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三十話 立ち上がるために

ああ、怖かった怖かった。これからはできるだけ寝込まずにいよう。

 でも、元引きこもりである以上、萎えたら寝込むのは当たり前だと思います、はい。


「いやぁ、ご迷惑をおかけしてしまったようで申し訳ないです」

「全くだ。あの外道を処理するのにどれだけ時間がかかったと思っている」


そういや処理ってどういうことしてるんだろう。

 気になりますなぁ。時間がかかるってどういうこと? 処理なんかに? もう燃やすとか出入り口近くに水で流すとかすればいいんじゃないの?


「え、処理って何してるんですか?」

「ん? いや、食っているだけだが?」

「は? 食ってる? え、いや、ちょ、あの、え? 食ってるの? え、まじで?」

「ああ、もちろんそうだ。これでも元の動物としての種類が肉食動物だからな、肉を食っていないとやっていられん。食って欲しければ、お前の肉も食うが…………」

「あ、今の所、そのような趣味は持ち合わせておりませんので大丈夫です」


危ねぇ、食われるところだった。

 まあ、一応『自己再生』のおかげで怪我なんて治るけどさ。それでも僕は痛い思いしたくない。

 うわぁ、食うのかぁ、食うのかぁ! やべぇ、俺食われなくて良かった! うん、最初の頃に機嫌とってたのが

鍵だったな。


「それにしてもギルド長だっけ。あんなやつ食って腹壊さないんですか? 俺なら食いたくない」

「いや、まずかったぞ。もう食いたくなくなるくらいにはまずかった」

「うん、じゃあもう食べるのやめましょう!」

「ほう、じゃあ貴様の肉でも食わせてくれればやめようか」

「うーん……どうしよう」


『自己再生』のおかげで痛いけど、傷は治るしなぁ。まあ、再生してからも多少は痛みは引かないので、結論から言うと嫌です。

 じゃあ、どうして悩んでいたかというと、これ断っても断らなくてもどっちにしろ極狼さんの機嫌を損ねるのではないか、ということである。

 ああ、もうとても面倒臭い。ええ、これなんていうのが正解なの? もう俺の頭の中がギャルゲ思考なんだけど。

 んん、もういいや。


「いや、痛いのは嫌いなので遠慮しておきます」

「もちろん冗談だ。本気にするな」


冗談ということにしておかないと、食われる恐怖心であなたと一緒に居られる気がしません、極狼さん。

 はあ、主食肉て。名前聞いた時になんとなく察してはいたが、面と向かって言われると怖いなぁ。

 どうしよう、寝てたら食われるかもしれない。いや、でもさっき食ったって言ってたし、大丈夫だと思うけど。


「とりあえず食わないでください」

「だから冗談だと言っているだろうが」

「いや、だって怖いんですよ? 食われるって言われたら」

「あー! 悪かったから」

「そういえば、食われるで思い出したんだけどさ、ルナ食料とかってどうするの? 俺はどうにかなるけど」

「む、そういえば…………肉少し分けようか?」


いや、やめてください、とは極狼さんの目がマジだったので言えない俺だった。

 てか、まだギルド長の肉残ってんのかよ。汚い汚い。俺は食べませんからね?

 そしてルナは当たり前のように首を横に振っていた。

 だが、これは死活問題だ。ルナは一人じゃ帰り道分からないせいで帰れないわけだし。俺は帰りたくないわけだし。俺は『自己再生』のおかげで空腹もないわけだし。ふっ、ルナだけでも返して俺は悠々自適に過ごそうかな。

 引き返す引きこもり生活。いや、まあ、そ、それもいいかもしれない。

 とりあえずそれは置いておいて、マジ食料どうしよう。これは冗談抜きでやばいぜ。というか極狼さんも食料はやばいのでは? 今ある食料はギルド長だけでは?

