三十七話 交渉
森全体をぐるっと回ってみて分かったが、どうにも青い森は全体が青いらしい。少しの隙間さえ、見つからなかった。
さて、次はこの青い部分は触れるのか、というところだ。もし、触れないようならこの森はそもそもが無かった、ということになる。
だが、わざわざそんな、本来なら存在しないものを作成する必要は何だろう? ないのではないだろうか。
まあ、いくら考えても答えが出ないものもある。とりあえず、触れるか、からだ。
恐る恐る手を伸ばす。青い部分に手が触れる。感触が伝わってくる。
…………これは実体がある、ということか。となると、この森は俺が見ている幻覚、というわけではないということか。
一応魔力で何か感知しないか、魔力を放出してみる。だが、何かに弾かれるかのように魔力は俺の周囲数メートルまでしか放出されず、留まる。
ぐっ、人がいると、びっくりさせるかもしれないので、いるかどうかは確かめておきたかったのだが、仕方ない。木の幹の間が比較的開いているところから、森の内部に入る。
あまりに自由に伸びた木が、移動を邪魔したが、それでも体が小さかったことが幸いして、通れない、ということはなかった。この体が、今ほど便利だと思ったことはないよ。
「それにしても、いつまで続くんだ。そろそろ区切りよくなってくれないと、引き返せなくなってくるぞ」
もう来た道、ほとんど分かんないし。
ただ、なんとなく目的地、というにはアバウトだが、近づいている気がする。
さらに進んだところで、木の隙間から木漏れ日が見えた。もしかしたら空間があるのかもしれない。
少し乱雑に足を動かし、距離を稼ぎ、木の隙間から顔を覗かせる。
「はっ? え、まじ?」
驚いた。こんな広い空間があった。下手をすれば猫人の村よりも大きいじゃないか。
嫌な予感、ずっと木があるだけの森かと思ったが、どうにも外れたらしい。
しかも、だ。この広大な空間、明らかに人為的に作られたものがある。
誰か住んでいた、もしくは今も住んでいる。新しい種族と会えるかもしれない。やっぱりこういうのだよな、異世界。
とりあえず、今俺がいる場所と、空間の地面までは、高低差がだいぶある。降りないとダメだな。だが、案外高いな。別に高いところが怖いわけではないが、さすがに数メートルを命綱なしって怖くない?
けど、このままダラダラここに留まっているわけにもいかないので、えぇい、なるようになれ!
ドスンッ! ぶちゃ!
おぅ、尻から頭まで衝撃が抜けていった。『自己再生』あってよかった。立ち上がったら傷があるショッキングは回避できたな。まあ、地面に着いた血は誤魔化せないが。どこが潰れたんだろうか。
まあ、いい。とりあえずこの場所が何なのか、調べないと。
この場所は探知ができるのか、それを確かめるためにもう一度魔力を放出する。すると、あっさりと10メートル以上放出される。あの青い森の外周には魔力を通さないような効果があるのだろう。内部だと魔力は使えるようだ。
地面には石が敷かれた歩道ができており、ちゃんと通れるようになっている。この道を辿っていけば、人に会えるだろ。
と、いうわけでぶらぶらと道を歩くことにする。冒険って意気込んだ手前、こんなことしてていいのか、ちょっと罪悪感だが、まあいいか。
そんな感じでゆっくり歩いてたんだが、ここに住んでいるらしい種族と初めて会いました。
…………現在、警戒心モリモリで武器を向けられています。一体、俺が何をしたのでしょうか。何か悪いことしたのでしょうか。
「少し話し合いませんか」
「無理だ。ここの記憶が消えるまで、貴様は今から我々の捕虜だ」
「拒否権は?」
「もちろんない」
「ですよねぇ」
こんなにも暴力的な種族と会ってしまうとは。俺、ちょっと様子見に来ただけなのに。
っていうか、ここの記憶が消えるまでって、自慢じゃないが俺、記憶力は良い方だぜ? そんなことしていいのか? 死ぬまで覚えてるかもしれないぞ。
その後も何度か説得したんだが、聞く耳持たず。途中からは本当に何も聞いてくれなくなった。
そうして、意図せずして俺は青い森の中心部、どうにも俺を連行している種族が住んでいる場所に向かう、いや連れて行かれた。
気づけば、トントン拍子に、何か話をされ(状況を知らないので俺には初めから終わりまで何を言っているのかまるで分からなかった)、何か有罪判決され、ちょっとふざけて異議ありって言ったら怒られ、現在こうして牢屋に入れられている、というわけなのだが、これ確実に処刑コースだよね。
どうしましょう、『自己再生』があるとはいえ、未だに怖いから死ぬほどの致命傷を受けた後でも死なないかは確かめていないんだよ。だから、処刑とかもう、無理だよ。
