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第二章 プロローグ 冒険

ある大きな森には、ある種族が住み着いている。

 その種族は、数が少ない。なぜならもともと長命であり、わざわざ子を増やす必要がないからだ。

 その種族にしがらみはほとんどない。強いて言うならば、数少ない掟があることと、そして大きな森から絶対に出てはならないことか。

 掟はそこまで難しいことをするわけでもないし、そこまで複雑なものではない。掟がある理由、それは大きな森から出られない理由と、同じものだった。

 ただ一つ、その種族の露見を防ぐためだった。

 その種族は、太古の時代、確かに存在した種族。しかし、その圧倒的な力故に酷い扱いを受けた。もうどうしようもないその現状を退けるために見つけた手段、それが、それこそが巨大な森に姿を隠した理由。

 すなわち、存在そのものを忘れさせてしまおう、というものだ。そしてその狙いは完全に成功した。

 だが、人々の記憶から消されていたとしても、またのこのこと出て行ったら、また正体が露見してしまう。それを避けるための掟である。森から出てはならないという教えである。

 さらには巨大な森にも、ある結界が施されており、その鉄壁さはもはや圧倒的なまでのものだ。

 結界の効果としては、よくある認識阻害。その種族が生活している巨大な森を見たとしても精神に働きかけることで違和感をなくし、精神力のないものはもはや見えなくなる、という代物だ。その副産物として、森そのもの以外の気配の完全遮断。

 これこそが古代の時代に引きこもった種族の存在が今の今まで露見しなかった理由である。

 しかし、ここまで偉大な結界であっても、無から有を生み出すことは不死者でない限り不可能。必要なのは魔力である。

 そして、今、イフリートが存在するより、ずっと前の時系列にまで時間は戻る。

 結界に必要な魔力の貯蓄はもうわずか。

 そんな状態では、存在がバレることはまず間違いない。故に会議が行われる。


「さて、どういたしますか?」

「決まっていよう。必要なのは魔力。そのための生贄が必要だ。次は一体誰にする?」


無慈悲な言葉が室内に木霊した。言ったのは、室内にいる数人の中で最古参だった。差別を体験していた。故にこそ、結界の有用性、重要性を理解していた。結界がなくなるわけにはいかないと分かっているから、こうして残酷に同族を売れるのだ。

 だが、他の数人は甘さを捨てきれない。


「そんなことを言わないでください。我々は生き残るために結界を張るのです。しかし、そのために同族を差し出すなど本末転倒ではございませんか」

「黙れ、何も知らない若造が。私たちがどれだけの苦労をして、こうして結界を張り、そしてここまでの環境を整えたと思っている?」

「う、っぐ。しかし、私はそんなことはしたくはありません!」

「別に貴様だけがそうして反対することは構わない。だが、それで我らの種族全てが被害を被ることになれば、貴様の身内、友人、貴様にゆかりのある者全てを処することになるぞ」

「…………出過ぎた真似をしました」

「それでいい。我々に最も重要なのは絆ではなく結界だ。絆など、愛などその副産物でしかない」


反論した者は不自然なまでに手のひらを返し、最古参の意見に何度も首肯している。

 その様子に違和感を覚えた他の者は、少しの間思考し、そして思い至る。

 洗脳じみた、あのような行動がとれる手段は技能にあらず。

 すなわち魔法。それも炎、風、水、土、そのどれにも該当しない『特殊属性』の魔法。その属性の魔法に、そのような効果を持つ魔法があったはずだ。

 さすがは最古参といったところか。適性のない者がほとんどであるはずの、かつ扱いが他と比べ難しいはずの特殊属性を意のままに操り、先ほどすぐそこで誰にも気づかれずに一人に魔法をかけた。

 そして、その行動が意味するのは、自分たちも気に食わないようならこうしてやれる、だ。

 他の者はそれに萎縮し、収まる結果としては、最古参の思う通り。


「あの女はどうでしょうか?」

「……………ほう、なるほど。だが、実力も伴っているだろうな?」

「心配には及ばないかと。あの女、あれでも我らに迫る実力でございます」

「良かろう。あの女で決まりだな」


こうして人の心を持ち合わせておらず、最古参故に過去を知り、外を恐れる者と、それに恐れ、操られる者たちの会議のような何かが終わった。

 終わったことにより、犠牲が一人。

 仕立て上げられたのは、偽りの悲劇のヒロイン。

 王子が現れるかは分からない。

 だが、悲しきかな。奴らの行動は素早く、会議終了のすぐ後、狙いをつけられた少女は運命に絡み取られる。

 少女の心は磨耗し、目からは光が失われていく。

 ………未だに救いはなく、少女は暗闇に堕ちていく。














明るい声が響いた。


「おーい! そっち終わりそう、イフリート!」

「全く終わんねぇぇぇ!」


ルナの声だ。

 今はもはや朝の恒例となった、ルナとリルファーに手伝ってもらっての魔弾木の伐採の真っ最中だ。

 同じところを三人で集中的に伐採するのも作業速度は良かったんだが、三人それぞれが伐採する区画を設けた方が効率良いんじゃないかと、何を思ったのか考えてしまったために、魔力の扱いに慣れていない俺が一番作業が遅れてしまっている。

