四十話 急ぐ
探知した気配を頼りに、リルファーに指示を出し、森の中を駆け抜けさせた。
そして焦ってしまう。気配が近づいていくたびに、気配が少しずつ弱くなっている。
これ以上リルファーに速度を上げさせると、気配を通り過ぎてしまう可能性があるため、速度を上げることはできないだろう。
今の速度は、車程度の速さのはずだが、それでもなかなか着かないとなると、森の広さが村とは格が違うのが、分かるな。
「主様、あとどのくらいですか!?」
「まだ距離はある! この速度のまま向かってくれ!」
「というか、一体何があったのですか!?」
「それはあとで話す!」
さっきより明らかに気配が弱くなっている。
しかも大きな気配、おそらく魔獣の方が先ほどより攻撃的になっている、気がする。
まずいな、俺たちが着く前に死んでしまうかもしれない。このままだと本当にまずい。
「分かりました! 少し速度を上げても!?」
「お前が加減を覚えているなら、本当に少しだけ上げてくれ!」
そう言うと、少しだけ速度が上がった。よし、加減できている。
少しずつ近づいていく。頼む、間に合ってくれ!
「主様! 魔獣の気配です!」
「よし! その方向へ一気に進め! 加減はしなくていい! 全速力だ!」
「了解しました!」
急な加速に耐えつつ、一気に進む。
そしていたのは、死にかけていて、血塗れの少女だった。
見覚えがある。少女は、俺が森を出る前に一度だけあった少女だった。
もう虫の息である。
助けに行きたいのだが、魔獣が群がっていて、まるで近づける気がしない。
どうする?
仕方ない。頼むか。
「リルファー、魔獣を蹴散らせ」
「了解。あの少女は?」
「とりあえず保護だ」
リルファーが間合いを詰め、即座に爪で魔獣を殺していく。
魔獣の中で比較的小さいものは、すぐに殺せることができたが、ボスとでも呼ぶべき大きな個体は、多少の距離を取って、リルファーの攻撃を避けたようだ。
まあ、それでもほとんど時間経たずに追撃して殺していたが。
俺はそれを確認しながら、少女の方へ寄る。
本当に瀕死だな。このままだと死んでしまう。
「大丈夫か?」
「…………ぁ……」
声が聞こえないほどに弱っている。
消えてしまいそうな気配が、まだ少しだけでも余裕があることを確認してから、少しだけ周りを見てみる。
リルファーが掃討してくれたので、魔獣はもういないはずだが、少し違和感があるな。
だが、今はそんなことを気にしていられない。
未だに出てくる血が、短めの草が生えた地面に、絨毯のようになっている。血の気も失せて、体力が限界に近いことはもう明らかだ。
今の俺にできるのは応急処置か。
布、というとあるのは俺の服だけか。迷っている場合ではない。どうせ服はなくても大丈夫だ。
「リルファー、魔獣がいないかどうかを念入りに確認してくれ!」
「分かりました!」
俺は、服を千切ると、それを爪の傷のような、とりあえず出血箇所に当てるとキツめに縛る。
「…………ぁ、ぅっ!」
「我慢しろ!」
これ以上血を失わせるわけにはいかない。
少しでも血が止まるように、できる限りきつくする。
そのあとも、服を千切って、応急処置を施すが、先ほどよりも息が荒い。血の気も失せているし。先ほどよりも、さらに死に近づいていることは明白だ。
傷全てに布を縛った。
だが、それでも血が止まらない。少なくともリルファーに乗せて森の中心部にまで移動させることは難しいだろう。負担を掛けさせられない状態だ。
なら、この少女は、治療ができる人が来るか、それか無理をしてでもリルファーに乗せて連れて行かないと、助からないということだ。
まずい。待てない、連れていけない。両方却下だ。
しかし、俺には今、治療方法がない。
どうすればいい。どうすればいい!?
俺が考えているうちにも、少女が死にかける。
森人全てがそうだったが、特徴的な鮮やかな緑色の髪が血に濡れる。
確実に、待っていることなどできない。
しかしリルファーに乗せることはできない。
「くそ! くそくそくそくそ!」
「主様、見捨てればいいのでは?」
「俺は、見捨てない。見捨てられない! 俺のせいで身近な人が死んだんだ! もうこれ以上知る人が死ぬのを見たくない!」
ムルサさんは、俺のせいで、俺を庇ったせいで死んだ。死んでしまった。
だから、一度姿を見たから、くらいの理由でも、人が死ぬのを見たくないのだ。
「おい、『神種』……見てるんだろ? 少しでいい。手伝え! 俺の何かをやる。だから、こいつを助けろ!」
俺の『自己再生』を渡してもいい! だから助けろ、助けろよ!
