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百十二話 八人目の聖女

『昨日はすいませんでした』


俺は次の日、その一言を書いた紙を矢羽々さんに見せた。

 本当なら口で言うべきなのかもしれない。でも、今の俺にはこれが精一杯だった。

 目を合わせることすらしてはいけない、そんなことを考えながらも俺は面と向かってこれを見せた。

 何を言われても構わない! 俺は受け止める!

 そういう決意である。

 が、


「え? なんで?」


ん?

 これはもしかして『なんでお前みたいなやつがこの私に謝ってるんだ、話しかけるな』ということか?

 俺はその結論に血の気が引くのが分かった。


『すいませんでした!』

「え、いや、だからどうして……謝るの?」

『昨日は矢羽々さんを明らかに避けていたので、気分を悪くされたかと思って』

「そ、そんなことないよ! むしろ私の方が一昨日から申し訳ないと思ってて……」


んん? もしかして話が噛み合ってなかった?


「あなたへの配慮が絶望的に足りなかったから、もう話してもらえないかもと思ってたんだけど…」

『確かに切り替えに丸一日かかりましたけど、別にそんなことしないですよ』

「平気なの?」

『全然、全く平気じゃないですけど大丈夫です。共有したなら分かるでしょう? それが普通なんです』

「う、ん……………本当に、ごめんなさい。これからはもうあの話はしないから………その、許してくれる?」

『これからもよろしくお願いします。といってもこういった場で面と向かって話せるようになるのかは謎ですけど』

「ありがとう!」


矢羽々さんが抱きついてきた。

 こ、この人スキンシップ多すぎなんですけど!?

 当たってる! 当たってる! 当たってるから!

 うぐ………鼻血が…いや、我慢しろ、俺! 自分を強く保つんだ!


『離れてください』

「あ、ごめん」


はーはー、死ぬかと思った。


「また『共有』、してもいい?」

『ちゃんと許可取ってくださいね?』

「もちろん!」


というわけで、俺は矢羽々さんと仲直り? した。


「おいお前ら、席つけー」


レイ先生が教室に入ってきたので、俺はすぐに席に着いた。


「全員いるな………ああ、そうだイフリート。後、異世界出身の奴ら。今日の授業終わったら魔王様のとこ行け」


魔王様のところに?

 何かあったっけ? 元クラスの奴らも呼ばれてるし……あ! 先生のことか!

 他の奴らもすぐに分かったようで、納得していた。

 といっても、俺が行って何かあるのかね?

 疑問は残るが、とりあえず俺は授業に取り組むことにした。



   ↓



 放課後、俺たちは王城に来た。

 一体何が待っているというのか。

 緊張したまま、俺は王城に入った。後ろにはクラスの奴らが付いてくる。

 この前、王城に来た時に俺が前にいたので、今回もその形を取ったようである。

 正直慣れたら、あなたたちが前を歩いてもらいたいものだ。

 今回も同じ位置で俺たちは魔王様に会った。


「よく来てくれた。ではついてきてくれ」


言われた通りついていくと、王様のいる玉座についた。


「また会ったな、異世界人たちよ。今回は少し重要な話があってな」

「重要な話、ですか? それは一体……」


委員長がそう言う。

 まあ気になるな。

 すると王様は笑って、


「魔王よ」

「連れてこい」


兵の一人がどこかへ行って、すぐに戻ってきた。

 連れてこられたのは、煌びやかな服装に身を包んだ…………先生だった。


「せ、先生?」

「オノ、さん?」

「た、助けてくださいぃ」


涙目でそう伝えてくる先生だが、俺たちにはその言葉に答える力がなかった。

 なんでそんな服してるんですか? という疑問で頭が埋め尽くされてしまったのである。


「紹介しよう。彼女は君たちの教師であり、聖女だ」


あっ、まずい。後ろで人が倒れる音がした。

 クラスの奴らの半分くらいが、事態についていけずショートしたな。

 俺もそうなる可能性があった。紙一重だったと思う。


「あ、あの…………どういうことですか、先生?」


倒れなかった委員長がそう言った。

 まあ、そうなりますよね。


「こっちが聞きたいですぅ」


まあ、そうなりますよね。

 ダメだ、全貌がまるで見えない。

 これはもう魔王様に聞くしかあるまい。


「説明が必要そうだな。彼女が固有技能『慈愛之母』を所有していたことはあそこにいた者全員が知っていると思うが、『慈愛之母』は本来聖女が持つべき固有技能だ」


うっ、聖女という単語が出てきた。

 なんとなく分かるけど、それでもこの世界での定義が分からない。前提が間違っていると怖いので、何も考えないでおこう。


「聖女は国それぞれに一人ずついる人間だ。共通しているのは全員が女性であること、清い心を持つこと、処女であること」

「ちょっ、魔王様! そういうこと言わないでいいと思うんですけど!」

「すまない、聖女よ。そして固有技能『慈愛之母』を所有していることだ。

 だが、ここで問題が一つ。この国には既に聖女がいるのだ」


えぇっと………つまり、国に一人ずついるはずの聖女が全員いるのに、もう一人追加された、と?

