十五話 えっ、ちょっ、まっ、聞いてないんだけど?
遅くなったって? お願いです、それだけは言うな。色々あったんです。というわけでこれからもお願いします。
ナンテコッタイ。
聞いてないよ、この世界レベル制とか。いや、疑わなかった俺にも非はあるけどさ。
でも仕方ないって。レベルってステータスに書いてあるもんでしょ?そうだよね。なのになんで俺のステータスには書いていないんですか?
「どうかなさいましたか?すごい声出てましたが」
「も、もももももももも申し訳ない。唐突に理不尽な現実を叩き込まれて困っとります。ちょいと現実をしっかりと見据えてくるので一度、少し待ってください」
なんか言葉がおかしくなりつつあるんだけども、それは今はどうでもいい。
なんだよ、レベルって。今までに言われたことのない単語だったぞ。レベルって、あれだよな。モンスター倒すと手に入る経験値とかで上がるあれだよな。
やばくないか、よしもう一度見てみよう。開く開く開く開く。
固有名:イフリート
称号:転生者 神の加護 殺人者
種族:龍人
序列:最下位
技能:『??』 『死への執着』 『血への渇望』 『身体強化』
固有技能:『自己再生』
魔人技能:『憤怒』 『怠惰』 『強欲』
神技能:『???』
なんか増えてるが、どうでもいい! おいおいおい、何度見てもレベルの欄がないぞ!? 俺の見間違いではない! 断じてない!
ふざけんなよ、久々に現実に叩きのめされたぞ。こんな理不尽、俺は認めないぞぉ!
「……大丈夫、ですか?」
「もう大丈夫です。現実を受け入れることができそうです。ふぅー、お教えしましょう。
………俺のステータスにレベルという欄がないんです」
「あ………失礼しました。申し訳ないです。失礼します」
虚しくなるから、そんなクズを見るような目で見るんじゃない。
確かにさ、分かってるよ。この世界では序列以外ではレベルも重要なんだろうさ。でもないもんは仕方ないじゃん。
人間あるもんとないもんがあるんだよ。ないもんは仕方ないんだよ。人間そこらへんをカバーしあってこそでしょ? カバーしあおうぜ。
と、とにかくミーヤさんの家に戻ろう。確かめないといけないことができた。
「ミーヤさん、ムーヤ! お願いです、あなた達のレベルを教えてください!」
「お早いお帰りで。もう直ぐ朝食できますよ。ああ、レベルですか。17です」
「よーん!」
「やっぱり、か。レベル、あるよな。そうだよな、あ、あはははははは。もう駄目だ、現実が受け入れられねぇ」
「どうかしたんですか?気分がすぐれないとかですか?」
「そうだったらいいんだけどなぁ。その方が良かったなぁ!」
「いちゅりーと、かぜぇ? 大変、いますぐねて!」
「風邪じゃないんですよ。俺のステータスにレベルの欄がないんです」
異世界要素がまた一つ、消えてしまった。ただでさえ意味も分からずにこの世界に転生させられたのに。種族クソなのに、カスなのに、序列最下位なのに、最弱なのに。もう異世界とか壊れてまえ!
どうしろってんだよ。レベルが見えないってことは俺にだけレベルの概念がないってことだろ?それってつまり絶対に成長しないってことだろ? レベルは下がらないけど上がらないってことだろ?
圧倒的絶望。もはやこれから何をしろと? いや、どう生きていけと? 冒険者になるとか夢のまた夢だぜ。もうあれかな、世紀末でヒャッホイしてる奴らになれと、そういうことか?
