二人目 十八歳 女
十八歳、女。
女は気が付くと森にいた、湿った風が頬を撫でる。
周りを見渡すが動物の気配は無い。
女は目を閉じ、念じた。
●死亡履歴
一人目。キノコの胞子を吸い込み死亡。
●魂「1」
「はぁ?キノコ?バッカじゃねぇの。異世界に来てキノコなんかで死ぬとか」
とりあえずここにいても意味が無い。
女は歩きだそうとしたが足下に何かが横たわっているのに気付いた。
それは布をまとい人の形をした肉塊だった。
良く見ると足下には虫もたくさんいた。
「ひっ、きゃぁぁぁぁぁ!」
慌てて離れる、その死体は腐敗が進んでいた、数日は経過しているだろう。
死体の着ている服から同じ世界の人間である事はすぐに理解した。
「前の奴と同じとこに出るのかよ・・・。え!てことはこいつを殺したキノコもこの辺にあるのか?・・・まじかよ」
女は周りをじっくりと見渡すと地面から生えた赤珊瑚のような物を見つけた。
「あー、あれ、なんだっけ。昔テレビで見たカエンタケってキノコに似て・・・」
カエンタケでは無い、似た何かだろう。
しかしあれが原因の毒キノコである可能性は高いと女は感じ取った。
一人目の死因はあくまでも胞子を吸い込んだ事。
今ある情報はそれだけ、女はそれを信じるしか無かった。
「くそっ、冗談じゃねぇぞ。死んでたまるか」
倒木に近寄ると自分のスカートをわざと引っかけて破いた。
あとは手で引き裂いて長めの布にすると自分の口周りに巻き付ける。
即席のマスクだが効果はあるだろう。
元々それほど長いスカートでは無かったため下着が見えてしまっているがそれを見る人はいないのだから問題は無かった。
あとはキノコに直接触れないように慎重に歩いた。
周りに野生の動物がいないのはこのキノコが原因なのかもしれない。
そう思うと対策しやすいキノコの群生地帯はむしろ安全だと言えた。
しばらく歩くと赤珊瑚のようなキノコの数も疎らになってきた。
群生地帯も終わりが近いのだろう。
次第に歩きやすい獣道が増えてきた。
それは大きなサイズの動物が生息しているということでもある。
何も武器を持っていない女は獣道の主が肉食の猛獣で無い事を祈る他無い。
しかし歩きやすい道があるのは非常に有り難かった。
どこまで歩けば人里があるのだろうか、そもそも人はいるのだろうか。
いる、そう思わないと足が止まってしまう。
歩く事に意味が無くなってしまっては歩けない。
どれだけ歩いただろうか、当然お腹も空くしトイレにも行きたくなる。
一人目の死因はキノコだと分かっていると下手な物を口に入れる事もできない。
とりあえずトイレは済ませたい。
しかし当然の事ながらトイレなどあるはずも無かった。
今更気にする事でも無いが周りに人が居ないか確認する。
いや、居た方が気は楽になっていたに違いない。
女は下着を脱ぐと腰を降ろす。
尿が地面に広がる、外で用を足すなんて、小さい頃を思い出してしまう。
ふいにお尻にくすぐったさを感じた。
細い、糸の様な物でくすぐられている様な感覚。
驚いて振り向くとそこには黒くて丸みを帯びた岩があった。
直径1メートル程の半球型。
「え?こんなものさっきは・・・、うわぁっ」
それが岩では無い事にはすぐに気づいた。
間接が有り、ゆっくりと波打つ。等間隔に並んだ小さな足が細かく動く。
お尻に当たっているのは長い触覚だった。
黄色く長い触覚はあるものの、女が知る限りではそれの名は紛れもなくダンゴムシだ。
ただ一つ、サイズを除いて。
「え!?あ、わ、わわわわ」
慌てて下着を履いて逃げようとするが足に引っかけて転んでしまった。
「っつぅー、いってぇ。足すりむい・・・ってそれどころじゃ無かった!」
女は地面を這ってダンゴムシから離れると下着を掃き直した。
しかし良く見るとダンゴムシは動きが遅いし見た目もあまり怖くは無い。
「・・・ふぅ、びびらせやがって。でかいだけのダンゴムシじゃねぇか」
ふいにダンゴムシの周りの草むらが揺れ始める。
