十二話 後悔はしたくない
マルサさんとムルサさんの叫んだ声の方向に向かっている最中。
なのだが、外出するときはムーヤも一緒に連れて行く、という約束のもと、現在ムーヤにひっつかれながら、ミーヤさん、ルナ、俺、という面子で移動中。
すでにここで死にそうなんだが、そこらへんは考慮していただけないのでしょうか、考慮していただけないんですか、そうですか。
ムーヤは離すつもりがないようです。
というか声のした方に近づいているのに、あの音がしない。
そう、マルサさんとムルサさんがジャンケンをする時に発生している風切り音が。
あの『ブオンブオンブオンッ‼︎』ってヤツが、全く聞こえないのだ。
ということは、もうジャンケンをやめた?もう決着がついたということか。
「着きましたね、イフリートさん」
「そうですね。……あの…なんでうずくまってるんですか、マルサさん?……なんで泣いてるんですか、ムルサさん?」
「なぜうずくまっているかって?」
「なぜ泣いているかって?」
「「決まっているでしょう、ジャンケンの決着がつかないんですよ!」」
うお、見事にシンクロ。
これが双子の力か。
というか、ジャンケンの決着がつかない?ずっとあいこだったってこと?双子は神秘的だな。
だが、そういうことになると勝敗が着く気がしない。
じゃあ俺が相手するか。
「えーと。じゃあ、今度は俺と交互にジャンケンして、先に勝ち星二つあげた人が勝ちね。それでいい?」
「「構いません!」」
「ぅおーし、じゃあ行くぞー。最初はグー、ジャンケンポイー」
ここまで息がぴったりだと、なぜかやる気がなくなる。
というわけで、俺は今、腑抜けた声でやる気なさげにやっております。
俺は適当に出せばいいだけだし、わりと不真面目でもどうにかなるんだよね。
おい待て。二人の出した手までもが一緒!?
とととと、ということは……あっ、これ絶対勝敗着かないやつだ。勝ち星二つあげるの同時のやつだ。
あぁー、どうしましょうか。
ちょっと聞いてみるか。全然関係ないことだけど。
ジャンケンの手は止めず、ミーヤさんとかルナとか、そこらへんの世間を知っていそうな顔ぶれに聞いてみる。
「ほい、質問です。この世界に、一夫多妻はありますか!」
「え、ええ?唐突になんですか?あ、でもありますよ、その制度。でも、それがどうかしたんですか?」
「よーし、このまま5回、ジャンケンして勝敗が着かなかったら、一つ解決策を出しまーす」
さて、5回のうちに終わるだろうか。
終わんないだろうなぁ。解決策提示した時に、皆さんがどんな顔するのか楽しみだ。
ふっふっふっふ。
…………………あああぁっ! 視線がうざったい! 昨日からなんか視線を感じるんだよな。ストーカーじゃないよな?昨日の夜もそんな感じの視線を感じたんだけど……あ、確か魔獣の視線てことにしたんだっけ。
じゃあ、そうなんだろう。俺は自分の考えだのは信用しないが、自分の勘は信用する。なんか知らんが、これが当たるんだぁ。
今まで幾度となく自分の勘に助けられてきた。なので信用します。
というわけで魔獣なのだろう。柵の外に魔獣がたむろしているんだろう。さながら不良のように。
声かけたら、絶対『ああぁ!?』ってガン飛ばしてくるぜ。おお、怖い怖い。そしてカツアゲしようと俺に近づいてくるんだよ、きっと。そうに違いない。
おっと、被害妄想が過ぎたな。被害も被ってないわけだしカツアゲもされないだろう。
あっ?なんでマルサさんムルサさんお二人は俺を見ているわけ?
何、もう5回ジャンケンしたの?
「もう5回やったんですね」
「そうですね、余計に3回ほどやっていましたよ」
「あっ、ごめんなさい。それでは、解決策を発表いたします。あくまでも一つの案として考えて下さい。それに限定する必要はございません。えー、おほん! 解決策は……マルサさん、ムルサさんのお二人がミーヤさんと結婚する、というものです。つまり、両者ともにミーヤさんの婿になる、というものです。言い換えれば、一妻多夫、ですかね。あ、無理にとは言いませんよ?というか、この世界の常識が分からないので、さっき一夫多妻について聞いたわけです。反対もできるのでは?という考えに基づいて言っておりますので、出来ないとのことでしたら撤回いたします」
ものすごく長くなってしまった。
まとめようと思ったんだけどな。出来なかった。
ふふふ、反応が面白いことこの上ない。楽しい!
しかし反応が多少薄いのが気になる。何かあったんだろうか?
