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百十九話 テスト勉強

俺たち異世界転移組は、桂木を除く全員で固まって、争奪祭を乗り切ろうとしていたが、一瞬で負けてしまった。

 俺たちだけではない。ほぼ全ての生徒が一人の生徒に負けた。

 そう、イフリートさんの一度の攻撃で、ほぼ全員が脱落したのだ。

 魔力体とやらが壊された後、俺たちは脱落者が送られる場所に送られた。

 それとほぼ同時だった。

 身が竦むほどの強烈な殺気が俺たちを襲った。

 俺たちだけでなく、脱落したほとんどの生徒が同様に恐怖によって震えていた。

 全く勝てないと、理解することができた。

 こうして争奪祭は終わる。



    ↓



 だが、それで簡単に引き下がることはできなかった。

 次の日、男子たちはもちろん、一部の女子たちも特訓を始めた。

 自分たちの実力がどれだけ不足しているのかを、敗北を経てしっかりと理解することができた。

 俺たちは、レイ先生に頼んで師匠になってもらった。

 すごい嫌がられはしたが、なんとか了承してもらった。


「まず大前提として体力が足りない奴が多すぎる。戦闘中に体力が切れたら、相手に止め刺されるまでもなく死だぞ」


そんな感じで多少口は悪かったが、それでも教え方は上手かった。

 このままいけば、実力は上がるだろう。

 そう思っていた矢先だった。

 争奪祭から二日、レイ先生の口から衝撃の事実が告げられる。


「あ、忘れてた。お前ら、中間考査あるからちゃんと勉強しろよ」


中間考査、あるのかよ。

 嘘だろ、全く知らなかったぞ。

 異世界に来てもそういうところは変わらないのか、学校という機関は。


「どうするんだ神野」

「先輩から聞いた内容だが、どうやら中間考査は、普通に筆記テストと、次の日に、実技として発表される試験があるらしい。筆記テストの日に発表されるんだと。

 とりあえず俺たちが最優先で対策すべきは、筆記の方だ」

「そ、そうだな」


実技の試験の方は、前日に内容が発表されるのだからそこまで無理な内容でもないだろう。

 だが、筆記テストの方は今まで授業でやった内容が出てくるだけだ。

 異世界人である俺たちにはひたすらに不利なものだ。

 勉強するしかないか。だが、勉強をしようとしたところで、分からないものは分からない。

 教えてくれる人が必要だ。

 しかし、残念ながら今日は魔法学の教師がいない日。学校の教師には頼れない。

 さて、どうしたものか…………。


「…………あっ!」

「どうした神野」

「一人、適任の人がいる。多分断られることもない」

「それは誰なんだ?」

「とりあえずイフリートさんに会いに行こう。話はそれからだ。田中、お前はクラスの奴らを呼んできてくれるか」

「任せろ」


俺はイフリートさんを探しに行く。

 五感が、地球にいた頃より鋭い今なら、探すことは容易だ。

 しかもイフリートさんがどこにいるのかはかなり絞られる。

 教室か、生徒会室か、寮。この三つのどれかだ。

 寮は最後にするとして、最初は教室を探しに行ってみるか。

 走って教室に行くと、いた。

 目が痛くなるような、鮮やかな赤色の長髪が目に飛び込んできたから、すぐに分かった。

 俺は教室の扉を勢いよく開けて、


「イフリートさん!」


急いでいたので大きい声を出してしまったが、それを差し引いても随分な驚きようだった。

 まるで何かに怯えているような感じだったが、こちらも急いでいるので気にしないようにして俺は話を続ける。


「イフリートさんの家に連れて行ってくれないか?」

『急にどうしたんですか?』

「中間考査の勉強に困ってて、イフリートさんの家にいるある人に教えてもらいたくて!」

『大丈夫ですよ』

「本当ですか!? ありがとうございます!」

『いえいえ。それじゃあ今から行きましょうか』

「あっ、ちょっと待ってもらっていいですか! 他のやつも連れて行きたいんですけど……」

『どうぞどうぞ』

「ありがとうございます! それじゃあ玄関に集合でいいですか?」

『はい、それでは』

「それでは!」


イフリートさんが快く引き受けてくれてよかった。

 とりあえず、田中に呼んできてもらった奴らを玄関に誘導して、俺たちはイフリートさんの家に向かった。



   ↓



 いつ見てもとんでもなく広い家を見上げながら、俺は溜息を吐く。

 何がどうなると、こんな大きな家を作ろうという発想になるのか。


「旦那様がまたご友人を連れてくるとは………感動で目が…」


執事のアーノルドさんが目に手を当てる。

 俺でも分かる。多分からかっているんだろう、ってことくらい。

 俺は放っておいて、お目当ての人を見つけて、声をかける。


「リルさん、勉強教えてください!」

「は? 私か?」


そう、勉強を教えてくれる人とはリルさんのこと。

 小首を傾げ、綺麗な銀髪を揺らす彼女だ。

 この前も魔力回路について親切に教えてくれたし、多分断らない。

 クラスの他の奴らも、


「「「「「「「教えてください!」」」」」」」


ダメ押しだ。

 手応えは十分。

 さあ、リルさんの反応はと言うと、戸惑いながら、


「主様、どうしましょう…」


イフリートさんに助けを求めていた。

 ここまでは予想通りだ。


『教えてあげなさい』

「そうだよ、教えてあげなよリル。イフリートもこう言ってるし」


そう言いながらイフリートさんに後ろから抱きついたのはリプロさん。

 何やら神様らしいのだが、今の所特にそれらしい感じは見受けられない。

 と考えていると、リプロさんが急にこちらを向いてきた。俺は思わず目をそらす。

 心でも読まれたのだろうか。


「で、ですが………」

『リル、頼む』

「……………うぅぅ、分かりました」

「よし!」


俺は思わずガッツポーズをとる。

 この人に教えてもらえれば、多分筆記は大丈夫だろう。


「話は決まったようですし、どうぞ中へ」


アーノルドさんにそう言われ、俺たちはイフリートさんの家に入る。

 ちなみにではあるが、桂木はいない。クラウスさんに弟子入りしてからというもの、どんどん付き合いが悪くなっていっている。いや、元から悪かったけれども。

 リビングに通された時だった。

 殺気とは別物の、だけどひしひしと感じる何かが俺たちを襲った。


「主様に頼まれたのだ。本気で行こう。これから私が知る全てを貴様らに叩き込む。覚悟しろ、三日は寝れないと思え」


あれぇ、おかしいな。

 普通に教えてくれると思っていた人が、まさかの鬼教師だったパターン?

