二十七話 極狼との出会い
あまりに面倒な者と出会ってしまったようだ。
倒れたイフリートを見て、『極狼』は今まで溜まっていた感情のほとんどを呆れに取られたのを感じた。こんな、自分を見るだけで倒れるような奴に、自分が倒されるはずなどないし、傷をつけられることも善戦されることもないはずだ。
しかし残っている殺意からして、間違いなく目の前にいる、こいつが自分を起こした張本人なのだ。
あまりに不可解だ。そして不愉快だ。ただでさえ気持ちの悪い下種に猫人の女、一人を任されたというのに。さらに一人、面倒臭そうな人間を、しかも見たところ龍人だ。さらに面倒臭い要因だ。
とりあえず目的である殺意の主は見つけられたので、このまま奥に戻ろうとして…………龍人の調子が明らかにおかしかったことに今更ながらも気づく。もしかしたら……と思考する。
さすがにここで死なれるのは寝覚めが悪いため、嫌々ながらも自分の寝床、ダンジョンの奥へと龍人を咥えて連れて行った。
とりあえず連れてきたまではいいが、この龍人、どうしようか。
置く場所もそこまでないので、どうするべきかと思案するように辺りを見回す。そして下種から預けられた、と言っても預けた当の本人は、先ほどの圧倒的な殺気で気絶、もしかしたらもう死んでしまったかもしれない。
汚物を垂れ流しながら死んでしまうのは、人間の性質をよく表していて『極狼』は面白いと感じていた。
死ぬ直前ですら、命乞いをし、無様に散っていく。その命への冒涜性は時を選ばない。どんな時でも死を敬遠し、なのに生をも敬遠する者さえいて。
汚物を汚いと呼ぶ意見に対して、死んでしまった後に自分の意見を否定する、そんな矛盾にやはり人間としての滑稽さを感じさせる。やはり人間のような下種族の『ユーモア』とはそういうものではないのだろうか。
そんな思考を巡らせては、結局龍人を置く場所は決まらず、ため息に似た何かが口から漏れ出た。
とにかく猫人と龍人は会わせてはいけない気がして、とりあえずは自分を盾にして猫人の視界を遮っておく。その間に龍人を地面に置くと、そのまま『極狼』は身を下ろした。
ひとまずこれで一度寝よう。運動不足というわけではないがそれでも久しぶりに体を動かしたせいか、それとも強烈な殺気に当てられたせいか、どちらにしろなぜか疲れてしまった。
眠気はそこまで、しかし睡眠をとるには十分だった。ゆっくりとまどろみの中に落ちていった。
目が覚める。ここは…………どこだ? 途中から記憶がないぞ。覚えてるのは『操炎』を使って……そのあとは、えぇと? そのあとは?
ここからだな、覚えてないのは。
何かしら、俺に魔力が見える眼を貸してくれたやつと話した気がするのだが…きっと気のせいだろう。
というか、俺は殺した、よな? 俺のせいじゃないかもしれないけど………それでも俺に責任の一端はある。どういう顔で村に帰ればいいんだ。
というか、帰らなくてもいいか。
いや、まずい。思考回路が引きこもりの時のそれだ。このままではよく分からない、この場所でずっと引きこもることになってしまいそうだ。
とりあえずここがどこなのかを確認しよう。そう思って横たわっていた体を起こすと、隣に凄そうな生き物がいるのに気づく。
なんだ、こいつ。そういえば俺は『操炎』を使った場所からほとんど動いた記憶がない。なのに見覚えのない場所に来ているってことは、俺が相当戦闘に集中していて周りが見れていなかったのか、それともこの隣にいる凄そうな生き物が気紛れで俺をここまで持ってきたかのどちらかだ。
多分、というか確実に凄そうな生き物が俺をここまで持ってきたんだろう。まあ、理由としてはこんな凄そうな生き物が隣にいて気付かれないはずがない。そして分かるよ。こいつ絶対やばいやつだもん。俺に気付かないとかあるはずがない。つまりはこいつが俺を運んできた、とそういうわけになる。
いや、なんか銀色の毛が毛玉みたいになっていてシルエットすら捉えられないんだけど。
これ寝てるんだよな? 寝てないわけじゃないよな? これはもうルナを探しに行こうかな。