聞きたいけど…なんか怖いな。
ええい、聞かなきゃ始まらない。
「あ、あの、どこかに不備がございましたでしょうか?」
「い、いえ!ただ…どうして敬語なのかなぁ、と思いまして」
「えっ、俺、年上に対してはだいたい敬語使いますよ?敬語使わないで、相手の機嫌損ねて後で何かされるのをビクビクしながら生きるの嫌ですし。というか前例があるので割とシャレにならないんですけどね」
その言葉を聞いて、年上のミーヤさん、マルサさん、ムルサさんは驚いたような顔を、
同い年のルナはなぜか多少拗ねたような顔を、
年下のムーヤは特に気にした様子もなく俺にくっついて、笑った顔を、それぞれ浮かべた。
やっぱり何かあったんだろうか。ルナに関しては明らかにおかしいぞ。なぜ拗ねる?どうして頬を膨らませながら、ミーヤさんを睨みつける?
「え…っと?どうかしました?敬語使わなくていい、とかは受け付けませんよ?調子に乗って他の年上にまで敬語使わずに接して、ボコボコにされるの嫌なので」
釘を刺しておく。
彼らなら、そう言いかねない。
その言葉を聞いて、最初に口を開いたのはルナだった。
「…チッ」
というか舌打ちした。おい、待て、何故舌打ちする必要がある?
何?年下と同年代も敬え、と?年下はともかく、現在恐怖を覚えない同年代には敬意は払えないかな。
うん、諦めてくれ。
そのことを伝えようとすると、ルナがまたもや俺よりも先に口を開く。
「…私、一応イフリートより年上なんだけど」
「お、おお。お?おぉ!?」
なんかおかしい言葉が出たが、今それどころじゃない。
ルナが、俺より年上?
うっそだろ、お前! 思いっきり同年代と思って接しちまったじゃないか!
あ、あぁ。オーケーオーケー。話が見えた。ルナも年上だから、敬語を使え、と。呼び捨てを許可してやってるんだから、いいだろう、と。
あれ?でも、敬語はいいって言ったの、ルナじゃなかったっけ?
えっ、そうだよね?
じゃあ、なんで機嫌悪い?
「また…勘違いされた。もう…いつになったら私が16歳だと、分かってくれるの?これもそれも全部、一歳しか年齢変わらないはずなのに大人び過ぎたミーヤが悪い」
「あら、恨むなら成長が早いはずなのになぜか成長の止まった自分の体を恨みなさい?」
「ぐっ、ううううううううぅぅ!」
ああ、悶えてるよ。
安心なさい。俺も生前は成長期、一瞬で止まったから。生前では小学6年の平均身長よりちょっと低いくらいで止まってるんだけど。
母にも、『何があったの!? あなた、成長期は!? 大丈夫なの! 友達はもう成長期来てるんじゃないの!?』と幾度となく言われてしまった。
安心してくれ。そんなこと聞けない。聞いたら殺されてしまう。もう小学校の時点でいじめはされていたから。
あ、その話はやめよう。イラつくとともに、すごい足が震えてきた。
でもま、同年代と言われても分かんないレベルだよ。だってさ、生前と身長のほとんど変わらない俺の今の体と比べても全然高いもん。
「安心しろ、俺もこの世界に来る前は、背低かったもん。てか、今もそうだし。気にすることないって。大丈夫大丈夫。ちゃんと成長するって」
「でも…ミーヤが大人すぎるせいで、私が薄い」
「さっきから大人大人言ってますね。そんなに大人になりたいのか?あっ、大人で思い出した。あの、さっきの案で大丈夫ですか?」
急に話を振られて、びっくりしたようだったが、すぐに平静を取り戻して返事を返した。
最初に話し出したのはマルサさん。
「あっ、あの! 俺はその案でも大丈夫です! ミーヤさんさえよければ…」
「お、お前! ミーヤさんがそんなこと、許すわけ…」
「あっ、私は別に構いませんよ?」
「うっっっっおおおおい! いいの!? それでいいの?大丈夫なの?こんな一市民、しかも序列最下位のカスの言うこと聞いて大丈夫なの!? いいや、だめだね! というわけで、やめよう! この案、中止!」
ふう〜!
