カヨ 3
目の前に現れた異様で異質な物。
まるで木々を束ねる様に巻かれた巨大で黒光りする帯の様な生き物。
節のある体に無数の足が生えており、その一本一本がカヨの身長と同じくらい長い。
それを何と呼ぶか、カヨの知る限りの生き物を当てはめるなら間違いなくムカデだった。
ただ、頭が見当たらない。長すぎてどこから始まってどこで終わってるのか分からない。
ふいに、カヨの手をキールが引っ張る。
「逃げるよ、刺激しないように、ゆっくり」
カヨはあまりの事に言葉を失って無言で頷く。
ゆっくりと、なるべく足音を立てずに来た方向へと歩いていく。
その時、巨大なムカデがズルズルと動いた気がした。
歩いて遠ざかる、ムカデの体はもう見えないが寒気が治まらない。
何故なら森を這いずる様な不快な音が常に聞こえてくるからだ。
薄暗い森の中で黒い巨大なムカデが這い回る。
黒い体は闇に溶ける保護色となり、視界から消える距離を保って移動している。
そのあまりにも長大な体のせいでムカデの足音がそこら中から聞こえてくる。
ふと、景色が一段と暗くなった。
カヨは恐る恐る視線を上空へと向けると、長い触覚と大きな顎を有した巨大ムカデの末端が太陽の光りを遮っていた。
「わ、わわわわわわわ」
カヨは慌てて足がもつれてその場にへたり込む。
「カヨ、起きて。逃げなきゃ」
キールに手を引っ張られるが、カヨはムカデの頭を見つめたまま固まってしまっていた。
本当の恐怖に呑まれると生き物は動けなくなる。
それでも、なんとかカヨを動かそうと躍起になるキールの頭上からソレは降ってきた。
一瞬の事だった、ムカデの大きな頭が降ってきて、鋭い顎がキールの両足を切断した。
体の支えを失ったキールの体は、カヨにもたれかかるようにして倒れ込む。
血に染まる地面、うめくキールの声でカヨはハッとした。
このままではキールが死んでしまう。
カヨは手をムカデの頭に向けて伸ばした。
「あああ!おまえなんか燃えちゃえぇぇぇぇぇっ!」
カヨの手から火種が生まれ、それは周囲の空気を飲み込んで爆発的に燃えさかる。
いきなり頭を燃やされたムカデは慌てて頭を引っ込めるとそのまま姿を消してしまった。
脅威は去ったが絶望的な状況は変わらない、キールだけでは無く、カヨもまた重傷だった。
魔力も無しに魔法を撃った代償は体力で賄わられる。
カヨは口から血を吐き出し、視力も衰え、髪の毛が抜け落ちる。
手も足も力が入らない、頭を支える力も無く、キールと抱き合う形でうなだれる。
「ぁ・・・、ぅ・・・。ふふ・・・、さい・・・ごの・・・まほ・・・」
カヨは最後の生命力を絞り出し、キールに癒しの魔法をかけた。
キールは優しい光に包まれて足が修復されていく。
それはカヨの命を与えるに等しい行為だった。
カヨの体は細胞組織を保つ力さえ失い塵となって消えていく。
最後に、キールだけがその場に残っていた。
次がラストとなります、もう少しだけお付き合いください。




