三十三話 託せ
極狼は引くほど速かった。下手をすれば俺が案内の指示を出す前に分岐路を突っ切ってしまいそうなレベルだった。
まあ、ちょっと吐きそうになったことは隠しておいて、とりあえず全速力で村へと走ったせいで物の10数分で村に着いた。
うん、すごかった。なんか、こう………筆舌に尽くし難かったけどとにかく速くて速くて、とりあえずとても速かった。
そういうわけで、思っていたより速く着いたので、極狼さんから降りると同時にルナも連れて『血への渇望』を発動し、村長を探しに向かう。
「極狼はここで待機! 集合の合図は空に魔術を打ち上げて知らせる!」
「了解しました!」
うん、いい返事が届いたので、多分大丈夫だろ!
「あ、ああ、あと猫人にできる限り見つからないようにして!」
「りょ、了解?」
…………今度はそんなにいい返事ではなかったが、まあいいだろう。
魔力を円状に伸ばして、気配を探知する。すると村の中心に村長の気配を探知した。
ルナにもそのことを伝えて、並走して村長の場所へと急ぐ。
さて、村長にも気づいてもらうために気配を最大出力で放出。
これなら流石に誰かしら気づくだろう。
そういうわけで、少しの試行錯誤も加えつつも村を走り抜け、村長のいる場所にまで到着する。
「…………お久しぶりです、心配しましたよ、イフリート様」
「ああ、そうだな。外出てなかったから曜日の感覚がそんなにないんだが、どのくらいダンジョンにいたの?」
「一週間足らずです」
「へぇ、それで? なんとなく分かってんだろ?」
「はい、ルナもいますし、どうせならルナにもしっかりと説明しておきましょうか」
ルナにも説明する。これが、俺が考えていたことと事実とが完全に一致していたことを証明していた。
思わず奥歯を噛む。
「ルナはそれでいいのか?」
「いい、どうせいつかはバレる。なら自分がいるところでバラされた方がまだマシ」
「本人の了承も得ましたし、話しましょうか」
「本当なら嫌だが、仕方がない。頼む」
「はい、それでは。
イフリート様の種族は龍人、30年前に一度絶滅し、今ではイフリート様一人のみの種族です。まあ今現在の超希少種族はそれだけですか、他にも希少な者はいくらか種類がいます。
それがルナをこんな境遇に追い込んだ原因なのです。生きる上で必ず必要な物に刻まれた忌まわしき物なのです」
「それはなんだ?」
「『家名』が無いのです。苗字とも呼ぶでしょう。それがない、というただそれだけの理由でルナは馬鹿にされ、罵倒されています。
しかし、家名が無いということは別に悪いことなどでは無いのです。古い時代の戦争で戦果をあげた者に王が与えたある種の武勲なのです。
まあ、それはいいのです。そこまで重要なことではない。重要なのはその一切悪くないはずの家名無しという武勲がただの汚名と化しているということです」
「まあ、そりゃだいぶ困ったこったな。でも、ルナ自身がそんなに気にしてなさそうだし、大丈夫なんじゃないの?」
「うん、そんなに気にしてない」
「いえ、ルナが気にしていなくとも我々が困るのです。同年代の者の士気の低下が目立つのです。
それは仕方ないのです。確かに悪い人はいるのです。しかし、それはルナではない」
「ん? まあ、そうだと思うけど、そりゃ……もしかして」
ここまで話されれば、話の内容くらい見えてくる。
全く、イラつく話のオンパレードだ。最悪だ。せっかく極狼にズルしたとはいえ、勝ってちょっと気分良かったのに。
ルナには家名の他に無いものがある。答えはそれだ。
「はい、ご想像の通りです。ルナには無いもの。それが、両親です」
「やっぱり、そうか」
「もしかして分かってた、の?」
ルナに問われて、少し笑う。
いや、さすがに分かるだろう。相も変わらず隠すのが下手なやつだ。
村に来てから一度として見たことのないルナの親。村長以外に見たことなどなかった。
それはつまり、ルナには今現在、親がいないことと同義だ。
この村、明るく見えて案外暗いもんだ。
「まあ、な」
「ルナの親はとても、身勝手でした。
私の娘は、龍人を滅ぼしたことを何度も伝えたというのに、それでも人なぞと結婚したのです。
娘と結婚した男は、戦争で功績を挙げ、家名を貴族により消されていました。
