はと言えば、君が悪いのだから」
言い方からして、ただの見回り、というわけではないようだ。地位は平の見回りより上だろう。しかも、俺の感覚だけで言えば、手練れだ。もし、俺が隠れていることがバレて、攻撃せざるを得ない状況になった場合、俺は何もできずに無力化されるだろう。奇襲を狙って、強化系技能を重ねがけしても、結果は大して変わらない、くらいには強い。
なるほど、これが何人も来たら、さすがの妹も力尽きるだろうな。
ただ、拷問するようなやつではないだろうし、話もできそうなやつなのですぐに出て行くだろう。
「おーい、戻ってくるまでが遅いですよ。どうしたんですか?」
「いや、なんでもない。用は済んだ」
「そうですか。それにしても、本当あいつ、拷問しても反応なくてつまんないですよね」
「反応を楽しむためにするのが、拷問ではない」
「えー、仕事も楽しまないと意味ありませんって。そういうわけで少しだけ拷問していきますね」
どうにも狂っているやつが入ってきた。
しかも、話が通じると思っていたやつも、止めようとしない。多分、少しだけ、という部分のせいで情報を聞き出すか聞き出さないか、くらいのギリギリな感じの拷問だと思っているんだろう。
まあ、目を見るからにそのくらいでやめるやつではないだろうな。
ほんの少しの希望に賭けてもいい……………いや、無理だな。
俺の方で気をそらすか。『譲渡』で治すことはできるとはいえ、精神的に戦えないようになっては使えない。戦力はできる限り多くあった方がいい。
だが、あんまり俺だとバレるようなことは控えるか。となると魔獣みたいに動いてみるか。
ローブの内側に手を突っ込むと、面がある。どうなっているのかは分からないが、四次元なんちゃらなんだろうか。まあ、いつか分かるだろう。
それよりも、面というのは言わずもがな、あの能面である。不気味さで言えば、だいぶ上位に位置するであろうこの面を使って、俺は一時的に魔獣になろう。
面をつけると、ローブで体のシルエットを見えないようにして、一気に隠れていた場所を魔術で吹き飛ばし、姿を見せる。
ゆっくりと奴らの方を見ると、ゾンビのようなカクカクした動きでそちらに歩いていく。
「うおぉ! なんだあいつ! どこから紛れ込んできたんでしょうね」
「分からない。だが、結界を意図的に侵入してきた初めての魔獣だ。気を引き締めろ」
「チッ、拷問はお預けかよ」
二人して、戦闘態勢をとる。もちろん俺はここで戦闘するつもりはない。
一瞬で強化系の技能を使うと、唯一この部屋にあった窓を割って、外に飛び出す。
これは俺自身が演じている魔獣にそれほどの知能があるわけではなく、この森に入ってきたのもただの偶然だと思わせ、油断させるためだ。
まあ、もちろん脅威として認識はさせる。その方が気を引くことができるからだ。
二人が俺の行方を探して、窓から顔を覗かせた。そのタイミングを見計らって、全力の濃度の魔力と気配を同時に放出した。
この濃度だと森全体に広がるかもしれないが、まあ別にそれでもいいだろう。いない魔獣をずっと探しているといい。
「おいおいおい、何だこの濃度の魔力と気配は。やべ、気持ち悪くなってきた」
よし、一人吐かせることに成功した。もう一人はやっぱり手練れだな。ずっとこっちを凝視してくるだけだ。
あっ、痛い。もう地面だったか。大丈夫、すぐに治るはずだ。というか、もしかしてこれ致命傷なのでは? あれ、でも治った。
図らずも致命傷は『自己再生』が治るのか、という疑問が解決した。
「あれ、あいつ死んだんじゃ!?」
「生き返ったな。十分脅威になり得る、本部に報告しておけ! 私は追っておく! 後からついてこい」
「分かりました!」
聴覚が少し鋭くなったのと、そもそもあいつらの声が大きいのとで、だいぶ高低差があるのに聞こえてしまった。
さて、と。ここからもゾンビな動きで隠れ場所から離れた場所に誘導しないと。
リルファーと戦う時にも相当の連携を見せた種族だ。追っ手の隊もすぐに結成され、俺を追ってくるだろう。
ゆっくり立ち上がると、隠れ場所と真逆の方向に歩き出した。
うぉ、早すぎない? 迷わず上から落ちてきたぞ。
「貴様がどれだけの危険度を持つか、調べさせてもらおう」
あっ、やばい。これ、すごい痛い目に合わされるやつだ。
技能を使って、速度を上げて置いていこう。
加速するが………………おいおい、いくら元のステータスが低いとはいえ、一応『血への渇望』と『身体強化』でだいぶ速いスピードのはずだが、それでもついてきた。
俺にはこれ以上、加速するための技能は持っていない。つまり、こいつを引き離すことはできない、と。
