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百七話 異世界転移

修学旅行。それは学生なら一度は行く学校行事だ。そして、あそこにその行事をしている学校が一つ。


俺の名前は神野 勇。中学三年生。

 楽しみにしていた修学旅行をしている。まあ、班のメンバーに全く学校に来ていなかった引きこもりが来てはいるが、別に話しかけてもこないし、いないと思えば大丈夫だろう。

 先生には、


『風見君のことお願いね』


と言われたが、お願いされても一体何をすればいいのか……。

 他の班員は楽しんでいるのに、一人だけつまらなそうな顔をされると、空気が乱れるからやめてほしい。しかも割と離れた位置を歩いているし。

 と、後ろから急に声が聞こえた。


「えーと、次は一旦集合すんのか。ったく、早く帰りてぇのに何でこんなことすんだよ」


輪を乱す発言だった。

 俺たちはアイコンタクトで、引きこもり野郎の方を見ると笑って見せた。

 すると、あっちも睨んで返してくる。

 班員の一人、遠藤 綾香さんが引きこもり野郎に近づいていった。

 遠藤さんはクラスの中でも相当の上位に位置する美少女だ。そこまで積極的な性格ではないが、人気は高い。

 そんな遠藤さんが引きこもり野郎に近づいていったのだから、俺たちは引きこもり野郎を睨んだ。


「なんだよ? 邪魔なら置いていっていいぞ? 俺は別に構わないぞ」

「えっと、そういうわけじゃなくて。風見君、そんなに楽しそうじゃないから」


こいつ、引きこもりのくせに遠藤さんに対してどんな口調だよ。

 俺が何か言ってやろうと思ったところで、遠藤さんの友達である中村 紗江さんが遠藤さんに話しかける。


「綾っち、そこまで関わらなくていいと思うよ。どうせ、引きこもりじゃない。相手にしないほうが気が楽よ」

「そんなこと言われても…」


遠藤さんがそこまで言ったところで、俺は引きこもり野郎の視線が俺たちの後ろを向いていることに気づいた。

 何かあるのか?