男は私の娘に一目惚れしたと、娘が腹にルナを宿した後に言ってきました。その時、私がいったいどれだけ激怒したことか。
ああ、この者たちはいったいどれだけ我々から奪えば気が済むのだろうと。
しかし、娘は本気でした。一目見た時に、こいつはは絶対に引かないだろうと、分かりたくもなくても分からされてしまいました。
もちろん私は反対しました。人という人種そのものが気に食わなかったというのもあります。しかしそれを追い越す勢いで男に『家名』が無かったことが理由としてはあげられるでしょうか。
その腹にいる子供にどれだけの負担がかかると思うと、何度もどなりました。それでも彼女らは引きませんでした。瞳の光の少しですら変えませんでした。
本気だと言うことを改めて悟った瞬間に、思考を追い越して言葉が口から飛び出ました。
ならば出て行けと。だが、あろうことか彼女らはそれにすら引かないのです。ここで、娘自身の故郷で産みたい、そう真剣に訴えてきました。
結論から言えば、私の方が折れました。
そうして結婚し、娘は家名を捨てました。私はそれが本当に悔しくて、そして忌々しくてその時から家名は人には告げていません。
すみません、家名はイフリート様にもどうにも言える気がしません。
激動のような数日が過ぎ、そしてルナが生まれました。
やはり私の懸念通り、ルナは生まれた当初から迫害を受けました。最近はルナ自身の努力でここまで持ち直してはいますが、昔は本当にひどかったのです。
親は、そんなルナを放って、どこかに向かいました。村を出て、行方をくらませ、どこかに消えてしまいました。
ルナは絶望していました。一時期、瞳から完全に光がなくなっていた時期さえありました」
「そんなルナだから、強くなれたってのもあるだろうがな。
まあ、とりあえず。この前同年代のやつが、ルナが俺の監視役にどうのこうのって首突っ込んできたのはそのせいだろ?」
「はい、大方家名のないやつが龍人様の監視役が務まるはずがない、とでも思ったのでしょう。
ルナの実力を知らなかったとはいえ、そのせいでイフリート様にご迷惑をおかけして申し訳ないです」
別に謝って欲しいわけではない。
やっぱり…………………あの生意気な猫人たち、甘っちょろいことせずに殺しておけばよかったな。
なんと言われても奴らは悪だ。少なくとも俺の中では。
さあ、ここからこの話はどれだけ俺をイラつかせてくれるのか。楽しみだ。
「それはいい。続けろ」
「はい。そこまでの問題がルナの過去にはあります。
加えて、今回の事件です。ルナほどの実力者が誘拐されました。それだけの気の緩みがあったということです。
だから聞きます。猫人族の中から選出する、龍人様の監視役兼護衛役、ルナで本当によろしいでしょうか?」
「おい、言いたいのはそれだけか?」
我慢できず、俺は殺気を全身から吐き出す。
殺すぞ、というメッセージを含ませて。
村長、いや、目の前の無礼者は、その殺気の意味を悟って、前言を撤回する。
だが、俺はそんなことはさせない。わざわざ『身体強化』を使用して、村長よりも早く口を開き、音を発する。
「何が、娘が家名を捨てたことが悔しくて、忌々しくて家名を名乗らない、だ? 悔しい? はっ、笑わせるな。
俺は転生者だ。この世界での知識はほとんど知らないよ。だから家名が無いってことがどれだけダメなことなのかは分かんねぇよ。ついでに言えば、親の感情も分からねぇ。
だが、俺は子供だった。親がいた。だからお前の娘の気持ちは少しは分かる。お前には分かるか、いや、あの時、分かっていたか?」
まあ、親といっても本当の、俺を産んでくれた親じゃないけどな。いや、それは今はいい。
殺気に当てられながらも、どうにか首を縦に振った奴を見て、俺は顔に嘲笑を浮かべる。
「少しは喜んでくれよ、だ。少なくとも俺はそうだと思っている。
その娘は、確かに悪いことをしたとは思ってたんじゃねぇか? それでも、たった少しでもいいから、喜んで欲しかったはずだ。
でも、お前は何をした? 何を言った? 激情に任せて、何を口走った?」
「……………………」
「ああ、そうだよな。『出て行け』だよな? お前が家名の無い人間と、自分の娘に絶望したように。その時確かにお前の娘はお前に絶望していただろうさ。
