百十六話 争奪祭 それぞれの思惑
争奪祭が始まった時、クラウス・エドガーはあえて人が多い場所にいた。
理由は一つ。敵をひたすらに倒したかったから。
グリードル学園は学年を上げる際、試験が行われる。それも相当な難易度があり、突破して学年を上げられる者はお世辞にも多いとは言えない。
つまり学年が上がれば上がるほど、実力は上がっていく。
上級生たちと無差別に戦える千載一遇のチャンスを逃すほどクラウスは愚かではない。
「さあ、先輩方。胸を貸してくれるか?」
「舐められている……というわけではなさそうだ。戦闘狂なのかい、入試トップ?」
「否定はできません、ね!」
校舎の廊下を一瞬で駆け抜け、距離を詰める。
二年生たちに驚いた様子はない。
入試トップとはそういうもの。現生徒会長もこの程度はやってくる。
もちろんクラウスの方にも反応してきたことに驚きはない。
どちらにも油断なし。純粋な力と力のぶつかり合いだ。
クラウスの拳が、二年生の魔法が、ぶつかる。
まさにその時。
「よいしょーっと!」
気の抜けるような声が聞こえて、二年生たちがいたちょうど真横の壁が壊された。
当然二年生たちは巻き添えをくらい、魔力体を破壊。リタイアした。
「あれ? 今誰か倒しちゃった? 残念だなー、やっぱり正面から戦って倒したかったんだけど…」
そう呟く赤髪の少女は現生徒会長、メリア。
クラウスと同じく入試トップで入学してきた、化け物である。
「おっと、その顔は確か……」
「クラウスだ、クラウス・エドガー」
「そうそう! 今年の入試トップ! ごめんねー、戦ってたんでしょ?」
「いえいえ、気にしないでください」
「お詫びと言ってはなんだけど……私と戦う?」
「望むところです」
「じゃあ、行こうか!」
メリアが接近。
クラウスはそれに反応しきれなかった。
一撃をもろに受けて、クラウスは廊下の壁に叩きつけられる。
「……あれ? もしかして……今年の入試トップって、その程度?」
煽っているわけではない。心からの一言。
それを聞いて、クラウスは震え上がった。
ガラガラと音を立てて、立ち上がったクラウスは笑っていた。
「はははは………さすがはグリードル学園きっての逸材、『赤鬼』メリア・オトリゲア!」
「お世辞はいいわよ。君が弱いってことは分かったから」
頭を掻きながら、メリアはクラウスに向けて炎魔法を放った。
手抜きではあるが、それでも魔力体を壊すには十分な威力を持っていた。
「じゃあね」
放たれた魔法は、クラウスめがけて飛んでいき、霧散した。
「んん? ちゃんと撃ったはずだったのになぁ?」
「悪いが……まだ退場するわけにはいかないのでな」
クラウスがしたのは、腕を振っただけ。
とんでもない速度で振られた腕は、その軌道上にあった魔法を消しとばした。
それ自体は特に問題はない。実力者ならありふれた現象だ。
だが問題は、その行動がメリアに見えなかった、ということ。
「ふふふ………さっきの言葉は撤回しようかな。もっと楽しめそう」
「楽しませてみせますよ、学園最強。そして超えましょう、あなたを」
「できるものならやってみなさい」
学年最強と、一年最強がぶつかる。
→
争奪祭が始まった時、ルナとリエル・メーディスは校舎内の同じ場所でくつろいでいた。
同じ部に所属していたからである。
「争奪祭………どうしましょうか」
「あんまり楽しくなさそう」
「ルナさんはそうかもしれませんけど……」
「おおおらぁぁ!」
「うるさいですよ」
リエルが風の魔法で襲ってきた二年生を倒す。魔力体は壊され、消滅する。
「……確かにだいたいあれぐらいの実力なら、楽しくはなさそうですね」
冷めた口調でリエルがそう言う。
ルナは激しく首肯する。
まだ自分たちは一歩も動いていないのに、もう倒した数は十数人。
あまり期待はできなかった。
「動きます?」
「ちょっと待って」
ルナが魔力感知を発動させる。
そして目を光らせた。
「校庭の方なら強い奴らいそう!」
「そうですか! じゃあ行きましょう!」
二人は立ち上がり、そして思い出したように地面を見た。
「この人たち……どうしましょうか?」
「止め刺すのも面倒臭い」
「ですね、放っておきましょうか」
ルナの『色彩操作』によって視界を乱され、倒れた人たちが放置されていた。
止めも刺されずに放置され、違う人によって倒されるが、それは別の話。
「イフリートさんに会いたいですね」
「イフリートと戦えたら楽しいのに…」
「でもイフリートさんのことですから本気出しませんよ」
「うぅぅ…」
そんな時、アナウンスが流れる。
『えー、ここで連絡でーす! 魔王様より『龍人』イフリートへ。この争奪祭、本気でやらなければ分かっているな? とのことでーす!』
二人の目の色が変わった。
「ルナさん!」
「リエル!
