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百十三話 先生

「うぅ、本当に何から何まですいません」

「気にしないでください」


あの後、先生を連れて俺は自宅に戻った。

 クラスの奴らは衛兵さんが学園までしっかりと連れて行ってくれるそうなので安心だ。


「泣かないでくださいよ」

「急に異世界に連れてこられて、しかも聖女、とかよく分からない役職にされて戸惑ってます……私教師なんですけど…」

「えぇっと……お疲れ様です。お風呂でも入りますか? 夕食はまだのようなので」

「お言葉に甘えますー」


ふらふらと脱衣所の方に向かっていった。

 俺はそれを見送ってから、


「リル、リプロ、悪いんだけどあの人のこと見ていてくれるか?」

「どうしてですか?」

「私はもう分かってるから」

「あの人、聖女らしいんだ。魔王様から守るように言われてて」

「聖女………面倒臭いですね」

「そこをなんとか…」

「別にいいじゃない、聖女なんか守らなくても。この国にはもう聖女が一人いるわけだし」

「あの人が死ぬのはダメだ」

「どうして?」

「クラスの奴らが悲しむ」


俺への被害は無いに等しい。

 正直俺が死ぬ原因を作った人だし。

 でも、クラスの奴らが、先生が死んだと知った時、何をしでかすか分からない。

 そこを考慮すると、少し労力がかかるとはいえ、守った方が良い。

 俺の正体がバレるかもしれない、という危険性はつきまとうが。


「………分かりました。できる限り護衛します。ただし主様とあいつ、どちらか選べと言われたらもちろん主様ですからね」

「おう、ありがとう。リプロは…?」

「うーん、本当は乗り気じゃないんだけどね。だって私には関係ないし……………でも司がご褒美くれるならいいよ?」

「ご褒美? 何?」

「例えばぁ、今日1日私とずっと一緒にいる、とか」

「主様、そこの『神種』どうしましょうか」

「落ち着いてリル。悪気があるわけじゃないから」

「ですが、ずるいです!」


んなこと言われましても……。


「私もそういう要求したいです!」

「リルはそういうこと言わなかったじゃん。もうダメだよ」

「うぅぅう!」

「はいはい、涙目でこっち見ないの」

「私の勝ちだね、それじゃあ司は貰ってくね」

「人をモノ扱いしないでくれ」

「主様ぁ!」


胸に抱かれたまま、俺はリプロに連れて行かれた。

 今日1日って言ってたけど、もう終わるまでそんなに時間ないし、別にいいか。


「司、それじゃあ最初はお風呂に入りましょう!」

「はあ、風呂……………風呂!?」

「そう、お風呂。嫌なんて言わないよね?」

「だ、だだだだダメでしょ! 俺男だよ、あなた女だよ!?」

「裸の付き合いってやつだよ」

「絶対違うから!」

「問答無用!」


脱衣所に放り込まれた。

 うおぉぉ、骨が数本折れた気がする。『身体硬化』使ってなかったけど。


「ほらほら服脱いで、司」

「待って、そんなに強引に脱がさないで骨折れるから!」

「抵抗させないためにはそれが一番良いでしょ?」

「鬼かあなたは!」

「神だけど?」

「なお悪いわ!」


そんな感じで俺は強引に全裸にされ、風呂場に連れて行かれる。

 うぅ、男としてこれ以上に情けないことなんてあるのか……? いやない。

 ん?

 湯気で見えにくいが、人影のようなものが見える………気がする。


「なあ、どっちの湯に入ったんだ?」

「え、女湯だけど? この前アーノルドに注意されたし」


………………………ということはあの人影は?