もういい! 俺のことなんか気にしてられない! 譲渡だ!
すると、久しぶりの神の声が聞こえた。
『条件を達成しました。技能『??』の封印を解除。
技能『??』から技能『譲渡』へ変化しました』
譲…渡? 新しい技能、ではないか。元からあった『?』だけで表記されていた技能から『?』が取れた状態になったというわけか。
だが、条件を達成? こんな状況で達成できるような条件ってなると、それはもうこの状況に役に立つ技能と思っていいのだろうか。
とりあえず見てみよう。
技能:『譲渡』
自分の所有物が他人の体内に摂取された場合、技能所有者が許可すれば、指定した技能の劣化した効果を発動させる。
待ってました、ありがとう!
つまりは………俺が所有物だと思っているものを、この少女の口の中にブチ込めばいいわけだよな!?
だが、下手なことはしていられない。俺の所有物、というともうこれしかないか。
俺は爪で、腕を傷つけると血を出す。そしてそのまま、出てきた血を少女に飲ませてやる。
すると、また神の声がした。
『技能『譲渡』が発動しました。
どの技能の劣化した効果を譲渡しますか?』
『自己再生』だ。
『固有技能『自己再生』の劣化した効果の譲渡を許可しますか?』
許可する。早くしてくれ!
『技能所有者の許可を確認。
固有技能『自己再生』の劣化した効果を、技能所有者の血液を摂取した対象に譲渡します』
だいぶ長い神の声を挟んで、『譲渡』が発動した。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。が、すぐに理解する。
『自己再生』の劣化した、のかは分からないが、それでも傷が治った。
少女の外傷は全て治っていた。血の気も戻り、呼吸も荒くない。完璧に健康体だった。
本当にすごいタイミングで最高の技能に巡り会えた。
よし、これで森の中心部に戻れるな。
「まあ、それはそれとして…………まだいるな」
「まだいますね」
「俺がやってもいい?」
「もちろんです」
大きい気配が、リルファーが殺した魔獣以外に一つある。
さっきまでの気配とは大きさの格が違う。
少女の傷を治すために悪戦苦闘していたため、戦えなかったが、さすがにちょっとこいつらうるさく感じてきたな。
別に戦闘狂というわけではないが、それでもさすがに少し戦わせてもらおう。
「かかってこいよ、魔獣」
そう言って現れたのは、リルファーが倒したと同じような四足歩行の魔獣。黒い毛皮で、妙に伸びた犬歯。赤い目が光っている。
普通に気持ち悪いんだけど。
ただ、強さ的にはリルファーのだいぶ下に位置している。なら、不意打ちすれば大丈夫だと思う。
思うんだが…………少しムカついているので正面から相手させてもらおう。
「こいよ。まあ、近づかせないけど。『土槍・乱』」
地面から文字どおり土の槍を生やす。しかも何本も。
魔獣の頭に、胸に、とりあえず急所という急所にぶっ刺す。そして最後に口にぶち込んだ。
悲鳴すらあげられないようにするためだ。
ふぅ、さすがにリルファーと戦ったときと比べるとあっさりと終わったな。
俺は拍子抜けしたせいで、思わず尻餅をつく。
今の自分の様子を見る。
ローブ一つを羽織っているだけで、他には何もなし。
…………さすがに人を助けたにしては恥ずかしすぎる格好だった。
少しのため息をついた後に、服装のことは気にしないようにしつつ、俺は未だに目が覚めない少女を連れてリルファーの背に乗って、森の中心部に向かう。
少女が落ちないように、一応支えているんだけどさ………女の人の体を、健全な男子中学3年生(精神的に)が支えるってちょっと刺激的なので、早く着いてくれないだろうか。
「リルファー…………その、まだか?」
「もう少しです」
もう少しってどのくらいだよ!?
本当に早くしてくれ。いつまで俺がもつのか分からない。いや、欲情なんてしないけど。俺、したことないけど。
それにしても、この人も髪が長いな。邪魔にならないんだろうか?
まあ、いいや。目覚めたら色々聞こう。
そんなことを考えているうちに、有能なリルファーが着いてくれた。
さて、と。とりあえずリルファーから降りると、一つ考える。
つまり、この少女起きないのにどうやってリルファーの背から降ろそう?