 七つの大罪は七つのはずだから……七人のはずの聖女が八人になってしまった、と。


「それ…………何かまずいんですか?」


神野が発言した。

 俺もそこは気になっていた。

 聖女がどれほど貴重で重要なものなのか、ということが分からないと、何とも言えない。

 その情報はどうしても欲しいところではあった。


「とてもまずい。聖女は言い方は悪いが、政治の手札になり得る存在だ」

「それはどうして……ですか?」

「聖女は七人揃う事で厄災から世界を守ることができる力を使えるのだ。今までは全ての国が協力していたが、一人増えたとなれば、全ての国が彼女を狙うことになる」


あぁ、なんとなく分かった。

 なるほど、確かに重要な話だな。


「狙われる!? 大変じゃないですか!」

「確かに大変ではあるが、問題はむしろそのあとだ。攫われた時、と言い換えてもいいかもしれない」

「攫われた時……ですか?」

「簡単に言ってしまうと、攫った国の発言権が倍になる。聖女が二人いるのだ。それはつまり、国一つは必要ない、ということになる。

 先ほど七人揃う事で厄災から世界を守れる、と言ったが、正確には集まった聖女を擁する国だけだ」

「あっ!」

「……なるほど」


どうやら委員長も神野も分かったようだ。

 この様子だと、どうやら倒れてない奴ら全員が気づいたようだ。


「つまり聖女二人を擁する国が現れた時、それは国一つが滅ぶ可能性が出てきたことを意味する」


一つの国を仲間外れにできるわけだからな。

 今まで他に方法がなかったから仕方なく、ではないかもしれないが、それでも全ての国が協力して厄災とやらに対処していたのだ。

 意見の相違もあるだろうし、俺が想像している以上に大変だろう。

 そこから国一つを排除できるのだから、聖女を二人擁している国からしてみれば願ったり叶ったりだ。しかも他の国は排除されたくないから、国を滅ぼしたくないから、聖女を二人擁する国の発言に逆らえなくなる。