 俺はそう思って、後ろを見ると、マスク、帽子、サングラスをつけた不審者がいた。しかも手にはナイフを持っている。

 視線を戻すと、遠藤さんが怖がっているのが見えた。

 あれが噂の遠藤さんのストーカーか。

 それにたどり着いた時にはもう遅い。

 ストーカーは俺たちの間をすり抜けて、引きこもりの方に走っていき、途中で遠藤さんに方向を変えた。

 俺には止めることができなかった。

 が、引きこもりは動いていた。そして、遠藤さんの代わりに刺された。

 そのまま引きこもりはストーカーのマスクとサングラスを引っぺがした。


「グッ、くそ! お前がいなければ、あの子をずっと見ていられたんだ。なのに…なのになのになのになのになのになのに!」


ストーカーは支離滅裂な発言をした。

 だが、その発言は俺たちに十分な恐怖を与えた。動けなかった。

 しかし、引きこもりは刺されているというのに、冷静に言葉を発した。


「知らねえよ、お前が何をしてようと知ったこっちゃないしな。とりあえず、帰ってくれ」

「チキショー! 絶対復讐してやる!」


そう言ってストーカーは引きこもりからナイフを抜いて、去って行った。

 引きこもりは脇腹を押さえながら叫んだ。


「おい、もうしてるようなもんだぞー」


呑気な声が出ていた。

 俺たちは状況を上手く飲み込めなかった。


「えっと、何が起きたの? 大丈夫、だよね?」

「ああ、掠ってもないしな」


ちょうど死角だったから見えなかったので、脇腹を押さえていたし、想像で刺されたと思ってしまったが、どうやら刺されてはいなかったようだ。

 それを聞いて、遠藤さんが安心したように胸を撫で下ろした。


「この事は誰にも言うな。もう一度言うぞ、誰にも言うな。理由は二つ、あんたらと俺で一つずつだ。

 一つ目、あんたらは、普通に修学旅行を楽しみたい。そこに事件や事故はいらない。

 二つ目、俺は何事も無く、家に帰りたい。

 だから、こんな事態はお前らにも俺にもいらないんだよ。だから、言うな」

「わ、分かった。言わない」

「それでいい」


冷たい声と視線に気圧されて、遠藤さんはあっさりと了承した。


「ちょっとトイレ行ってくる。お前ら、先に行っといて」


そう言い残して、引きこもりはトイレに向かっていった。


「ねぇ、あの引きこもり大丈夫かな?」

「大丈夫だろ、刺されてないって言ってたし。俺たちには見えなかったし、本当に刺されてなかったんだろ」


そういう結論になって、俺たちは引きこもりが言っていた通り、先に集合場所に行くことになった。



   ↓



 集合場所で待っているが、なかなか引きこもりがやってこない。もうすべての班が揃っているというのに。

 探しに行くか、という話になった頃、担任の小野 美希先生が声を上げた。


「遅いですよ、風見君」

「あっ、ちょっと長引きました。色々と」


どうやら普通にトイレに行っていたらしい。

 思わずほとんどの人が笑ってしまう。


「はい、これで全員揃ったので予定を確認してから、また班行動になります。それでは…」


俺たちは普通に説明を聞く。

 途中で変な声が聞こえてきた。


「えっ? あが? ああ、がふっ!」


誰かが倒れこんだ音がした。


「お、おい、大丈夫か、お前? てか、腹の辺りから血、出てねぇか? な、なんかの冗談だよな? そうだよな?」

「大丈夫、って言いたいんだけど無理だ」


すぐに騒ぎになる。

 全員が声のした方に向かう。

 中心には血の海で倒れる引きこもりがいた。

 なっ……………刺されてたのか。

 出血量は素人でも分かるほどの量だった。致死量だ。

 小野先生が近寄って、声をかける。

 すると、引きこもりが手を伸ばした。

 もう目に光も見受けられない。動く気力も残ってないはずだというのに、それでも伸ばした手には何か意味があるのか、その結論を導き出すこともできずに見ていた。

 遠藤さんが引きこもりに近づいて、伸ばした手を握った。目には涙を浮かべているのが分かった。

 一雫の涙が、引きこもりに当たって、そして引きこもりは死んだ。



   ↓



 あれからどれくらい経ったのか。

 修学旅行は当然のように中止。

 今、俺たちは引きこもりの風見 司の葬式に来ている。

 一通り終わったところで、風見の親族が、俺たちの団体に来た。


「司がお世話になりました」

「お世話になりました」

「どうしてそんなこと言うの、お父さん、お母さん!? 話を聞いた限り、お兄ちゃんが死ぬ原因になったのはこの人たちだよ!?」

「こら、そんなこと言うんじゃない」

「お兄ちゃんが死ぬ必要なんてなかった! この人たちの誰かが死ねば良かったのに!」


心に刺さる言葉だった。

 風見の妹が、どれだけ風見を好いているのかが分かった。


「すいませんでした! どうか、どうかお許しください!」


小野先生が謝った。

 そんな空気の中、死んでしまった風見のことを思って、あの中で唯一遠藤さんを守った『勇者』とも『主人公』とも呼べる人を思って、俺はずっと黙って下を向いていた。



   ↓



 あれから1年ほど経った。

 俺たちは高校生になった。

 今日は風見の命日ということで、中学のクラスで集まって墓参りに来た。


「あれから1年です。きっと皆さん忘れられないことでしょう」


小野先生は泣きながらそう言った。

 もちろん忘れてはいない。というか忘れられるはずがない。

 良くも悪くも頭にこびりついて離れない。


「風見君………」


遠藤さんが隣で泣いている。

 無理もない、遠藤さんはあのクラスの中で一番責任を感じているのだ。

 自分が修学旅行に行かなければ、と塞ぎ込み、少しの間学校に来なかったこともある。

 俺も、あの時一人の女子を守った『主人公』の墓に手を合わせた。

 ああ、せめて俺が『主人公』であったなら………。


『どうやら全員揃っているようだ。始めようか』


急に聞こえる声。

 だが、聞き覚えはないし、もちろん近くに人もいない。

 先ほどの声の違和感に俺は気付いた。

 あれは聞こえた、というよりどちらかといえば脳に直接響いたような、そんな感じだった。

 一体何が?

 そう思った直後、俺たちは知らない真っ白な空間にいた。何の前触れもなく、まるで元からそこにいたかのように…。

 全員が困惑する中、俺たちから少し離れた位置に立つ、白い靄のかかった人影が動いた。


『どうも、君たち。早速で悪いんだけど、君たちには今からいわゆる異世界ってやつに行ってもらうよ』


つい先ほど、靄のかかった人影が動いた、と言ったが、正直そこにいることを動くまで察知できなかった。

 しかもこの真っ白な空間で、白い靄がかかっているため視認性の面では明らかに悪いというのに、俺は人影が動いたと分かった。

 クラスの全員がそのようで、急に動き、話した人影に警戒している。


『ひどいなー、別にそこまで警戒しなくたっていいじゃない。君たちの言葉を借りれば、異世界転移ってやつができるんだよ?』


異世界転移?

