三話 体力量を調べよう
風邪気味です。ピークは過ぎたそうですが、みなさんお気をつけください。
唐突だなぁ。
最初に抱いた感想はそれだった。とりあえず、丁寧に挨拶してくれたのでこちらも挨拶する。
「えっと、こちらこそよろしくお願いします。すいません、この世界のことをほとんど分からないので、分からないことがあったら、快く教えていただけたらと思います」
「申し訳ありません、年のせいで聞き取りづらくなっているのでもう一度言ってもらっていいですか?」
これまた唐突だな。でも、なるほど、年か。なら、もう一度言わなきゃいけないよな。
「この世界のことをほとんど分からないので、分からないことがあったら、快く教えていただけたらと思います」
ほら、言ったよ?爺さんはものすごい勢いで顔色を変えていく。真っ青だ。何、もう一回言わないといけないんですかね?
と思っていると、爺さんが口を開く。
「お待ちください。龍人様は何歳でございましょうか?」
「精神的には15歳ですが?」
「少し気になることを言っていましたが、それは今は置いておいて。15歳ということは15年間生きているということです。なのに、社会のことをほとんど知らないということは一体どういうことなのでしょうか?」
「うーん、おっさんに言われたから、これは言っていいのか迷うんだけど言ったほうがいいよな。俺のステータスの称号の欄に『転生者』って記述があるんだよ。つまり、俺は他の世界から転生した、ということだ」
数秒の沈黙。爺さんはさらに顔を青くしている。
「そんなことが…あるのですか?た、確かに前世の記憶を持って生まれる、ということは聞いたことがあります。実例もあるとのことです。しかしほとんどは赤子に生まれ変わるはずです。龍人様は気づいた時、体はどのようなものだったでしょうか?」
「えーと、この体だった。なるほど、不思議だな」
「いやいや!不思議だな、じゃないですよ!一体何が起きたんですか?」
「ハハハ、全く分からん。でもこの世界では一応異世界転生があって、そういう時は赤ん坊になるのが普通だと考えると、俺は異常だな」
確かにネット小説だと、そういう感じの話になってるよな。
「異常すぎませぬか?まあ、どれだけ異常であろうと我々があなたを守ることは変わらないんですがね。とりあえずこの話は終わりにしましょう。話は変わりますが、我々はあなたを守りますが、もし取り逃がした場合あなた自身で逃げる、という事態が起こりえないわけではありません。その時のためにあなたができることを知っておきたいのです。よろしいでしょうか?」
「おお、なるほど。時間は全然あるし大丈夫だ」
「それでしたらこちらに」
そう言って俺を先導する爺さん。気づけば先ほど爺さんの後ろに立っていた猫人の皆さんは広場のような開けた場所で訓練を行っていた。気になるのは、先ほど迎えに来てくれたもう一人の方はフードを外すと女の子だった。
綺麗な茶髪に猫耳。美少女、なんだけど…なんというか、なんと言えばいいのか。瞳に光がない、かな?いや、あるんだよ?なんか訓練してる方を向いた時に、急に光が消える、という感じだ。一体何があったのか。少し聞きにくいことではあるが、どうにか聞き出してみたいな。
「なあ、君はあそこに混ざらないのか?」
爺さんはその言葉を聞いて、なぜか止めようとするがそれよりも先に少女の方が言葉を発する。
「私があそこにいても邪魔なだけだから…」
「…ふーん」
よく分かんないし、どうせ今関係ないしいいかな。人の素性漁るのは俺としては気が咎めるしな。
考えている間に誰かの背中にぶつかる。前を見ると爺さんだった。考えているようだった。
「ああ、申し訳ありません。これはあなたにとってはさして重要でもないので話すべきか迷いましたが…話しましょう。と思いましたがこれ以上、やることを増やしても仕方ないので、とりあえず龍人様が今できることを優先、でよろしいでしょうか?」
「さっきも言った通り、時間は全然あるから大丈夫なんだけども、とりあえずその呼び方はやめてもらえるか?様なんてつけられるほどの奴じゃない。ステータスにはイフリートってある。そう呼んでくれないか?」
「イフリート様、ですか?」
「だから、様はつけなくていいって。まあ、それが呼びやすいなら別にいいんだけどさ」
癖になってんのかな?