一気に色々言ってしまった。
混乱させて申し訳ない。
ムーヤを除いた全員が呆然と突っ立っていらっしゃる。
ごめんなさい。よし、これ以上混乱させないために最低限伝えなきゃいけないこと以外は喋らないようにしよう。そうしよう。
そしてとりあえず謝ろう。
「申し訳ないです、まくし立てて。でも…それでいいんですか?自分で提案しといてなんですけど人の人生を、全く関係ない奴が決めていいんでしょうか。俺にはそんなことしていい気がしない」
「……」
その言葉を聞いて、ミーヤさんが、マルサさんが、ムルサさんが、ルナが、押し黙る。もちろんムーヤは空気を読まずに俺に抱きついてニコニコしている。
この笑顔を見ていると、吐きそうになる。あっ、安心してください。子供恐怖症の発作です。昨日のような失態はしませんので。
まあ、この静寂を破るつもりはない。皆が考えているのだ。
話は変わるが、俺は普段あまり空気を読みたくないのだ。そうやって空気を読まない行動をすることで、浮いた存在になり、人との接触を断つのだ。そうすればいじめられることもない。
というわけなのだが、あまり今は空気を読まない行動はしたくない。二度目になるが皆が考えているのだ。そんなことしたくもない。
さて、と。最初に話し出すのは誰かな?ちょっと考察してみよう。
特にこの話に関わっているのはミーヤさん、マルサさん、ムルサさんの三人だ。なら、その三人の誰かが最初に話し始める、と思う。
予想は当たった。
最初に話し始めたのはミーヤさんだった。ていうか、マルサさん、ムルサさん、あんまし喋ってなくない?
うぅん、まあ、いいや。
あれ?ミーヤさん、怒ってない?
「あの…イフリートさん、今、関係ない奴と言いましたか?」
「は、はい。でも、事実だと思いまして。この村に来て、まだ三日目じゃないですか。明らかに他人だ。逆にこの三日間、どうしてマルサさんやムルサさんたちに頼られたのかが分からないんです」
「他人じゃないですよ。私たちにとってイフリートさんは、龍人さんは守るべき家族です、大切な…」
あぁー、そこついちゃうか。
俺、そこつかれると…ちょっと意地悪になっちゃうんだけど、言い出したのそっちだし別にいいよね?
というわけでいっきまーす。
「ひっひふぅ、言ってなかったと思うんですけど。
俺、本当の家族、いないんですよ。物心つく前に捨てられちゃったんですよ。だから、家族がどう大切で、どうして守られるのか、どうして守るのかなんて分からないんですよ。だから俺にそんな説得の仕方は通用しない。そんなことじゃ俺は揺るぎませんよ。
俺がミーヤさんたち、猫人族とは家族じゃないことに変わりはない。それでいい。種族が違うんだ。俺みたいなクズに家族なんて、大切なものなんていらないでしょう。必要ないでしょう。だからやめてください。そんなこと言われても嬉しくな…い?」
最初の変化は、俺に抱きついていたはずのムーヤの力が強まった。
次にミーヤさんの手が上がって、そして俺に向かって振り下ろされた。
叩かれたのだ。こういう痛みは初めてだ。親に叩かれるなんてことはなかった。そこまで接したこともなかった。
こんなにも温かいのか、優しさを伴った痛みってのは。いやいやどうしてこんなに感動してるんだ。
でも、なんで叩かれたんだ?俺が何をした?何が悪かった?
ムーヤを見る。怒ったように頬を膨らませている。
ミーヤさんを見る。こちらも怒ったように奥歯を噛み締めたような顔をしていた。なのに涙を流していた。
「……そんな言わないでください!」
「い、いや、ちがっ。あ、あぁぁあ!チクショー、俺はこんなもんか」
『身体強化』を発動する。
言わずもがなちょっと考えるための時間を稼ぐために距離を稼ぐのだ。。このままだとこの村じゃ生きていける気がしない。こんな、家族がどうのこうの言っている人たちと一緒に生きていける気がしない。
いいさ。どうせ生きにくい世界だよ。街に行っても。
ムーヤを振りほどこうとするよりも先に目の前が真っ暗になった。
「うぅ!? んんんんんん!」
あ、えぇと翻訳します。
『あぁ!? どこここぉぉ!』
ですね、はい。
本当に目の前が真っ暗なんだけど。どうしよう。どこにも行けない。
声がした。密室なのか多少こもっているが、確かにした。
「……ごめんなさい。確かに他人かもしれません。なんでもないはずの人に甘いこと言うことはダメなのかもしれません。だからもう、そんな安易なことは言いません。ですから、行かないでください」
答えられないんですけど。
感動的な言葉の最中で申し訳ないけど。なんだ、これは。
胸か?胸なのか?健全な男子中学生にそういうことするのはどうかと思いますよ?てか、ダメですよ。
というよりも、それはあれですか?貧乳への嫌みも兼ねてるんですか?それは感心しませんねぇー。
とりあえず『身体強化』してるし、拘束から抜け出せるだろう。
「ブハッ! おぉう、予想通りだった。ミーヤさん、もう結婚するのにそういうことするのは旦那さん方からしてみればアウトですよ。やめてください」
「はい…これからは気をつけます。ってぇ! 今、私が注意してるんですよ! なんでイフリートさんが私にお説教してるんですか!」
いや、それは、仕方ないと言いますか。ミーヤさんの行動が危なすぎるから、と言いますか。
これからはそういうことなしで。俺もどうにかするんで、この態度を。
「あぁ、スンマセン。ミーヤさんがあんまりに無防備だったんで、これからはそういう行為は慎んでいただきたいと思いまして。そして話そらしてしまったので戻してください」
「あぁぅ。…でも! 私はイフリートさんよりも年上ですし、お姉さんみたいな立ち位置に…!」
「おうおう、メタいメタいメタい! あれ?なんで俺メタいとか言ってるんだ?いや、なんでミーヤさんも立ち位置とか言ってるんだよ。ゲームの設定じゃないんだし」
まあ、この世界にもそういう文化があるんだろう。
そこには触れないでおこう。俺の勘が言っている、このことに関しては聞いちゃいけないと。
そういうわけなので、絶対にこの件に関しては聞きません!
