第一章 エピローグ 平穏が戻る
そうしてルナを置いて、一人で来た場所は先ほどの魔力感知で見つけた二つの気配がある場所だ。
本当なら、こうして顔をあわせることさえダメなのかもしれない。
でも、ルナが村長に託されたように、俺も託された。
だから、顔をあわせて、口を開く。
「お話があります。マルサさん、ミーヤさん」
俺の声を急に後ろからかけられた二人は一瞬だけ、驚いたように肩を跳ねさせたが、俺の方に向き直ると、すぐに二人揃って笑った。
笑わないでくれ、これから話すのはそんな表情で聞ける話ではないだろう。
だが、二人は聞かなければならないだろう、俺に託した張本人、ムルサさんとの関係を考えれば。
俺は話した。二人にできるだけショックを与えないように、ゆっくりとダンジョンの中での出来事を。
最初は二人とも、俺が話すことを少し楽しげに聞いていた。
それもすぐに苦しげな表情に変わる。
なぜなら、この話が終わりに近づくということは、ムルサさんがここにいないということは、そういうことだからだ。ムルサさんは死んだのだ。俺の体を借りた『相棒』と名乗った誰かが、攻撃を避けなかったばかりに、猫人だからこその責務故に。
今思い出しても、何度も吐き気を催してしまうほどに俺の中に負の感情が渦巻く。
でも、言わなければならない。俺は絞り出すように言った。
「ムルサさんは、俺を庇って死にました」
その言葉に、俺を責めるような言葉は続かなかった。
二人を見ると、諦めたような目で、少し遠くを見ていた。分かっていたのだ、きっと。
「まあ、なんとなく分かってはいました。だって、相手はルナをたやすく攫った相手です。いくらイフリート様がいるとはいえ、さすがに五体満足で、というのは無理だろうと、二人で考えていました」
「死んだ、というのはとても悲しいです。でも、彼はきっと私たちに何かをくれようとしたのではないでしょうか?」
分かっていた。二人は分かっていたのだ。
それを理解すると、どうしてか、ドッと力が抜けていく。
でも、今ここで倒れるわけにはいかない。どうにか持ち直して、ミーヤさんからの質問に答えなければいけない。
「はい、ムルサさんに死んだ後、ある人の協力でもう一度会うことができました。その時にある言葉を伝えてくれと言われました。
『幸せになってくれ、兄さん。ミーヤさんは兄さんに譲るよ。ミーヤさんもダメ兄を宜しくお願いします』
だ、そうです」
少しの間を置いて、二人がポロポロと泣き出した。
そして、嗚咽の混じった声で、
「ああ!」
「分かり、ました!」
そして、二人は抱き合って、泣いた。
こうして、俺がこの村に置いてきた二つは、完璧に終了したのだった。
その後、移動の途中でルナと合流し、空に、遠くからでも見える程度の魔術を打ち出した。
すると、打ち出して、完全に魔術が打ち上がる前に極狼が俺の前に現れた。
改めて、引くほど速いと感じたが、そんなことよりも、ここまで速いと思っていなかったものだから、だいぶ猫人の皆さんがいる場で、魔術を打ち上げてしまった。
つまりは、極狼が村の中に侵入してしまった。村長は放置しておいたほうがいいかと思ってそのままにしておいたため、極狼のことは知らせていない。
もちろん、それは村の人たちにも知らせていないことと同じことなので、猫人の皆さんが撃退に行動が移り変わっていく。
まずい、極狼が、というよりは猫人の皆さんが。撃退のための攻撃をするまでに何人か重傷だ。
「わぁぁ! ストップストップ! 特に極狼! こいつは俺の従魔になってるから、攻撃はしてこないから! そして極狼も攻撃すんなよ!?」
「わ、分かっている。衝撃で飛ばしてやろうとか、そのくらいしか考えていない」
「それもアウトです! というか、お前、もうちょっとこう、フレンドリーな格好になれないの?」
「む、ふれんどりーですか。どういう意味ですか?」
「あー、まあ、とりあえず人型になってくれれば」
「承知しました。それでは…………」
