百十四話 体育祭準備
あれから数日が経った。
さすがは現役高校生、もう異世界での学園生活にも慣れきったようで、毎日楽しそうである。
「ねーねー、イフリートさん」
放課後、教室にいると急に矢羽々さんから話しかけられた。
『なんですか? 矢羽々さん』
「友達からイフリートさんがトーナメントで他の魔王様と戦った、っていう話を聞いたんだけどさ、詳しく聞いてもいい?」
もうこっちの友達作ったのか、矢羽々さん。
とんでもないコミュ力だ。俺には無理だね。
トーナメントか。話して困るような内容は一部を除いでないだろうし、話して大丈夫か。
『別に大丈夫ですよ』
「やった!」
『そんな嬉しがるようなことじゃないと思うんですが』
「イフリートさんのことまた一つ知れるから!」
『はあ、そうですか』
「じゃあ教えて」
俺は、無理やりトーナメントに参加させられたあたりから話した。
「へー、そんなことが」
『まあ、大変でしたね』
次に一回戦で負けようとしたら、ルールを破っていたらしく相手が負けてしまったこと。
「イフリートさんが治る技能を持ってるのは知ってるんですけど、痛くないんですか?」
『痛いです、すごく。でも、慣れてきてます』
「私は一生慣れないだろうなぁ」
『慣れなくて大丈夫です』
二回戦の話は端折った。
何故なら、それを説明するためにはどうしても俺が転生者であるということを言わなければいけなかったから。
なので三回戦、つまり『暴食』の魔王、オムニヴァーと戦ったときのことを話した。
「やっぱり戦ったんだ、魔王様と。あれ、でもイフリートさんって『龍人』っていう一番弱い種族じゃなかったでしたっけ?」
『まあ『自己再生』の存在が大きいですかね。なかったら今までに何度死んでいるか。あとは並列思考と直列思考』
「ほうほう、それはどういう?」
『なんと言いますか…………架空の脳を作って考えるものです。
並列思考は、架空の脳を本来の脳と別々の物事を考える。
直列思考は、架空の脳と本来の脳で同じことを考える』
「ん? んんんんんん?」
まあ、分からないよな。
けど、それ以上の表現方法が思いつかない。本当に架空の脳を作っているのだから仕方あるまい。
「ちょっとよく分からないから『共有』してみてもいい?」
『やめた方がいいと思いますよ。負担がすごいので』
「……………一回やってみたい」
『分かりました。感覚の共有に分類されるんですか?』
「そだね」
『じゃあ今からやるので自分のタイミングで入ってきてください』
「分かった」
『でも本当に気をつけてくださいね。当たったら絶対に致命傷になる攻撃が雨のように降り注いでいるところに突っ込むイメージを持っておいてください』
「頑張る」
『できれば頑張らずにやめてもらいたいんですけどね』
そう書きつつ、俺は並列思考を始める。『自己再生』の再生速度はギリギリ並列思考が可能なくらいにする。
脳への負担は跳ね上がるが、『自己再生』のおかげでなんとかなる。
「……………ふぅぅ、『共有』」
矢羽々さんがそう言う。
一秒後、矢羽々さんが鼻血を出して倒れた。
言わんこっちゃねぇ!
大丈夫か? 大丈夫じゃねぇな!
目の焦点も合ってないし。
「あ、あ……………ぅあ」
意識が朦朧としているようだ。
ここから保健室まで運ぶ猶予は十分にあるが、俺では保健室まで運ぶことができない。
くそ、矢羽々さん、許してくださいね!
