四十五話 おかしい
言わなきゃバレない、とはいえさすがに姿まで見せたらバレる。
それは避けなければ。というわけで、全力で身を隠す。先ほど様子を見るために潜んでいた草むらにもう一度隠れる。俺は技能も使って、全力で隠れたが、ルファーは気づかなかったのか、まだ扉の前で中を覗いている。
「おいルファー、戻ってこい」
くそ、小さめに声出したせいで聞こえてないな。覗きしてたことバレる怒られても知らないぞ。俺は関与してません。嘘だけど。ちゃんと気配も限界まで消してるからバレる心配もないし。
あっ、ルファー、気づかれた。妹(仮)が出てきたし、これは確実にバレただろう。
うん、ちゃんと怒られてる。少し耳を立ててちゃんと聞いてみるか。
「どうして覗きなんてしたんですか?」
「の、覗きなどしていない!」
うわっ、否定してるよ。なんだよ、男だろ、今は。ちゃんと認めろよ。
「全く、迷惑な人ですね」
「何を言っている! 迷惑などかけていない! そして、もし迷惑だというのなら人、ではなく人たちだ!」
…………あれぇ、誰かが呼んでるぞぉ? そっか、じゃあお兄さん全力で逃げちゃおうかな?
技能発動、スタートするための姿勢を取れ。そしてスタート………!
「どういうことですか?」
「ですよね、主様!?」
「おう、そうだね!」
逃がしてくれなかったぁ!
というか、だよね! なんとなく読めてたよ! 隠れるんじゃなくて逃げればよかったな。ただ、ルファーがどういう風に怒られるのかに好奇心が向いたんだよなぁ。
仕方ない、自業自得だ。開き直らずに反省しよう。
「あなたも見てたんですか………………変態ですね」
「えっ? あれ、変態とか言われる行動だったの?」
なんとなくで隠れたが、あの行動はそんなものだったのか。知らなかったな。
「本当に言ってますか?」
「いや、本当に言ってるけど? だって、お前とあの建物の中にいるお姉様? って姉妹だろ? 姉妹ってあのくらいするんじゃねぇの?」
「その目は本当に言っていますね。先ほど責任の取り方が案外大人だったもので、まともかと思ってしまいましたが、こういうところでちゃんと常識ハズレでしたね」
あっ、やべ。常識では姉妹はあんなことしないのか。知らなかった。
妹はいたけど、姉はいなかったからな。姉妹になるとどんな行動するのか分からなかった。
とりあえずこれは覚えておこう。姉妹は絡み合ったりはしない、と。
「じゃあ、あんたら本当の姉妹じゃないの?」
「本当の姉妹だったらどれだけいいでしょうか」
「なんだ、違うの? なるほど、つまりはお前は変態か!」
「先程言ったことを振り返ると確かにご明察。ですが、私はお姉様を崇拝し、そして、それ故に体を密着させようとしていただけなので、私は別に変態というわけではありません」
「うん、ごめん。何が、それ故に、なのか分からない。どっちにしろ非常識っていうことでいいの?」
話がややこしくなってきたので、ちょっと整理したいんだが、それより前にルファーが答えた。
「合っていると思いますよ。こういう人間は基本的に狂っていますよ」
「へぇ、そうなんだ」
「勝手に納得しないでくれますか?」
「ん? 違うのか?」
「否定はできませんし、しませんが」
「じゃあ、いいだろ」
会話が終わりそうになったところで、建物からあの少女がひょっこりと顔を出した。
「なんだか騒がしかったのですが……何かあったのですか?」
そこで違和感。
だが、一体何に違和感を感じたのかが分からない。胸に引っかかりを覚えながら、そのまま様子を見る。
「ああ、お姉様。冷えてしまいますよ」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも、そちらの方たちが何かしたのですか? 初対面の方たちのようですけど」
なるほど、よく分かった。
言葉遣いが変わっているというのもある。だが、それ以上に重要なのは多分、俺たちのことを忘れているということだ。
1日も経っていないのに、命に危機から救った俺たちのことを忘れるとか恩知らずにも程があるな。姿からして10代だろ。なのに物忘れ酷いとか、なんだ、もう歳か? 大丈夫か?