「考え直さない?」
「貴様が、こうしてここにいることは大罪だ。考え直す必要がない」
冷たく看守が言う。
うーん、俺はただ探検しに来ただけなんだけどなぁ。だが、まあ仕方ないか。
本当なら、もうちょっと探検した上で捕まった時用に、考えておいた作戦を使う。
それは………
「強行突破、じゃい!」
『血への渇望』を発動させた後に、即座に魔術で牢屋の壁を破壊。そして、発生した煙に乗じて脱出する。
……案外うまくいったな。こんなに簡単にいっていいのだろうか。まあ、逃げられるしいいか。
だが、その考えを読んだように俺の腕を、風が切り裂く。
魔術、いや魔法か。魔術と違って、わざわざ構築する必要がない、っていうのは本当に厄介だ。俺の腕に当たるまでに間があったのは、俺を油断させるためか。
そして、行動が迅速だ。明らかに急ごしらえではない。訓練されている。この森に入った奴らを確実に殺すためか。必死だな。
そこまでして、俺からこの森の情報全てを抹消したいか。それだけ露見を避ける種族か、それとも種族全体で指名手配でもされている種族なのか、いずれにしろ俺はここで殺されるわけにはいかない。
とりあえずこの場から逃げる。そのために必要な手段は………俺は持ち合わせていない。何をしても確実に対処してくるだろう。俺が持つ最高火力ではこの森を燃やしてしまう。それは誰より俺自身が許容できない。
故に、俺は呼ぶ。最高戦力を。
「リルファー、来い」
「御意!」
俺が呼ぶと同時に現れたのは、大きな狼。俺と主従の契約をした魔獣、『極狼』リルファー。人の姿ではないのは俺がこういう状況だと分かったから、ではない。俺とリルファーの打ち合わせの結果だ。
主、従魔の関係になった、者と魔獣にはその関係になったことでしかできないことが幾つかある。
その一つが、一定の魔力を消費することと従魔の名前を呼ぶことをトリガーとした、従魔の召喚。主がどんなところにいようと、従魔は確実に主の場所へと召喚される。逆もまた然り。ただし、その場合は魔力を倍、消費し、かつここまで早く召喚することはできない。
その主従の特性を知って、俺がまず取った行動が、リルファーとの打ち合わせだった。決めたのは召喚するシチュエーション。どんな状況で使用するのか、それを決めたのだ。
結果として、決定したシチュエーションは俺、もしくはリルファー、どちらかの窮地。単独ではどうにもできない状況、二人でなければ成しえないことがある場合のみ。他のシチュエーションの一切は、召喚を受け付けない。
そして、俺はリルファーを呼んだ。俺がこういう状況だと分かったから、戦闘体制をとったのではない。俺が呼んだから、リルファーは呼応し、戦ってくれようとしているのだ。
「とりあえず足止め。その間に話をつけてくる。殺さないように」
「分かりました。ですが、さすがに扱いが雑ではありませんか?」
「悪いな。あとでちゃんと謝るから」
「言質は取りました」
『血への渇望』をもう一度発動させ、加速する。後ろからは戦いの音が聞こえる。リルファーが持ちこたえられないはずはないと信じて、俺は振り向かずに駆けた。
そして着いたのは、森の中にある建造物の中で特に大きな建物。
堂々と殴り込み、衛兵もはね退けて、豪華そうなドアを音を立てて開ける。そこにいた数人は、驚いたもののすぐに冷静、とは言えないが対処しだした。
「なんだ、貴様は!?」
「少し黙ってろ。ここにいるお前らの中で一番決定権のある奴は誰だ?」
ただし、俺はうるさかった、という理由で黙らせた模様。
俺の言ったことを聞かなかった時のために一応殺気も、全力ではないものの放出させたが、それが効いたようだ。
決定権のある奴、誰かと聞いたが、そもそもそんな地位の高い奴がいるのか、もしかして全員が同じような地位なのでは………まあ、自分らで決めるか。
そう思っていたが、どうにもそこのところ傲慢な奴はいたようだ。
「私だ。何の用だ、龍人よ」
「……外の騒ぎから、なんとなく分かっているだろう? 俺の要求を承諾してくれたら、この騒ぎは俺が収束してやる」
「こちらが飲めないような内容で、我々が承諾しないようなら?」
「できる限り被害を甚大にした後、ここから出て行く」
そう、現在、主導権を握っているのはこちらだ。
リルファー、極狼という強大な戦力。確実に、殺せないだろう戦力差だ。そして、致命傷さえ避ければ、逃げ切れる、森と、森の中に住む種族の存在を知っている俺。明らかに被害を大きくするだけ大きくしてからの、逃走が可能だと、奴らも分かっているだろう。
むしろ、奴らが承諾しない理由がない。必死になって俺を取り押さえようとした兵たちが、その証拠だ。
さあ、どう来る?