うぅ、合わせる顔がない。というか会いたくない。
だが、最初に鬼門に突入。この丸い物体をどうやって気付かせずに移動しようか。
絶対気づかれそうだなぁ。だって寝てるだけであんなにやばそうな雰囲気醸し出してんだぞ!? これで気づかれなかったら俺はこいつをぶん殴りたい。
そんな失礼な思いが丸い物体に通じてしまったのか、多少身じろぎをしていた。起きないでください。
よし、気配は消して、それでいてできるだけ音を立てずに行こうとしてみた。
「何をしている? 動くな、迷惑だ」
「あっ、はい。すいません」
やっべ、すぐ気づかれた。だいぶ隠密を重視してみたんだけどな。ちきしょー、俺の自信はことごとく打ち砕かれていく。
それにしても顔を向けずにこっちに言ってきやがった。何の生物なのかすら分からないから、とりあえずこっちに顔を向けてきてくれるとありがたいんだけど。
多少は動いてくれたので、何となくシルエットが見えてきた。狼だな。すごいでかい狼だ。まあ、さすが異世界、ファンタジーだな。
こんな狼に心当たりがあるとすれば、よくあるボスキャラみたいな狼の、フェンリルじゃなかろうか。
どうにも気になったので、答えてくれるかは分からないとはいえ、一応聞いてみる。
「もしかしてフェンリルさんだったり?」
「……………貴様、今何と言った?」
「え? フェンリルですけど?」
「貴様、この私が『極狼』だと知ってのことか?」
「ん? きょ、く………なんですって?」
きょくろう? なんだ、その強そうな名前は。さすがだな。この世界作ったやつは分かってるな。久しぶりにこの世界きて良かったと思えた。
いや、そんなことより、本当に怒っていらっしゃるこの狼さんをどうしたものか。
「あの……その、きょくろう? をちょっと知らないんですけど……とりあえずすいません」
「知らない? 大きさからしてもう10年やそこらは生きているだろう? だというのにどうして『極狼』のことを知らない?」
「いや……その、あのちょっといろいろありまして言えないんですけど、とにかく知らないです」
「貴様、私のことをバカにしているのか? 言えないとはどういうことだ! 今すぐにでも教えろ!」
「えぇと…………」
別にそこまで転生者であることを隠そうとは思っていないので、今までのことをすべて伝えておく。
途中までは平常心で聞いていたようだが、猫人の村での話をしたところあたりから、急に目を見開きチラチラと後ろを見るようになった。
後ろに何があるのか気になったが、まあわざわざ『極狼』さんの後ろに回り込むような危険なことはいたしませんけど。
さて、とにかく最後まで話し終わった。これで俺が『極狼』に関して知らなかったことも納得してくれるだろう。
「ふむ、そういうことだったか。それにしても転生者とは、久しぶりだな。そのようなものに会うとは」
「転生者が珍しいのか、頻繁に出てくるような奴なのか、分からなくなってきた」
「転生者は多い時と少ない時とあるからな。最近はずっと少ないから、存在を忘れていたな」
そんな、存在を忘れるレベルでいないってあるんだな。まあ、推測ではあるがこの人めっちゃ生きてるだろうから時間の感覚おかしいだろうから、あんまりあてにしてないけど。何年生きてるんだろ。
というか『極狼』というネーミングセンスには中二病患者の気配を感じました。
「だが、どうしてあんなところにいたのだ?」
「いや、その、えっと、ちょっと、待ってくれ、るとありがたいです」
ちょっとムルサさんたちとのことを思い出して、吐きそうになってしまうので。
一度脳をリセットしよう。
よし、これで大丈夫だろう。ふぅ、これから毎回こんなことをしないといけないかもしれないと思うとちゃんと直さないといけないとは思うんだが、どうにも直せる気がしないのは気のせいだと思いたい。
とにかく今は『極狼』さんの機嫌を損ねないようにしなければ。
あんなところ、というのは俺が倒れていたところ……………ぐっ! 頭が!