いや、やられ役ですら務まらんぞ俺は。この体が不便で不便でならないぜ。もう何をすればいいのか分からん。いや、いやいやいや、決めつけるのは良くないな。まだレベルという概念を取り戻す? あ、違うわ。獲得する方法がないわけじゃないはずだ。
やったるぞ。絶対に獲得しちゃるぞ。そのためにもレベルという概念を知る必要がある。
「ミーヤさん、立て続けに申し訳ない! 質問してもいいですか!?」
「どうぞ、そんなに焦らなくても大丈夫ですよ」
「では、遠慮なく。レベルというのはどういうものなのでしょうか?」
「そうですね。魔物を倒したりすると上がりますね。あとは……年齢が増える時にレベルは1、上がります」
「誕生日にもレベルが上がるのか。そういう仕様は今まで見たことないな。なるほど、実力がなくても上がるときは上がるのか。救済措置みたいなものか?だが、俺のステータスの欄では上がるもんも上がらないな。どうしたらいいのだろうか。
ああ、そうだ。ミーヤさん、レベルがステータスの欄になかった人って今までにいますか?」
「そういう人は今までに誰もいなかったはずですよ。冒険者の方に聞いた方が早いと思うんですけど」
「新しい知識をありがとうございました。それでは失礼します!」
「えっ? 朝食はどうするんですかぁ!?」
「飯は食べなくても大丈夫そうですが、後でいただきます!」
ミーヤさん達には悪いことをした。反省しよう、後悔もしよう、しかし反省はしない!
さてとこれからどうしたものかね。なんか勢いで来てしまったがどうしよう。魔物と戦うのは今の俺には無理なわけだし。
マルサさん、ムルサさんに頼るわけにはいかない。あの新婚さん達に頼るのはなぜか癪だ。
というわけでまたこの広場に来てしまったわけなのだが。とりあえず腕立てでもするか。もしかしたら『身体強化』の上位版でも出るかもしれないし。
レベルが上がらないから身体能力は上がらない。ならば身体能力を強化する技能は必要だ。『身体強化』は時間制限があるから、戦いにくいしな。
とにかく腕立てを始める。前回と同じようなスピードなのだが、前回よりも気分が重いな。精神的に辛い。
レベルの有無は本当にきつい。あったらよかったのに、俺にもレベル。異世界成分が、数少ない異世界成分が。俺のリア充になるために必要なものが。まあ、リア充なんてなれるとも思ってないけどね。なってたら絶対、引きこもりとかぼっちとかなってるはずがない。
クッソ、コミュ障の何処が悪い。ちょっとシャイなだけなんだよ。そういう生き物なんだよ! あんまり喋れなくて何が悪い! 人間なめんな!
物思いにふけりながら、淡々と腕立てをする。
「今回はどのくらい腕立てすれば技能手に入るかな。10時間くらいか? ハハハ、そのくらい腕立てしたら現実逃避できそう」
「そのくらいで色々忘れられたら、苦労はない」
ん? なんか今、返事が来た気がする。
どちら様ですか?僕は今、現実逃避という名の腕立てに勤しんでいるんですよ。邪魔しないでいただけるとありがたいですね。
てか、この声は聞いたことがあるような……。
「ああ、ルナか。なんだ、幻聴まで聞こえるようになるとは。相当重症だな、もっと腕立てするか」
「幻聴じゃない!」
うるさいなぁ。仕方ない、そっちの方、見てやるか。
……………分かっていた、俺は確かに予想はしていた! だが、ここにこのタイミングで来るほど空気読めないとは思っていなかったんだ! まあ、いいや。
「何しに来たんだ。俺は先程言った通り、現実に打ちのめされ、そのことを一時的にでも忘れるために腕立てに精進しておるでのすが?」
「だから、そんなことで忘れるわけないでしょ。ムルサさんから聞いた。それはステータスを見れば、いつでも思い出せてしまうんだから現実逃避したところで、意味がない」