俺は自分の手首を傷つけると、血を一滴矢羽々さんの口に垂らす。
すぐに聞こえてくる天の声に許可を出して、『譲渡』を発動させる。
鼻血は止まり、目の焦点も合った。
良かった、これで大丈夫か………。
「あ、りがとう……イフリート、さん」
『だからやめておけと言ったんですが』
「いやー、興味が出ると止められなくて…」
『これからは気をつけてくださいね』
「はーい。でもすごいねイフリートさん。私、架空の脳? が作られた感覚だけでもう倒れちゃったよ」
『やろうと思えば3桁作れます』
「さ、3桁…………途方もないね」
『直列思考は多分これより負担が大きいのでやめましょう』
「うん……やめとく」
改めて自分のしていることを普通の人がやるとどうなるのかを端から見れた。
「ねっ、そういえばさっきどうやって私のこと治したの?」
………『俺の血を飲ませたんですよ!』とは言えない。
『ちょうど回復薬があったので』
「そうなんだ、すごいんだね」
『それじゃあ俺はもう生徒会の方に行くので』
「あっ、はーい。またね」
『はい、それでは』
上手いこと誤魔化すことができたようである。
良かった、『自己再生』を見せた段階で既に引かれつつあるのだ。『譲渡』を発動させるために血を飲ませてます、なんて言えない。絶対引かれる。
そう思いながら、俺は生徒会室に行く。
すると、今までとはまるで違った空気を感じた。
「イフリートか。遅いぞ、すぐに作業に移れ」
『作業ってなんですか?』
いつもと変わらず真面目な顔だが、それに加えて疲れも見えるサウス先輩に俺はそう聞いた。
作業って言ってたけど、何かあるのか?
「知らないのか? ………いや、まだ一年生には発表されてないのか。二週間後、行事がある」
行事。
なんとなく修学旅行を思い出す単語だ。
まあ、それは今はいいや。
『内容は?』
「体育祭だ。生徒会は、体育祭実行委員の手助けをするということになっているが、実際は毎年、生徒会がほとんど運営している」
体育祭実行委員の職務怠慢だろ。
もっと働けよ。
「そこ! 喋ってないで作業進める! あと二週間しかないんだから!」
俺は驚愕した。
あ、あのいつもバカみたいな顔して、腑抜けた声出してる生徒会長が……!
真面目に仕事してる!
「だから言っただろう。あの生徒会長はやる時はやる奴だ」
サウス先輩が若干誇らしげにそう言った。
あの生徒会長がここまでやっているのだ。俺もやらないわけにはいくまい。
『何すればいいですか?』
「助かる、エリットとミエラがそこの机でしている作業を手伝ってくれ」
『分かりました』
「後輩、助けて…」
「二人じゃきついっすよー」
何しているのかというと、体育祭にかけられる予算の決定と、その内訳。
計算のようである。
これなら俺にもできそう。『自己再生』の再生速度はいつも学園で生活していた時の速度に戻したので、並列思考も直列思考もできないが、少しは役に立てるだろう。
計算のあたりは地球と変わらないのだ。
まあ、一つは簡単でも量が大量にあるのだが……。
とりあえずやってみよう。
………………………………………………………よし。
『できました』
「計算早いっすね。それじゃあこっちもお願いするっす」
そう、皆さんお気付きだろうが、ずっとこの調子である。
任された作業が終わったと同時に新しい作業を任される。ずっとこれの繰り返し。
なんとか生徒会へ渡された作業を全て終わらせて解散しても、次の日もう一度生徒会室に行けば、紙の山が積み上がっているのだ。
生徒会長とサウス先輩は慣れているようだが、エリット先輩とミエラ先輩の限界が近い。ちなみに俺は『自己再生』の影響で疲れもクソもない。
生徒会の皆には申し訳ないが、とんでもなく便利な体である。
ただ、そろそろ精神的な疲れが来つつある。ずっと計算してると飽きる。
なので俺は片手で作業を進めながら、もう片方の手で魔吸石に魔力を込めることにした。コアの数はいくらあっても大丈夫だろうから、どうせなら今ある魔吸石全部に込められるだけ魔力を込めてみよう、というわけである。
が、
「ねえ、後輩」
『なんですか?』
「近くでとんでもない量の魔力が込められてて怖い…」
「同感っす。いつ爆発するか分からなくて怖いっす」
というわけで断念。
チッ、あんまり飛び級卒業の論文の方の時間取れてないから、同時並行で進めようと思ったのに。
まあ仕方ない。作業の方に集中するか。
↓
二週間後。
「大変だったけど、皆よく頑張ったわね!」
「同感だ。良くやってくれた」
「もうやりたくないっす。こんなの去年もやったなんて信じらないっす」
「エリットと同じ……生徒会、抜けたい…」
『ずっと同じような作業で飽きてきたこと以外は割と普通でしたけど』
「イフリート君は別なの! おかしいの! 一人だけ疲れない体なんてズルいわよ!」
「ああ、いつまでも一人だけ淡々と作業を続ける姿は少し怖かったぞ」
「隣で魔力込め出した時はどうなるかと思ったっすよ」
「化け物………」
この人たち…………ボロクソ言ってくるな。
まあ、俺だって自分だけこんなズルい体で申し訳ない気持ちはあったけど、それでも…!
