表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/175

百十一話 異世界転移三日目

昨日はびっくりした。

 まさかイフリートさんが風呂に入ってくるなんて。


「昨日は驚いたな、神野よ」

「お前はとりあえずその邪悪な顔をやめろよ」

「女子だと思っていた人が、まさか男だったなんて。神野、俺はもしかしたら新しい扉を開いたのかもしれない」

「俺は友であるお前に新しい扉を開かせるわけにはいかない。即刻閉じさせてもらおうか」

「なっ、お前裏切るのか!?」

「お前側についたことないだろ」


全く、こいつはいつも調子が良い。

 まあ、確かに俺もイフリートさんは女子だとは思っていたから、とんでもなく驚きはしたけど。

 この学校の奴らはどうやらもう慣れているようで、特に気にしていなかった。いや、もしかしたら気づいていなかったのかもしれない。ちょうどイフリートさんが入ってきたタイミングで、視線を出入り口に向けていたからこそ気付けたことではあった。


「仮面をつけた状態で入ってくる、という変わったシチュエーションでも、俺はむしろ推せるね」

「お巡りさん、ここでーす」

「やめろ! 高校生となった今の俺たちにお巡りさんの存在がどれだけ抑止力になっているかは分かっているだろう!」

「落ち着け、ここは異世界だ。というか、イフリートさん………その、ついてなかったよな」

「えっ、お前最初に見るとこそこなの? ちょっと擁護しきれない…」

「正直お前よりは軽症だと思うんだが!」

「いや、俺は友達のお前の好みにとやかく言うつもりはない」

「悟ったような顔をするな、むかつく」


まあ、当の本人があれなのだが。

 机に突っ伏し、明らかに落ち込んでいる。

 友達のフィンレー君が話しかけても、


「大丈夫か、イフリート?」

『気にしないでください』

「急に他人行儀になったな」

『気にしないでください』

「絶対大丈夫じゃないだろ……」

『気にしないでください』


あの調子である。

 心ここに在らず、といった感じだ。

 何があったのか…………いや、俺が詮索するようなことでもないな。

 と思っていると、委員長が矢羽々さんを連れて、イフリートさんのところに行くのが見えた。

 思わず聞き耳を立てる。異世界に来て身体能力が向上した今の俺ならはっきりと聞こえるだろうし、イフリートさんの学校でのコミュニケーション方法である紙もしっかりと見えることだろう。