「「校庭でイフリート(さん)を待つ!」」
「校庭にいる全員を倒さないといけませんね!」
「やる!」
「頑張りましょう!」
「頑張る!」
『猫人』と『森人』が動き出す。
→
争奪祭が始まって少しした頃、サウス、エリット、ミエラの三人は合流していた。
「おい、お前ら! 俺の分まで取るんじゃない!」
「早いもの勝ちっすよ!」
「先輩、遅い!」
「お前らなぁ…」
敵の取り合いが起きてはいたが、全員ノーダメージだった。
校舎内に入る人数は、校庭にいる人数とあまり変わらない。だが、校舎内の方が入り組んでいる関係上、校庭と違い敵との遭遇率が低い。
よって動き回る必要があり、結果として三人が合流してしまった、というわけである。
生徒会の作業で、精神をすり減らしていた三人はストレスが溜まっていた。
一見頭脳派に見えるサウスでさえ、体を動かす方が好きなのだ。
だというのに生徒会の作業のせいで運動もできず、フラストレーションは溜まりっぱなしだった。
それを発散する良い機会である争奪祭なのだが、三人集合していて、なおかつ全員戦闘力が高ければもちろん敵の取り合いが起きる。
「くそ、これではストレス発散が!」
「邪魔っすよ、サウス先輩」
「ノロマ」
「お前らぁ……!」
サウスがプッツンする前に、不意に通信が入った。
同じ部内であれば、通信できるというのが争奪祭のルールである。
「なんだ、こちらは今忙しい……オーグか」
「どうしたんすか?」
「兄貴から通信……嫌だ」
「ふむ……なるほど。先ほどの放送は聞いている。イフリートも本気にならなければいけないのだろう。そのために、校舎内から人を出したい、と」
「倒せる分は倒しちゃってもいいんすか?」
「それ賛成!」
「大丈夫なんすか? じゃあ分かったっす」
「了解した」
「任せる」
即座に三人は行動に移した。
校舎内の最上階に向かうと、しらみ潰しに敵を探し、逃げないのであれば倒し、逃げそうであれば校庭に誘導する。
これを繰り返し、校舎内から確実に人を減らしていく。
「できればもう少し戦意のある奴と戦いたいのだが…まあいい」
「あそこにいるのって生徒会長と今年の入試トップっすね」
「あれは手出しできない…」
「恐らくさっきのオーグの通信は聞こえているだろうし、大丈夫だろう」
「それじゃ、もう少しやるっすよ」
生徒会の三人が掃除を続ける。
→
争奪祭が始まった時、フィンレー・ホワードは校庭で立ち尽くしていた。
(俺、どうしよう)
校庭に来たはいいが、別に戦いたいわけでもなく、無難にやり過ごそうと思っていたフィンレーは、開始と同時に戦いを始めた同級生や先輩たちを見て呆気にとられていた。
まさかここまで戦意マシマシだとは思っていなかったのだ。
この争奪祭の概要は知っている。部員の引き抜きが目的だ。
だが、これほどまでに部員に切羽詰まっているとも思っていなかったし、これほどまでに他の部の部員が欲しいと考えているとも思っていなかったフィンレーには、部員を巡って争う彼ら、彼女らに対して呆気にとられる以外の行動が取れなかった。
フィンレーも一応部活には所属しているが、幽霊部員なので、特に部への執着はない。早めに負けて、外から見物するか、と思っていたところに何かが迫ってくる。
「うおっ!」
思わず避ける。
さすがに目の前に急に何かが来れば、反射的に避ける他なかった。
「避けたか……あれから少しは強くなったと思ったが…俺もまだまだか」
「誰だ…って、確かクラウスの…」
「あいつの弟子、とか言うなよ? 俺はあいつから技術を奪ってるだけだ」
それを弟子と言うのでは、というツッコミは胸の内にしまった。
どうやら本気で言っているようだから。
「名前は……」
「桂木だ。桂木 宗玄」
「ソウゲン………何の用だ?」
「俺と戦えよ。フィンレー・ホワード。できればイフリートとも戦いたかったが、見つからなくてな。強そうなお前に勝てれば、少しはクラウスに近づけたと思える」