一瞬、嘘ついている可能性も考慮したが、そもそも嘘をつく理由が分からない。特にメリットもないだろう。それに裏も取れた。確実に意図的に嘘をついてはいない。もしかしたら洗脳か何かされているのか。
いや、違うか。もし洗脳されていたら、今以上に違和感を感じるはずだ。と、いうことは特に洗脳か何かされているわけではない。
わざわざ脳内から消すほどのことでもないだろうに。まあ、目覚めたらローブ以外着てない龍人が近くで座り込んでたら、多少はトラウマか。納得してしまった。
「主様、あの少女……………助けましたよね?」
「ああ、一応助けたはずだけど、どうにも忘れているみたいだ。嘘をついているわけではないみたい」
「どういうことですか?」
「俺もまるで分からない」
小声で会話していたが、思っていたよりも声は大きかったらしい。
「何を言っているんですか? 助けた、とか、何とか」
「しぃー! しぃー!」
「……………えぇと、ちょっと自分、妄想癖がありまして。この前、こいつと二人で妄想した時のシチュエーションが、あなたみたいな姿の人を助ける、みたいな感じでして。まあ、それで、ああ、似てるな、なんて」
とても苦しい言い訳ではあるが、今の一瞬でここまで組み立てた俺を少しは褒めてもいいと思う。あまりにグダグダな物語ではあるが。そもそもすごい気持ち悪いが。
まあ、あそこまで、隠せっていうジェスチャーされたら、ねぇ? もし、誤魔化さなかったら、会話が終わった後で殺されてしまう気がする。なので、一応乗っかってはみたが、さすがに苦しいか。
「そ、そうですか?」
あっ、引かれた。まあ、殺されないだけマシだろ。
うーん、とりあえず殺されないし、ちゃんとごまかしたし、さすがに及第点もらえるんじゃないでしょうか?
「意味が分からない誤魔化し方をするのはやめてください!?」
「いやー、ダメだったかー」
「どこがどう大丈夫だと思ったのか小一時間くらい話し合いましょうか!?」
「全力で誤魔化しに行ったぞ、あれでも!?」
「まだまだ足りません。引かれていたじゃないですか。あれではあなたたちを知っている私まで、引かれているみたいではありませんか!」
「いや、お前まで引かれてることはないだろう。とりあえず今の状況を乗り越えたことを少しは賞賛していいと思うけど?」
「全力で否定させていただきます!」
「えー、なんでダメなんだよ。だいぶ頑張ったとは思うんだけどな」
「何が悪いのかは、挙げればきりがないですので、言わないでおきますが、いくらでもありますので、次は失敗しないように」
「先生! さすがに何がダメだったのかを教えてくれないと反省することなどできません」
「………頑張ってください」
教えるのを放棄しやがった! もう、教師としてダメだと思うよ。教師がどんな感じなのかも知らないし、そもそもあいつ教師じゃないけどね。
そして二人ともどっか行きやがった。ただでさえ、やることない中、絞り出した考えだったのに、思ったよりも短く終わるのは、ダメだろう。
さて、どうしたもんかねぇ。とりあえず今しなきゃいけないのは………………
「あっ、そういやルファー。俺らどこに泊まろう?」
「確かに考えていませんでしたね。どうしましょうか?」
「うーん、村の時みたいに誰かの家に泊まらせてもらうとかできないしなぁ。となると、宿とか探さないといけないのか。あるかな、ないだろうな」
「とりあえず聞いてみましょうよ。あるかもしれませんし、なかったら話聞いた奴の家に押し入って泊まりましょう」
「発想がだいぶ野蛮だが、まあ最悪そうするしかないよな」
「そこで肯定するあたり、主様もだいぶアレな気がしますが……さすがは私の主様です!」
「おう、そうだな。もう、何も言わねぇよ」
そんな感じに話が落ち着いて、ちょっと歩くことにした。
うん、暗くなると、村と同じくらい暗いんだな。地球のあの明るさが恋しい。まあ、街に行けばあのくらいの明るさが普通だと信じよう。さすがにここまで暗いとなると、もうルファーの獣の夜目を信じるしかない。
「ルファー、人はいそうか?」
「今のところいませんが、一応気配はしているのですぐそこに入るとは思います」
「よし、ちょっと気配消して驚かす感じでいこう」
「どうしてそういうこと考えつくんですか!?」
「えっ、お前、これくらい俺の前の世界では普通だぞ」
「さすがに嘘ですよね?」
だいたい本当だよ。ちょっと盛った感は否めないが、まあ、だいたいそんなもんだ。小学校のいじめを舐めるんじゃないよ。