「イフリートさん……矢羽々さんが昨日失礼なことしたみたいで、ごめんなさい。ほら、矢羽々さんも謝って」

「…………ごめんなさい」

『気にしないでください』

「で、でもそういうわけには…」

『思い出したくもない事ではあったけど、きっと忘れてていい事でもなかったから』


それは本心のようで、どこか薄っぺらかった。

 まるで誰が違う人が喋っているような、そんな印象を受けた。


『そろそろ授業ですよ。準備しなくていいんですか?』

「えっ、あ……それじゃあ」


どうやら矢羽々さんが何かをしたらしい。

 あの人は地球でもよく分からない人だったが、問題を起こすような人でもなかったと思う。

 一体何をしたのか、というのは気になるところではあるが、やはり俺が詮索していい事ではないだろう。


「なんだ神野、俺に散々言っておいて、お前はイフリートさんにそういう……」

「断じて違う。恩人に失礼がないよう気をつけているだけだ」

「物は言いようだよな」

「なんでお前は俺を悪者扱いしようとする!?」

「おー、怖い怖い」


そう言いながら、田中は自分の席に戻っていった。

 全く、人をからかいやがって。

 田中は後で殴るとして、俺は授業の準備を始めた。



   ↓



「疲れた……」

「だな。やっぱり魔法とか技能とかよく分からんものが多すぎる」

「でも魔法が使えるのはテンション上がるよな!」

「お前の使える属性って確か………」

「風と水だ! 風でパンツを覗き見て、水で制服を透けさせ…!」

「お巡りさん、やっぱりこいつでーす」

「待て待て! 俺は別に意図してこの属性になったわけじゃない!」

「虚偽を述べている可能性も…」

「あの人影は、使える魔法の属性の指定はさせてくれなかったろ! というか魔法の話すらしてなかった。まあ、あるとは思ったけどさ」

「た、田中が久しぶりに真面目なことを…」

「こんなんで感極まってるんじゃねぇ!」


現在、俺たちは誰もいなくなった教室で話していた。

 授業はすべて終わり、もう放課後である。


「また今日も部活見学行くか?」

「田中、お前は昨日のアレがトラウマにならなかったのか?」


思い出したくもないが、鮮明に思い出せてしまう。


『我が部に入ってくれるかい!? 入ってくれるのかい!? 何、入ってくれる!? では入部届けを書いてくれたまえ!』


最初に入ってみた部活が、ガチムチマッスルな男だらけのむさ苦しいところで、挙句押しが強すぎた。

 すぐに入部を迫られ、俺たちは命からがら逃げてきたわけだ。

 田中と、あれだけで判断するのはまずい、という話になったが、あれと同等の部活に見学に行ってしまった時のことを考えると、どうにも気力は削がれた。


「ま、まあな。でも、どうする? 多分元からああいう積極的なのがこの学園の部活の特色だと思うし、俺たちが異世界人だっていうことも関係してるはずだ」

「だな。とはいえ、俺は二日連続であの怒涛の勧誘に身を晒したくない」

「同感だ」

「女子の方はもう少しうまくやれてるんだろうか」

「少なくとも遠藤と中村の二人はどうにか言ってるだろ。中村が引っ張ってるだろうから」

「そうだな。あの二人は心配いらないか」

「なあ、俺授業で分かんないところあったんだけどさ、お前分かるか?」

「急に話変わったな。まあ、いいけど。どこだ?」

「ここ」


田中が指で指したのは、魔法学の基礎も基礎。いわゆる一般常識であった。

 が、一般常識というのはこの世界での話。

 魔法も魔力もなかった世界を生きてきた俺たちには、完全な専門外。


「ぐっ………ここは…」

「お前も分からんか。魔法学の先生、板書消すの早いよな。堀北先生みたいだ」

「ああ、中学の時の国語の……。確かにあの先生は消すの早かった」

「だよな」

「いや、こんな話に花咲かせてる余裕ないだろ。どうするんだよ、基礎中の基礎って話だったろ」

「とりあえず聞いてみるか」

「そうだな、田中行くぞ」

「おう」


こうして、俺たちの質問の旅が始まる。

 まず質問してみたのは、俺たちと同じように教室に残っていた、他のクラスに分けられた元同じクラスの奴ら。


「なあ、ここ分かるか?」

「いや、全く」

「………………」


即答した時点で希望は潰えた。残っていた元同じクラスの奴ら、全滅。

 えぇい、次だ!