急に突風が吹き荒れ、止むと、極狼の狼の大きなシルエットはもうそこにはなく、いたのは高身長の美青年だった。
………………全裸で。
「服着ろやぁ!」
「いや、元の姿に服などなかったのですから、変身して人型になっても服を着ていないのは道理では?」
「もういい! 今は狼の姿の方でいいから!」
「ちなみに女にもなれます」
「話聞け!」
俺の声を無視して、極狼がくるりと一回転して、もう一度吹き荒れる突風。
そしていたのは美女。
………………またもや全裸で。
「だ、だから、服着て、って言って、る」
俺の身がもたないから。
極狼がこちらに向かってきたが、気にもできずに俺は地面に突っ伏した。
…………刺激強い系は無しでお願いしたい。俺だって健全な男子なので。
それからしばらくして、俺は立ち上がった。もう極狼が人型でなくなっていたのが良かった。が、とりあえず極狼には怒った。
なぜなら戦闘中に人型、しかも女型になられたら、下手をすれば俺が戦闘不能になりかねないないからだ。
「申し訳ありません。以後注意します」
「まあ、さすがに、その、あの、全裸、だというのは予想できなかったから、今回はあんまし気にしないことにする。今からでも遅くないか。じゃあ、ちょっとお前の服用意しに行こう」
「もしかしてあそこに連れて行くの? この巨体を?」
「おい、小娘。巨体と言うな。これでも今までに進化した中では、だいぶ小さいぞ」
「え、これよりでかくなったことあんの!?」
「まあ、数回ほど」
へぇ、さらにでかく………。面倒見切れないな。
と言うか、羨ましい。いいなぁ、俺この身長がこの数年のデフォルトだからなぁ。
ルナもでかいし。もしかしたら俺の近くのやつらの中では、俺が一番小さくなるかもしれない。街に出るつもりだし、仲間も増えるだろう。
一番小さいのはショックだろうな。未来の俺、一人二人でいいから自分より小さいやつ仲間にしろよ。
まあ、とりあえずマーヤさんに服を用意してもらおう。
「そういうわけでこいつの服を用意していただけないでしょうか!」
「まあ、なんとなく耳には入っているけど、もうちょっと脈絡を持たせられないかねぇ」
うん、出会い頭に呆れられるとは思ってなかった。
さすがにもう伝わってるだろうと思って、いろいろ工程飛ばして話しちゃったな。
とりあえず分かっているらしいし、極狼に人型になってもらう。もちろん俺は目をつむって。なぜなら美青年の全裸とか、誰得だよ。美女は目に毒なので俺の視界内に入らないでください、気絶するかもしれないので。
「それで? こんな全裸の美青年見せて、いたいけな女性である私に服を用意させろと?」
「……いや、別に出来ないなら俺が適当に見繕うかなって、思いながらこっちに来たんですけど…」
「イフリート様なら見た目がアレだから、別に抵抗なかったけどね。さすがにこんなイケメンはちょっとねぇ。だからと言って、服屋でありながら服を客に用意させるなんて、そんなことはできないね。ちょっと待ってな」
そう言うと、店の奥に入っていった。
なんだ、これから何が起きるんだ。
少しの間、待っていると出てきたのは、鼻息の荒い男だった。
「ど、どどど、どこですかな!? 全裸の美青年は!?」
「うん、ごめん。一個言わせてくれるかな、キャラ濃すぎない!?」
「何言ってんだい、街に出たら、これくらいの変人は中の中くらいだよ?」
「これで真ん中とか、もう街に行きたくなくなってきたぞ!?」
ヤベェよ、メガネをクイクイさせながら、鼻息荒くこっちに近付いてくるんだけど。正直言って、今すぐ一発殴ってから逃げたい。
とりあえず極狼の後ろに隠れてようかな。
「おお! おおおおおおお! あなたですかな!? あなたですな!? 全裸、銀髪、麗しい筋肉! あなたこそが、イフリートとかいうクソったれ龍人の従魔になった、極狼という種類の魔獣の人型でありますな!」
言った直後、メガネ猫人が固まる。
極狼、ルナに加えてマーヤさんも首筋を狙って殺気を発しながら、ジリジリと近付いていく。
そして30センチもないくらい近付いた時に、