 確かに聖女を二人擁することができれば、その国の発言権は跳ね上がるだろう。

 政治とかよく分からんが、ギスギスしていることだけ把握した。


「分かっただろう。つまりそういうことだ。これから先彼女は絶対に守らなくてはならない。この国を滅ぼしたくないのなら、な」


まあ、そこまでは分かったのだが、問題はどうして俺まで呼ぶ必要があったのか、だ。


「そこで君の出番というわけだ、イフリート君」


噂をすればなんとやら。

 満面の笑みでこちらを向いてくる魔王様から、俺は反射的に顔をそらした。

 権力者の、怖い笑みだった。


「君の仲間……できれば極狼か『再現神』に護衛を任せたい」

「…………………多分無理です」

「だろうな」


リルファーは多分俺が言っても聞かないだろうし、リプロはそもそも興味がないと思う。

 彼女らに先生の護衛を任せるのは不可能に近いと思う。


「だが、そこをなんとか頼みたい。イフリート君から言えばきっと話を聞いてくれるだろう」

「そうですね、聞いた上で突っ撥ねられると思います」

「……………………」


偽りのない、確固たる事実である。

 俺の方から、元クラスの奴らには親切にするようにと言ってあるが、それは瞬間的だから了承してくれた部分が大きい。

 リルファーと元クラスの奴らが接する機会がそもそも少ないからこそだ。

 だが、ほぼずっと一緒となると話は変わってくる。正直あいつが了承するとは思えない。了承したとしても、まじめに守ってくれるとは限らない。

 そういうわけなので、できれば諦めてくれるとありがたいところなのだ。


「他に強い人はいないんですか?」


リルファーやリプロくらい強い化け物はいないと思うが、それでも十分に強い人たちがいるはずだ。

 その人たちに頼めばいいのでは? と思ったわけだが。


「自由に動ける者の中ではその二強なのだ。あの二人と比べてしまえば格段に下がる」

「そうですか……」

「本来ならA級冒険者が一人いたはずなのだが、1年ほど前から消息不明でな」


そんな強い人がいたのか。

 くそ、どうして消息不明なんかに………。


「あのー………私が聖女にならない、という選択肢はないのでしょうか?」

「『慈愛之母』を所持している時点で、君はもう聖女だ。それは覆らない事実だが………………まあ、一つ方法がないわけではない」

「本当ですか!?」

「先生、それで行きましょう!」

「はい!」


どうやら根本から変える方法があったようである。

 それならそうと、早く言って欲しかったところではあるが。


「だが、本当にいいのか?」

「構いません!」

「そうか、では仕方ない」


瞬間、魔王様から殺気が漏れ出す。

 この殺気、オムニヴァーのと違う。

 圧倒的なまでに、『格』が違う。

 俺はリルファーの殺気にたまに当てられているから、まだ正気を保っていられるが他の奴らが心配だ。

 先生は案の定一番近くで殺気を浴びたため倒れている。後ろを振り向くと、そこには二人だけがなんとか意識を保ったままだった。

 委員長と神野。


「どういう……ことですか、魔王……様?」

「なんでこんな、こと……!」

「何、簡単な話だ。彼女を聖女の座から降ろしたければ、殺せばいい。殺せば『慈愛之母』はなくなり、現在八人存在する聖女は七人になる。守る理由もなくなるわけだ。

 君たちが望んだことだ。異論はないだろう?」


先生が浮いた。恐らく魔法。

 魔王様の目線と同じ高さまで浮かせると、大きく腕を振りかぶった。

 あ、やばい。殺す気だ。これは本当に、やるつもりだ。

 そう思った瞬間に体が動き始める。

 が、既に動いたやつがいたようだ。それも二人。


「先生を……離せっ!」

「うおおおぉぉ!」


委員長が殴りかかり、神野は魔法を放った。

 だが遅い。魔王様の視点からだと、二人の攻撃はどちらもトロいだろう。

 二つの攻撃を避けるわけでもなく、魔王様は魔力で弾いた。

 『魔人』アクトロが行ったのと同じ技。だが威力が違う。込められた魔力の量も質も違う。技術でも圧倒的に上だろう。

 後方数メートル先の壁に叩きつけられる。

 俺も攻撃の準備ができた。

 そんなタイミングで王様が、


「やめよ、魔王。些か悪戯が過ぎる」

「申し訳ない」


そう言うと殺気が消えた。

 えっ、な、何? どうなってんの?

 状況が飲み込めないんだが。


「すまぬがイフリート、先ほど魔王が吹き飛ばした彼らを見てきてくれるか?」

「わ、分かりました」


俺はすぐに後方に吹き飛ばされた二人の安否を確認する。

 どうやら背中などを強く打ったようだが、委員長は受け身でダメージが少ない。神野は咄嗟にそう言った行動が取れなかったようで委員長に比べダメージがあるな。

 だが、気絶しているわけでもないし大丈夫そうだ。『譲渡』を使う場面はなさそうだ。


「立てますか?」

「だ、大丈夫……」

「う、ぐ…」

「すいません、肩を貸せなくて。なので魔術でお手伝いしますね」


俺は風の魔術を発動。

 二人が立ち上がれるように要所要所で風を送る。

 よし、二人とも立ち上がれたな。


「ありがとうございます、イフリートさん」

「すいません…」

「いえいえ」

「どうやら大事ないようだ。それでは魔王」

「はい。

 すまなかったな。君たちを試したのだ」

「は?」

「へ?」


ん?

 どういうこと。

 少し時間をおいて尚、俺には状況が理解しきれない。


「君たちが信頼するに足る人間かを試したのだよ。先生が置かれている状況を知って尚、見捨てなかった君たちは信頼できる」

「は、はぁ…」

「もちろん今気絶している者たちの中には見捨てる者もいたのかもしれないが、そのための選別だ。

 私の殺気を受けても気絶せず、そして私に立ち向かってきた君たち二人に、このグループのリーダーを任せたい」

「「はぁ!?」」

「というわけだ。さて、話は変わるが、聖女についてはどうしたものか……」


おい魔王様、二人が急に任命されてフリーズしてるぞ。それについてはスルーなのか。

 そして俺の方をチラチラ見るな。


「じゃあこちらで引き取ります。自宅に居れば、リルファーにもリプロにも守ってもらえるでしょうし」

「そう言ってくれるか! ありがたい!」


全部魔王様の掌の上で踊らされていた感が強いが、これ以上彼らに負担を与えないためには仕方ないだろう。

 アーノルドたちには俺の部屋には絶対入れないように言っておこう。

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