いや、ふざけているわけではなく。本当に頭が痛くなった。
俺の頭が痛くなるのを避けるために、便宜上あそことする。なんであそこにいるのかと言われても、特に理由なんてないんだけど。強いて言うなら気づいたらそこにいただけなんだけど。
「これといった理由がないんですが……」
「それはどういうことだ? まさか気づいたら、なんてことは言うまいな?」
「あっ、その通りです。ゴメンなさい」
いや、思いっきり当てられるとは思ってなかったぞ。
あー、怖い怖い。これがなんとかの勘と言うやつか。いや、『極狼』がなんとか、なのかは分からないが。
「まあ、予想はついていたが、転生者というのはこんなお気楽な奴らなのか」
「違います。僕だけです。明らかに僕がおかしいんです」
これに関しては、全力で肯定します。俺がしている行動が、だいぶネット小説とかのそれと異なっていることは織り込み済みです。
それにしても『極狼』さんはどれくらいの数の転生者やら召喚者やら、いわゆる異世界人と会っているのだろうか? 気になるし、どこの国の人間が多いのか、とか聞いてみたい。
まあ、覚えてないという気がするので、今は聞かないでおくが。
「というか、『極狼』さんはこんなところで何をしているんですか?」
「うん? そうだな。こちらもそこまでしっかりとした理由があるわけではないのだがな……強いて言うならここが特に人が来ず、かつよく寝られたからだな」
「まあ、やっぱりそういうところって重要ですよね」
「うむ、睡眠は重要だ」
ここにあまり人が来ないのは、このダンジョンはもう探索がほとんど終わっているからだろうか。ルナが連れ去られたのもそういうことが起因しているからかもしれない。
それはともかく、ここよく寝られるならもうちょっとここにいようかな。
「俺、ここいてもいいですか? 帰る場所もあるにはあるんですが、帰りにくくて……」
「別に良いぞ? 私も貴様と戦いたいしな。というかここに連れてきたのも貴様と戦うためだしな」
ん? 聞いてないぞ。そんな意図があって俺をここに連れてきたのか。んー、でも俺はそんなに戦えるようなコンディションではないんだけどな。
ちょっとムルサさんのこととか思い出しそうだから、あんまりベストコンディションにはなりそうにないのでご理解とご協力の程お願いしますよ。
案外ここに住む、というのもアリかもしれないな。まあ、ルナを探し終わってちゃんと村に返してからだが。それにしてもルナどこにいるんだろうか。ここら辺にいると思ったんだけどな。
「ここに猫人、えぇと猫耳の種族の人、多分少女かな? 来ませんでした?」
「あ、あああああああいいいいいいいいいううううう…………」
「ええええええええおおおおおおおおおお? いや、茶番はいいから」
そして、唐突に『極狼』さんから殺気が噴き出す。
!!!!????!?!?!?!?!?!?!?!?! なんだよこれ!? 今までのフレンドリーな感じが一瞬で吹き飛んでいくレベルの濃度の殺気だぞ!? これは聞いてないぞ、本当に!
俺が何したってんだよ!
だが、ここで思いっきり怖がってしまっては『極狼』さんからの評価がダダ下がりだ。ここで必要なのは、怖がることではない、むしろこの殺気の中でも普通に話せる『強さ』だ。
もちろん純粋な戦闘力という意味でだ。圧倒的強者からの殺気を向けられても普通に話すことのできるほどの強者であることが重要だ。
本当ならば今すぐにでも色々とチビりそうなんだが(息子がないのでチビれません)それを俺の全力で放出させた殺気で対抗する。ここ重要。
さらに何事もなかったかのように会話を続ける。
「ん? どうかしました?」
「!? いや、なんでもない。ふむ、猫人の少女か…………私の後ろにいるこいつではないか?」
へ? そんなところにいたの? まあ、とても低い可能性だと思うが、他の猫人かもしれないので、念のために見させてもらおう。
しっかりと許可をもらってから、『極狼』さんの後ろを見てみる。すると、牢屋のようなものに入れられている猫人がいた。
「おい! 俺だ! イフリートだ! お前、ルナか?」
「………………………イフリー、ト?」
俺の名前を知っている、ということはこいつはルナだ。
良かった。まだ特に何もされてないな。
「怪我とかはないか?」
「う、ん。大丈夫、ごめん」
「謝るなよ。お前のせいじゃないだろうが。とりあえずここから出さないとダメだな」
未だに頭が多少痛いが、魔術を構築してこの檻を壊す。頑丈さが分からないので手加減なしの一撃だ。
魔術もだいぶ使えるバリエーションが増えてきたので、どれにするのか迷うところなんだが、炎の魔術はなしだな。ルナが焼けたら嫌だし、だからと言って威力を加減したら、檻が壊れないかもしれない。そんなことは避けたいので、まあ風か土なんだが………悩むな。
どっちでもいいのだが、というかどっちもデメリットがあるのでむしろどっちでもいいよ、という。
まあ、最近お気に入り、というわけでもないがよく使ってる風属性の魔術で壊そう。
檻を包み込むような形で風の刃を生成する。それを具現化する。
「『風刃・囲』」
そしてそれを少しずつ収縮させていき、檻に当てさせる。
切れ味抜群の風の刃なら檻くらいすぐに切れるかと思って。
うーん、なんでだ? 切れないぞ?