いや、この話やめよう。俺の過去が、思い出されてしまう。まずい、これ以上は……俺がもうダメだ。
「うん、嘘。そうだよ、嘘だよ………ぁはは」
「あの、大丈夫ですか? 一瞬の時間を挟んだのち急にテンション下がりましたけど」
「おう、さすがにこの程度で急にテンションが下がることなんてない。だが、とりあえず驚かせるのはやめよう」
「本当に大丈夫ですか!?」
まずい、今までは割と大丈夫だったけど、ちゃんと思い出すと死にそうになる。
「とりあえず接触しよう。そして俺はもう、ちょっと寝たい」
「了解しました。それでは迅速に交渉を終わらせます」
「………あんまり暴力はしないように」
「…………わ、わー、分かりました」
おい、今タイムラグが生じたぞ。大丈夫かな、まあ任せてみよう。
俺は、ちょっと遊ぼう。並列思考で、元の脳と合わせて、二つの脳を用意。この状況で、合計二つだけの脳でどうにかしようと思っているので、もう分かるだろう。片方だけ寝かせて、半分休む、というあのネット小説特有のあれだ。まあ、『自己再生』のおかげで休む必要すらないわけだが、さすがにやってみたい。どうせ気分は悪いし、今のうちにやりたい。
とりあえず片方だけに、寝させてみる。………………………あ、今寝てたな。うーん、二つの脳が両方とも寝てしまった。これじゃダメなんだよな。片方だけは起こしておかないと、俺が試したいこととは違うんだよ。
まあ、休息の必要もないので、できるか、できないか、それが知れればそれでいい。できなかったら、もう諦めるし。できるんだったら、そっちは楽しい、以上。そんな軽い感じでやっていこう。
さっきは片方だけに、寝ろ、という命令しか出していなかったが、今度は両方に、それぞれ、寝ろと、起きろを命令してみよう。
すると、今度は………………片方だけ寝ている、という奇妙な感覚に陥った。いや、これ一体どうなってるんだよ。あ、まずい。思考能力が半分くらいにまで落ちた。直列思考の完全逆バージョンだ。
結論。まあ、結論というほど試したわけではないが、もう諦めている感じだ。これ以上良く分からない気分になるのは勘弁だ。
というわけで結論。もうやだ。これやらない。
うん、そもそも休む必要もないわけだし。全然大丈夫だ。まあ、ネット小説でやってたことは一応できるようになったから、満足。劣化したとしか言えないが。
そういうわけで、あとはルファーが何をしでかすかを聞いていればそれで大丈夫という、とても簡単なお仕事となった。一応ちゃんと念は押しておいたので、変なことはしないはずだ、多分ではあるが。いや、さすがにしないよね? 俺信じてるから、ルファー頑張れ。言わないけど。
「おい、そこのお前」
…………最初からちょっと危なそうな発言するなよ、これ大丈夫かね。
いや、大丈夫じゃないかもしれない。これはちょっとまずいかもしれない。
「え、は、はい」
「ここには宿はあるのか?」
よし、ちゃんと聞けたな。これで大丈夫だよ。とりあえず危険は去ったよ。なんか見てる側的には国民的な番組を見てるような気分になる。
「えぇと………なかったと思いますが………」
「そうか……じゃあ、お前の家に泊まらせろ」
「はーい、ストップ!」
「ぬ、なんですか?」
「本気にするなよ、冗談だよ冗談」
「そうなんですか?」
「そうなの、正直なんだか、バカなんだか」
「正直ということで」
「じゃあ、そういうことで」
ふぅ、セーフ。さすがにあんな流れるように人の家に泊まろうとするとなると、いや、止めないと。どうしてあんなに堂々としているのか。
「まあ、とりあえずさっきこいつが言ってたことは気にしないでください。でも、泊まることないのか。おい、ルファー、もう外で寝るぞ」
「分かりました」
「そういうわけなので、ご迷惑をおかけしました」
「あっ、はい。お元気で」
とりあえずルファーは止めたし、寝る場所も決まった。よし、もう大丈夫だろ。
さっき話した人からは離れたところで、そろそろくらいし、飯は………俺はいらないし、ルファーは俺の腕を食うし、大丈夫か。
じゃあ、ルファーに腕を食わせて…………
「ルファー、夕飯。さすがに腹減ったろ?」
「まあ、確かに。ありがたくいただきます」
腕を出すと、ルファーが一瞬狼の姿になって、俺の腕を食った。
よし、これで夕飯終了。あとは寝るだけ。ただ、さすがにこのまま寝るとなると、寒い。
「おい、ルファー。お前、狼の姿で布団の代わりになれ」