子供の気持ち一つ分からなかったお前が、孫のことをついさっき侮辱した? もう一度言うぞ………」
「おい、言いたいのはそれだけか?」
先ほどよりも、強めて殺気を放出する。
娘の気持ちも汲めないお前が、娘の門出を祝ってもやれないお前が、本当の親でもないのにルナの親の真似をするな。
「イフリート、それくらいで!」
「おい、ルナ。お前にも聞きたい。親のことをどう思っている?」
「それは………何度か、両親がいたらどうなるだろうって考えたことがある。でも、想像できなかった。もしかしたら私にとって両親はいらない存在なのかもしれない。村長に、爺にそのことを話すとすごく辛い顔をするから、いらないかもしれない。
だけど、一度見て、聞いて自分で確かめてからいらないかどうかは決めたい。
だから、今はまだ分からない」
「………そうか。はぁ、俺もダメだな」
「え?」
「いや、なんでもない。それで? お前はどうだ。何かさっき言ったことについて弁解したいか?」
「いいえ、過去には戻れません。今更、自分にできることはありません」
ああ、どこまでもムカついてしまう。
どうしていつまでもウジウジしている。何かないのかよ。言いたいことはないのかよ。今まで溜め込んできたものはないのかよ。
「それでいいのか? 本当に、何もないのかよ。お前は俺がここまで言っても悔しくもなければ、何も感じないのかよ」
「はい、私にはあの二人が愚かでないことを確かめる術はありません。あったとしてもそこまでたどり着く時間はないでしょう」
「なら、託せよ! お前の目の前にいる俺に、なんてことは言わない。いるだろう、この場にはお前にも、お前の娘にも関係している血縁者が!」
そう俺が言うと、ハッとした顔で村長が視線をある奴に向ける。
ルナだ。俺が言いたいのはそれだった。ルナをバカにしたことをチャラにするには、村長自身がもう一度ルナを監視役に任命することを認めるのが一番手っ取り早いと考えた。
それをするために俺が考えた方法が、村長がルナに何かを託すことだ。そうすることでこの村から出られて、かつ色々な場所を、俺に連れられて動ける、監視役にルナを任命させられる。
一石二鳥、というほどには流石に手軽ではなかったが、これが一番村長自身にも効くだろう。
「託して………いいのか? ルナ」
問われ、ルナは村長に向き直る。
少しの間、思案して、そして決意したように大きく答えを告げる。
「いいよ、任せて」
努めて優しくそう言った。
聞いて、村長は目の当たりに光る、何かを隠すように顔を手で覆う。
「………ありがとう。お前に、託した」
こうして、ルナはもう一度監視役に任命され、俺が今まで疑問に思っていたことも解消、この村に置いてきたことの一つ目が終了した。
さあ、次は二つ目だ。下手をすれば二つ目の方が大仕事ではあるが、ただ置いてきた物が物だからな。全力で事に当たろう。
村長はよく分からんが、泣いているようなのでここに放置しておく事にした。
ルナを連れて目的地の方へ移動している最中に、急に質問された。
「どうしてあんなに爺に怒っていたの?」
「俺は親が本当の親じゃなかったからな。村長が身内話してる時になんとなく村長の娘さんの気持ちが分かったのと、あとウジウジして、いつまでも本当のことを言わなくて結果として痛い目見た奴を知っててな。村長にはそんな風になってほしくなかったってのがな。
それにしても案外大層なもん、託されちまったな。大丈夫か?」
「もちろん、これでも強い」
「ああ、そうだったな。もう一個、用事が残ってるから。とりあえずそれを終わらせに行くが、できればこれは俺一人でどうにかしたい。それでもいいか?」
「いい、頑張って」
応援をもらってから、俺は『血への渇望』に加え、今日二回目の『身体強化』も発動させ、加速する。
良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい、みたいな風になってしまって悪い。
でも、しっかり伝えるから少し待っててくれ、マルサさん、ミーヤさん。
………こんな感じになるはずではございませんでした。
もしかしたら修正するかもしれません。




