二話 強かった『あいつ』
俺の使用可能な技能『リミットオフ』の効果は、普通、人間種の俺らは出せる100パーセントの内、80パーセントしか使うことができない中、文字どおり、そのリミットをオフ、つまり100パーセントの能力を引き出すことができる。
しかし、欠点として対象を殺すまで理性が飛ぶ。
対象以外を認識できなくなり、他がどうなっているのかは『リミットオフ』の効果が終了するまで分からない。
そんな感じだ。だが、そのぶん、効果は絶大だ。調子のいい時にはそこまで序列に差がない種族ならば相打ち、または勝利が可能だ。序列が絶対のこの世界で、そんな所業が可能なため、このスキルは習得するまでに相当の時間実力が必要なのだが、その難しさと裏腹に習得しようとする者は少なくない。これは技能にあるまじき効果と言っていいだろう。
だが、そんな『リミットオフ』でも、絶対に勝てない種族が3つ。
序列第1位、神。
序列第2位、龍種。
序列第3位、魔王種。
この3種族との実力の差は、技能ごときで解決できるような者ではないのだ。
だというのに、休日に急に仕事を頼まれ、受けてみれば龍人を殺すこと。
で、殺せって言われたから首を切れば空気が変わって、しかも種族、神だぁ?
俺、どんだけ不運なんだよ。さらには龍人は片腕切ってみれば、再生するし。お前!回復系の技能ってめっちゃ珍しいんだぞ?どんな確率だよ!
「よそ見をしていていいのか?下種」
「あっ!?ぐっ!」
考えているうちに、小僧の形をした神に背後を取られた。その勢いのまま、拳を振りぬかれる。どうにか反応し、腕をクロスさせ、ガードする。このまま戦っては逃げることもできない。念話で相棒に通信する。
『おい、相棒!弱かった時の小僧と戦った時の状態から戦闘態勢、解いてないよな?』
『もちろん』
自慢げに言ってくる相棒の声を聞いて、安心する。
『さすが、相棒!悪いが遠距離魔法と錯乱系の魔法でアシストしてもらえると助かる』
『了解!絶対勝つ!』
念話を終了すると、戦闘に集中する。今までは会話と戦闘を同時に行ったため、どうにか防いでいたが戦闘に集中できれば、いなすことはできなくもない。その隙間で相棒が魔法を打ち込んでくれれば逃走ができる。
「お待たせ…発動!」
相棒が発動させた錯乱魔法は、命中すれば敵の意識を数秒間、奪うことができる。
それを分かっているはずの敵だが、しかしその場を離れようとしない。それどころかこちらに向かって、
「なるほど、錯乱魔法か。だが、言うまでもなく当たらなければ意味がない」
「何っ!?」
言った言葉を実行するように上半身だけを動かして、錯乱魔法の雨を避けていく。驚いた。これは龍人の身体能力では避けることは不可能のはずなんだけどな。だが、一発は必ずに当たるんだよ。
相棒の錯乱魔法の雨は、『一発必中』、つまり確実に一発は命中するという、希有な効果を付与されている。
その効果にもれず、一発、たった一発だけ当たった。
おいおい、それでもどんな身体能力だよ?普通はどんなに凄い奴でも五発は当たるぞ?だが、ありえないことが起きた。小僧は呑気にあくびをしていた。これには、俺も相棒も面食らって、開いた口が塞がらない。
「な…なんで?当たっ…たはず!」
「そ…そうだそうだ!」
やばい、年齢に似合わず子供みたいなこと言ってしまった。
「ん?ああ、貴様ら下種の世界では珍しいものだったな。『神之障壁』だ。防御系技能最上位の能力」
「はっ?防御系最上位技能!?おかしいだろうが!その小僧、回復系の固有技能も持ってるんだろ!?」
「そういえば、貴様ら、腕を切ってたな」
「ああ、再生されて意味なかったけどな」
「言っておくが、『神之障壁』も弱点はあるぞ?私が憑依しないと、意識に作用する魔法などを無効化するだけ。私が憑依している時も、その効果はそのまま」