普通に降ろすのはもう論外だし、リルファーにすごく気をつかって降ろしてもらうのも嫌がってダメだと思う。
となると…………もうファンタジーな魔術を行使するしかない。
村でルナをリルファーに運ばせた魔術でどうにかするか。
「主様、この少女はどう降ろしますか? さすがにこれ以上は背に乗せたくないんですが」
「うん、分かってる。ちょっと待って、検討中だから、検討中ですから」
うむ。よし、これでいこう。
リルファーをつつくと、
「おい、リルファー。ちょっとそいつ浮かせて」
「は? あ、はい」
頷くと、リルファーは器用に体を動かして、一瞬少女を浮かす。
俺は少女が浮いている間に、早口で魔術の名前を言う。
「『風球・柔』」
特に名前は変えていない。
だが、効果は多少変えている。
ルナに使った時よりも圧倒的に中を柔らかくしました。しかも大きさも自由自在である。
というわけでルナの時よりも小さくしてみた。ルナくらいの大きさだとちょっとリルファーにあげてもらうのをさらに高くしないといけないので、それはそれで少女に負担がかかるので、それは避けたい。ということで小さくしてみた。
まあ、実際この工夫は正解だったな。これ以上風球を大きくしたらまずかったな。
「さて、まあこいつはこのままどうにかするとして。リルファー、どうする?」
「はい? どうすると言われましても………どういうことです?」
「いや、お前。この森に入ってくるときに見た、というかなんとなく感じてるだろ? ここに魔獣が入ってくるかよ」
リルファーが森に入るとき、俺が案内しなければ多分リルファーは全く森とは違う方向に向かっていただろう。
つまり、俺には青く見えている結界のようなものには、見えなくなる、とか分からなくなるとかそういう効果があるんだろう。俺に見えるのはなんでだ。
とりあえず、それはおいおい確かめるとして。
さて、少し尋問させてもらおうか。
少女は風球の中に入れたまま(並列思考で魔術を維持)リルファーに見てもらう。
そして、そのままこの森に入ってから最初に入った建物に入る。
「おい、ちょっと通して」
若干気配を強めて言う。
すると、受付みたいな人が怯えながら、通してくれた。
さすがに、俺の用事が分かっているようなのでスムーズにこの前入った部屋まで向かうことができた。
「えぇと、要件は理解してますよね?」
「…………なんのことだか分からないんだが?」
「そうですか、じゃあ言いましょう。なんで魔獣がこの森に入ってきてるんですか?」
「さあ、我々は知らないな」
「そうですか。じゃあ言い方を変えましょうか。なんで魔獣をこの森に入れたんですか?」
「悪いが、我々は一切関与していない、それに関与していても黙秘させてもらおう」
「人一人死にかけましたけど?」
「そうだとしても我々に害がなければ構わない」
どこまでも自分が大切か。まあ、分からなくもないが。
だが、この人たちのしたことは、普通に森のことを露見させる可能性があったぞ? それは分かってたのだろうか。まあ、分かってなかったら分かってなかったで困るのは森人の皆さんなわけだし、俺はそこまで気にすることではないのだが。
まあ、一応聞いてみるか。
「ちなみに魔獣が森の外に出て、この森のことが露見することは考えてますか?」
「ああ、もちろんだ。だから、極秘裏にああして魔獣を討伐してもらおうと考えたのだが、想定よりも知れ渡ってしまったようだ」
「ちなみに魔獣討伐に出向いた人はこちらで保護してますよ」
「おお、そうか。それでは魔獣討伐は成功した、と。それは良かった」
「おい、それで魔獣を入れたことに対してどういう言い訳するんだ?」
「なんと言われても、それに関しては関与していない」
嘘かどうかが分かる俺には、丸分かりだ。
全力で嘘ついてるぞ。
だが、今はどうにもこいつらを相手にしていると時間がかかりそうだ。ただでさえ、友好条約結ぶのに時間かかったのに、それ以上に時間がかかりそうなのは今は嫌だな。
「そうかよ、じゃあそういうことだと思っておくからな。まあ、それじゃまた今度」
「次はできる限り、マシな用件で来て欲しいな」
「この用件もだいぶマシだと思うんだけど」
愚痴を一つ言ってから、部屋を出て行く。