 と思って聞いてみたら……


「いや、いざとなったら気配を消して外に出て狩る。まあ、どうにも傷が回復するらしいお前もいるしな、やりようはいくらでもある」


これだよ。てか、『自己再生』のことバレてらぁ。

 これじゃあ、いつかは食われるな。それまでにはここから出ないといけないけど、居心地良すぎて出られる気しない。

 うーん、そうだなぁ。いざとなったらこの前村で食料不足になった時用に考えておいておいた案でも出すか。

 さて、とりあえずもう一回ムルサさんが逝ったところに行ってみるか。


「ちょっと行ってきます」

「む、またあそこか? また倒れても困るし私もついていくか?」

「ああー、まあ一応お願いします」


できれば、一人でやっておきたいんだが、またこの洞窟内に入ってくる奴がいないとも限らない。むしろ多くなるだろう。だって様子見に行ったギルド長帰ってこないわけだし。

 また気絶してしまった状態を様子を見に来た人たちに見つかったら龍人だから、捕まってしまう。

 『自己再生』のおかげで鱗も角も、両方なくなっても再生するわけだから、もう分かりやすく宝だよね、俺。うわぁ、俺が本気で稼ぐことに使わされたら、どれだけの金が生まれるんだろう。別に捕まる気もないけど、そんだけの金が生まれるならちょっとくらい使いたいな。