「グッ! 正論だ、ぐうの音も出ない。別にいいじゃん! 他にも目的はあるんだよ! 身体能力を強化するタイプの技能を新しく獲得するためだ! ほら、だから今も手を止めずに、話してるわけだ! お分かり?」
「お分かり。でも、もうそういうタイプの技能、持ってなかったけ?」
「ああ、確かに持っている。しかし、時間制限がある。それでは戦う時に癖ができてしまう。それじゃ転生者の、戦闘のせも知らない俺が勝てるはずがない。まあ、戦闘があるのかは知らんが」
まあ、そういうわけだから邪魔しないでくれるとありがたいんでござるよ。あっ、なんか今変な語尾になった。
おい、察しろ。文脈と俺の嫌そうな顔で察しろ。なぜにまだそこにいる、ルナさんや。
なんだ、俺に用でもあるのか?ちょっと待て。正確には後10時間待て。運が良かったら、10時間以内で終わるから。運良く技能が手に入ったらね、『身体強化』の上位版が。
なんか自分でもびっくりするくらい理不尽になってる。
それはいい。疑問を解消したい。
「なんか用があるんだな、俺に。だからムルサさんに俺の居場所聞いたんだろ?」
「うん、実は私にもあった。レベルの欄が無くなった時」
声が出なかった。
正確に言おう。なぜそこまで俺に気を使うのかが分からなかったからだ。
まだ会って日が浅いはずだ。しかもルナ自身の問題を、俺が勝手に首を突っ込んだこともあった。
それなのになぜこうしてすぐに話しかけられる。俺じゃ無理だぞ、絶対。お前も分かってんだろ、人の怖さ。なのになんでそんなすぐに立ち直れるんだよ。
しかも下手な嘘つきやがって。バレバレだぞ、下手か!
これ、どうしよう。嘘ついてるって言って、辱めるほどバカじゃないんだが。仕方ない。あれしよう。騙されてみよう。
「えっ、マジで!? でも、今はレベルの欄、あんだよな。どうやって取り戻したんだ?」
「気付いたら戻っていた」
「……」
お前ぇ、励ます気ないだろ。てか、なんだ。お前、後のこと考えてなかっただろ。どう言う励まし方をしている。もはやバカだろ。考えろ、もう少し考えろ。考えてから行動しろ。そういう考えなしの行動が後になって響いてくるんだよ。やめなさい、これからは気をつけて励ましなさい。
てか、何を熱くなっているんだ、俺は。なんか裏切られた感がすごかったからかな。
「そう、か。どのくらいで戻ったんだ?三日くらい?」
「…………一ヶ月」
何だったんだ、その間は。お前、また行き当たりばったりで言葉発しただろ。
もうやめようぜ。こんな不毛な争い。ん、争い? あっ、違うわ。争いじゃないな。なんて言えばいいんだろう。変な励まし、か?
まあ、いいか。とりあえず騙されているわけなのだから、騙されよう。
「そうか、一ヶ月も、か。なんてこったい、そんなに掛かるのかよ。レベルを上げる時間はどうすればいいというんだ」
チラッとルナを見てみる。
ブッフゥ! めっちゃ騙されてる! なにあの顔、超ウケるんですけどぉ! あっ、スンマセン。JKの真似してスンマセン。あっ、JKのこと、馬鹿にしてスンマセン。そうですよね、そんな変な雰囲気を全てのJK、いやJK様が出しているわけじゃないですよね。スンマセン本当にスンマセン!
でも、本当にどうすればいいんだよ。ルナは善意でああいう行動を取っているわけだからな。『騙されてましたぁー、ドッキリ大成功ぅ!』みたいなことしちゃダメだよな。
てか、そろそろ1時間か。腕立ても『自己再生』でどうにかなってまうからな。筋肉の痛みとか現れた瞬間に消えていっちゃうから、痛みは感じないし。疲労も即座回復。これこそチート。もう何をしろと?俺ただ動いてりゃいいだけじゃん。俺に何をせがむの? もう俺の存在意義が分からなくなりつつある。助けられまくりだけどさ。もう『自己再生』がなかったら、何度死んだか分からん。腕二回も切られたし、体もいたるところ切られまくったし、あんまし覚えてないけど首もちょん切られたろ?
あれ? そのままにしてたらもう4回は死んでそうだぞ。まあ、死んでないからよし!