思いっきりは弾かれないが、この感じはもしかして魔弾木か。何度も切ってきた魔弾木だが、ある時気になって魔術で自分から離れず、かつ感触が確かめらるようなタイプの魔術を使って、感触を確かめてみたのだが今、檻を魔術で壊そうとしてみた時のそれととてもよく似ている。
まあ、そういうことか。魔弾木を使った檻とは、また異世界らしきものを作ってくれるじゃないかよ。確かに魔弾木は相当硬いからな。
さて、ということは魔力を纏った武器で叩けば、壊れる、というかゴムのように切れるわけなのだが……武器がない。武器以外でないと多分、どうにもならないだろう。
魔力で武器とか作れないのだろうか。そういうことが出来たら、あぁ、異世界なんだなぁ、と思えるんだが。
それっぽいことが出来たことがないので、出来ないんだろうけど。やっぱり一度はやってみたいよなぁ。
くそ! もう武器が! これでは奴を倒せない!
ふっ、この我を侮るでないわ! その程度の武器でどうこうできる弱者ではないわ!
…………………………。
どうした? 諦めたか?
く、くくくくく! あははははははっ!
な、なんだ!? 気でも狂ったか!?
いや、おかしくってな。お前がまさか『勘違い』なんてことをするなんて思っていなかったからなぁ。
なんだと? 勘違い?
俺の魔力の操作の質が上がっていることは、お前でも分かっただろう?
は! なっ、まさか!?
ああ、そのまさかさ。俺はいつであろうと自分の魔力で武器を作ることができるんだよ!
く! 侮っていたのはこちらの方だったのか!
という、茶番でもない茶番をしてみたい。一度でいいから。俺はどれだけかかってもやり遂げるぞ。
うん、それで……魔弾木の檻らしいもの、どうしようか。確か、魔法か魔術の、魔弾木の魔力を弾く耐久力でも耐えられないような威力のものを撃てば、その部分を魔弾木自身が切り離す、ってのが魔弾木が簡単に切れる理由のはず。
というか、あの時は魔弾木を切れる手段が見つかって興奮してて思わなかったが、なんで武器に魔力纏わせただけなのに、一定以上の威力を持った魔法や魔術と同じような扱いなんだ?
まあ、今檻を壊せるなら別にいいか。いや、壊せないか。武器がないんだった。
ここで一定以上の魔法、魔術を打ち込むわけにもいかないしなぁ。『炎天龍』くらいしかこの檻壊せそうな魔術ないし。まあ、発動しようとしても、こんな狭い場所じゃ無理だろ。
ああ、どうしたものか。そういや、魔術の威力って一体何で決まっているのだろうか? 魔力の量かな? 気にしてみるか。
さっき使った『風刃・囲』に込める魔力の量を込められるのだけ込めてみる。調節は難しいので、隠そうとしていた気配とか魔力は垂れ流しにしておく。
極狼さんには、とても驚かれて、若干引いたように身を後ろに引かれた。悲しい。
まあ、どうせテンプレに則って、ここからルナ連れて出て行くときに戦う羽目になりそうなので、隠そうとも思っていなかったから、いつかはこうなることは分かっていたんだが。
魔力を込められるだけ込めたところで、『自己再生』で魔力は回復してしまうので、ずっと込められるんだが、まあ、そこら辺は飽きたらやめるということで。
飽きました。もうこれ以上は魔力込めなくても大丈夫だろ。というわけで今まで持ってた集中力と忍耐力を使った魔術が完成した。
範囲を収縮していく。よし、今までほとんど通らなかった風の刃が少しずつ通るようになっている。これなら収縮する速度を早めれば、早くこの檻は壊せるな。
「ちょっと待ってろよ? すぐ出してやるから」
「うん…………ありがとう」
そんな態度を取られると、どうにも調子が狂うんだが。今までと打って変わって、だからなぁ。
おっと、もう檻切れてた。危ねぇ、このままだとルナまで切っちまうところだった。
「よし、これで大丈夫だろ。本当に怪我とかしてないんだよな?」
「大丈夫。ありがとう、こんなところまで助けに来てくれて………………」
『助けに来てくれて』の後、なんか言ってたんだけど声が小さすぎたせいで聞こえなかった。これがラノベ主人公の所業か。やられると本当に聞こえないもんだな。
さて、まあそれはともかく、これで後することと言えば、ルナを連れてここから出ることだけだな。
「なんか短い時間でしたが、お世話になったようです」
「そうか、そういえばなんとなくここに呼んだだけだったな。では、行くのか」
「ああ、はい。そうなりますね」
「そうか、では私と戦ってもらおうか」
うん、だと思った。知ってた。
でも出来れば、戦いたくないなぁ。俺は戦闘狂ではない。そもそも極狼とかいうヤバそうな名前を持った狼様と戦って、勝てる気がしないんだけどさ? そこに関してはどうお考えか?