「おい、貴様が主様の名を、軽々しく口にし、挙句侮辱するなど、たかが猫人などが行っていいことではないぞ」
「………………殺す?」
「口が過ぎるよ、若造」
あー、なんでそんなことするのかと思ってたら、なるほど、そういうことか。
俺自身が、普通に生活してると龍人っていう今の所俺以外いない貴重な種族だってことを忘れそうになるな。
とにかく止めないと、メガネ猫人、失神するか、下手をすれば死んじゃいそうだな。
「ストップストップ、俺は特に気にしてないから。落ち着いてくれ。あと極狼はもう少し羞恥心持った方がいいと思うぞ? メガネさん、どっちかっていうと喜んでるぞ、どこを見て、とは言わないが」
実際、さっきよりも鼻息が荒くなっている。本物の変態だ。
「む、気持ちが悪いな」
「それでマーヤさん、メガネさんに極狼の服を見繕ってもらうんですか?」
「ああ、そう思っていたんだがね。この感じだと何をしでかすか分からないね。やめておこうか」
「いえ、お灸を据える意味でも、メガネさんにお願いします」
「んな!? 主様、それは!」
「そういうわけなら行きましょうかな!?」
「おう、宜しくお願いしまーす」
「イフリート、案外酷い」
「大丈夫だ、極狼丈夫だから、本当にやばくなったらいつでも逃げられるだろ。このくらいでメンタルがやられるようなやつでもないし」
ちなみにこの後、極狼が出てくる間の十数分間に及んで、奥から絶叫のような何かが聞こえてきたし、俺に助けを求めるような声も聞こえてきたが、あえて無視。
さすがに全裸で人に殺気とアレ丸出しでにじり寄るようなやつを従魔としたくはなかったので、躾名目だ。
「そういえば、あんたも服ボロボロだね」
「ああ、そういえば……」
極狼との戦いで、俺もだいぶボロボロになっただろうな。
ローブは俺の魔力を使って自動修復するからいいとしても、ローブの下に着ているのは普通の服なので、そりゃあボロボロにもなるだろう。
もうローブだけが俺の意識下にある装備品である。
「ついでだ、あんたの分も服を用意しといてやるよ」
「ああ、ありがとうございます。そういえばお金とかって誰が払ってるんです?」
「すべてあのジジイ、もとい村長の自腹さ。今回も勝手につけといてやるよ」
「あらまあ」
「マーヤさんまで酷い」
お、絶叫止んだな。
と、いうことは………
「ただいま、生きて帰りました………」
「おう、おかえり」
極狼はやつれた顔をして、戻ってきた。
あんなに叫んでたくせに、服は普通のものだった。燕尾服、というやつだな。執事とかが着ているやつ。
じゃあ、なんであんなに叫んでいたんだ?
「まさか寸法を取りながら、服を作るとは思っていなかった」
「え? つまり、それ今十数分で作り上げたハンドメイドってこと?」
「ああ、こいつは性格なんかに難ありだが、腕はだいぶ良いのさ。まあ、これだけ腕持ってても、街じゃ普通で雇ってくれる人は少ないがね」
即興で服作れるやつが、雇われないって…………街って頭おかしいんじゃないの?
とりあえず極狼の服はこれで良し、と。
「これと同じものを他にも幾つかお願いします」
「あいよ」
「俺の分も手が空いたらでいいので、宜しくお願いします」
「安心しな、最優先事項さ」
それはありがたい。村長の懐が寂しくなっていくと思うと若干心が傷むが。まあ、好きでやってることのようだし、いいか。
ルナと極狼もちゃんとお礼を言ってから、店を出た。
ふぅ、一悶着あったが、とりあえず優先すべきことは終わったな。
じゃあ、一旦移動するか。目的地は俺が所有している土地、魔弾木の群生地だ。
移動完了。
俺とルナと極狼。
「そういえば極狼に名前ってあるのか?」
「はい、ございます!」
「あー、どうせだ。ルナも自己紹介してやってくれ」
「別にいい。じゃあ、先に私。ルナ、これでもイフリートよりも一歳年上」
うん、分かってるから。身長もルナの方が高いから。
まあ、俺の身長は今の所、そう今の所小学6年生くらいだからな。いつか成長期を迎えたらルナを驚かせてやる。目指せ、180センチ!
