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二十八話 動く現状

今日は以上! 次からは毎週休日投稿になると、思われます。絶対ではありませんが。

動けない。

 どうして横一直線上で止まったのかは分かっている。無駄に高性能な俺の頭のせいだ。無意識の内に並列思考を展開でもしてしまったのだろう。そのせいでほぼ勝手にムルサさんがいた位置が分かってしまった。

 やはり、俺は猫人を家族とでも思っていたのだろうか。ありえないはずだ。3週間とかそこらしか付き合いのない人たちが死んで、ここまで、倒れるほどに大切に思えるはずがない。

 確かに俺は、この異世界に来てから、多少は浮かれていたかもしれない。だが、こんなすぐ感傷的になる程俺は暑くなかっただろうが。もっと冷めてたはずだ。なのにどうして倒れる、動け!

 動かない足を叩く。だが、全く動かない。


「やはり出られないではないか」

「くそ! くっそぉ! なんで、動かねぇんだよ!」


叫んでも、何も起きなかった。当たり前だ。それでどうにかなるなら、足を叩けば立てている。

 小学校の頃は幾度となくハブられた。中学は行っていない。

 だから、慣れていると思っていた。でも違った。こんな俺にも、動揺できるだけの余裕があったとは知らなかった。

 いや、それは今関係はない。今しなきゃいけないのは、ここよりさらに前へ進むことだ。ムルサさんに許されそうとは思わない。それでも進まないと異世界を満喫することもなければ、また猫人の人達に会うこともできない。

 俺はこの世界をまだ楽しんでいないのだ。楽しむまでは死なないぞ。

 足が動かないなら、手を使って這って進めばいい。何が何でも洞窟の先に行くんだ。


「おい、無理はしない方が良いのではないか?」

「黙っててくれ! 俺が、俺が自分で進むんだ!」

「お、おい!」


進め! 進め! 動け! 動け!

 何度でも願う。だが、それに比例などはせず、足は動かない、手も動かない。

 ふざけるな、『自己再生』はどうした? 手足の異常は治るんじゃないのか? どうして治らない?

 何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故?

 必要以上のねっとりとした感情が、思考を邪魔する。

 なんとなくだった。ただ、なんとなくで今まで下を向いていた視線を前に戻した。

 瞬間、硬直した。俺の幻覚かもしれない。俺の錯覚かもしれない。でも、そうだとは思えなかった。それは幾度となく見た、夢と同じ光景だった。

 それが何かは未だに分からなかった。ただ、前世で何度も夢として見たものだった。

 見た光景は、冷たい、とても冷たい目をした幾人もの影が俺を見る。何を言おうとも、何を訴えようとも影は返事をしない。ただ、ただただこちらを見続けている。俺に接点などないはずだ。なのに胸の内から、形容などできない感情が溢れ出す。それは怒りで、悲しみで、復讐心で、喪失感で、憎しみで、嫉妬で、焦燥で、気が狂いそうなほどの圧倒的な負の感情だった。自分の今までの感情がゴミに見えてきて、惨めになったところで、また冷たい視線が文字通り、突き刺さる。

 さらには、影は少しずつ近づいてくる。俺は思わず後ずさる、いや後ずさろうとした。しかし動けない。目線を動かすことしかできない。

 いやだ、こっちに来るな。心の中で絶叫する。

 そしてもう少しで影の伸ばした手が届く、というところで目は覚める。

 だが、夢で感じた感覚は、感触はやけにリアルに思い出せてしまう。

 だから、嫌なんだ。あの夢は嫌いなんだ。

 なのに、どうしてその嫌いでたまらない光景が眼の前で、しかも現実で見えている?

 激痛。頭から腕から足から、体全体へ激痛が走った。

 !!!!?!?!?!?!?!???!?!?!!!!????????!?!?!?!?!?!?!?!?!?!!!!