『生徒会長、半狂乱になって生徒会室吹っ飛ばしかけましたよね』
「な、なんのことかなー」
生徒会長は鬼のように作業をこなしたことで、結果として気が狂い、魔法を生徒会室で発動。
威力が強すぎて、生徒会室を吹き飛ばしかけたことがあったのだ。そのせいでその日貰った資料はすべて粉々になり、一から、ということに。
『サウス先輩はまだマシか。倒れましたよね』
「ぐっ、体調管理もできなかった俺が悪い…」
サウス先輩、頑張りすぎて自分のクラスの教室から生徒会室に行く途中、倒れたのだ。
誰も知らずにいたので、俺が探すという事態に。
『エリット先輩は逃亡しましたよね』
「あれは逃亡じゃないっす。ただ休憩をとっただけっす」
嘘つけ。『もうやりたくないっすー!』と叫びながら、全力で生徒会室から逃げて行っただろうが。
捕まえるの大変だったんだぞ。
『ミエラ先輩は生徒会室の中で敵の幻覚が見えて突然戦い出しましたよね』
「本当にいたんだから仕方ない」
いなかったよ。影も形もなかったよ。
生徒会室の中で、急に『敵!』とでかい声を出したかと思ったら、殴ったり蹴ったり。俺にも命中したので作業に支障があると思い、なんとかした。
だいぶ時間かかった。
『これらを全部同じ日に起こす人達に言われても素直に謝れないんですが』
そう、あろうことか今言ったことすべてが、同じ日の、ほぼ同時刻に起きたのだ。
対処に当たれるのが俺だけで、一人でなんとかしたよ。
しかも事態が収まった直後に俺が、こんな事態になるならちゃんと休んでください、なんて言っちゃったもんだから、次の日全員休んだ。まあ、サウス先輩は途中から来てくれたけど。
「ご、ごめんねー」
「悪かった」
「反省するっす」
「申し訳ない」
『自分が疲れない体で良かったと思いました』
「と、とりあえず!」
おい、あからさまに話題を変えるのはやめろ。
「今まで頑張ったし! 今日は私たち生徒会も楽しむわよ!」
「「「おーっ!」」」
『体育祭って何するんですか?』
「え? 作業進めてたら分からなかった?」
『途中から作業多すぎて無心でやってたので!』
「それは失敬……じゃあ、教えてあげよう!」
生徒会長がそう言うと同時に、アナウンスが聞こえてきた。
『準備ができました! これより! グリードル学園恒例の!』
「グリードル学園で毎年行われる、ステータスと魔法と魔術と技能と技術を全生徒と競う、年に一度の大行事!」
『体育祭! を開始しまーす! さあ、野郎ども! 覚悟はいいかぁ! 存分に競い合えぇ! そして奪い合えぇ!』
ん? 奪い合え?
待って、どういうこと?
俺が困惑していると、俺を除いた全校生徒が、
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッ!!』
でかい声で叫んだ。
待って、知らないの俺だけ? 嘘でしょ?
『またの名を争奪祭! 開始!』
物騒なワードと、あんまり説明になっていない説明を受けて、始まった。