あ、そうですよね。考えてなんてないですよね!
ああ、戦いたくない。
「と、言いたいところなんだが、そもそもお前はここから出られるのか? お前と会った時、どうにも異常をきたしているような感じだったぞ?」
「は? いやいや、さすがにここからは出られますって!」
暗くて、案外広いところから出られないとか、俺は一体どれだけ引きこもり極めてるんだ。
なんなら極狼さん連れて行ってやるぞ。そこで戦おうか、ええ!?
いや、キレるな。落ち着け、俺。バカにされたからって、そんなに怒ることはないはずだ。
「よし、じゃあ行ってみましょう。どうせなら行ったところで戦いましょう!」
「良かろう」
いや、別に戦いたかないけどな!? まあ、バカにされたままじゃ、こっちもやってられないしやってやるけどさ。
極狼さんが付いてくるのを確認しながら、今いる場所から洞窟の出入り口の方へと歩き出した。
よし、だいぶ進んだんじゃなかろうか。
だが、やっぱりショッキングな何かは残っていた。壁に血の跡も残っているし。これは猫人の村で朝にお子さんにショッキングなものを見せてしまった時よりもショッキングなんだけど。
ここに思い入れがあるわけでもないので、地面に垂れ流されているヤバそうな液体を避けながら、さらに進んでいく。
「というか、極狼さん、今まで何して過ごしてたんですか?」
「うん? そうだな、ほとんど寝て過ごしていたな。あまり戦う気にもならなかったのもあるが、そもそも人が来なかったのが主な理由だな。魔力回復などしていたな」
「なるほど、引きこもりですか」
なぁんだ、俺のこと、引きこもりって言ってたくせにそんなに生前の俺と大差ないじゃん。ふっ、この世界でもちゃんと引きこもりいるのか。
俺も引きこもろうかな? いや、さすがにダメか。
「おい、引きこもりなどではないぞ?」
「え? いや、四方を囲まれた場所でグータラして過ごすのを引きこもりっていうんですよ?」
「貴様、今ここで戦ってやろうか?」
「あっ、それはご勘弁ください」
そんなことを話していたら、そろそろあそこだ。
今まで話していた時の雰囲気が一気に変わった。いや、自分が変わったと感じているだけだ。
思い出していた。朦朧とした意識の中で、体が勝手に動いていた。そこまでは良かった。なのに、体を動かしていた何かは、あろうことかムルサさんを殺した。正確には違うかもしれない。それでも奴には責任の一端がある。
そう思うと、イラついてきた。だが、悔やんでも何もできないのだ。過去に戻れるなら、絶対に俺は戻るぞ。
そして気づけば、目の前だ。大丈夫だ。俺ならきっとここより先にも行けるはずだ。
決意して、足を前に出す。そして、あともう少しでムルサさんが死んだ場所。
意識がなかった時間も分からないが、さすがに数年と寝ていたわけでもなく、死体が残っていた。
見たくなかった。だが、見ないといけない気がした。それでも罪悪感が押し寄せてきて、目をつむってしまった。
だが、これで距離などは分からないはずだ。これなら確実に通れるはずだ。
「…………………へ?」
そう思っていた。考えが甘かった? 違う。俺が間違っていた? そうかもしれない。そうだ、お前が、俺が悪いんだ。
俺は腰が抜けたように、いや実際抜けていた。恐怖なんかではない。
偶然か、いや必然だ。ムルサさんが死んだ位置。その横一直線上で俺は座り込んでいた。
誰かに見られている気がした。誰かに笑われている気がした。
気がしたじゃない。確かに感じた。自分が、嘲笑われているのだ。それが感じられてから、やはりと思った。
なんだ、前世と変わらないじゃないか。俺はやっぱり神から見放されているんだ。そう、確信した。
もう一話投稿します。