あいつの、ルナの言っていることが本当である可能性はない。まあ、それを補う方法がないわけじゃないし、いいか。
「俺はもう少しここにいるつもりだけど、ルナはどうするんだ?」
「私も訓練する。ここじゃないけど」
「大丈夫だって。さすがにこの年で寂しくなったりはしないって。そういえばルナのレベルってどのくらいだ?」
「24」
「えぇと、ルナの年齢が16だから、8か。どうやって8もレベル上げたんだ?」
「色々とした。あっ、そういえば腕立てもやり続けてたら一だけだけど上がった」
「おお、それは有益な情報。よし、やり続けてみるか。腕立てやり続けたらレベルの欄、現れたりして。一ヶ月待たずに」
「だといい。それじゃあ」
「おう、頑張ってくれ」
そんな会話をしながら、ルナと別れた。ずっと腕立てしながらだったから失礼極まりないがそこは目を瞑っていただきたいものだ。
とりあえず5時間はし続けるぞ。それくらいはしないと技能を手に入れられる気がしない。俺、頑張る!
さてと、どうしよう。腕立ては別に疲れない。動くときに考えるのは酸素が足りなくなるとかどうとか、ネットでやっていたが、それすらも『自己再生』がどうにかしてくれるから考えながらでも普通に動ける。
これの他に何をしようか。なんか無いかなぁ。
うーん、ああ、もう一度ステータス見てみよう。なんか変な技能追加してあった気がするし。むむむむ、開く開く開く開く。
個体名:イフリート
称号:転生者 神の加護 殺人者
種族:龍人
序列:最下位
技能:『??』 『死への執着』 『血への渇望』 『身体強化』
固有技能:『自己再生』
魔人技能:『憤怒』 『怠惰』 『強欲』
神技能:『???』
やっぱり増えてる。冒険者との戦闘とかで色々と増えたんだな。ただこの技能はなんだ?魔人技能って。しかも異世界でよくある七大罪が入っとる。どうしよう、めっちゃ厨二臭いんだけど。やだ、ステータスを見るたびにこれを見ろと? 痛すぎだろ!
だが、まあ。楽しそうだから効果は一応見ておこう。使えるかもしれないし。
なんか色々とめんどくさかったので、要約してもいい? いいよね? よし、大丈夫だな。
まず『憤怒』だ。怒れば怒るほどステータスを向上させるというものだ。
次に『怠惰』だ。任意で、ステータスを10秒毎に変化させるという効果の、まあ、言っちゃえばはっきり言ってクソだった。
最後に『強欲』だ。願ったものを魔力を消費して手元に転移させる、というものだった。
そして効果の全てに表記されていた文があった。
『大罪の全てを所持するものを魔王へと誘おう』
つまり、七大罪である魔人技能全てを手に入れた者は強制的に序列三位『魔王種』にされるってことだよな?
なにそれめんどくさ。だが、まあ魔人技能は割と強力だな。『怠惰』クソだけど。もうこれ以上ないほどにクソだけど。
というか七大罪全てを手に入れないとなれないということは、『魔王種』は七大罪を持っている可能性が高い、と。それも強化版か。序列三位が『怠惰』みたいなクソ技能持っているわけないもんな。あったとしても上位版、そうじゃなきゃ序列三位とかなれるわけない。
だが、俺が持っている魔人技能は三つ。あの時は狂ってたから取れたとしたら、あと最低でも二回はあんな風にならなきゃいけないと。
なにそれ頭おかしくなりそう。一応あとなにが必要か確認しておくか。残りが分かれば、ないとは思うけど残り一つとかにでもなったら、そういう気持ちにはならないようにできるし。
残りは四つ。『傲慢』と『暴食』と『色欲』と『嫉妬』か。割と多いな。まあ、そうか。半分以上残ってるわけだし。
気づけば、日が高くなっていた。もう昼か。
起きたのは時計がないから分かんないけど、だいたい8時くらいだと思う。と、いうことはだいたい四時間くらいぶっ通しで腕立てしてたわけだ。
引きこもりの時にでもしようものなら、30分と持たずに終わっていただろうな。それがここまで腕立てできるようになってるわけだから、何度も言っているが『自己再生』ぱないっす。
そういえばミーヤさんの朝食食べるの忘れてたな。どうしよう、もう昼なんだけど。これ絶対怒られるやつじゃんか。ついでにムーヤにも叩かれて終わっちゃう気がするんだけど。死んじゃう気がするんだけど。
あっ、ん? 誰か来るぞ?