というか、さっきまでの重い空気が嘘のようだ。俺のせいなんだけど。
すごいバカらしいから、『身体強化』は解除しておく。すると技能獲得の時にも、『身体強化』を獲得した時にも聞こえた。
『技能『身体強化』を解除します。残時間は10秒です』
もうほとんど時間無いじゃないか。発動させといて放置していた時間が長すぎたな。
そして、未だにムーヤは警戒態勢。どうにかして、この状態を解除しないと下半身と上半身が真っ二つに割れる。手加減なしの本気モードで抱きしめられてるので、血が滲んでいるはずだ。『自己再生』ですぐに治ってるけど。気持ち的に、ね?うん。
オドオドしながら、ムーヤを安心させようと試みる。
「なあ、ムーヤ。もう大丈夫なので、もう少し力、弱めてくれないですかね?」
「いやー! いちゅりーとでもおねえちゃんなかしちゃダメなの!」
「さいですか。了解です。お気の済むまでどうぞ。傷は治るし」
諦めるよ、これは。『身体強化』なしじゃ子供にも負けるほどの能力ですし。
まあ、ほっといたらいつか離れるだろう。
それは置いておいて、ミーヤさんとの話にいい加減戻ろう。決めたこともあるし。
「…ミーヤさん。俺にはやっぱり家族ってもんがなんなのかが分かりません。でも、とりあえずはミーヤさんたちの結婚、祝福してから、何するかは決まりました。ありがとうございました」
それを聞いて、ミーヤさんが微笑んだ。理由は知らん。聞く気もない。そんな余裕はない。
思い立ったが吉日。あとでもう一回言おう。
「いえいえ、私は何もありがたがられることなんてしていませんよ。その、何かが何なのかは聞きません。頑張ってください」
「…………ご結婚、おめでとうございます。変な形の結婚にしてしまって申し訳ございませんでした。お幸せに」
腰を本当に90度曲げてみようと思ったんだが、ムーヤがいて無理だった。なので45度で勘弁いただいた。
うう、ヤバイ、なんか泣きそう。イカンイカン! もう俺は15歳だ。大人じゃないか! こんな情けないことで泣くもんか!
大丈夫、落ち着け。呼吸だ、呼吸。ヒッヒフゥ〜。あれ、この呼吸の仕方、なんて言うんだっけ。まあいいや。
マルサさんとムルサさんに向き直る。
「お二人にもお詫びと、祝福を」
「構いませんよ。ありがとうございます」
「安心してください。そんなことで怒りませんって。イフリート様に怒るわけないじゃないですか」
「ありがとうございます」
「それじゃとりあえずここはお開きにしましょうか。マルサさん、ムルサさん、村長にご報告をしに行きましょうか。イフリートさん、ムーヤを頼みます」
「了解しました。それでは、また後で」
ムーヤを腰につけたまま、途中から思いっきり忘れていたルナを連れて、手をつないで村長のところに向かう三人を背にして、とりあえずここを後にした。
気づいたら、あのだだっ広い広場にいた。
ふぅ〜、よし、言うか。
「思い立ったが吉日、だ。やってやる。俺だってこの世界で居場所は失いたくない。なあ、ムーヤ、そろそろ離してくれないか?ちーっとやりたいことがあってな。ついてきてもいいけど、腰から手を離してほしい」
「………わかった」
素直だ。初めてここまで俺の言うこと聞いてくれた気がする。
腰から手を離してくれた。ぅおし、あそこに行こう。
そう、この村の中の知恵の詰まった場所。
戦闘のせいで半壊した倉庫、または荷物置き場だ。ここならこの世界の常識を聞く以上に学べる。ここで学んだことは、近いうちに役に立つ。近いうちとかじゃなく、すぐに必要だ。雨漏りが心配だが。
「うっし!やるだけやってやる!決めたんだ、この世界での居場所を作るって」
居場所が必要だ。
猫人の皆さんに協力してもらわなくても居場所を作る。できるはずだ。
地球での非力な俺じゃない。ここは異世界。魔術がある。もう非力じゃないはずだ、多分。
さらに知識を蓄える。それで居場所を作る。現在の最優先事項だ。できるだけ早く終わらせる。
そう決意した。