おおっと、そんなこと考えている間にもルナの自己紹介進んでた。
「一応固有技能も持っている」
「お、おい! それ言っていいのか?」
「ん? 別にいいよ、イフリートは信用してるし、イフリートが信用した極狼も、まあ信用できるから」
「おい、小娘。まあ、とはなんだ? 貴様、バカにしているのか?」
「バカにしてるって分からないの?」
「ああ!?」
「はい、終了。これからこのメンツで行動すること多くなるんだから、喧嘩はしないようにしてくれよ」
「………まあ、イフリートが言うなら」
露骨に嫌そうだな。
猫と狼って仲悪いもんなの? まあ、別にいいか。一応了承してるし。
「固有技能『色彩操作』っていうの。できることは、今の所はこのくらい」
不意にルナの右腕が見えなくなる。突然のことだったので、まるで原理が分からない。
極狼もどうやら同じようで、美青年のまま目をパチクリさせていた。
「どういうことやってんの?」
「イフリートたちの目に映る色彩を操作して、保護色にした」
「あー、なるほど。でも、すごいな。俺と戦ったときに剣が見えなかったのはその固有技能のせいか」
カメレオンみたいなもんだな。
うん、便利だな。『自己再生』と違ってオンオフも切り替えられるみたいだし。いや、別に『自己再生』が役に立たないわけじゃないが。むしろ、きっと『自己再生』の方が使えるはずだ。
どうにも他に、色を完璧に把握したり、見たりと、色に関してはだいぶ素晴らしい能力を発揮するようだった。
「次は私ですね。そういえば主様にも私の名前は言っていませんでしたね。私の名前はリルファー。男の時はルファー、女の時はリルとお呼びください。
そこの小娘と違い、固有技能は持っていたとしても言いませんが、主様は後で個別にお教えします。そして小娘よりも百は歳が違うのですが、百を過ぎたあたりで数えるのを放棄しました」
まあ、固有技能は持っていなくても、あまりあるステータスだからな。頼もしいことこの上ない。
こうして二人の自己紹介が終わり、多少は絆が深まった(と思う)ところで、そろそろ魔弾木を切るの手伝ってもらおうかな、と思っていたが、二人に見つめられていた。
「ん? なんかまだ伝えておかないといけないことあったっけ?」
「ええ、あります」
「うん、最重要事項」
「そんなことあったっけ……………悪い! 分からん」
「イフリートの自己紹介が終わってない」
「ええ、俺の紹介いらなくない?」
「いえいえ! 必要ですよ!」
「そんなに必要かは分からないが………まあ、仕方ない。やってやるから、そんなに睨むな。
えぇと、イフリート。こんな低身長だが15歳。転生してこっちの世界に来た。固有技能が一つ、強化系技能が確か、二つくらい。あ、あと読めない技能が二つ。強化系の技能はもったいないから使わないが、固有技能はルナみたいに実践するか」
見えやすいし、腕でいいか。少し力を込めて、傷をつける。うーん、ちょっと見えにくいか。
『自己再生』で塞がる前に極狼に言う。
「腕切って。食っていいから」
「しょ、承知しました」
リルファーが手刀で俺の腕を切りとばす。
痛いが、まあ最初に比べたら慣れたもんだ。
そういうわけで傷はあるし、見やすいように傷は大きくしておいた。『自己再生』によって塞がっていく様子を二人はポケーっとしながら見ていた。
再生したら、二人に向かって手を振ってみる。
「まっ、こんなところだ。そういうわけでよろしく」
「いやいやいや、この三人の中で一番反則ではないですか!?」
「ん、そうか? 代わりにステータス低いし、脆いしバランス取れてるだろ」
うわー、こんな化け物相手に戦ってたのか、と二人揃って空を見上げていた。
失礼な、誰が化け物だ。最弱の龍人だ。
ぼーっとしている二人を起こして、
「おい、魔弾木切るの手伝って」
なぜだが、二人とも嫌とは言わなかった。
やり方を教えればすぐに技術を習得、ではないか。元から出来ていたようだ。
まあ、途中でルナがからかって、リルファー、いやルファーだっけ、がそれに応じて衝撃波を起こして、ハチャメチャやってたが。
異世界に来て、一ヶ月くらい。本当に色々あったが、それでもこうして今ではピッタリと生活にハマっている気がする。
俺はこの世界に来てよかったと、心底二人のやり取りを見て、笑いながら思った。
これで一章終了です。一章のプロローグでも書いた通り、行き当たりばったりで書いている節があるので、内容が食い違っている可能性があります。気づいたらコメントなどでご指摘ください(露骨なコメント稼ぎ)。よろしくお願いします。