ちょうどいい。ミーヤさんに伝言を頼もう。あとで謝るから今は探さないでくださいと言っておこう。なんか家出みたいになってるな。
あれぇ?気配がしたからそっち見てみたんだけどさ、そしたら落ち葉が固まって動いてるんだけど。
あ、了解です。誰なのかは把握しました。
「何してるんですか、冒険者の女の方、さん?」
「いや、イフリート君こそ何してるの? ずっと腕立てしてるけど」
「ちょっとレベル上げみたいなことを。そういえば忘れてましたね、あなたのこと」
「ひっどぉ! いつになったら私、街に返してもらえるんだろうとは思ったけどさぁ! でも、レベル上げ? 腕立てでレベル上げってできるんだっけ?」
「ウッソォ!? あっ、ああ、そういえばちゃんと発動させるの忘れてたぁ」
嬉しくてあんまり集中してなかったよ、そういえば。
ルナもなかなかやるじゃないの。クッソ、やられたな。嘘だったから別れ際にちょっと誇らしげに笑ってたのか。
でも、冒険者の女の方が来たのはちょっと都合がいい。冒険者ならではのことも知っているだろう。
「冒険者さんのレベルってどのくらいなんですか?」
「ああ、そういえばそんなこと村の連中が話してたわね。いいわ、教えてあげる」
「もったいぶらんでください。割と聞くのキツイんですから」
もちろん嘘である。先程言ったように『自己再生』のおかげで大した負担ないからね。
できるだけ演技と悟らせないように気を使ってみる。
いやー、めっちゃ騙されてる騙されてる。あ、やばい、楽しい。
引きこもり、さらにぼっち入ってると人の不幸とか、自分が仕組んだ演技とかに気づいてなかったりするのを見ると、楽しくなってしまう。これはもう癖というか性分と化しているので、治せませんね。
「私のレベルは53よ」
「えぇと、年齢を重ねるたびに上がるレベルが多分40くらいだから…いだ、イダダダダ! ストップ、嘘嘘嘘! もちろん嘘に決まってるじゃないですかぁ!? 信じちゃダメです、俺の言葉を聞いちゃダメです! オッケーでいらっしゃいますでしょうか!? 了承いたしましたら、アイアンクローを止めていただいてもよろしいですよねぇ!? 腕立てしているこの状態の俺の顔を掴むのは割とキツイと思うんですよねぇ!?」
「これからは絶対に言わないと?」
「ええ、約束いたしましょうとも!冒険者様の気分を害するなど、失礼極まりない行為、絶対に致しません!」
あれ、なんか立場逆転してね?
というかレベル上げに関係ないなら別に腕立てやらなくてもいいよな、うん。そろそろ腕立てやめよう。
ぶっ通しで約四時間半、か。これだけやっても技能が手に入らないか。これは諦めるしかないみたいだな。仕方ないが、身体強化系の技能は気長に待つしかないな。
「あら、もうやめるの?」
「もう意味がないって分かりましたからね。とりあえずミーヤさんの家に戻って、謝るか。あとあなたを突き出しますか。捕虜の意味がなくなってますし」
「そうね、割と簡単に抜け出せたし。昨日から警備が手薄だから言っておいてね」
「おお、上から目線ですね。あなた立場、捕虜ですからね? 大事なことなのでもう一度言いますよ? あなた立場、捕虜ですからね?」
「はいはい、分かりました」
昨日から警備が手薄。
………ああ、マルサさんとムルサさんが結婚がしたせいで皆さん浮かれていらっしゃるようだ。
もう少し気を引き締めてもらいたい。一度襲撃にあってるわけだし。俺のせいだが。
というわけでミーヤさんの家に戻ってきましたぁ!