 考えを巡らせ、俺は思い出す。

 そういえば先生がさっき脱衣所に向かっていた、と。


「あれ、オノさんでは?」

「確かにそうね。それがどうかした?」

「どうもこうもあるか! 俺は出る!」

「抜け出せると思ってるの?」

「おのれ、俺のステータス」


俺は絶対に先生が視界内に入らないようにして、髪と体を洗う。

 もちろんリプロも視界内に入れていない。


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに……」

「無理です」


俺はそっぽを向きながら、そう答える。

 一応男なので。女の人の体を視界に入れたら鼻血を大量噴射した挙句倒れる、という一番見せてはいけない光景を見せてしまう。きっとクラスの男子もそうだろう。

 そういうわけなので絶対に視界に入れません。


「というかお風呂でまで仮面つけなくてもいいじゃん…」

「オノさんがいるから…」

「えー、別にいいじゃん。外そう? ね?」


そう聞こえたのと同時に重さを感じる。あと何やら柔らかい感触も。


「私なら外せるって知ってるでしょ?」


何よりリプロの声が近い。

 こ、これはもしかしなくてもリプロが密着……いやいや、そんなはずないか。


「ほら、これで外れた」

「え、あ…」


知らぬ間に仮面を外されていた。


「よし、もう洗い終わったでしょ。湯船につかろう!」

「ちょっ、ちょっとま!」

「えぇい!」


軽い声だが、相当な速度で投げ出される。

 そして風呂に突っ込む。

 でかい水飛沫を上がった。


「な、何事ですか!?」

「あー、オノさん。気にしないで」

「リプロさん? いつの間に?」

「だいぶ前からいたけど、気づいてなかったの?」

「す、すいません。ぼーっとしていたもので…」

「ぷはっ! はーはー」


『自己再生』のおかげで窒息することはないが、それでも苦しいものは苦しい。水の中で動きにくくはあったが、なんとか顔を出すことができた。


「イフリートさん!? ど、どうしてここに!?」

「私が連れてきたの」

「だ、ダメじゃないですか! 男の子ですよね!?」

「気にしないで」

「無理ですよ!」


俺は即座に二人に背を向ける。

 見えていないが、万が一見えてしまったら俺は多分死ぬので絶対に見えないようにしたのだ。


「うぅ…」

「どうしてぼーっとしてたの?」

「あ、その…………なんと言いますか、色々ありすぎて理解が追いつかなくて……」

「大変だね。急にこの世界に飛ばされて、聖女にもなって」

「そうですね。私みたいなのが聖女様なんて大層な肩書きを貰って大丈夫なのかな、とか……子供たちは大丈夫かな、とか……元の世界に戻れるのかな、とか……色々と頭の中でぐるぐると」

「ありふれた助言ではあるけれど、一つ一つ目の前の事からやっていけばいいんじゃない?」


リプロが初めて神様っぽいこと言った気がする。

 今まで神様っぽいところ一つも見てなかったからな。なんか感動。


「イフリート、後で覚えていてね」

「はい、すいませんでした」


思考を再現されていた。

 心を読むのはやめてほしい。


「ありがとうございます、リプロさん。ちょっとだけ…楽になった気がします」

「でも、他に悩んでることがあるのは分かってるよ」

「そ、そんなことは……!」

「あるでしょ? 例えば、そろそろ結婚しなきゃ、とかね」

「…………………」


なんとなく空気が凍りついた気がした。

 あれ、先生? なんで急に何も話さなくなったの? 背中から感じるこの嫌な感じは何?

 ちょっと!?


「い、イフリートさんも、私はそろそろ結婚した方がいいと思いますか?」


どうしてこっちに話を振るんだ!?

 と、とりあえず何かしら言わないと!

 えぇっと…………………!