「十分…ですらねぇよ!もうそれ反則だろ!?」
今までずっと喋っていたのだが、すぐに戦闘に移る。
「そろそろ飽きてきた。終わらせていいか?」
「はっ?何言って…」
「『神腕』」
そう呟いて、届くはずのない距離から手を伸ばす。すると、まるで見えない手でもあるかのようのに俺の体を掴んだ。さらに、
「『神縛』」
「っ!?」
相棒にも何かを呟くと、相棒の動きが封じられる。声も出ないようだ。
「先ほどから油断しすぎだ。これでも神だぞ?」
全く動けない。
「終わりか。早く殺せよ、神に生かしてもらっても悔しさしか残らないからな」
「うぬぼれるな、殺すか、殺さないか。それを決めるのは眷属だ」
「あんたが『償ってもらおうか』って言ったんだろうが!」
そう言うと、不意に今までの威圧感が消え、全く頼り甲斐のない気が出た。そして、体が動くようになる。相棒も同じようだ。
「な、なんか疲れたし、記憶が全くないんだけど、何があったんだ?」
「腑抜けた声出すんじゃねぇよ、俺らに勝ったんだから」
「へっ?おっさんたちに勝った?」
「ああ、だから、とりあえず俺らをどうするのか決めてくんね?」
はあ?何言ってんだ、このおっさん。俺、ボロ負けだったじゃん。なんか、スイッチ入ったみたいだけど、俺の二重人格のもう一つの方とか、異様にゲームできるだけどと思ってたんだけど。もしかしてめっちゃ強かったの?
何それ、初めて知ったんだけど。
おっさんたちをどうするのか。この人たちの処分、か。まあ、何も知らなかった俺への罰とでも思えばいいよな。
「決まったぞ、おっさんたちは…見逃すことにした。俺に人を殺すのは無理だし。代わりにさ、この世界のこと、教えてくれよ!」
「甘いねぇ。まあ、見逃してくれるんだ。それぐらいはおやすい御用さ」
「仕方…ない。それぐらいは…教えてやろう」
「ああー、上から目線をやめろ!これでも、俺らを見逃してくれてんだぞ?」
「おい!これでもとはなんだ!めんどくさいからこのまま続けるぞ。とりあえず、あんたらが言ってた技能ってのはなんだ?」
これはチビっこい方が『鑑定士』とか言うのを使ってた時から気になっていたことだ。結構まじめで聞いたことだったんだけど、おっさんはキョトンとした顔をしてこっちを見てから、ありえないという風に聞いてきた。
「えっ?お前、まさか生まれてこのかた、自分のステータス見たことないのか?」
「はい、全くもってそのようなものを見たことがございません!」
「こいつ…本当に私たちに勝った…の?」
うるせぇな。こっち来てから、まだ二時間ぐらいだから仕方ないだろうが!でも、ステータス、か。ゲームで何度も聞いた単語だな。それを…見る?どうやってだよ。
「ええと、そのステータス?を見るにはどうすればいいんだ?」
「ああ、自分で、見たいと思えばいい。それだけで自分のステータスを見ることができる。戻したい時は消したいと思えば消える。他の奴には見ることは一部の例外を除いてできないから」
「なるほど」
念じればいいんだな。おっさんの言うとおりにすると、視界内に今まで慣れ親しんだゲームのステータス画面だった。なんで俺の知っているゲームの画面になる。イメージに引っ張られてるのか、この世界の創造主は皮肉が効いているのか、どっちなんだか。とりあえず、見るか。凝視すると、文字がずらりと並んでいた。
個体名:イフリート
称号:転生者 神の加護
種族:龍人
序列:最下位
技能:『??』
固有技能:『自己再生』
神技能:『???』
身体能力:体力以外皆無
体力:無限
こんな感じである。いやおい。ツッコミどころ多くね?まず、なんだよ。称号が転生者って。この世界では転生者はそんなに名誉あるやつのことなのか?無いわー、絶対無いわー。一回死んでる奴が名誉あるのはおかしい。さらに何?神の加護って?