 もしかしたら人選、間違えたかも……。

 この後俺たちは地獄を見ることになる。



   ↓



「う、ぐ………もうダメ、だ。後は頼んだ、ぜ……神野」

「こ、こんなところで力尽きるな田中! 死ぬぞ!」


俺は命の危機に瀕した田中を励ます。

 だが、田中からの返事はない。


「起きろ」

「はい!」


あっ、いや、返事あった。


「貴様もだ、下らん茶番をするな」

「はい、すいません!」


現在イフリートさんの家のリビングに設置されている机に向かい、俺たちはひたすらに知識を叩き込まれていた。

 恐らく現時刻は夜中の1時とかそのくらい。

 だというのに、一向に終わる気配はない。三日は寝れないと思え、という言葉に嘘はなかったようだ。

 イフリートさんはソファに座って、リルさんが教える内容を聞いている。

 先生は俺たちがサボらないように監視しているが、リルさんが俺たちを脅迫、もとい注意するほうが早いので、あまり何もしていない。というかもう寝そうである。

 リプロさんはどこかに行ってしまった。


「貴様ら、集中が切れてきているのではないか? 叩き起こしてやろうか?」

『そろそろ休ませてあげたら?』

「ですが、主様はこの程度…」

『それは俺だからだよ?』

「主様がそう言うなら……分かりました。主様に感謝して休むがいい」


俺たちはその言葉に歓喜して、倒れ伏した。


「やったぁ!」

「イフリートさんマジ天使!」

「ようやく終わったぁ」

「お風呂入りたいぃ」


各々が心からの言葉を漏らす。

 見越していたのか、アーノルドさんが、


「既に風呂の方は沸かしている」

「入りまーす!」


女子たちが一目散に風呂の方に向かっていった。

 俺も入るか。



   ↓



「はぁ、天国だぁ」

「神野が爺ちゃんになった…」

「なんだ田中この野郎」

「冗談ですぅ」


軽口を叩き合ってはいるが、顔の方は疲れ切っている。

 勉強ってこんなに疲れるものだったっけ…。


「神野君、田中君、隣いいかな?」


そう言ってくるのは、クラス一のイケメンである朝衣 斬真。

 格好良い名前と、それに見合うだけの容姿を兼ね備え、勉強も運動もなんでもこざれの爽やかイケメンだ。

 女子からの人気は凄まじく、何度も告白されているが、今までに一度もOKしたことがないという噂を持っている。


「朝衣か。お前、正直どうなんだよ、勉強の方」

「うーん、あんまりよく分からない、というのが本音かな」


先ほど説明したことだけなら、性格に難ありとか考えるかもしれないが、残念ながら、こいつは性格も良い。

 どんな人にも分け隔てなく接し、中学の時は後輩からの信頼も厚かった。

 そう、いわゆる完璧超人である。


「お前にも分からないことがあったんだなぁ」

「田中君、それじゃあまるで僕が何でもできるみたいじゃないか」


何でもできるだろ、というツッコミはしない。

 何故なら、これはいつものことだからだ。ここまでが一セット。

 嫌味に聞こえるそれは、本人はそう思っていないので、もうどうしようもない。


「魔法とか魔力とか、そういうのを聞くと、異世界に来た実感が湧いてくるよね」

「そうだなー、女子のレベルめっちゃ高いし」

「田中君も変わらないね。神野君はどうだい?」

「あー、まあ確かに」

「夢でも見てるようだよね」

「そうだよなぁ」


空を同時に見上げる。

 地球で見た夜空と何も変わっていないように見えて、きっと何かが違うのだろう。

 そんな中、田中が話し始めた。


「なあ、朝衣。お前さ、結局誰が好きなの?」

「何だい急に?」

「いや、気になるだろ。お前、告白された時の返しは決まって『好きな人がいる』だからさ。やっぱりクラスのやつなのかなって思うんだけど……」

「秘密だよ」


人差し指を唇につけるその動作は、驚くほどに似合っていた。

 やっぱりイケメンって何やらせても似合うんだな。