 早めに最終手段、先生に聞くを実行する。


「失礼します、魔法学の先生はいますか!」

「ああ、異世界から来たって奴らか。残念ながら魔法学の先生たちは全員出張だ。毎週、この日はいねぇから覚えとけよ」

「………………」


最終手段、破れたり。

 一体何がいけなかったというのだ。

 先生に聞くことの何が悪かったというのだ。

 ともかく、この世界に来て三日目の俺たちが有する極僅かな人脈は、もう底をつきかけていた。


「どうする神野?」

「も、もうなりふり構ってられねぇだろ。とにかくこの世界の人でもいいから片っ端から声をかけるんだ!」


この時、既に人数は俺のクラスの女子全員と、桂木、そして数人を除いたほぼ全員だった。

 校舎を歩き回っていた同級生、先輩問わず声をかけまくってみるが、結論として得たのは………、


『基礎の中の基礎すぎて、子供の頃から理解していたため、何が分からないのか分からない、というものだった』


おのれ異世界、まさかこんな形で牙をむいてくるとは。

 と、格好良く言ってみたはいいものの、どうすればいいのやら。


「…………なあ神野」

「何だよ、田中」

「もう一回考えてみようぜ。俺たちだけで」

「………いいだろう。できるとは思わないけど」


というわけでもう一度今いる全員で考えてみることに。

 全員が分からないという魔法学の内容は、『魔法、魔術問わず手の平以外から発動させることは至難である』ということ。

 俺たちが分からないのは、どうして手の平以外からだと発動させることが難しいのか、ということ。


「確かに手の平から発動させることはできる。それ以外の場所だと難しいのも本当だ」

「けど、なんでなのか気になるよな」

「だよな」


そこで止まった。

 俺たちには知識がほとんどないから、これ以上の考察が難しかったからだ。


「なあ、田中。やっぱり無謀だったのでは?」

「い、いや! まだ諦めるには早い!」

「お、おう」



   ↓



 一時間後。


「おい、田中。そろそろ寮に戻らないと」

「い、いや! まだ諦めるには早い!」

「いい加減諦めろ。もう俺とお前以外寮に戻ったぞ。明日先生に聞けばいいって」

「く、くそ……」

「ほら行くぞ」


嫌がる田中を連れて、俺は寮に戻る。

 寮母さんに睨まれながら、自分の部屋に向かう。

 あの寮母さん、目つきが怖いからあまり関わらないようにしようとしたのに、このザマだ。

 その後、飯と風呂を済ませ、就寝時間となった。

 が、俺は寝られなかった。

 田中には諦めるように言ったが、俺自身が諦められなかったようである。

 窓を開け、俺は静かに飛び降りる。もちろん怖くはあるが、大丈夫という確信もあった。

 なんとなく右を向くと、そこには鮮やかな赤があった。


「は?」


思わず声が出る。

 その色には見覚えがあった。

 俺は慌てて着地すると、すぐに右に向かって走る。

 すると、そこには予想通りイフリートさんがいた。リルさんも一緒だった。


「主様、こいつは確か………」

「あっ、えっと……一昨日はお世話になりました。神野 勇です」

「ああ、異世界人の。何の用だ?」

「すいません。魔法の基礎と言われた内容がよく分からなくて、外で試してみようと思ったのですが、そしたらイフリートさんを見つけて」


思わず全てを明かしたが、これ大丈夫かな。

 内心ヒヤヒヤしながら、返事を待つ。

 すると、嫌々な感じではあったが、リルさんが、


「どこだ言ってみろ」

「教えてくれるんですか?」

「主様にお前たちには親切にするようにと言われている。どこなんだ?」

「ま、魔法は手の平以外からだと発動が難しい、っていうやつなんですけど」

「なるほど………少し待て」


誰がなんと言おうと、揺るぎない美女であるリルさんが考え込んでいる姿には、とても惹かれるものがあったが、さすがに恩人の知り合いに手を出すほどクソ野郎にはなっていない。

 というか、だ。この世界に来て、地球の時と比べ強くなって、感覚が鋭くなって分かったが、リルさんはめちゃくちゃ強い。間違いなくこの世界に来て三日の俺では、一秒保てば善戦と言えるだろう。

 戦いのことなんか全く分からないが、あの人影と同じような雰囲気だったので、そう思えた。


「よし、まとまった。話すとしよう。……………確かさっき名乗っていたな……ええと……」

「神野 勇です」

「ああ、そうだった。すまんな、弱い奴の名前を覚えるのは苦手で」


よ、弱い…………ま、まあその通りなのだろう。

 桂木はクラウスとかいう人にコテンパンにされたようだし、貰った能力の使い方も、戦い方も分からない今の俺たちが現地人である彼女らに勝つ可能性など皆無に近いのだろう。

 下手をすれば子供にだって勝てないかも。


「手の平から魔法を発動させることが可能なのは簡単だ。魔力回路、という単語は知っているだろう」

「ま、魔力回路? ですか?」


漢字がこれで合っているのかも分からないまま、俺はオウムのように返した。


「知らないのか……魔力回路というのは言ってしまえば、人体のいたるところに存在する魔力を流せる管のことだ。手の平にはこの管が多い。だから魔力を集中、変換、発動、という流れの魔法、魔術にとって大前提である魔力を集中させることが簡単な手の平では発動させやすい」