「そもそもオノさん、何歳なんですか?」


………………これは、怒られても仕方ないかもしれない。

 咄嗟に口に出たのがこれだったのだ。

 いや、分かってる。自分の非は分かってるからリプロさんお願い。その冷たい視線をやめて。そっち向いてないのに背筋凍りつくからやめてください。


「……………です」

「はい?」

「29です」

「はぁ………29………」

「何で何も言ってくれないんですか! どうせイフリートさんも歳の割に小さいなって思ってますよね!」

「落ち着いてください。それ言ったら自分にも返ってくるから言いませんって」


背中をポカポカ殴られた。

 普通の人ならポカポカと表現するくらいの強さなのだろうが、龍人の体には響く。正直ドゴドゴでも間違ってないと思う。


「自分にも返ってくる、ってどういうことですか?」

「オノさんは学園には顔出してないから知りませんよね。自分、これでも16歳です」

「じ、16!?」


驚いたような声を上げる先生。

 やめてくれ、俺が一番気にしている。


「16歳なのにこの身長です………。すいません。見えないですよね」

「い、いえ、全然気にしないので!」


嘘をつけ、とは言わない。

 俺も先生にさっきそんなこと思ったから。


「16歳だったんですか……」

「あはは…」

「そっか、私の生徒たちと同じ歳だったんですか」

「まあ、そうなりますね」

「……………風見君は、こっちで元気にしてるんでしょうか」


俺は一瞬息が詰まりそうになった。

 その名前がこの会話の流れで出てくると思っていなかったから。

 そして、先生は今『こっち』と言った。俺がこの世界にいると知っていた? なんで? どうやって?

 と、とりあえず落ち着け。


「カザミクンって、確かこっちに来た初日にオノさんが言っていた人ですよね。命日でお参りに来たっていう」

「はい、そうなんです。あの時は言ってなかったですけど、どうやらこの世界にいるらしくて。いつか会えれば、と思ってるんですけど。そんな余裕ないんですよねぇ」


あはは、と笑う先生だが、俺はそれに反応できずにいた。

 こういう時、なんて返せばいいんだ。


「会えるといいね」


俺がどうすればいいのか、と迷っていると、リプロが先に答えた。


「はい、詳しくは言えないですけど………私が殺した、ようなものですから」

「…………………」


罪悪感、やっぱり感じてるよな。申し訳ない。

 本当なら学校に行っていない俺が悪いはずなのに、無理やり修学旅行に連れて行った先生が悪いと思っているのだろう。


「会えたら、なんて言うんですか?」

「ごめんなさい、って。私のせいだね、って言うつもりです」

「きっと……きっとそれは、そのカザミクンって人に罪悪感を感じさせるだけですよ。多分明るい内容で良いと思います」


思わず口が動いていた。

 先生はポカンとしていることだろう。

 俺は居づらくなって、風呂から出た。もちろんリプロと先生の二人を視界に入れないようにして。


「あ、あの…!」

「すいません、変なこと言って。忘れてください」

「ああ、ちょっとイフリート!」


なんであんなことを言ってしまったのかは俺にも分からなかった。



   ↓



 夕食も食べ終わって、もう寝る時間である。

 ただ、俺は今リプロの部屋でリプロに抱きつかれながら寝ている。

 正直寝れない。

 確かに今日1日ずっと一緒にいる、なんてこと言ってたけど、ここまで一緒!?

 どうしよう、ドキドキして寝られない。


「あんなこと言って良かったの?」

「え?」

「だからお風呂で」


まだ寝てなかったのか、リプロ。


「んー……まあ、あれは言った方がいい気がしたから」

「司ってさ、バレたくないって言いつつ、自分から首突っ込むよね」

「あはは、自覚はしてる…」

「あんまり思いつめないようにね。あれは事故だったんだよ。仕方ない、たまたまが重なっただけ」

「そう思うようにするよ」

「ならいいよ。それにしても司、やっぱり可愛いね」

「急に何言い出すんだ」

「抱き枕としてもちょうど良いし、一家に一台欲しい」

「俺の数え方が台であることに抗議を申し立てたいけど」

「ダメぇ」

「おっ、おい!」


抱きつく力が強くなった。

 それに伴って背中に感じる柔らかい感触も強くなる。

 待って、無理無理無理無理!

 俺はその日、寝られずに夜を明かすことになった。

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