正直言って、怒られたくない。絶対怒られる気がして仕方ない。ので、ドアを開けてから速攻で土下座していこうと思っている。怒る余裕すら与えない怒涛の土下座を披露しようと思っています。
罵しりたければ罵るがいい。俺はそれほどまでに怒られたくないのだ。
緊張の一瞬。いや、ドア開けるだけなんだけどさ。『血への渇望』準備。ちょっと汚いが、指を口の中に突っ込んで常時噛めるようにする。
ガチャ
ドアを開けた!
ここからはスピード勝負。さあ、指を噛み切りながら家の中を進む。
よし、血は飲み込めた。『血への渇望』の発動条件は満たした。
満を持して……
「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁぁッ!」
その時何が起きたのか分からなかった。
だが、これが漫画だとかアニメだとかでどういう音が流れているかは明確に分かった。
そう、シーン、だ。
いなかったのだ、ミーヤさんの家に。誰も。そう誰も。
一言言わせて欲しい。
帰っても、いい?
いや、ダメですよね。そうですよねぇ、あ、あはははははははははははははははははははははははははははは!
なんか壊れたわ。今、一瞬だけ。今日、テンションがおかしい。レベルが俺のステータスにないという事実を知った時からおかしくなっている。
「どうしよう。ミーヤさんたち探しに行こうかな? でも、めんどくさそうだなぁ。また腕立てする?いや、それも遠慮したいなぁ。仕方ない。多少遠いが倉庫行って面白い本でも探しに行くか。マントもどっかいったし探さないと」
というわけで活動方針は固まった。
行ってみよぉう。割と気持ち悪い声出たわ。想定外だった。
来ましたよ、忘れがたき倉庫に。
何度見ても開放感が溢れまくっている物件でございますな。さあ、この物件。今ならなんと……えぇとこの世界の通貨なんだっけ? あっ、そうだ。ルニーだ。でもルニーが地球でどのくらいなのか分からん。じゃあ、適当に決めておくか。
気を取り直して。今ならなんと! 900万ルニーです! 値段の基準は知らん。
とまあ、そういう話は別にいいとして。
ちょっと久しぶりな気がするのはなんでだろう。
とにかぁく! 本を読み漁ろう。
本棚に手を掛けた時、声がした。
『おい! おい、そこのお前だ!』
「だれじゃい!? なんか変な声がする。おかしい、俺はそこまで疲れているのか。本読むのやめようかな」
『お前は疲れてなんてないから、我をこの窮屈な場所から出してくれぇ!』
なんかめんどくさいやつに絡まれた気がする。
まあ、いいや。助けてやろう。
「窮屈な場所ってどこだよ。それ言ってくれないと出そうにも出せないんだけど」
『おお、出してくれるのか! さすがは我が探し出したやつだ!」
なんか今、聞き逃しちゃいけないこと言った気がするんだが? 気がするんだが!?
探し出した、か。俺、探し出されるようなことしたっけ?