草が薙ぎ倒され、代わりに長い触覚が揺れていた。
ダンゴムシだ。
一匹だけでは無かった、二匹、三匹、四匹・・・・。
みんなして女が用を足した場所に集まっている。
「私のおしっこの臭いで集まってきたのか?まぁ、害は無さそうだな」
ダンゴムシ、ふと女は思い出す。ダンゴムシは甲殻類、エビとかと同じ仲間だと。
「甲殻類だよな・・・、食えるのかな?いやいや、空腹だからって流石にあれは無いか」
その時、ダンゴムシを見ていた女は急に言い知れぬ恐怖を感じる。
ダンゴムシ達の進行方向が女に向きだしたからだ。
その速度は意外と早い。人の歩く速度とあまり変わらなかった。
「え、ちょっ、ちょっと!嘘でしょ!」
女は慌てて走った。流石に人間の走る速度には追いつけないらしい。
ダンゴムシ達の姿は次第に遠ざかっていった。
「はぁ・・・はぁ・・・。なんなのよ、もう」
女は安心すると歩き始めた。
「もう・・・大丈夫よね。・・・かゆい」
お尻を掻く。
しばらく歩いたところで流石に疲労も限界に達してきた。
空腹で走った事も要因だろう。
女はその場に座り込むがすぐに立ち上がる事となる。
ふいに手をくすぐられているような感触がしたからだ。
「ひっ!これは!」
やはりダンゴムシの触覚だ、追ってきたのだろうか。
いや、一匹しかいない、おそらく別個体だろう。
女は疲れた身体に鞭を打ち走った。
「もう!・・・もう!なんなのよっ!手も痒い!」
女は手を見つめる、黄色い粉状の物が付いていた。
払うとあっさりと落ち、痒みも引いていく。
「これなんなのよっ!もう!・・・ダメ・・・走れない」
それどころか歩けない、空腹状態で動き続けた事によるハンガーノックだ。
「もう・・・流石に来ない・・・よね?」
女はその場に座り込む、もう動く気力も体力も無い。
しかし奴らはお構いなしだった。
ふいに背中が重くなる、背中に無数の足がのし掛かっているのを感じ身の毛が弥立つ。
「ぁぁ・・・あっ!ああああ!痛い!痛い!」
首筋に激痛が走る。長い触覚が目の前で揺れる。
ダンゴムシに首筋を噛まれたのだ。
無数の小さな歯で削られる、薄皮が剥がれ血が滲む。
血管を傷付けられる度に派手に血が飛び散る。
「あああ!ああ!ぅぅぅっぅあああ!!!」
飛び散った血の臭いに誘われたのか他のダンゴムシも集まり始めた。
二匹・・・三匹・・・、足にのし掛かると剥き出しの太股に噛み付く。
「ひぎゃあ!いやぁ!もう無理!無理だから!誰か助けてよ!」
助けを求めても誰も来ない、何か、何か無かっただろうか。
助かる方法・・・、方法は・・・。
「あ!・・・魂!使う・・・使う!回復!私の体治して!」
宣言と同時に瞬時に体の痛みが引いていく。
みるみるうちに肉が、皮膚が、血が再構築されていく。
空腹感も無くなり体に体力が戻る。
それと同時に再び激痛が首筋と太股を襲う、そう、現状は何も変わらない。
「いっ!あぇ・・・きゃああああああ」
ダンゴムシは捕食対象が急に再生したって何も気にしない。
同じ所をかじる。ただかじる。
しかし前とは違う事がある、女の体力は回復しているのだ。
腕を振り回しダンゴムシを怯ませ、体を捻り転がるとその場から逃げ出す。
「やった!あとは走って逃げ・・・、きゃっ」
走り出した矢先に半球型の岩に、いや、女はそれがダンゴムシである事はもう知っていた。
ダンゴムシにぶつかると女はもう一度転ぶ。
「うそ・・・なんで?こんなに・・・」
十匹・・・二十匹・・・、ダンゴムシの群れに囲まれていた。
血を流し過ぎた、ダンゴムシを大量に呼んでしまった。
「あ・・・ああぁぁぁぁあああああ!」
皮が剥がれる、肉が削られる、血を吸われる。
ダンゴムシの歯が骨に達する頃には正気は失われていた。
最後に女の目に焼き付いたのは無数の足に下敷きにされた自分の体。
ちょっと太めだった自分の足は真っ赤に痩せていた。
最近気になりだした腹周りは内蔵ごと括れていた。
記憶は・・・そこで消える・・・。