ええと、他には技能と固有技能、さらに神技能があるのか。え?これ、わざわざ分ける必要あんのか?
「なあ、おっさん。技能とか固有技能とかあるんだが何が違うんだ?」
「ああ、それはどれだけ稀少性があるかってことだな」
なるほど、確かに使われてる漢字は上から下にかけて珍しいものになっている。
固有技能は『自己再生』か。『自己再生』は名前の通り、自分を治す、でいいのかな?
それはいいとして、何ですか、『???』って?なんで全部『?』なんだ?聞いてみるか。
「あのさ、なんか『???』ってのがあんだけどこれは何なんでしょうか?」
「なんだそりゃ。それは俺には分からないな。というより、お前。普通はステータスはこんな公共の場では言わないんだよ。しかも、お前なら尚更、言っちゃいけないんだよ」
「え、何で?」
おっさんはしょうがないなぁ、という風に頭を横に振ると話し始めそうだったので、とりあえず、ステータスを閉じる。
「…これは多少、歴史の話になってくるんだが、この際だ。いいか?お前、自分の種族は覚えてるな?」
「ああ。龍人だろ?」
「正解。俺らの会話聞いて少しは分かってるだろうが、お前は、龍人は30年前に絶滅した。一人の例外もなく、だ。それにも理由がある。龍種は分かるか?いや、分かるよな?」
「さーせん、分かりません!」
「期待をした俺がバカだった!龍種!序列2位の神に最も近い種族だ。その龍種の角は、調合次第で蘇生薬、死者を蘇らせることができる。そんな代物だったんだがな。龍種が強すぎたせいで、魔王種でも角を取ることが困難だった。代わりにな、龍の血を受け継いでいながら最弱の種族になった奴らがいた」
「まさか…」
おっさんはその通り、というような顔をして、
「ああ、龍人だ。龍人の角も龍種の角と同じような効果を持っていてな。他にも龍人の鱗は下手な宝石よりも加工が楽で、しかも人気でな。
とうとう30年前に、どうせ最弱の種族ということで、国を治める王族、魔王種ともに合意で、龍人の人権が消された。そして、ほとんどの種族が合同で龍人を殲滅した。分かるな?この世界には、お前以外に種族『龍人』は存在しない。その時点で珍しいのに、お前は回復系の固有技能、持ってんだろ?」
「ん?ああ。持ってるけど?」
「だから、お前。そういうことを普通に言うなって言ってんだろ?とにかく、その固有技能のおかげでお前は無限に資源を作り出せる。連中からしたら都合のいいただの道具だ。話がずれた。俺ら、冒険者はステータスを言わない。まあ、限定するのは悪いな。すべての人間がステータスを言うことはない。スキルの名前を言うことはあるが、戦闘中に気にしてるほどの余裕はない。手の内がバレるのは、戦う上で不利にしか運ばないからな。それは街中であっても変わらない。龍人であることがただでさえ異常なのに、しかも固有技能持ちとか、他から見たら即決で、『えっ?固有技能持ちの龍人。なにそれ、超珍しいじゃん。捕まえる?よし、捕まえに行こう』、だから」
「おっさんの声が妙に高いことに驚きました。でも、だいたい分かった。この話題はもういいや。次、最後でいいかな」
これはさっきの話を聞いて、真っ先に聞かなくてはならないことに思えた事案である。
「俺はこれから…どうすればいい?」
答えにくい質問だったのだろうか?無言の時間が続いた。おっさんは少しの間、考えていたが答えを見つけたようだが、逆に俺に聞いてきた。
「お前はそれを聞いて…何をしたい?」
「できる限り、平和に暮らしたい」
「腑抜けた答えだ。だが、予想通りだ。言っておくがそれを教えても俺がいる限り平和に暮らせる、なんてことはないぞ?」
「あくまで、できる限り、だからな。それで答えは?」