 なんて考えていたら、もうムルサさんが逝った場所だった。

 一度大きく深呼吸。そして一歩踏み出す。


「っ!?」


やっぱり踏み出せない。

 またもや足は動かない。だが、どうしてか焦りはない。気絶もしないかもしれない。

 だが、少し意識が引っ張られているような気がして、思わず目を閉じる。


『………………………! ………………………!』


声が聞こえて、目を開けるとなんというか、考えていた通りだった。

 いつか見た、天界と呼んだ場所だ。

 ここで会ったのは一人だけだ。まあ、会う人はなんとなく想像がついた。


『良かった。大丈夫そう……………はあ、心臓に悪いことしないでよ」

「はぁ、よく分かりませんけど、とりあえずこの前会った時とキャラ変わってますよ?」


泣きそうな声が頭の中に聞こえてくる。どうにもこの前とは違う雰囲気がして、考えをそのまま声に出してしまった。


『そ、そんなことない!』

「じゃあ、まあ、そういうことで。それで? 一体どういう用ですか?」

『ムルサ、だったっけ? あの人に会いたくはない?』

「………………………会えるんですか?」

『これでも『神種』だから』

「本当に会えるなら、お願いします」


すると、今まで何もなかった場所から光が人を形取るようにして少しずつ少女が見えるようになった。

 いや、何でわざわざ姿現した? ちょっとよく分からないんだけど。


『ああ、気にしないでくれ。こうしないとムルサと会えない、と言えば了承してくれるかな?』

「オーケー、よく分かった。やっちゃってやっちゃって」


すると、『神種』らしい少女が手を前に出す。

 するとムルサさんがよくある幽霊みたいに色などが薄くなって登場した。

 まあ、色々と突っ込みたいんだが、置いておいて。ムルサさんだった。正真正銘姿はムルサさんだった。

 どうにも我慢できる気がしなかったため、思わず大きな声を出してしまった。


「ムルサさん!」

「はい、なんですか?」


声まで同じ。

 胸のあたりに手を置くと、一度深呼吸する。そして、ゆっくりと言葉を発する。


「……………なんで、死んじゃったんですか?」

「どうしてかって、イフリートさんを守るためですよ。それが我々、猫人の役目ですから」

「だからって、死ぬことはないんじゃないですか?」

「まあ、自分でもそう思いますけど、死んでしまいましたし、仕方ないですよ。蘇生なんてあんな即座にできるような代物ではありませんよ」

「そりゃそうだけど、それでもそんなに達観することないじゃないですか」


どうしてそんなに冷めてるんだ。死んだんだぞ? 俺なんかのために役目がどうのこうのって死んだんだぞ?いいのかよ、そんな簡単に死んでいいのかよ。

 やりきれない思いせいで奥歯を強く噛み締めた。

 気に入らない。一度死んでいるからこそだ、そんな簡単に死んじゃいけないだろうが。


「そんなに嫌ですか? 私が死んだのは」

「当たり前ですよ、師匠ですよ? まだ色々と教えてもらってないことがあるんです。なのに………なんで死んでるんですか?」

「いまだに信じられませんよ、待ちわびた龍人様の師匠になったなんて、親にも自慢できますよ」

「未練はないんですか?」

「そんなものあった方が失礼ですよ」


そう言って、微笑むムルサさん。

 本当に未練なんてないらしい。


「それでいいんですか?」

「ええ、そんなものないですって」

「マタタビ酒は…………もういらないんですか?」

「ああ、あれは出来ればもう一度飲みたかったですねぇ」

「…………未練あるじゃないですか」

「いやいや、あれは未練なんて大それたものではないですよ?」


思わず顔を歪めてしまった。

 チッ、未練ないかなと思って探してみたが、そんなもの残すはずがないか。

 他に何かないかと思って、考えているとムルサさんが急に笑い出す。


「ははは、そんなに未練作って欲しいですか?」

「! …………当たり前だろ! 初めての家族みたいな人たちだぞ!? そんな人たちから一人欠けたんだぞ!? 生きる理由探すのに必死になんて何が悪い!?」

「……初めての家族、ですか。そういえばイフリートさんの前世についてって全くと言っていいほど聞いたことありませんでしたね」


確かにそうだ。

 俺は前世について、自分が辛い思いをしたくないのと、猫人の人たちに心配をかけたくなかったせいで、ほとんど話したことがなかった。

 だが、それが今どういう関係に?

 と、思っていると、


「素性も知らない人を家族とは呼びませんよ? 教えてもらってもいいですか、あなたの前世のこと」

「…………分かりました」


 咎めるようにムルサさんが言って、少しハッとした。

若干ハメられた気がしないでもないが、まあ、話そうとは思っていた。うん、多分いつかは。

 だから、話した。

 自分が捨てられていたこと。

 なぜか子供が苦手なこと。

 修学旅行で、えぇと、誰だったっけ、うん、誰かを庇って、死んでこっちの世界に来たこと。

 他にも色々あったことを伝えた。

 こうして思い返すと、濃いな。15年しか生きてないのに、圧倒的密度の人生だった。いや、過去形じゃないけど。


「なるほど、そんなことがあったのですか。なんとも大変な人生だったようで。もしかしてこちらの世界の方が生きやすかったりしますか?」

「ええ、それはもう。本当こっちの世界は生きやすくて仕方ないです」

「それは良かったです。出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありませんでした」

「いや、大丈夫ですって。いつかは話そうとしていたけど、話さなかったのは自分ですから」


ただ、俺の未練なんかを言っても意味がない。あくまでもムルサさんの未練を言って欲しい。

 そのことをムルサさんも分かっているはずだ。でも、この人が未練を本当に言ってくれるのか、それが心配でならない。

 ムルサさんが言ってくれなければ、俺はもうここに来た意味がないと思うんだけど。


「そういえば、ルナは大丈夫なんですか? あの後すぐに死んでしまったせいでどうなっているのか分からないんですけど………」

「あ、あの後はちゃんとルナは保護できました。その過程ですごい奴と友好関係結ぶ必要がありましたけどね」

「ほお、それはどのようなお方ですか?」

「極狼とかいうめっちゃ強そうな狼さんとお友達のような関係になりそうで怖かったです」

「極狼ですか!? それは………また珍しい魔獣と会いましたね。この前出現したのは一体どのくらい前だったか……」

「ほへぇ、そんなやべぇ奴だったのか。知らなかった、気配と考えてることと姿がやべぇなぁ、とは思ってたけど」

「とりあえずルナは無事なんですね?」

「はい、それはもちろん。保証します」

「良かった。それだけで助けた甲斐がありました」

「まあ、俺があんなことになっているせいで村に返すに返せないんですけどね」

「はい、そこらへんに関しての情報はだいたいこの人に教えてもらいましたので、把握しています」


ほう、ムルサさんを呼んできただけかと思ったが、案外役に立ったな。

 ちなみに『神種』らしいが、俺は『神種』には、教師に抵抗する不良のような感じで接していこうと考えているので。まあ、察せる通り、全くもってキツくあたるつもりはないので、悪しからず。