あっ、忘れてた。やばいな、俺まるで学習してないわ。『炎天龍』とかだよ。なんで覚えてないんだろう。他にもやらかしたね、俺は。冒険者との戦闘でも割と凄そうな魔術をブッパしなくってたじゃないか。
多分それなんだろう。このなんか助けを乞うてくる声の主はその魔術を辿ってここまで来たんだろう。
とりあえず答えを聞いて窮屈な場所とやらから出してやろう。
『お前らが本棚と言っている場所だ! 早く頼む!』
「本棚か。上か下かは分かるか?それが分からないと本棚をしらみつぶしに探さないといけなくなるんだが」
『上だ! 景色が高い!』
「了解でーす。ああ、あと俺は見えてるんだよな?」
『ああ、見えている! 上の方だけだけど』
「じゃあ、ここいら、近くの本棚か」
さて、と。どの本棚かなぁ。
俺の背の高さでは本棚の上を全て見られるわけではない。だが身体能力の低さが低さだからジャンプでも届かない。1日に一度、五分しか使用できない『身体強化』は使わないほうがいいだろう。ならば持続時間は短いが、回数制限のない『血への渇望』のほうがいいか。
またもや失礼。汚いが口の中に指を突っ込み、噛む。出てきた血を飲み込む。
よし、『血への渇望』は発動した。じゃあ、次に…
「おい、声のやつ」
『声のやつ!? 我か!?』
「そうだよ、お前は俺がジャンプした時に正面に見えたら声を出して俺を呼んでくれ」
『む、貴様のそのネーミングセンスは少し正気を疑うぞ。だが、まあ。助けてもらえるんだから文句は言えない、のか?』
「頼むぞ。お前の見た目が分からないからな」
『よかろう』
チッ、口の減らんやつだ。助けてやるんだから静かにしてろっての。
一番近くにある本棚から、ジャンプして上の方の段を覗く。
特に反応なし。じゃあ、ここじゃないな。次だ次。行ってみよう。
そして二つ目、も特に反応なし。三つ目、四つめ、五つ目も特に反応なし。ちょっと言い方失敗したかもしれないな。正面の時だけ声を出す、と解釈されてるかもしれないな。まあ、それでもいいが。
六つ目。ジャンプが届かなくなった。『血への渇望』の効果が切れたのか。もう一度血を飲む。よし、発動したな。
ジャンプしてみる。…………………反応なし、か。ここら辺じゃないとなると遠くなってしまうぞ。ひとえにやつの視力が良かったのか。それとも俺のジャンプが届かなかったのか。どっちだ?
『おお、今見えてたぞ! お前の顔に見惚れておって忘れてた!』
「気持ち悪りぃな、お前。俺、男なんだけど」
『嘘でしょ? お前、男なの? 女だと思ってた。声も割と高かったし』
「まあ、否定できないが。ただちょーっと気持ち悪いな」
『善処しよう。探し出し終わったのなら早く取ってほしいんだが』
「どこだ? お前人型でしょ? どこにもいないんだけど?」
『ぬ?何を言っている。真ん中にいるだろ?』
真ん中?ああ、この本の中にでも閉じ込められてんのか。異世界っぽいですこと。
ジャンプしてから真ん中の本を手に取る。
『おお、助かったぞ』
「何言ってんだ。これから助けんだろ?」
『ぬ? お前の方こそ何を言っているんだ? お前の持っている本が我の本体だぞ?』
「はっ? これが声のやつの本体? 冗談も大概にしろよ?」
『冗談なんぞ言わんわ! 表紙を見ろ!』
表紙ですか?
言われるがまま表紙を見てみる。
…………なんか目らしき部位があるんだが。ついでに口もあるんだけど。あれ、鼻も? あら、これ顔じゃないですか? あっ、顔ですね。
ちょっと待って。現実を見るために一度現実逃避させてください。大丈夫、簡単なものだから。
わぁー、目の前にお花畑が見えるー。
フゥー、これで大丈夫だろう。
さて、と現実を受け止める準備ができた。満を持して言おうじゃないか。
「うおおおおおおおおおおいっ! 本が言語を解しているぞぉ!? いいのか、こんなことが異世界だからといってあってもいいと言うのか!? いいや、だめでしょ! みんな現実に帰ろう! 俺は転生なんかしてなかったんだ! きっとこれから転生するんだよね!? これはきっと俺の見ている夢なんだろう! そうなんだろう!?」
『おい、変なことを言いまくるんじゃない。お前はしっかりとこの世界で生きておるわ。だが、まあ。我としたことが自己紹介を忘れておったな』
ちょっと待て。
まだ現実を飲み込めてないんだよ、更に畳み掛けるでない。
だが、そんな俺の思考など知りもせずに本が、比喩でもなんでもなく笑って、名前を言った。
『我は序列1位『神種』によって創られた、魔道神具『グリモワール』だ。この世界の全ての叡智を集めた、見た目で分かると思うが本だ。これから頼むぞ、我に感知され、我を窮屈な場所から出したこの世界唯一の龍人、イフリートよ』
確かに今、名乗ってもいない俺の名前を答えた。