「まあ、そんなバカみたいな方法を知らないわけじゃない。それは教えるが、もう一度問いたい。できる限り平和に暮らせると思うのか?」
「思うさ。俺を殺す時間はたっぷりあったのに、気前よくいろんなことを話してくれたあんたがいるから、な」
意表を突かれたようで、おっさんは上体を仰け反らして、そのまま数秒間、凍ったように動かなくなった。が、
「そ、それは…あ、あれだ。この話が終わってからでも、倒せると思って…」
こんなことを言ったのである。これは『あれ』を使わなくても分かるな。
「分かりやすい嘘をつくな」
「そ、そんな…ことは」
「まあ、理由は聞かないけど。んで?何なんだ、そのバカみたいな方法ってのは?」
「俺も全て知ってるわけじゃないんだけどな。さっき、龍人を殲滅させられる話したよな?」
「ああ、してたしてた。それがどう関係すると?」
「殲滅するにあたって、全ての種族に参加するかどうかを聞いて回ったらしいんだよ。その時に1種族だけ断ったんだよ。確か先祖が、龍種に龍人を頼んでくれ、と頼まれたらしい」
なるほど。その種族が住んでいる場所に行けば安全に暮らせるわけか。
「どんな見た目だったっけなー」
「それはこんな見た目ではありませんでしたか?」
突然、二人組が俺の後ろに立った。フードをとると、俺は絶句した。
「うっ、嘘だろ?あ、あの姿は!」
驚く俺に対して、フードをとった二人組を見たおっさんは、
「ああ、そうそう。こんな感じだった。って、え?おいおい、ちょっと待て。なんでここにいるの?普通はここにいる奴らじゃないはず…だよな?相棒、俺おかしくなったのか?」
「違う。私にも見えるから」
「ぅおおおい!待て待て!そんなことより俺にはどうしてもこの人たちの頭に耳がついてる気がするんだけど。しかも、めっちゃ懐かしいんだけど!?一応聞きたいんだけどこの人たちってなんていう名前の種族!?」
まさか。まさか、な?
「猫人族、だ」
「その通りでございます。ようやく見つけました、龍人様。さあ、行きましょうか」
「ようやく、って。今の今まで見つけられなかったのは、爺の探知が大雑把だったから」
「そこを言うな。とりあえず村まで向かいますよ」
ねえ、話についていけないけどさ。とりあえずさ、あれは猫耳ってことだよな!?
なんて考えているうちにも、猫人のお二人さんは俺がさっきまで着ていたマントを拾うと俺に着せてくる。着せ終えると、腕を後ろに回して、言わゆるお姫様抱っこを実行してくる。
おい、お前それはお姫様とかににするもんだ。男にするんじゃねぇよ!そこにキレる俺であった。
急に目の前が青くなった。えっ?これ空じゃね?えー、ちょっと待ってよー。何、これ?デジャヴ?俺、さっきも空に放り出されてたじゃん。神に見放されている気がする。
と思っていたがよくよく見直すと、ちゃんと爺と呼ばれた人が掴んでいてくれた。そうやって俺が整理している間にも爺さんともう一人は相当のスピードで移動していた。このスピードは異常だろ。
家からほとんど出なかった俺だが、これがどれほど早いのかは見ているだけで分かる。
分かりやすく言うなら、新幹線くらいのスピードだ。
この世界の住人が全員これだけのスピード出して走れるなら、大したもんだ。ちなみに俺はこんな早く走れる気はしない。
だいたい五分で村らしき場所に着く。すると、爺さんが俺を腕から降ろす。なんか…全然時間経ってなかったはずなのに長い間、地面に足つけてなかったみたいな感覚だな。宇宙飛行士が宇宙から帰ってきた時ってこんな感じなんだろうか?
まあ、教えてくれる人が誰もいないんだから答えは出ないんだけどな。
考えていると、爺さんが他の仲間を連れて整列していた。そして、代表として爺さんが口を開く。
「改めまして。お待ちしておりました、龍人様。我ら、猫人族はあなたを守ることをここを誓いましょう」