 さて、どうしよう。ああ、やばい、恥ずかしいお姿が見られてしまっている。

 15歳にもなって、腰抜かして、しかも倒れるのは本当に恥ずかしいんだけど………過去は振り返らない男になろう。異世界でいちいちそんなこと構ってられない。だから俺は精神的に強い男になる、多分、きっと、おそらく。

 うん、とにかく恥ずかしかったです。


「自分のせいで……申し訳ないです」


そう言って、頭を下げてくるムルサさん。

 いやいやいや、あなた、全然悪くないでしょうが。めちゃめちゃ本気で悔やんでるから、声かけずらいんですけど。


「気にしないでください。なんというか、お見苦しいところをお見せしたのはこっちですし、勝手に倒れたのもこっちですから」

「どうにも自分はあなたにとって案外大きな存在だったようです。そうですねぇ、未練ですか……あんまり大きなものはないわけですが、まあ一つ、ないわけではありませんが…………いやぁ、恥ずかしいですねぇ」

「な、なんでもいいですって!」

「……………分かりました」


おお、ようやくムルサさんの未練を聞けるのか。

 ここまで待った甲斐がありました。ようやくですね。


「私の未練は……………………」

「はい、はい、分かりました」

「伝えてもらえますか?」

「はい、了解しました!」


一瞬、未練を聞いて泣きそうになったじゃないか。

 安心してくれたのか、それとも未練を吐露したからか、どちらにしろなんらかの要因でムルサさんの姿が薄くなった。

 ああ、消えてしまう。一瞬だ。時間なんて止まればいいのに、どうしてこんなに早いのか、時間の流れってのは。

 気づけば、ほとんど存在感を失っていた少女が顎に手を当てていた。


『うん、そろそろ限界だね。もうこれ以上ムルサの魂をこの場所には置いておけない』

「ああ、十分だ。ありがとう、もしまた会っても、あんたは殴ろうとしても我慢する」

『殴る? やめておけ、ボコボコにされて終わりだぞ』

「むしろ『神種』をボコボコにするのが俺の目的だ」

『ふっ、笑わせてくれるな』

「おう、笑ってろ」

『では…いつか、また会おう』

「会えたら、な」


手を振ろうとしたら、目の前の景色が急に変わった。

 でも、どうしてか目は開いてるはずなのによく見えない。真っ暗だ。


「……………! ……………! ……………! おい起きろ!」

「…………うん? あ、ああ、極狼さんか」

「そうだ、だが急に崩れ落ちるわ、泣き出すわ、全く本当に意味が分からないぞ」

「あれ、泣いてます?」


目元に手を当てると、確かに水っぽいのが流れているので、うん、俺泣いてるね。

 でも、なんで泣いてんだろう? ムルサさんに会ったからか。


「ははは、本当だ。いやぁ、申し訳ないです。まあ、その分ちゃんと良いことはありましたって。うおいしょ」


変な掛け声とともに立ち上がると、一瞬だけ深呼吸。

 そしてゆっくりとムルサさんが死んだ場所。そこから一歩歩き出す。

 一度目を閉じたが、ゆっくり目を開けると、そこはムルサさんが死んだ場所の延長線上、を超えていた。入り口に先ほどよりも近かった。

 なぜか目から水が出た。ムルサさんの顔を思い出した。だが、それでも進むべきだと思った。だから歩く。

 極狼さんも黙ってついてきてくれた。

 しばらく歩けば、少しだけ、普通の洞窟と比べて少しだけ広い場所に出た。

 大きく深呼吸。

 そして……


「この通り、こうして外にまで出られます。戦います? お望み通り」


すると極狼さんはニヤリと笑う。うわぁ、狼って笑うとめちゃめちゃ怖いんだね。

 まあ、これだけ笑ってたら答えは決まってるわけで、


「当然だ。待っていたぞ、この時を!」


そうして戦いが始まる。

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