 ちなみにリルファーは決めた区画全ての魔弾木を伐採し、俺に魔力の扱いを教えつつ、遠目に見守っている。ルナももう直ぐ終わりそうだ。

 …………やっぱり全員で同じとこを伐採していった方がこういう差ができなくて気楽だった。まあ、広大だった魔弾木の群生地を三つに分けて(内訳的には、リルファーが一番広く、俺が一番狭い)、それを伐採するのを、ここ数週間で終わらせてる時点で、凄いはかどってるし、俺も助かってるんだけどさ。

 でも、こんなにも差があると分かると、さすがにしょげるよね。


「一旦休憩挟みませんか、主様」

「んー、もう少し進めたいけど。まあ、いいか。あー、えぇと、なんでリルの方なの?」

「……分かりません?」

「うん、分からない」


最近、ルファーだと思っていたら、気付いたらリルになっていることが多い。

 そういえばルファーの時は燕尾服だが、リルの時は燕尾服だと問題があるのか、メイドが着るような服だ。いつ注文したんだろ?

 まあ、そんなに重要じゃないな。

 リルが、用意した飲み物を渡してきたので遠慮なく飲ませてもらう。

 何が入っているかは全く分からないが美味いな。俺も作ってみたいから、レシピ聞くんだけど、なぜか恥ずかしがって、全然教えてくれない。何を恥ずかしがる必要がある。美味いのに。


「それにしても……ルナ、まだやってるし。俺と違って体力が無尽蔵ってわけでもないのに、よくあんなに動けるな」

「あの猫、認めたくはないですが、村の方でもだいぶ働いてますしね」

「暑くなってきたし、そろそろ夏か。夏バテとかで倒れないといいんだけどな」

「猫ごときに、主様がご心配をかける必要はありませんよ…………って、どうして逃げるんですか?」


刺激が強いからです。だから、何度も『俺、倒れるからね!?』って言ってるのに、そうやって自然な足運びで近づいてくるな。

 ルファーの時には、全然してこないんだけど、リルの時だとしてくるんだよなぁ。なんでだろ。

 あっ、ルナ戻ってきた。でも、フラフラしてる。

 ………悪い予感的中。ルナが俺らのところにまで来る途中、数メートル離れた場所で倒れた。

 おいおい、勘弁してくれ。『血への渇望』を発動させ、ルナの様子を見に行く。いや、もう予想はついてるが。


「おい、大丈夫か?」

「だ、い………じょう、ぶ」

「いや、その返事は大丈夫じゃないだろ。とりあえず一旦戻るか」


水でも飲ませてやれたら、少しは楽になるんだろうが。リルがあのよく分からない飲み物を渡してくれるとも思えない。

 村に戻るしかないだろう。

 ただ、俺だけではルナは大きすぎるので、運べない。運べたとしても多分、引きずることになるだろう。ルナにこれ以上負担かけると、リバースするかもしれないし、できればあんまし揺れない感じにしたいんだけどな。

 とにかく俺には運べないし、リルを呼ぶ。


「猫、どうしたんですか?」

「とりあえず体調悪そうだから村に送ってやりたいんだけど、俺には無理でな。リル送れる?」


おい、待て。そんなに露骨に嫌そうな顔するなよ。

 うーん、説得すれば運んでくれそうだけど。狼の姿でめっちゃ揺らしながら速く行って、途中でルナがリバースして、俺が村に戻ったら俺に文句言ってきそうだな。それは勘弁。しかも、ルナは地面に適当に放置しそうだし。


「はあ、ルナには悪いがちょっと工夫させてもらうか。おい、リル。お前はルナに直接触らなければいいのか?」

「…………まあ、それができるならだいぶマシなんですけど。そんなことできます?」

「一応。けど、時間はかかるから少し待ってろ。その間、リルは狼の姿でルナを影に入れてやれ」


リルから返事がない気がしたが、まあいい。

 イメージするのは、球体。しかもできる限りクッションのような、揺れないものが中に敷き詰められた、そんな球体。

 イメージが完成したら、魔術を構築していく。ただし、並列思考で架空の脳を一つ作り、維持はそれに任せる。


「『風球・柔』」


ルナが中に入るように魔術を展開。

 球体の中に入ることになるので、その分ルナは浮く。風でできているため、ほとんど見えない。状況を分からない人が見たら、ルナが宙に浮いているように見えるが、運ぶのがリルだけに、村の猫人の皆さんもなんとなく納得してくれるだろう。


