四人目 三十歳 コノカ
三十歳、女、コノカ。
女は村に立っていた。名はコノカ。
知らない村ではあるが人間がいる事に安堵する。
コノカは目を閉じ、念じた。
●死亡履歴
一人目、キノコの胞子を吸い込み死亡。
二人目、ダンゴムシに食べられ死亡。
三人目、村人に槍で突かれて死亡。
●魂「1」
「むむむ村人ぉ?え、えー!やばいよね、ここやばいよね!」
コノカは慌てて村外れまで走る。
木の陰から村を見つめるが特に野蛮な空気は感じなかった。
それどころか活気があり、皆が親しげに会話している。
「おばさん、そんなとこで何してるの?村に用事?」
急に声をかけられたコノカは慌てて逃げようとするが足がもつれて転んでしまった。
「いったーい・・・あれ?子供?」
声をかけてきたのは男の子だった。歳は十歳ぐらいだろうか。
「おばさん大丈夫?」
「え、ええ。大丈夫よ、あとまだおばさんじゃないわ、お・ね・え・さ・ん!いいわね?」
「どっちでも良いよ、村に用事?」
「んー、別に用事は・・・あら?その腕どうしたの?」
男の子は右腕に包帯を巻いており添え木も縛ってあった。
「変なおじさんに斧で殴られたんだ、村の外から来た男だよ」
コノカはこの時点で感づいた。
前の冒険者に違いない、それなら村人に殺された事も頷ける。
「そっか、まだ痛い?怖かったよね」
コノカが男の子の頭を優しく撫でると男の子は照れて頬を紅く染める。
「こ、怖くなんかねーし!撫でんなよ、おばさん」
「お・ね・え・さ・ん!」
「うっせ、・・・名前教えてよ」
「コノカよ。コノカ姉ちゃんでも良いわ。君は?」
「俺はキール。コノカ、村はこの辺にはここしかねぇぞ、どこから来たんだ?」
「呼び捨てかい!・・・はぁ、どこからだろうねぇ、日本て分かる?」
「分からねぇな、で、ニホンから来てどこに向かうんだ?」
「私が知りたいわね、特に目的の無い旅の途中ってとこかしら」
キールは目を輝かせた。
「じゃあ家来いよ!旅の話聞かせてくれよ。俺これからばあちゃんに薬草もって行くとこだから、コノカも一緒に来いよ!」
そう言うとキールはコノカの手を掴み引っ張る。
「待って、ちょっと、薬草?忘れてるわよ」
地面に置かれたザルの中に草が入っていた。
キールは片手が使えないためコノカの手を掴むとザルが持てない。
「はぁ・・・、分かったわよ、付いていく。手、離してちょうだい」
キールは少し名残惜しそうに手を離すとザルを掴んだ。
「こっちだぜ、はぐれるなよ?」
「はいはい」
キールと一緒に村を歩く、土の道、木の家、露店。
いたって平和な田舎町に見える。
しかし前の冒険者は村人に槍で殺された。
少なくとも武装する必要性のある土地である事は分かっていた。
コノカは慎重に周りを警戒しながら歩いていた。
ふとその時、視界に見慣れない物が映り込んだ。
食べ物の露店が並ぶ中、一際目立つそれにコノカは驚いた。
「ちょっ、何アレ!・・・でっか」
それは1メートルはありそうなでっかいダンゴムシ。触覚が途中で切られていた。
もう生きてはいないため動きはしなかったがコノカを驚かすには十分な存在感だ。
「そうか・・・あれが二人目を・・・」
「ん?コノカは知らないのか?ダイオウダンゴムシ、この辺じゃ普通にみんな食べてるぜ。まるごと売ってるのは珍しいけどな。祭りの時はでっかい鍋でまるごと茹でたりするけど、普通は足を落としてぶつ切りで売ってるぞ」
「・・・美味しいの?」
「不味いなんて言う奴見たことねぇよ。家にもあるから食わせてやるよ」
「え・・・遠慮したいわ・・・」
「そうか?変わってんなぁ」
キールは家に着くと扉を開け放ちコノカを手招きする。
「来いよ、ここが家だぜ。ばあちゃんと一緒に住んでんだ」
家に入ると六十歳くらいの女性が顔を出す。
「おや、おかえり。・・・そちらの人は?」
「俺の友達だよ。あ、はい薬草採ってきたぜ」
「こら!傷治るまでは取りに行かなくて良いって言ったろ!そもそもその傷だって・・・」
「・・・分かってるよ、でもばあちゃん苦しそうにしてたから・・・」
何やら訳ありの様だった、コノカは気不味くはあったが聞いてみる。
「あ、あの・・・どこか悪いんですか?」
「ん、ああ。すまないねぇ。見苦しいとこ見せちまって。持病でね、もう私も長くない。この子が取りに行ってくれる薬草もただの痛み止めさ。あの夜だって薬草を切らして無ければこの子も怪我なんて・・・」
コノカはだいたいの事情を察して小さく頷く。