考えているうちにも、俺たちは歩いて、訓練した場所とは、また違った開けた場所に着いた。大体100メートルくらいの地点に木が刺さっている。そこでターンするんだろう。
「とりあえず走り込みでどれくらいの体力、スタミナがあるのかを調べたいですかね」
「それはステータスに書いてある体力のことでいいのか?それなら…」
「いえ、言わなくて結構です。走っていれば分かるので。あ、あと全力で走って頂いた方が分かりやすいので」
「そういうもんなの?いや、やるけど。やるんだけど、多分俺、めっちゃ遅いぞ?」
「構いませんよ、それよりこちらのルナも一緒に走ってもよろしいでしょうか?朝からあまり歩いていなかったので」
「いや、俺に許可を求めないでくれ」
「ありがとうございます」
と言う具合に会話を終えて、位置に着く。マントどうしようか迷ったけど着たままでも動きやすかったので、このままでいいや。あの悲しそうな少女の名前はどうやらルナと言うらしい。掛け声もなくスタートする。が、開始して数秒で既に相当の距離の差がある。全力で走ってくれって言われたから全力で走ってるんだが、はっきり言ってめちゃめちゃ遅い。
これは…もしかしたら生前の方が早いかもしれない。体力ないけど。
どのくらい走ったんだろう。いや、疲れたわけではないんだけどね。
と言うか、余裕であれ言いたい。分かるでしょ?え、分かんないの?いやいやいや分かるでしょ。またまたー、嘘ついても何も出ないぞ?……仕方ない。言おう……、そんなk_。何かに止められた。
走りながらそんな他愛もないことを考えていたが、爺さんがもういいですと手を挙げた。
「も、もうそこまでで大丈夫です」
「へっ?あ、ああ。もういいのか?」
「いやいや、気づかなかったのですか?結構前にルナはバテて走るのをやめていますぞ?それにしてもすごい量のスタミナですな。ルナも相当に鍛えているはずですが、走った量ならルナの量を明らかに超えていますよ」
「全く分からなかった。参考までに聞きたかったんだけどどのくらいの時間走ってた?」
「ええと、大体ですが一時間弱は走っていたはずですね」
「怖い、自分の体力が。生前ではありえない。しかも全く疲れてない」
ま、引きこもりだったから走ること自体を早々やらなかったけどな。とにかくステータスにあった数値は正確だということが分かった。しかしまあ、最初の100メートルのタイムは頭の中で計ったが大体二十秒ぐらいかかっていた気がする。遅すぎる。ということは、ステータスの身体能力の欄は記述通りということだろうな。
つまり、あとは何もできないってことだな!おっさんの相棒が言ってた序列最下位、というのはもちろん本当だろうが、これは本当に最弱だなぁ。
他人事のように考えているが、全くもって困ることである。このままでは、何もできない。いや、できたとしても足手まといになるだけだ。
解決策があるとしたら、確実に生前の世界、地球ではありえなかった異能力、『技能』だけだろう。どうにかして、自分の身体能力を上げる技能を探す。当分の目標になりそうだ。
「なるほど、イフリート様の体力の数値が分かりました。これは参考までに聞いていただきたいのですが一般人の平均の体力の数値の最低値は150前後、どんなに多くても200前後ですね。そしてイフリート様はと言うと、ざっと1億ほどでしょうか」
「いや、おかしいでしょ。一応聞きたいんだけど。ルナさんはどのくらいあるんですか?」
「呼び捨てでいいと思いますよ。年齢も同じですから。ええと…どのくらいだ、ルナ?」
「確か半年前に計った時は8000だった。全然イフリート様には届いてないけど」
おい、ちょと待て。おかしいだろ。絶対実力がすごいルナが8000だよ?俺、1億じゃん。もう一回言おうか。おかしいだろ。