「………良かろう。言ってみろ」
「話が分かる奴で助かる。お前以外の奴は、どうにも俺の話を聞きそうになかったからな」
「そうだな、良い判断だ」
「俺からの要求は幾つかある。まず一つ、俺の罪の取り消し」
「そのくらい、別に構わぬ。それに、どうにも処刑などするわけではなかったようだぞ?」
「それでも、だ。次、二つ目。俺がここを出入りすることを許可してほしい」
「……言いふらす可能性がある。それは出来ん」
警戒したように、気配が濃くなる。
そうだ、そうなるのは普通だ。
だが、言葉を発するまでに僅かに間があった。多少は考えたはずだ。考えたものを了承させるためには、俺がそれを実現させるだけの、実力があると分からせる必要がある。
まあ、なんでか高いだけの気配、殺気と多少できるだけの魔力コントロールで誤魔化すだけだけどね。
「心配なのは、俺が情報を言うことなのか、それとも『俺が森への出入りを許可する』っていうことを了承した後に、俺が出入りするのを発見されるのを防ぐためか、どっちだ?」
「どちらもだ」
「とりあえず前者に関しては心配ない。あー、もし嘘か本当か、とか分かるような技能があるなら発動させておいてくれ。俺自身、嘘をつく気はないが、あんたらに信用されるには、それが一番信憑性が高い」
「……少し待て。そのような技能を持つ者を用意する」
よし、食いついた。
真偽を判定する技能。そんなものがあるか、それ自体が賭けだったが、どうやら存在していたらしい。儲け物だ。
奴らは、まだ俺のことを信用しきっていない。ならば、強引にでも信用させる他ない。それができなければ、戯言を吐くただの最弱の龍人だ。多分、龍人だということを聞いて、今俺と話しているやつ以外は少しは安心している。そして、できることなら取引が成立するまでに俺を取り押さえたいとでも思っているはずだ。
待つこと、数分。
技能を持った奴が到着したのか、扉が開き、男が入ってきた。
「技能を発動せよ。
これで良いだろう?」
「ああ、ご協力感謝する」
一度大げさに礼をして、相手から注意をひく。
さあ、ここから奴らがどんな顔をするのか、楽しみだ。
「さて、改めて言おう。俺が情報を言う、そんな心配はない」
「本当です」
「なぜなら俺は転生者。しかもこの世界の知識がほとんどない。そこまで露見を避ける種族の情報が独り占めできるのならそれほど良いことはない」
「本当です」
「しかも俺は龍人。どうやら今、この世界にいる龍人は俺以外にはいないらしい。街で俺が何を言おうと信じられない可能性があるし、話をする前に身柄確保、即売り飛ばされる、なんてことが起きた時にはシャレにならない。生憎と、今は別に生活に困っているわけでもない。なら、情報の独り占めっていうのは本当に好都合なわけだ」
「本当です」
「彼が言っている通り、俺は別に嘘なんてついていない。とりあえず、前者については心配がない、ということが分かってもらえただろうか?」
「ああ、了解した。して、後者に関しては?」
「条件を飲んだ後の、出入りを見られる、という心配、か。そこに関しても俺としては問題はないと思っている。気配の意図した遮断の仕方は多少は心得ている」
「本当です」
「まあ、ここの出入りをするにあたって、基準に達しているかは、不安なところだ。とにかくやってみるが、確認して、ダメだと思ったら、合格点に達するまでは森で特訓みたいなのも、まあアリかな、とは思っているが」
「本当です」
本当だと確認が入ったところで、実際に俺は気配を遮断する。
それにしても、技能を持っている男の真偽を示す声に一切の抑揚がなかったのは、ちょっと気がかりだな。
まあ、生まれつきかもしれないし、放っておいてあげよう。
だが、ここにいる種族、だいぶ強そうに見えるし、俺の気配の遮断が合格点に達しているかは本当に不安なところだ。
「申し分ない。それだけの技量があれば気配で気づかれることはなかろう」
「本当です」
どうにも心配はいらなかったようだ。