うーむ、さてどうするか。あの少女はもう起きただろうか。一応重傷だったしな。『譲渡』で傷は治ったとはいえさすがに血までは戻っていないと思う。となると、あまりすぐに起きることはないだろう。
建物の外に出るとそこにはリルファーと未だに起きずに風球の中にいる少女が見えた。
やっぱりまだ起きてなかったか。さすがに『自己再生』の劣化版なので、完全に治してくれたりはしないんだろうな。とりあえず風球はそのまま、少女はここにいてもらおう。
「主様、どうでした?」
「まるで相手にされなかった。あいつら本当に俺と友好条約結んだんかね」
「………お灸をすえてきた方がいいでしょうか?」
「いや、やめて」
本気の目をしているので、リルファーを止めつつ、俺はこの後のことに少し考えを巡らせた。
この森、なんか裏があるな。上の奴らがどうにも不自然だ。当面の目標は友好条約を盾にそれを少し探ってみるか。
話しているのは数人。その誰もが、焦燥と多少の怒りを抱えている。
理由は単純明快。森の結界が消えかかっている。その事実を承知しているのにも関わらず、最古参の森人が龍人とかいう種族の者と友好条約を結んだからだ。
結んだ、というその事実だけででも由々しき事態だが、それ以上に友好条約の内容が問題だった。森への侵入の自由化など結んでいい内容では断じてない。
そのことを話したものの、最古参は余裕の表情を崩さず、まるで意に介していない。
しかし、今はそんな表情をとっていい状況ではない。何としてでも森の結界の復活させるために、障害になり得る存在は全て排除するべきだ。
そう考えている者が3、4人。
だが、まだいる。そう、最古参とその下にいる者たち。しかし、最古参の部下の目に光はない。それもそのはずだ。何故ならその者たちは最古参自身の手によって洗脳を施されているのだから。
二分化された森人のトップ達。反最古参派は、相手の発言を予想し、そしてそこからの切り返しを考える。その表情には少しの恐れが含まれている。
対して、最古参に負の感情などまるでない。あるのは絶対的な自信だけ。
それに臆さず、誰かが最古参に対して口を開く。
「本当に龍人、あの者と友好条約を結んで良かったとお思いですか?」
「ああ、心の底からな。何より条件がこちらにとっても好都合だった」
「あんな条件の一体どこにそれほどの得が………」
「我らに圧倒的に足りないものは何だ? そう、人手、そして戦力だ。我らは長命だ。しかし、それ故に子を成すことが困難だ。まず人手は足りない。それを補えるだけの知識と力と技術を有していると判断した。
そしてそれ以上に期待でいるのは戦力としてだ。龍人単体にはそれほど期待していない。しかし、魔獣の中でも名高い『極狼』を連れているとなれば話は別だ。いるだけで敵を威圧する。戦場を駆けるだけで敵は萎縮する。爪を一薙ぎするだけで敵は数十、数百単位で死んでいく。それはそれは、圧倒的だ」
狂気的なまでに、嬉々としてそれを語る。最古参は目を爛々と輝かせていた。
見た者たちは、萎縮してしまう。そしてその意を悟った。
「さて、ありがとう。君たちのそのくだらない質問のおかげで時間が稼げた。さあ、君たちも、私に跪く存在になってもらおう」
発動されたのは、洗脳の効果を持つ魔法。
それは今まで反対していた者たちの消滅を意味し、また最古参を肯定する者たちのみでトップが形成されたことを意味する。
洗脳を受けた者たちから意識は消え、洗脳された思考のみがその脳内を支配する。
「ふぅ、これで私だけの場所だ。静かになった。しかし、これだけ反対されるとは思っていなかったな。だが、彼は必要だ」
最古参の目的に薄々感づいているだろう。探りを入れても来るだろう。だが、その全てを躱し、何としてでも結界を復活させるのだ。
「あと、あと少しなんだ。見てくれているか、すぐに終わる」
意味深に告げるその言葉は、何度も繰り返してきた。結界は重要な物だ。
それを強く再認識すると、やはり龍人なんぞに邪魔されるわけにはいかないと決意を新たにしつつ、窓から空を見上げるのだった。
どうしてこんなに毎週投稿できるんだろう。自分でも気になりながら、投稿している作者です。一章終わらせるのに1年もかかってて、自分でも投稿がどれだけ遅いか分かってるんですけど、まあ、気長に待ってください。
そんなわけで四十話です。これからも宜しくお願いします。