 耐えられる気がしなくて、俺は半ば強制的に意識を手放す。
















 ただ情景を見ているはずだった。行ってしまえば、イフリートを観察しているだけだった。

 だが、見てみればどうだ。

 急に座り込んだかと思えば、前を見る。顔色が青くなったかと思えば、倒れる。

 情緒不安定とはこのことか。

 しかしだ、やはり放っておけはしないようで、極狼はまたもやイフリートを口に咥えると洞窟の奥へと入っていく。






 当たり前だが、この光景を見た者などいない。

 だがしかし、気配で、殺気で察した者は少数ではあるが存在した。

 それが冒険者という職に就いた者の中でも上位に位置する、詳しく言うならば冒険者ギルドからA級以上の実力を認められた者たち。

 いとも簡単に、とは言わない。元より洞窟型のダンジョンには少し前から極狼がいたのだ。多少なりとも気配は消していたが、それでも威嚇のためか洞窟から10メートルのあたりまでは近づいただけで感知できるほどの気配は漂っていた。影でルナの誘拐の手引きをした者たちが、この洞窟を選んだ理由もおおよそはこのためである。

 A級ともなれば、感知能力も一級品だ。まあ、つまりは極狼以外の気配はそこまで感知できなくなっていたのだ。しかし、やはりさらに上の気配を放出されれば違和感は出てくる。その違和感を感じ取るまでが、居場所によって差はあるためタイムラグも含めて、およそ1時間。

 逆探知による居場所特定、同じく現在位置による差によって発生するタイムラグも含め、およそ1日。

 洞窟近辺のギルドに集合後、会議開始、およそ20分。

 本当ならば、強い敵が出現した『かもしれない』程度の情報で、感覚でこれほど迅速に行動する者などいないに等しい。

 しかしだ、極狼の気配すら抑えて、我ここにあり、と主張するその得体の知れない『何か』の正体は知っておく必要があると、実力者は、強者は本能で悟った。いや、悟ってしまった。

 もしかしたらこれは30年前の再来かもしれないと、そう思ってしまったのだ。あの地獄は、もう一度見たくはないと、誰もが思ったからだ。

 故にこうして迅速に行動しているのだ。


「まず聞こう。ここにいるということは、つまり気配を感じ取ったんだな?」

「ああ、当たり前だ。あそこまで強い気配を感知できない奴はもう、A級じゃないだろ」

「あ? なんだと!?」

「おいおい、最後に来たやつだからって、あんまりからかうなよ」


やはりある筋からは荒くれ者集団とも言われていることはある。喧嘩っ早い。

 しかし、張り詰めた空気は変えることなく、会議という名のある種、戦闘準備が始まる。


「まあ、遅れてきたとはいえ、ここまでおよそ1日でついたんだ。それだけ事が重要だってことを分かってるってことだ。心構えができてない奴は負けるよ。そういう点においてはここに集まった全員は優れているよ」

「チッ、A級最優は違うな、余裕が」


A級冒険者、およそ20名がそれぞれの持論をほぼ同時に語り出す。

 天災だの、魔王が反旗を翻しただの、その他色々な論が出る。しかしだ、一番多いのはやはり、30年前の再来である。すなわち災厄の復活だ。

 30年前に突如として現れ、国一つと何万人もの犠牲者を出した魔人、ギルドが出した危険度は、極狼で言えば『SS』。A級は数十人単位で、ようやく倒せるかどうかのところだ。しかも、極狼は未だに全力で戦ったことがない魔獣である。危険度はまだ上がる。

 しかし30年前に現れた魔人はあろうことか『測定不能』である。つまり、人の域を出ない者たちがいくら束になったところで勝てない、とそう公言されたのだった。

 冒険者の思っていることは9割がた、戦力が足りるはずがない、ということ一点だけである。

 魔人の名は『殲滅者』。

 未だかつてない、ラスボスである。


「………………余裕なんてないよ。もしも、もしもだけど、本当に極狼の気配すら抑えて今、僕たちに強力な気配を伝えているのが『殲滅者』なら、僕たちのこの人数じゃ集まったところまでは良かったけど、圧倒的に足りない」