俺は自分の手の平を見る。

 そんな管があったのか……気づかなかった。


「もちろん目に見えるものではないぞ」


あっ、そうなのか。

 恥かいた。

 慌てて手を引っ込めながら、俺は苦笑いをした。


「さて、先ほどの説明で分かったとは思うが、手の平以外にはこの魔力回路が少ない。だから、手の平と違い魔力を集中させることが難しいのだ」

「なるほど………」

「説明としてはこれで大丈夫か?」

「十分です。ありがとうございます!」

「うむ」


満足そうな顔をするリルさん。

 分かりやすい説明をありがとうございます。


「まあ、私は髪の毛からでも魔法を発動させられるし、主様は空中に魔法を発動させられるがな」

「レベルが高すぎて、いまいち反応に困る…………でもすごいのは分かりました!」

「そうだろうそうだろう。主様はすごいのだ」

「そ、そのイフリートさんですが、微動だにしませんけど、大丈夫なんですか?」

「それは私も気になっていた。主様? 大丈夫ですか?」


リルさんがイフリートさんの肩を掴んで、前後に振る。イフリートさんの首がすっぽ抜けそうだが、大丈夫なのだろうか。

 10数秒それを続け、そろそろ危惧していたことが起きるかもしれない、と思った時にリルさんが肩を揺らすのをやめた。


「ダメだ……」

「こんな状態でよく飛び降りてきましたね」

「まあ、主様だからな!」


別にそこで誇らしげにしなくてもいいと思うのだが、リルさんにとっては、とても誇らしいことのようだ。

 まるで自分のことのように胸を張っている。

 リルさんの豊満な胸が強調されて、健全な男子高校生である俺は目のやり場に非常に困るところだ。

 ドギマギしていると、イフリートさんが急に喋った。


「………よし、これで大丈夫かな」

「主様! 大丈夫でしたか!?」

「あれ、リル? どうしたんだこんなところで。俺、学校から出た覚えはないんだけど」

「意識のないまま、ここに飛び降りてきましたよ」

「言われてみれば確かに………」

「イフリートさんも起きたみたいですし、俺は部屋に戻りますね」

「うわ!? いたんですか!?」

「いましたよ………俺、そんなに存在感ないですかね……」

「いやー、申し訳ない。ずっと考え事してて…」


仮面をつけているので、表情は分からないが、恐らく『テヘッ』みたいな顔をしているとみた。

 そういえばなんでずっと仮面つけてるのか謎だな。


「なんでずっと仮面つけてるんですか?」


思わず聞いてしまった。


「まあ……その、説明すると長くなるのですが………」

「主様は自分の顔を見られるのが恥ずかしいのです!」

「ちょっ、リル、お前!」

「顔を見られるのが……恥ずかしい?」


俺はよく分からず、首を傾げた。


「どうして恥ずかしいんですか?」

「それは…………」

「仮面で声がこもってて正確ではないですけど、普通に良い声だと思いますし、俺のイメージとしてはすごい可愛い顔だったり……ああ、でもイフリートさん男なんでしたっけ。それならかっこいい感じですかね」


考えていたことが全部口に出た。

 すぐに自分がしたことを理解して、俺は顔が赤くなった。


「す、すいません! 恥ずかしいことをつらつらと! こ、こんなこと多分何度も言われてますよね! その上で仮面つけてるんですからよっぽどの理由なんですよね! 分かったような口聞いてすいません……命の恩人だってのに…」


少しの間、沈黙する。

 うわー、絶対に嫌われたー。田中にも言われてたんだ、お前はたまに気持ち悪いくらい饒舌になる上に相手のこと考えない、と。

 今もそのパターンだ。異世界に来ても俺の癖は変わらずかぁ。


「主様、この男、ユウとか言いましたか。彼はなかなか見所があると思います」

「へ?」

「主様のことをしっかりと考えています。今までのような輩とは決定的に違う部分がありますよ」


な、なんかよく分からない方向に話が進んでないか?

 俺は思ったことを言っただけなんだが……。


「ユウ、私はあなたが気に入りました。これからも主様を頼みます」

「んな!? 急に言われても困るんですが!?」

「リルさんや、何言ってるんですか?」

「頼みます」

「はい、お任せください!」

「ユウさんも何言ってるんですか!?」


ごめんなさい、イフリートさん。俺はリルさんの無言の圧に耐えきれなかったです。


「それでは私はこれで!」

「あっ、おいリル!」


颯爽とリルさんは去って行った。

 俺はイフリートさんと向き合う。

 そしていたたまれない空気になり、俺は自分の部屋にジャンプで戻った。

 戻る直前に、


「し、失礼します!」


と、情けない声をかけながら。

 明日からどういう顔で会えばいいのやら……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