 突拍子もない発言に俺の思考はフリーズした。


「ふざけんな! 今すぐ元の場所に返せよ!」

「やめて桂木君! 話を聞こう!」


クラス内の不良だった桂木がそう叫び、小野先生に止められる。


『君たちの世界のライトノベル? あれ読んだけどさ、絶対こういうやつ一人はいるよね。しかも決まって消されるの。まあ、つまりだ』


そこで言葉を区切った人影は、白い靄の、人で言うところの目の位置にあたる部分を赤く光らせ、こう言った。


『何? 消されたいの?』


声色は今までと変わらず。

 ただ、ただ言っただけ。

 だというのに、その言葉には人を殺せるだけの重みを感じた。

 喧嘩した経験などまずなく、命のやり取りなんて以ての外である平和な世界を生きてきた俺たち全員がそう思ったことだろう。

 理解した、させられた。

 この人影が、一体どれだけ桁の違う存在かということを。


「わ、悪かった…です」

「申し訳ありません!」

『うんうん、別にいいんだ。そういう強者に対して素直なところは人のいいところだよ』


まるでナイフが突き刺さったかのような感覚は一瞬にして薄れた。


『さて、それじゃあいくつか説明するね。

 まず一つ、君たちにはあちらの世界の言語を理解する能力を上げるよ。言葉が分からないんじゃ不便だろう? 文字も書けるようにしないとね。

 そして二つ目、君たちは僕がどれだけ凄い存在かを理解したよね? そうなんだ、僕って凄いんだ。だからね、君たちにチート能力を上げるよ。もちろん要望とかは聞くけど、基本的には君たちの潜在的なところから持ってくるからね』


チート能力、俺が…欲した力。

 ならば俺がどんな能力にするのかは決まっている。


『要望のある人はいるかい? 順番に聞いていこうじゃないか』


どれにしようか悩むやつ、友達と相談するやつ、相談なんて必要なく自分の潜在的な部分に頼るやつ、色々いた。


「なあ、神野。何にするか決めたか?」

「ああ、決めた。俺は今から言ってくるよ」

「早いな!」


悩む必要なんてない。

 俺は人影の前に立つ。


『もう決まったのかい? じゃあ言ってみてくれ』

「俺は……………………能力がいい」

『………なるほど。それは面白い考えだ。君の潜在的なところとも合致している。良いだろう、神野 勇。君の能力はそれで決まりだ』

「ありがとう……ございます」


その後、ほとんどのやつが、人影に自分の能力の要望を言った。

 叶えてもらったやつと叶えてもらえなかったやつと、2通りいた。

 だが、俺は叶えてもらった。

 潜在的な部分とも合致している、と人影はそう言った。そうか、俺は望んでいたのか。


『よーし、これで全員かな。その能力はあっちの世界でも大変貴重だ。あんまり公に公開するのはやめたほうが良いと言っていこうかな。もちろん君たちの自由ではあるけれどね。

 ほいっと。今、君たちに能力をあげたよ。えーと、小野先生、だっけ?』

「はっ、はい!」

『自分にはもらえないのかも、なんて思って生徒たちを見守ってたけど、もちろん君にもあげてるからね』

「あ、ありがとうございます」

『うんうん。じゃあ、頭の中でステータスと念じてくれ』


俺は言われるがままにステータスと頭の中で念じる。

 すると、目の前にRPGでありそうなステータス画面が現れる。

 そこには自分の名前、称号、種族、序列、技能、身体能力の順で表記があった。

 本当にゲームみたいだ。

 他の奴らもそう思ったのか、はしゃいでいた。


『喜んでもらえたようで何よりだ。技能の欄に君たちの望んだ能力があるかを確認してもらいたい。凝視すれば詳細も出てくるから』


……………うん、俺が望んだ通りの効果だ。

 これさえあれば、俺はきっと異世界でも生きていけるだろう。


『大丈夫そうだね。じゃっ、最後に説明ではないけれど、質問があれば受け付けるよ』

「じゃあ、はい! どうして私たちを異世界に送るんですか?」


小野先生がそう聞いた。

 確かに……個人ならまだしも、複数人、それも相当な数の人を一斉に送る理由が分からない。


『その方が面白そうだったから。僕はそういう気まぐれな存在なのさ』

「そ、そうですか……あ、あと!」

『うん、なんでも聞いてよ』

「地球に、元の世界に帰ることは可能なんですか?」

『できるよ。少し難しいかもしれないけど、心配ない。そのためのチート能力さ』


帰ることは可能なのか。

 小野先生ナイス。それが聞けただけで安心感は上がってくる。


『あっ、そーだ。一つ忘れてたよ。君たちさ、1年くらい前に人が死んだのを見たでしょ? 名前なんだっけ………か、かじ? かー、かず? えぇっと』

「か、風見君です! 風見 司君!」

『あー、そうそう』


遠藤さんが答えた。

 きっとまだ風見の名前を聞くことに抵抗はあるだろうし、拒否反応もあるだろう。

 それでも遠藤さんは答えた。


『その風見君ね、あっちの世界にいるよ』

「…………え?」


は?