「そう、ですか。それで夜に出歩いて暴漢に・・・」
「ああ、そんなとこさ。この子の怪我もすぐ治ってくれると良いのだけど」
湿った空気に耐えれなくなったのかキールが明るく話しかける。
「良いよ、もうその話は終わり!コノカ!旅の話聞かせてよ!旅人なんだろ?」
「え、えー・・・。旅の話って言われてもなぁ」
コノカは仕方なく日本の観光地での旅行の話をしだす。
それと同時にキールのおばあちゃんは奥の部屋へと消えていった。
「へー!すっげぇな!じゃあコノカもクルマっていう乗り物でここまで来たのか?見せてくれよ、っていうか乗せてくれよ」
「あー、いや。違うの。ここへはワープしてきたというか」
「ワープ!?なんだそれ。魔法か?コノカ魔法使えるのか?」
「えーと、説明し辛いわね・・・」
そんなやりとりをしていると奥の部屋からおばあちゃんが戻ってきた。
「キール。お姉さん困ってるわよ。術師に頼んで移動魔法でもかけてもらったんじゃないかしら?この辺にはこの村しか無いし、たぶん移動に失敗したのよ。信用できる人に頼まないとダメよ、コノカさん」
コノカは話に乗っかる事にした。
この世界には魔法が有り、移動する術がある。これは大きな情報だ。
「そ、そうですね。気を付けます。・・・あの、この村にはその・・・移動魔法の術師?という方はいますか?」
「んー・・・村から離れたとこに住んでる祭司様は術の使える方だけど、あまり話した事も無いし、実際何やれる人なのかは良く分からないわねぇ」
また有力な情報だ、祭司の住む場所を聞こうと思ったが、キールが話を遮ってきた。
「あんな奴何もできねぇよ。ばあちゃんの病気だって治せねぇし俺の怪我だって治せねぇ。俺を斧で殴った男の死体持っていっちまうしよ、正直関わりたくねぇよ。それよりもばあちゃん、俺腹減ったよ」
「死体を!?」
会いに行くべきか、会ったらまずいのか、
コノカは困惑した。
コノカが悩んでいるとおばあちゃんが奥の部屋から料理を運んできた。
食欲を誘う香りにつられてお腹が鳴る。
「はう・・・」
「あっはっは、コノカさんも食べていってよ。たくさん作ったからさ」
皿の上には一口サイズの白くて張りのある物がたくさん、緑色のソースに浸かっていた。
大きなエビの剥き身にバジルソーズがかかったような見た目が更に食欲をかきたてる。
コノカはその白い物を一つ、フォークで刺して口に運ぶ。
味も食感もエビに似ていたがエビよりも肉厚で噛みごたえが有り、噛めば噛むほど口の中に旨味が広がっていくのを感じる。
少々雑味が強いもののソースがそれを上手くまとめてくれていた。
「おいしーい、何これ」
美味しそうに食べるコノカにキールも満足気だ。
「な?うめぇだろ?食わず嫌いは良くねぇよ」
「・・・え?」
「ダイオウダンゴムシ」
「・・・・・・ええぇぇぇぇー!?」
正体を知ってしまって躊躇はしたものの原型さえ想像しなければ美味しいものだった。
コノカは自分の分を完食し、おばあちゃんに感謝を述べる。
「ありがとうございます、美味しかったです」
「ふふふ、食べたわね」
「え?」
「口に合ったのなら嬉しいわ。作ったかいがあった。これでワタリ様も喜ぶわ」
「ワタリ・・・様?」
「神様よ。来訪者に食べ物を与える事が教えなの」
「博愛心のある神様なんですね。素敵な教えだと思います」
「ふふふ、で、どうしようね?祭司様の場所教えようか?」
「そうですね、お願いします」
良い神様を祀っているのならそれほど怖い人では無いだろう、それにやはり会わなければ話が進まない、この世界で何をやれば良いのかすら分からないのだ。
「じゃあ俺が付いて行ってやるよ。コノカこの辺の事しらねぇだろうしな」
「大丈夫かいキール。・・・んー、あの辺はゴブリンの縄張りも無いし、危険は無いのだけど、・・・気を付けて行くんだよ」
「任せとけって」
コノカはキールとおばあちゃんの会話の中に不穏な単語があったのを聞き逃せなかった。
「ゴブリン!?ゴブリンて、あのゴブリン?」
「そうだぜ?他にゴブリンは無いだろう?」
「・・・襲ってこない?」
「来るよ、縄張りに入ったらな。奴ら縄張り意識強いんだよ」
「縄張りから出てきたりはしないの?」
「めったにねぇな。奴らも人間の方が強いの理解してるから人里にはこねぇ」
「そっか、キールは色々知ってるね、頼りになるわ」
「へへへ、任せろよ。じゃあ行こうぜ」
初めて一話分生き残りましたー