 だが、俺としてもどういう女子が好みなのかは気になるところだ。

 ここは俺も便乗するか。


「もったいぶらずに教えろよ」

「神野君まで……教えないよ」

「つまんねぇなぁ」

「ああ、全くだ」


俺と田中は二人して、うんうんと頷く。

 桂木がいないと平和だ。女子風呂を覗こうなんて思う奴もいない。

 いや、覗きたいと思ってる奴は多々いるようだ。そこかしこにそわそわしてる奴がいるからな。


「普通に風呂を楽しんでいるのはどうやら僕たちだけのようだね」

「いや、俺だって正直覗きに行きたいぜ」

「おい田中お前な」

「けどな、ついさっきまで鬼気迫る表情で俺たちに勉強教えてたリルさんを、これ以上刺激したらまずいと思ってる奴らが大多数なんだよ」

「まあそうだね、これ以上キツくなっても困るし」

「それは同感だ」


あれ以上は、おそらく俺たちの体が保たない。


「まさかとは思うけど、風呂から出たら再開、なんてことないよな?」

「あ、あははは………」

「…………………」


沈黙が包んだ。

 悪い予感がしたからである。

 正確には、リルさんならやりかねない、という予感だ。

 どうにも常人と感覚がずれているあの人は、俺たちの限界を大きく見誤っている。

 ………………死ぬかもしれない。

 俺はそんなナーバスな気持ちになりながら、風呂を出た。


「はぁ」


自然とため息を漏らしつつ、俺はこの家を探検してみることにした。

 すごい広いもんな。秘密の部屋とかあるかもしれない。

 高校生にもなって、だが俺はこういうのが好きだ。ワクワクする。

 適当に歩き回っていると、迷った。想像していたよりもあっさりと。


「いや、広すぎ……」


ここどこ………真っ暗なんだけど…。

 目が慣れてくるまで待ってから、俺は恐る恐る足を動かす。

 すると、光が漏れている場所を発見。

 光に向かって、走っていくと、外に出た。どうやらベランダのようなところらしい。

 手すりから乗り出してみると、庭のような場所が見える。

 そこに見たことのある人が二人いた。

 イフリートさんとリプロさんだ。

 どうしてあんなところに? という疑問は置いておいて、何やら話をしているらしい。

 まずいことだとは分かっているが、それでも好奇心を止められなかった俺は、聞き耳を立ててみる。

 聞こえてくる内容はこうだ。


「大丈夫? また人を家に呼んで」

「自信を持って大丈夫、とは言えないかな。やっぱり負担はかかってると思う」

「別に無理する必要はないんだよ?」

「分かってる。分かってるけど………この世界に急に放り投げられて、あいつらだって不安だと思う。俺がどうこうするのはきっとお節介だろうけど、せめて精神的に危なくなった時の選択肢の一つにはなってやりたい」

「君は、それでいいの?」


話しているのは俺たちのことだった。

 初耳だった。

 負担に、なっていたのか………。


「きっと一人で異世界に来るよりずっと、ずっと楽なはずだけど、こっちに心の拠り所が何もないのは辛いだろうからさ。俺はよく知ってる」

「そう………君がそう言うなら、私は何も言わないよ」


俺はそこで聞き耳を立てるのをやめた。

 静かにその場を後にした。

 頑張らなくちゃ、と思った。

 よく考えれば、そりゃそうだ。あんなところに家を建てたのだ。街からあれだけ遠いところに。

 きっと人がそんなに好きじゃないんだろう。でも、急に降ってきた異世界人の俺たちに親切に接してくれた。

 無理をしていないはずがない。

 なのに、俺たちをどこまでも気遣ってくれている。

 これに応えないわけにはいかない。

 気合が入った。もう弱音は吐かない。全力で勉強に臨もう。



   ↓



「ふむ、まあこのくらいだろう」


リルさんがそう言う。

 今日は試験当日。

 絶対に負けられない戦いがそこにはある。

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