「よし。リル、ルナの周りを持って村まで運んでってくれ」

「主様はどうするのですか?」

「俺はルナの忘れ物とかないか、探してくるよ」

「私も行きましょうか?」

「いや、ルナの負担は減らしてやれ。一応俺の監視役だからな。ダウンされると他の奴がつくことになる。リルも、リルのこと分かってないやつにうろちょろされるのは、まあ、嫌だろ?」

「む、確かに。それではこの猫は適当なところに放置してすぐに主様のところに向かいます」

「おい待て。何が、それでは、なんだ? それとルナはちゃんとしたところで寝かせてやれよ! あと戻ってこなくていいから!」

「…………分かりました。ちゃんと帰ってきてくださいよ?」

「当たり前だ。俺は倒れません」


『自己再生』あるのに、倒れるか。肉体的なことでは絶対に倒れたりしません。精神的なことではどうか分からないけど。

 リルが、浮いたルナを運んでいくのを見届けた後、ルナが担当していた区画に何かが落ちていないか、念入りに探す。うーん、ルナは俺と違って、斧じゃなく剣、しかもナイフみたいな短剣で伐採するとかいう、離れ業やってたからな。

 落としていたら、普通に見つけにくいが、それ以前に倒れる前にちゃんとしまっていたのかもしれない。

 そんなことを考えながら、ルナが担当している区画をくまなく捜索し終わった。特に何か落ちているわけでもなかったが、もしかしたら何か大切なものがルナにしか分からない場所に置いてあるかもしれない。戻ったらルナに聞いてみるか。

 おっ、魔術を通してなんか衝撃が伝わってくるな。もう並列思考と魔術を解除してもよさそうだ。きっと、どこかの家のベッドで寝かせてもらってるんだろう。リルがちゃんと面倒見ていてちょっと安心。

 何となくで顔を上げると、陽が高く昇っていた。もうそろそろ昼かな。朝から始めていたが、割と集中していたらしい。

 そしてもう一度、歩く道だけ確認してから魔弾木の森から離れる。

 『血への渇望』を発動させ、村へと戻ろうとした最中、それはあった。

 村と俺の所有地となった土地が離れていたせいで、まだ周りが把握仕切れていなかった。だから周囲を確認しながら移動していたが、遠目に見えてしまった。

 全体が完全に青に似た色で埋め尽くされた、大きな森だ。

 だが、ただ青いだけなら『ああ、異世界だなぁ』と感じるだけで終わりだ。俺がそれに思わず注目してしまった理由は、色だ。

 青い色が、俺がよく見た色、しかも俺しか見たことがないかもしれない色に合致していたから。


「あれ、は………なんだ?」


それでも、俺は足を止めなかった。確かに森の色がどうして知っている色なのか、そこは気になった。だが、それよりもルナの方が心配だったし、落とし物に関しても早く聞いておかないと、暗くなれば探すのは次の日になってしまう。それは避けたかった。

 そして、俺は森のことを極力意識から外して、村へと移動した。









 村に着いたと、ほぼ同時に近くにいた猫人にルナがどこにいるかを聞いた。

 どうやら、ミーヤさんの家で寝ているらしい。

 それを聞いて、少し早歩きで、いや早歩きでは遅かったのを思い出して、仕方なくもう一度『血への渇望』を発動させて、ミーヤさんの家に向かい、数分もしないうちに到着した。

 玄関にはリル、ではなくルファーがいた。どうして無駄に性別を変えるのか。俺には理解できない。

 話を聞くと、どうにも村に入ってもどこに行っていいのか分からなかったらしく、適当な家に入ったら偶然ミーヤさんの家だったらしい。

 いや、勝手に入るな。そんなに胸を張るな。偉いことじゃねぇ。勝手に人様の家に上がりこんで、しかもベッドまで借りるんじゃねぇ。


「あら、イフリート様!」

「うちのがご迷惑をおかけいたしましたぁ!」

「いえいえ、迷惑だなんて。ルナも最近はこっちに顔を出していなかったので、こう言ってはなんですが、タイミングは良かったですよ」

「ほ、本当に迷惑かけてません? リルファー、変なことしてません?」

「主様、さすがに食い漁ったりはしていませんよ。そこら辺の一般常識は備えています」

「………人の家に勝手に入ってる時点でアウトだよ」

「む、そうなんですか? 次からは気をつけます」

「うん、頼む」


ああ、頭と胃が痛い。

 俺も最近はあんまり顔見せてなかったし、せっかくなのでお邪魔させてもらうことになった。

 あれ? なんか違和感が………なんか足りない?