「なるほど、その手がありましたか」
「普通に寝たんじゃ寒いだろうが。他に何か手段があるなら言ってみろ」
「それが一番簡単ではないかと!」
「じゃあ、そういうことで」
俺がそういうと、ルファーは狼の姿になって、寝そべった。
俺は腹の辺りを背もたれにするように座ると、リルファーの尻尾を掛け布団のような風にして、寒くないよう整えてから、不意に襲ってきた眠気……………ん? 眠気? あれ、『自己再生』のおかげで眠気なんて来ないはずなのに………………この感じ、もしかしなくても久しぶりにスイッチ入ったかもしれない。
とりあえず久しぶりの眠気に抗える気がしなかったので、寝ることにした。
「主様……………あれ、もう寝ちゃいましたか」
少し話をするつもりで自分の主の名前を呼んだものの、まさか寝ているとは思っていなかった、リルファーだが、しかしこれはこれで好都合。少しばかり、いたずらと称したご奉仕でも、と多少の罪悪感は覚えつつも、それでも抗えなかった。
できる限り主人を起こさないように気を配り、狼の姿から、女の方の人型に変わる。
そして、またもやできる限り主人を起こさないようにゆっくりと手を伸ばし、主人の顔に触れる、直前にリルファーの手を主人がはねのけた。
「あれ、寝ていたのでは…………いや、違いますね」
「ほう、もう分かったか。わんころにしては、多少は勘が良いようだな」
「主様は私をわんころだとは言わない。貴様は…………………っ!? いや、貴方は、か?」
「やはり感は良いようだな。そう、私は『神種』だ。よく気づいた。もし貴様なんて言ったら、足の一本や二本は覚悟しておいた方がよかったぞ」
「主様はどうした?」
そう言うと、リルファーは気配を放出し、威圧を試みる。
いくら胡散臭いとはいえ、神を名乗るのである。生ぬるい威圧では、牽制にもならない。ならば、と持ちうる魔力を全放出する。もちろん主人に迷惑をかけないために、放出する魔力の広がる範囲は格段に狭めてはいるが。
しかし、どうにも威圧はそこまでの効果は示してはいないようだ。
「さすがに乗っ取ったりはしていない。だからそんな顔はしないでくれ」
「本当だろうな?」
「本当だ。こちらとしても、彼はここで失うわけにはいかないの」
「神の言うことはあまり信じられん。だが、貴方の目に嘘は見えなかった。ならば、信じよう」
「感謝しておこう。だが、彼が寝ている時にあのようなことをするのは自重した方がいい」
「分かっていますよ。貴方の手にかかっているなら、いくら主様とはいえしません」
「よろしい。私の気配も覚えておいてくれ」
唐突な気配放出にリルファーは思わず身構える。が、それに敵意がないことを確認する。
そして、放出された気配を言われた通りに覚える。さすがのリルファーでもこの気配を放出された状態ではどうにも反抗する気にならなかった。
しかし、確かにこの気配は『神種』のものであった。圧倒的濃度の気配に多少堪えそうになりながら、どうにか覚えられたのを確認されてから、話を続けられる。
「では、私はこれで、っと。最後に一つだけ。裏に気をつけろ」
「はっ? 何を言っているのですか?」
「分からなければそれでいい。でも、覚えておいておくといい」
なぜそのようなことを言うのか、分からなかったリルファーだが、それでもどうやら本物の『神種』のようなのだ。そこまで深く考える必要もないだろうと、考えをそこでやめた。
「分かりました。それでは早く主様を返してください」
「じゃあ、さよならだ」
そう言って、『神種』の気配は消え去った。
今まで威圧されていた、それが消えたせいで、リルファーの膝から力が失せた。つまりは尻餅をついた。
だが、それ以上に懸念すべきことがあった。リルファーの主人の体を操っていた『神種』が消えた。それは主人の体が脱力し、倒れることを意味する。自分がここにいながら、そんなことは許されない。尻餅をつこうが、関係なく主人の体を支える必要があった。
尻餅をついているとはいえ、瞬間的な加速は可能である。そのため、どうにか主人の体を支えることができた。幸いなことに可愛く寝息を立てていたので、安心したリルファー。
そして、リルファーは自分がどのような相手にしているのか、確実に、だけれど悔しいからほんの少しだけ、思い直した。
「全く、この世界は圧倒的な強者しかいませんね」
自分の腕の中にいる主人を見て、リルファーは少しはにかんだ。
これからは、こんなことがないように気をつけます。