「分かってるよ! でも、30年前を再来させるわけにはいかないんだよ! 地獄を見せるわけにはいかないんだよ!」

「で、でも! 今のところ害がないなら別に討伐隊を結成しなくてもいいんじゃ!?」

「……………アホか、お前? 30年前にもう前科は十分あんだよ! やるっていう保障よりも! やらないって保障の方がないんだよ!」

「はあ、あんた達。いつまで不毛な討論するつもりよ? 時間の無駄だわ」


激化する話し合いを止めたのは、ある女性冒険者。

 話し合いの輪の中心に入ると、


「あんた達がしなきゃいけないことは?」

「急になんなんだよ!?」

「いいから答えなさい!」

「…………市民を守る」

「そんなこと、衛兵隊に任せれば?」

「なっ! お前、本気で言ってるのか!? 衛兵隊よりも俺たちの方が実力あるだろうが! なら俺たちがやった方がいいだろ!?」

「いいか悪いかなんて私には分からないわよ。もちろんあなた達にも」

「テメェ、本当に何が言いたい」

「分かりたければ、私の質問に答えなさい」


誰もが、そう言われて女性冒険者の言うことに耳を傾ける。

 そうした方がいいと思ったやつらが多かったからかもしれないし、女性冒険者は多分自分よりも強いと思った者達が多かったからかもしれない。

 だが、誰もが耳を傾けた。


「もう一度聞くわ。どうして衛兵に任せないの?」

「分かんねぇよ。なんでそう言ったのか。でも、衛兵には任せられない」

「それはどうして?」

「見たからだ。『殲滅者』に対して、王のすぐそばでちんたら訓練なんてしてる奴らはまるで歯が立たなかった。通用してたとしたら、その国の冒険者たちだ」

「そういえば……そんな気がするな」

「確かに…」


賛同の声が、狭いギルドの中に反響する。そうだ、そうだ、と。


「炎の魔法で確かに『殲滅者』の肌を焼いた。他にも色々な手段で、僅かにだけど、それでも確かに『殲滅者』の足を止められた。あれは犬死なんかじゃなかった! だから自分たちの方が衛兵なんかやりも奴を食い止められる」

「他にもあるんじゃないの?」

「…………………ここから一番近いところは帝国の都だ。あそこには家族がいる。衛兵よりも家族に対する思い入れは俺の方が強い。だから………だから、自分には守れる力がある。だから守りたい」


少しの沈黙。

 誰もが考えを巡らせた。過去のことを、家族のことを、『殲滅者』によって地獄と変わる帝国のことを。

 思った。そんなことは嫌だと。絶対に嫌だと。

 誰かが言った。


「良く言った!」


と。

 続けて、誰かが言う。


「俺もそうだ!」


またもや賛同で埋め尽くされた部屋の中で、今A級冒険者全ての思いは一致した。

 女性冒険者に質問されていた案外若い冒険者は、強く思う。必ず食い止めると。

 部屋の隅にいた古株の冒険者はニヤリと、戦闘を楽しみにする。

 そして、その他大勢の冒険者は決意を新たに、装備を万全にするために動き出した。


「あ、ありがとうございました!」


そう言って、後ろを向き女性冒険者に礼を言う若手冒険者の目には女性冒険者は映らなかった。気づけば、いなくなっていた。この場のバラバラの意見をまとめた女性冒険者はどこかへと消えてしまったのだった。

















楽しそうに愉悦に浸る『強欲』の魔王。


「ああ、聞いてはいたけれど、これほどとは」

「今日はそちらですか」


ここらではまるで手を伸ばすが如く、洞窟の中から出てくる気配を察知した魔王は、魔力を円状に広げると、またもや魔力感知で状況を楽しむ。ただし、事務などしない。仕事、私、したくない。そんな心構えを持って、あろうことか秘書と話している。


「うん、そうだよ。でも、ここまでとは本当に予想外だよ?」

「はい、良い意味で期待を裏切っていただきましたね。まさか、極狼の気配を凌駕するとは…」

「さて、それで君たちのことだけど……まあ、まずは報告を聞こうか」

「はっ!」


魔王に促され、前に進み出たのは少し前に、目覚めたイフリートの椅子と化していた暗殺者である。

 冷たい視線を受けながらも、意に介さないように平然としている暗殺者。

 イフリートの調査、という名目で観察した内容、さらに何をされたのか、結果どうして報告が遅れたのかを事細かに(多分)説明した。

 魔王がその報告に興味を示したかと言われれば、まあ、示していた。


「へぇ、そんなこともするのか……予想外だね」

「さすがにそれはどうなんですか?」


そんなこととは、すなわち、イフリート自身は覚えていないが暗殺者を調ky、ではないが、とにかく初めて会った際に色々したため、イフリートが起きた際には椅子代わり、ということである。