「………あ、ミーヤさん。そういえばムーヤは?」


そうだ、なんか騒がしくない、と思ったら、なるほど。ムーヤがいないんだ。

 普通なら入った瞬間、遅くても廊下歩いていたら飛びついてくるからな。

 謙遜でもなく、とにかく怖い。恐怖症のこともあるが、それ以上にどこから飛びつきに来るのか分からないのだ。この前(と言ってもだいぶ前だが)は急に上から降ってきて、心臓が止まりかけるのってこんな感じか、って悟っちゃいけないものを悟ってしまった。


「ムーヤなら、まだお友達と遊んでいるんじゃないでしょうか?」

「………今なんて?」

「だから、お友達と遊んでいるんじゃないでしょうか?」

「え、友達できたの? いつ?」

「イフリート様が、こちらに顔を出さなくなった頃ですよ」

「へぇ、あいつ頑張ったんだなぁ」


村に来て、まだ日が浅かったうちは俺も何していいのかまるで分からなかった頃は日中ずっと絡んでたムーヤが、友達ができないって保育所みたいなところ行ってなかったムーヤが、精霊とずっと遊んでたムーヤが、お姉さんにまで友達作り手伝ってくれって言われるくらいに友達いないムーヤが、すごいなぁ。

 俺はこっちの世界では一人くらい友達作れるだろうか。さすがに作れないとヤバイだろうなぁ。


「とりあえずご飯にしましょう。ルナが運び込まれてから、イフリート様も来るかなと思って昼食を多めに作っておいたので」

「本当に、何から何まで申し訳ないです。いただきます、ほらルファーも」

「いただきます」

「どうぞどうぞ。中にお入りください」


うん、これが良い妻か。

 そういや、結婚式いつになるんだろう。

 とりあえずミーヤさんの言葉通り、中にお邪魔させてもらおうとしたところで、玄関が開いた。マルサさんか、ムーヤかどっちだろうか。


「ただいま。あっ、こらムーヤ! 靴、脱ぎっぱなしにしな、ふげっ!」

「ベー!」


どっちもだった。

 ムーヤは靴を脱ぎ散らかして、それを注意したマルサさんは、そのムーヤから蹴りを食らっていた。

 これが兄妹になると思うと、ちょっとどうなのだろうか。

 まあ、家庭事情に首突っ込むもんじゃないよな。それは、村長との一件でなんとなく察している。


「お久しぶりです、マルサさん」

「イフリート様! はい、お久しぶりです」

「イフリート! マルサがいじわるするぅ!」

「お、おう。それは分かったから、そんなにくっつかないでくれるか?」

「やだ! ひさしぶりだもん!」


ああ、意識が遠のく。

 とりあえずルファーが引き剥がしてくれた。そのままムーヤの身柄はマルサさんが確保した。何度か殴られていたが、それでも耐えていた。あっぱれ、兄ちゃん。

 その間、俺はルナを起こしに行った。正確には、飯が食えるのかを聞きに行った。


「食えそう?」

「大丈夫、食べられる」


もう回復したそうなので、食卓にまで移動する。すると、すでに俺ら以外の全員が食卓を囲んでおり、急いで空いている場所に座る。

 異世界でも同じ、いただきますの掛け声と共に食べ始めた。

 そういえば、と青い森が思い出された。何度も意識から外そうと思ったが、どうにも消せない。なんというか、あそこを見てみたい、あそこが何なのかを探ってみたい、そんなことを何度も考えてしまう。


「どうかしましたか、主様?」

「……え? あ、ああ、大丈夫だ」


心配までされてしまった。ダメだな、これ以上変に考えるのは周りのみんなにも確実に迷惑をかける。

 だから、青い森のことは完全に忘れろ。

 少しの葛藤を挟んで、俺は食事を再開した。

 そのまま少し話した後、ミーヤさんたちにお礼を言って、別れた。

 そして、すぐに眠った。できるだけ、今日のことを忘れるようにして。







 眩しくなって、思わず目を開けた。飛び込んでくる光景には見覚えがない。


「え? どこだ、ここ……は?」


体が寝ている時に勝手に動いたかのように、寝癖が付いていたりしたが、それでも服装は完全に外に出るときのそれだった。

 俺は呆気にとられた。目の前には、あの青い森があった。明らかに誰かの意思が混じって、今俺はここにいる。

 だが、ちょうどいい。今ならルナもリルファーもいない。俺一人で行動できる。二人にバレないうちに、この森のことを調べるとしよう。


「すげぇ今更な気がするが、異世界に転生してから初めてだな」


そう、冒険は。

 きっと、気になることを追求するために行動し、生死の分からない旅なんて、冒険以外に表す言葉がないだろう。

 だから、俺はこれから冒険する。

そんな感じで、二章開始でございます。

 これからもよろしくお願いします。

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