そして、男の方、あっちの発言の真偽も伝えるのね。
さて、ああ言ったってことは、その分、もう一つの要素の方に心配が傾いているってことか。
安心しろ、どうにか解消してやる。
「だが、姿の方はどうだ?」
「もちろん多少は工夫する。例えば……人目につかない場所を選ぶ、とか。あとは外で暴れている俺の従魔に視認できないほどのスピードで移動してもらう、とか」
「本当です」
リルファーが人には視認できないスピードで移動できることは、村での会話、訓練の時に確認済みだ。
そのどちらもが、俺が真剣に考え、発言していると、男の技能が裏付けている。
ここに関しては、ローブの能力は言えない。言っていないだけで、嘘をついているわけではないので、別に男の技能にも引っかからず、かつ俺の手の内を見せるわけでもない。俺にデメリットはない。
そんな俺の気楽な思考に対して、どうにも相手の思考は重いものらしい。唸りながらも、何かを口に出そうとしている。もう一押し、というところか。
だから、俺は一押しと言わず、オーバー気味に押し込むことにする。
「まあ、姿の方はあまり画期的な解決策は、俺は持ち合わせていない。二つ目は焦らず考えてくれ。飛ばして三つ目に行こうか」
「ま、まだあるのか!?」
「おい、俺はお前に黙っていろと言ったはずだが? 人の話は聞けないようなやつか、お前は?」
先ほどうるさくて注意した奴が、横槍を入れてきた。
そういうのは、取引にはいらないから。第三者の、別に深く話し合いに参加するわけでもないのに、無視するわけでもない、その中途半端な対応。
また殺気で黙らせて、取引に集中する。そういえば、俺と話してるやつは、馬鹿野郎と違って、俺の殺気にひるんだりしないな。取引のしがいがあるというものだ。
「三つ目は、どちらかといえばそちらに得のある話だな」
「本当です」
「三つ目、森の危機は俺と俺の従魔が手伝う。いや、そんな緊急事態になったら、俺の知り合いも加勢するかもしれないな。訂正しよう、俺と俺の従魔と俺の知り合いだ。ただし、俺の知り合いが手伝うのは森の外のこと、そして絶対に森に入れず、森のことも話さない」
「本当です」
「なっ? そっちに得のある話だろ?」
「ああ、確かに。二つ目は保留にするとしても、一つ目、三つ目の条件は飲もう」
「それはありがたい。だが、どうにも嘘くさい。ダウトだ。さて、一体何に不満があるんだ?」
「不安などない」
「ちなみに俺にも、あの男みたいな嘘か本当か、判定できる力はある。嘘はつかないほうがいいぞ」
「本当です」
「………やはり、この森に他の種族を入れるわけにはいかない」
深刻な事情があるようだ。
だが、こっちとしてはさっき言ったように、他の知りえない情報の独り占め、他の奴にはない人との繋がり、というのは手に入れられるだけ手に入れたい。
ここで退くわけにはいかない。
「そうか。なら、俺は被害の拡大に努めるだけだ」
「…それは、させられない」
「はあ、別にこっちはそんなに難しいことを言っているつもりはない。俺の罪の取り消し、森の出入りの許可、それだけだ。三つ目に関してはさっきも言った通り、そっちに得のあることだからな。
それほど無理だっていうなら、最低限、どうして無理なのかを教えて欲しい。こっちとしても納得できる理由がいる」
頑なに、二つ目と、そして三つ目の条件を承諾しない理由は何か。
ただ単に、この森に関わることについては拒否することが習慣化しているのか、それとも何か大事なことが近々あるのか。
とりあえず、最後まで拒否されるようならこちらは森を壊すだけだ。ここに生きる種族? 困るだけ困ればいい。
「二つ目は、先ほど貴様が言った通り、貴様が情報を言うことと、出入りの際を目撃されることだ。三つ目は、これ以上我々に関わらせるわけにはいかないからだ」
……今回に関しては、嘘はついていない。
本心からの、もしくは嘘は言っていないが、本当のことを言っているわけでもない発言ということだ。
さて、どうしたもんか。相手の意志が強い。崩すのは案外大変だ。どうやって丸め込むか。