うーん、どうしよう。とりあえず少しだけ開けた場所で止まる。そこまで意味はない。だって知性はない設定だから。技能も解除しておく。
うわ、攻撃してきた。でも、設定上、ここで簡単に避けちゃいけないんだよな。
ただの殴りだったので、普通に受けたが、思った以上の威力があった。まあ、リルファーの攻撃に比べたら、全然痛くないが、設定上受け身を取るわけにもいかないので、そのまま受けた。
結果はまあ、予想通り、俺が吹っ飛んだ。
まあ、奴らも俺が生き返ったと思っていたし、あながち間違ってもいない。これで倒せるとは思っていないだろう。
もちろん、致命傷も再生した俺の『自己再生』にかかれば、このくらいならすぐに治った。
「なるほど、凄まじい再生能力だ。戦闘能力もある。危険度はSはありそうだな」
なにやら、よく分からない単語が聞こえたが、とりあえずこいつをどうにかしよう。
ゾンビのような動きから一転して、技能を発動させ、加速を図る。
そして、殴りかかろうとしたが、さすがに反応され、避けられた。まあ、当たるとも思っていなかったけど。
うーん、さっきどうにかしようと思ったばかりだが、技能を発動させての動きでここまで反応されると、片方の技能は残しておきたい俺には、どうにもできる気がしないぞ。
となると、もうやられた衝撃とかで吹っ飛んで、そこから逃げるしかないかな。よし、これで決まり。
うお、また隙を突くように攻撃してきた。やっぱり戦闘に慣れてるな。できれば、こういう人の戦闘の仕方を真似したいんだが、どうにもそんな余裕はないようだ。しかも、どうにもステータスの高さでごり押してる気がするんだよなぁ。
とりあえず無理だな。もう諦めよう。
「これで終わらせよう。耐久戦は不利だろうしな」
はい、その通りです。
『自己再生』のおかげでどうにも俺は耐久戦だけは得意です。技能が耐久向けではないですが。
そこで今までとはまるで違ったスピードで攻撃を繰り出してきた。
うーん、これも受けるしかないかな。治るし。
おう、思っていたより痛かった。痛かったんだけど、そこまで吹っ飛びはしなかった。
これだと、茂みとかまで行かないな。仕方ない、多少物理法則は無視した感じの動きになるので、少しの不信感を持たせてしまうかもしれないが、それでもやるしかない。
ほとんど地面と高さがない状態から、うまいことして、跳ねた。
あぶねぇ、仮面が外れかけた。
よし、大丈夫かな。視界が草しか見えないし。立ち上がると、やっぱり茂みだったな。下半身以外は見えているので、相手からも丸見えだが、まあここからは俺が逃げるだけだからな。どんなに早かろうと、距離が開いていて、しかも視界が悪い状況では俺がどう動くか予想しづらいだろう。
『血への渇望』を発動させると、一気に走り去ってみた。
すると、ついてはきたが、さすがに急に進行方向を変えてみると、視界不良もあって、すぐ反応はできてはいなかった。
よし、このままの距離を保ったまま、持久戦に臨ませてもらおう。
もちろん追加で戦力が来ることも予想して、少しだけ奥に進んでいきながら、追いかけっこしてみる。
おぉ、もう既にちょっと対応されてきている。すごいな、俺を逃さないように、茂みの奥までは行かせないようにしている。まあ、それでも視界から離れた一瞬で隠れて、すぐに奥の方で姿を見せると、止むを得ず、って言った感じで俺の方へ向かってきてくれた。
俺を逃さないようにしなきゃいけない、っていう主目的は忘れていないようだ。
そっちの方が俺としても、とても好都合だ。動きやすい。
「……………来てくれたか」
はっ、何を言って…………な!
もうここまで来たのか!? 嘘だろ、いくらなんでも早すぎる。
くそ、ここで追加戦力かよ。こんなすぐ来ないように茂みの奥に行っていたのに。
おいおい、どんな仕掛けだよ。
「よくやった。私のほんの少しの魔力を感知して、ここまで来たことは褒めてやる」
「いや、あんたから褒められても嬉しくねぇよ。女じゃねぇと」
魔力、だと?
俺にはそんなもの感じなかったぞ。一体、どうなってるんだよ。
俺が考えているうちにも確実に攻撃を放ってくるので、考える暇がない。
並列思考は今使えない。今気になっていることを全て一つの架空の脳に追いやると、もう一つの方の脳が冴えきって、反射などが多く起きてしまい、むしろ魔獣のような動きをすることが難しくなってしまう。
くそ、ここに来て並列思考が使えないのか。戦闘に並列思考が使えないのかよ。辛い。
「へへへ。さあ、ここで終わりだぜ、魔獣」
「あくまでも捕獲だぞ。そこは理解しておけよ」
まずい、やられる状況になってきたよ。
ネット小説の主人公たちのクライマックスだぜ、これ!?
はぁ、これどうしよ。