「い、いや俺は戦う気は……」
「問答無用、だっ!」
『万物之主』が発動。剣が召喚され、射出される。
フィンレーはこれを躱すと、魔法で反撃する。
桂木はこれを、盾を召喚し防ぐ。
「さあ、やろうぜ」
「…くそ……」
渋々ではあるが、フィンレーは構えを取る。
「ようやくやる気になったか。勝つぜ、俺は」
「……………」
現地人と異世界人の戦いが始まる。
→
争奪祭が始まった時、桂木を除く全ての異世界人たちは、校庭で固まって行動していた。
結局地球を、日本を感じられる部に入ったため、部が同じになったためである。
「委員長、どうする!?」
「今の私たちじゃ単独行動なんて無理だし、全員で掛かっても勝てるかどうか分からない! このまま固まって行動するわよ!」
「分かった」
戦闘の余波で生じる砂煙で視界が悪い。
全員の状況を把握することは難しいが、それでもこうする以外に方法はないと考えた花凛は現状維持を取る。
が、それがあまり良い手ではなかったことをすぐに理解した。
「あら? 確か異世界人の人たちじゃない。固まったらダメよ、一網打尽にされるわ。今みたいにね」
「くっ!」
エミリーを筆頭にした手芸部に取り囲まれる。
「私、あなたたちの異世界の知識欲しかったのよ。だから負けてくれる?」
「お断りです。私たち、この部活気に入ってるので」
「委員長、俺たち男子は右を担当する。女子たちは左を頼めるか?」
「任せて」
「作戦会議は終わった? それじゃあ行くわね!」
援軍も望めない。
そんな中、異世界人たちと現地人たちとで衝突する。
→
「良い、良いわよ、クラウス君!」
「そちらこそ! ここに来て速度も威力も上がった!」
「こんな楽しいんだもの! 上がらないわけないでしょ!」
もはや爆弾の投げ合い。
二人のぶつかり合いで生じる余波に、校舎が悲鳴をあげ始める。
もちろん二人は気づいていない。
ただただ、目の前の戦いに夢中。
拳で殴り合い、脚で蹴り合い、魔法を撃ち合う。
これ以上に楽しいことはない、という二人の顔が、充実感を如実に表している。
けれど、
(そろそろ要望にも応えないとね)
メリアは、クラウスが反応できない域の速度まで瞬時に上げ、そしてクラウスがギリギリ耐えられる威力の蹴りを放つ。
「ぬ、っぐ!」
「吹き飛んで」
蹴りは、クラウスのガードを物ともせず振り抜かれ、クラウスを壁まで吹き飛ばし、そして壁を突き破った。
クラウスは校庭に落ちていく。
「な、に!?」
「残念だけど、ここまで。お互い残ってたらまた戦いましょう」
クラウスは着地すると、即座にメリアを追おうとした。
だが、すぐに考えを改める。
本能が告げている。
ここにいてはまずい、と。
本能はまた告げてくる。どこにいれば安全なのかを。
奥の手を使い、その場所まで移動する。
「はー、はー……ふー」
息を整えようとした、その時。
今までいた場所が、否。
校庭が紫に染められた。
クラウスはギリギリその範囲外に出ていたのだ。
そしてクラウスは悟った。あの範囲内にいたら、確実に魔力体を破壊されていた、と。
紫の龍、いやクラウスの知識ではあんな形のものはなかった。
まるで蛇のようなそれは、範囲内にいた全ての生徒に食らいつく。一人につき一匹。
たかが一匹、されど一匹。見ただけで分かった。あの蛇は、とんでもない魔力を込められて作られ、そして魔力体を壊すまで絶対に攻撃をやめず、そして壊れない。
(俺でも一匹倒せるかどうか………一体誰が?)
発動させた者の姿は見えない。
周りをくまなく見回し、そして見つける。
クラウスは思わず笑いがこみ上げた。
「ははは……やはり君か」
いたのは上空。
校庭の上で浮いている彼は、不気味な仮面をつけて、ローブを羽織って、とてもよく知っている『龍人』だった。