 風見が異世界に、いる?

 俺たちと同じように異世界転移? いや、死んだのをこの目で見ている、ということは異世界転生?

 何にしろ、風見はあっちの世界で転生しただろうが生きている。


「ほ、本当、ですか?」

『嘘はつかないさ。本当だよ。まあ、何といっても彼を殺したのは僕だからね。おいで』


今、とんでもないことをサラリと言わなかったか?

 奥から出てきた、いや、急にそこに現れたというべきだろう。風見が死ぬ原因になったストーカーが現れた。


「なっ!」

『あ、大丈夫大丈夫。僕が操ってるから。今、彼に意識はないよ。ストーカーとして適当に動かしてたら、まさか人殺しちゃうなんてね。いやー、面目ない』


どこまでも軽い口調で、そう言った。


「なんでそんな軽いんですか! 人が一人死んだんですよ!?」

『え? 人が一人死んだって、たかがその程度じゃん。良かったね、君たち全員が死ぬ、なんてことにならなくて』


価値観が……命に対する価値観が、絶対的に違った。

 この人影は、神と呼ぶべき存在なのだろう。きっと俺たちと同じ視点からものを見るなんてことはできないのだ。


『まあまあ、死んじゃったものは仕方ないし、転生させたってわけ。手違いで殺しちゃったからね。迷惑は君たちにもかかったみたいだし、チート能力をあげて、ゆる〜く異世界を観光させてあげようと思ったわけ。わー、僕ってば頭良い! 当然だけど!』

「もう……良いです」

「あっ、はいはい! もう一つ質問!」


思い出したように、中村さんが言った。


『ん? なんだい?』

「私たちがいない間、地球ではどうなってるの?」

『もちろん君たちが急にいなくなった、ってことになるけど』

「こ、困るんですけど!」

『そうは言われてもね……君たちの世界とあっちの世界の時間の進むスピードは一緒だから』

「どうにかならないの!?」

『うーん、そうだなー。君たちのダミーを置いておこうか。君たちが戻ってきた時に自然に代われるように』

「お願いします!」


俺たちの代わりが地球で動くのか。

 人を操って人を一人殺したという前科がある奴に任せるのもどうかと思うが、まあ仕方ないか。


『さて、そろそろ時間だね。君たちを今から異世界に送るよ。楽しんできてね』


もう、か。

 地球での思い出が頭の中を駆け巡った。

 そして最後に出てきたのは風見の死んだところ。

 あいつは、風見はあっちの世界で生きている。会おう、会って話をしよう。

 俺がそう思うと同時に、あたりが光に包まれた。


『幸運を祈るよ』


そう聞こえた。

 俺は意識を手放した。



   →



『行ったか』


人影は勇たちの転移を見届け、そして靄のかかった人影のまま大きく笑った。


『はー、おかしい。何でもかんでも信じちゃうのはやっぱり人の悪いところだ。風見 司が死んだことが不慮の事故だと思い込んでいる。そんなわけないじゃないか』

「そうですね」


ストーカーの体が崩れ、白いローブを身につけ、フードを深く被った姿に再構築される。


『お疲れ様。風見 司殺し、よくやってくれた』

「あなた様のご命令であれば。それで、あの中に使えそうな者はいましたか?」

『いたよ。まさか自分が……………になりたい、だなんて言ってくる奴がいるなんて思ってもいなかったな。彼は良い駒になりそうだ』

「それは良かったです。ですがよろしかったのですか? 彼をあのような役職にしてしまって」

『困るのは僕じゃない。別に構わないさ』

「左様ですか」

『さあ、見せてくれ。『神種』共、『強欲』の魔王、風見 司。僕が弄ったイレギュラーな状況で、君たちは何を見せてくれるんだい?』

久しぶりな内容が出てきて、少し懐かしくなった人もいたのではないでしょうか。作者はそうです。

 『お前更新遅いから分かんねぇよ!』って人いたら、今以上に拙くてすいませんが、一章のプロローグを見ていただけると分かるかと。

 これからは彼らもしっかりと出てきます。楽しみにしていただけるとありがたいです。

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