物は試しだ。
「なら、三つ目の、俺の知り合いが〜、っていうのを無くそうか」
「嘘です」
「……どういうことだ」
チッ、やっぱり発言全てに技能を発動させてるか。
眉をひそめて、再度俺を警戒するように相手が言う。
だが、俺は特に悪びれも無く、わけを言う。
「だって、森から出られないなら、別に森の外のことは俺の知り合いに頼んでもいいかなって」
「嘘をついても意味はないだろう。どうしてわざわざ嘘をついた?」
「いや、だってさ? さっきからたまに、そこの男が挙動が変になることがあったから、技能も発動してないんじゃないかと思ってな」
「挙動が変? 何を言っている?」
「けど、これではっきりしたよ。あんた、自分の都合の悪いときだけ、男の技能、解除させてるだろう」
「な、何を言って………そんなこと、できるはずがないだろう」
「いや、洗脳的なことはできるだろう。本でも読んだし。この中にいる誰かが、男を操って、あんたの都合の良いように技能の発動、解除を行っている」
さぁて、誰が洗脳した張本人かな?
少し殺気を含ませて、俺が周囲を睨んでいると、笑い声が聞こえた。
声のする方を向くと、俺が話していた相手が笑っていた。
「ハハハハ! そうだ、よく分かったな。あの男は洗脳されている。そして、洗脳したのは私だ」
「まあ、なんとなくそうだろうとは思ってたよ。それで、ここでそうして自白するってことは?」
「うむ、私は龍人、貴様を試していた」
「はあ。一つ目の条件、俺の罪の取り消しの時、処刑するわけではなかったようだ、っていうのはこれの伏線か?」
「もちろん、その通り。我々はもとより貴様を処刑するつもりで取り押さえたのではない。こうして、交渉するための中継として使ったのだ」
どこまでも面倒臭い奴だ。
ここまでの会話が、ほとんど無駄になるようなことをするようなことはやめてもらいたい。
さらに先ほどと打って変わった会話が続く。
「実力、気配、殺気、すべてが申し分ない! しかも従魔が極狼ときた。戦力としても期待ができるし、出入りも見られる心配もない! ならば、こうするしかあるまい!」
そうして取り出したのは、一枚の紙。
なんだ、これ? 俺の知識が足りないというのもあるが、これは見たことがない。
俺が不思議そうな顔をしていると、笑いながら答えを教えてくれた。
「これはいわゆる契約書だ。我々と龍人、君の友好条約を記した、ね」
「友好条約…………待て、俺個人とか?」
「もちろん。君が言った通り、龍人は君しかいなんだろう? 我々のことを口外する気もないようだし」
「まあ、そうだな。ちょっと見せろ」
紙には、さっき俺が言ったことをほぼ丸写しのように書かれていた。
なるほど、さっき頑なに拒否じみたことをしたのは、これを書くための時間稼ぎか。しかし、三つ目の条件から、俺の知り合いが〜、という項目が消えている。ここはさすがに譲れないということか。
さらにあちらの主張も少なからず入っている。あちらの種族の習慣などに首をつっこむな、みたいなことが書いてあった。
近々何かあることは確定、か。まあ、その時、俺がいるとは限らないしな。
俺にデメリットがあるようなことが特に書いていないことを確認する。
大丈夫そうだな。
「おい、書くもの寄こせ。署名してやる」
「ふふ、気に入ってもらえたようだな」
机を借りて、指定されたことを書き込む。
書き終わったからといって、特に変化はなかったが、友好条約を結んだことは変わらない。
紙は、いらないそうなので俺が持つことになった。バッグも持っていないので、ローブの中に忍ばせておく。
「そういや、名前言ってなかったな。イフリートだ」
「こちらは位置的には長老だ。長老と呼べばいい。そして我らは種族『森人』だ。宜しく頼む、イフリートよ」
「まんまだな。とりあえず従魔止めてくるわ」
こうして、想定通り、いや、想定以上の展開で、俺は『森人』全体と、友好条約を結ぶこととなったのだった。