「多分俺がおかしいだけなので、参考にしないでください。あと、本当に様なんてつけなくていいので。慣れてないですので、凄いかしこまりそうです。やめてください。少なくとも同年代の人には呼び捨てで呼んでほしいです」
「それなら私にも敬語は使わないで」
「分かった。ではよろしく頼む」
「ルナはあなたの監視者、と呼ぶのはやぶさかですがそのような役割についてもらおうと思っています」
監視者。多分、危険なことがあった時にもすぐに対応できるようにするためだろうな。決して変な役ではないのだろう。そのはずだ。
「おお、それで町でも迎えに?」
「はい、そうです。お気に召さないのであれば他のものに致しますが…」
「いやいや!そういうわけじゃない!それはわざわざ迎えに来てくれたあんたらに対する冒涜だ!」
俺、そんな嫌そうな顔をしていたのだろうか?そんな顔をしていた覚えはないんだがなぁ。まあ、考え事はしてたけどな。今は関係ないことだから、端折らせてもらおう。
「は、はあ。まさかそこまで言っていただけるとは。ありがとうございます。ですが、本当にお気に召さないのであれば…」
「だ・か・ら!大丈夫だって!そ、そうだ!他に何かテストすることはないか?」
「そうですか。えー、他にすることと言えば……あ、魔力の扱い…」
「ま、魔力!何と甘美な響きか!やっぱりこの世界にもあるのか、魔法!さすが異世界!レベルが違う!」
「そんなに感心することでしょうか?私たちにとっては至極普通に使えることなので、どうにもそういう風には思えないです。まあ、それをするのはここで大丈夫でしょう。さて、と、どこから教えればいいのでしょうかね?これに関しては私よりルナの方が適任か?」
「何ブツブツ言ってるの?私がどうにかした?」
確かに爺さんはブツブツ言っている。しかも結構な集中力だ。ルナが話しかけたり、目の前で手をひらひらさせたりするが、全然気づく様子がない。
これは俺があんまり考えていない時と同じようなの集中力と同等だな。まあ、その時の集中力は俺の中だと常時そうだけどな。
そう考えている間にもルナが、色々試してみたようだがついには諦め、俺に声をかける。
「爺が集中してしまった。申し訳ない、分かりにくいかもしれないけど私が教える、でいい?」
上目遣いで、そう言ってくる。普通の人ならイチコロだぞ!俺は感情を制御できるから大丈夫だったけど。それより、
「ああ、大丈夫だ。よろしく頼む。でも、最初は何をすればいいんだ?何かさっきの爺さんの言い方だと生まれつき使える、みたいなのかと思ったんだけど」
「それは爺に間違いがあった。ちゃんと教えてもらわないと魔力も魔法も使えない。だけど…最初に何すればいい、か。とりあえず、魔力の放出はしないと、魔法は使えない」
「それは大変。どうすれば魔力を放出できるんだ?」
原理が解らないと、何もできないしな。
「イメージとしては体の中から何かを押し出す、感じ。軽くではなく、強く」
「なるほど。やってみるか」
とりあえず強く押し出すイメージか。実践実践。
やってみるが、これがなかなか難しい。生前の世界で何度も強く押し出す感じのことをしてきたのでそれをしてみるが、感覚的には詰まっている気がするんだよなぁ。
とりあえず強く押し出すイメージは残したまま、ルナ…否、ルナ先生に聞くことにする。
「なあ、全然出る気がしないんだが、どうすればいいんでしょうか?」
「なんかすごいかしこまった感じで聞かれてるんだけど。でも、他に方法なんて…」
よく分からないが、そこまで言ったところでルナ先生が言葉を止める。
ん?どうしたんだ。俺、何かしたのだろうか?だが、気配が、空気でわかる。俺は何かまずいことをしたのだろう。だが、本当に何をした?クソッ!心当たりが全くない。
「い、いったい何が!?」
俺には何も分からない。だが、あいつらには分かっている。あいつらの殺気を纏った体が、目が告げている。
俺は化け物なんだと。