 まさかそのようなことをするとは思っていなかっただけに、だいぶ面白い誤算であった。

 そして、魔王は核心をつく。いや、正確にはイフリートの情報を手に入れるために秘書に頼んだ結果、得た情報の中で特に気になったものが本当なのか、ということを聞いた。


「それで? 私が念入りに言ったことはしっかりと調べてくれた?」

「はい、それはもちろんです! しっかりとギルドに依頼もして、冒険者を二人向かわせて戦闘を起こしたため、確認できました!

 あの龍人は、確かイフリートという名前でしたか、彼は再生能力を持っています」

「……………………は、はは、はははは! 素晴らしい! 彼はやはり私の予想を良い意味で裏切ってくれる! 最高だ!」


どうしてこれほどまでに魔王は興奮しているのか? それはイフリートがこの世界において珍しい再生能力を持っているからだ。

 理由としては、再生能力を保有する者たちはすなわち不死身であることが約束されているからだ。永遠に戦える体がどれだけ戦争で使えるか、なんてことは各国が百も承知である。つまりは戦力としての期待である。

 だがどんな場所でも世界でも、例外というのは常に存在するもので、今この場においてはそれは『強欲』の魔王、その人である。


「ああ、ああ! 再生するというのはどんな感覚なのだろうか? 彼は自分の手が、足が! 一度はなくなり、そして再生することを一体どう思っているのだろうか!? 知りたい! 否、欲しい! その感覚を! その感情を!」


外部の者から見れば、異様な魔王の行動は、しかし内部から見てしまえばただの日常である。

 何故なら、我らが帝国の魔王は『強欲』を冠する、最強と恐れられし魔王なのだから。

 これはある人種からしてみれば当たり前の行動だ。人が知りえぬ情報を、自分が知りえぬ情報を、この手に。人には届かぬ力を、この手に。

 すなわち『強欲』である。

 この魔王は、欲を具現化したような性格をしている。だからこそ、最強なのだ。

 大罪のいずれかを冠するということは、それだけの思いを持っているということだ。

 傲慢、強欲、憤怒、怠惰、暴食、色欲、嫉妬、その全てが人間ならば一度は思う感情である。その点、誰もが平等であるが、それでなお序列3位に位置するだけのことはあり、魔王は凡人を上回るほどの感情の強さだ。

 それはもう、常人がその感情の強さを身に受けたならば、失神すればまだ良い方、ひどい時には死に至るほどの魔王自身の魔力に当てられた時と同じ威力を持つ感情の強さである。

 それは今、ただ一人イフリートへと向けられていた。気味が悪いほどの感情は、一点に集中していた。


「やっぱり欲しいなぁ、イフリート。秘書さん、頑張ってきて?」

「いやですよ? ただでさえあなたのせいで仕事溜まってるんですから。カバーする私の苦労を考えてください」

「ごめんなさい……………まあ、それは置いておいて」

「できれば、置いておいて欲しくはないことなんですがね?」

「あははぁ、それにしてもまさか彼女が出てくるとは驚きだよねぇ」

「まあ、それは確かに。というかまず今まで生きていたことに驚きが隠せないのですが」

「いや、色々とやらかした人だし、それはまあね?」


ちなみに今話している話題は、生きているのか分からないが、とりあえず生きる伝説として語り継がれている、という微妙な伝説を持つ人の話である。

 曰く、『人種』でありながら、100年以上も前から今まで生き続けているとか。しかも、『龍種』に喧嘩を売り、戻って来なかったとか。

 生きているのか分からない、というのは案外この噂のせいである。

 今まで姿をくらましていた伝説が、唐突に現れたことはもしかしたら何かの予兆かもしれない、という予想が立てられるが、魔王はそんなことは考えなかったようである。


「まあ、いっか。じゃあ、秘書さん、お願いね?」

「………………はあ、あまり無茶はしませんからね?」


なんやかんやで、魔王に対して甘い秘書であった。

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