タケル 2
二人は町へと続く道を歩く。そう、道があるのだ。
とは言っても元の世界の様な舗装された道では無い。
それでも人が作った道があるという事に安心する。
「こういう人の手が加わった場所にはゴブリンみたいなのは近づかないんだ」
「あー。ゴブリンねぇ、ピンとこねぇな」
「油断するなよ?武器も持たずに一人で歩いてたら襲ってくるからな」
タケルはキールに言われて落ちていた木の棒を棍棒代わりに持っていた。
「こんなんで勝てるの?」
「勝てるよ、そもそも大人なら素手でも勝てちゃう人いるしな」
二人でしばらく道なりに歩いていた。
そして、突如としてそれは姿を表した。
進行方向に対し横から遮る様にして走ってきた二つの小さな人影。
薄黒い肌に醜く歪んだ風貌、ゴブリンだ。
だがどうにも様子がおかしかった、タケルとキールには目もくれず、道の反対側へと走り去って行ったのだ、まるで逃げる様に。
「今のがゴブリンか?逃げてるように見えたけど」
「そうだね、この辺にゴブリンより強い怪物なんていたかなぁ。ちょっと俺らも隠れよう」
近くの茂みに身を隠し腰を屈める。
少ししてゴブリン達が出てきた方角からもう一人、小さい人影が現れる。
ゴブリンに似ているが明らかに別物だった。
赤黒い帽子、赤黒い服、鉄製の靴、大きく突き出た牙の様な歯をした老人の顔。
その目は燃える様に赤く、しきりに周りをキョロキョロと見渡している。
手には斧を持っており、滴る程に血に塗れていた。
タケルはガタガタと震えるキールの肩を抱きしめて小声で問いかける。
「あれは何だ?ゴブリンじゃないのか?」
「・・・レッドキャップ。なんでこんなとこに」
「あれは、勝てない相手なんだな?」
「戦わない方が良い・・・」
「なるほど、やりすごそう」
しばらくするとレッドキャップは歩き去っていった。
「ふぅ、もう良いかな・・・」
二人は茂みを出て再び歩き始めた。
「レッドキャップ、だっけ?サイズはゴブリン程度だけど、そんなに強いのか?」
「俺だって見るの初めてだよ、足が速くて殺戮を好むって聞いてる」
血が滴る斧を思い出して背筋がゾッとする。
そして、更に背筋を凍らす音が背後から聞こえた。
歩く二人の足音の後ろから金属音が聞こえたのだ。
二人はそっと振り返る・・・。
赤黒い帽子を被った悪意の塊、レッドキャップがそこにいた。
「逃げるぞ!走れ!」
二人は全速力で走った。
キールも流石に田舎育ちというだけあって足腰が強い、タケルに必死に付いて行った。
タケルが背後を確認した瞬間、目の前に醜悪な顔、そして斧が迫ってきていた。
地面を転がり受け身をとって斧をギリギリで避ける。
「っぶねー!早過ぎるだろ。・・・キール!無事か?」
「大丈夫!」
「森入るぞ!走っても追い付かれる」
「分かった!」
森に入れば障害物が有る、上手く撒いて隠れる事が出来れば、そう思っていた。
しかしそれは悪手だとすぐに気付く事になる。
レッドキャップにとっては森こそがホーム。木々の隙間を縫って素早く走ってくる。
そして、とうとう悲劇は形となって現れた。
レッドキャップの斧がキールの右腕に食い込み、包帯の巻いてあった腕がひしゃげ、真っ赤な鮮血が飛び散りレッドキャップを更に赤く色付けた。
「うあああああああ!ぁぁぁぁあああああ!」
「キール!」
タケルは急いで駆け寄り、持っていた木の棒を全力でレッドキャップの顔に叩きつけた。
「うぎゃっ」
レッドキャップが怯んだ隙に棒を捨て、キールを抱き抱えるとまた全力で走り出した。
そこでタケルは大きな木に大きな虚が空いているのを見つける。
子供一人なら入る程度の大きさの虚だ。
タケルはキールをその虚に入れると、大きな葉っぱで蓋をする様に隠した。
「キール、そこに隠れてろ。奴を撒いたらまた来る」
キールの返事は無い、すでに意識が朦朧としているようだった。
タケルはレッドキャップの居た方向に走り出す。
レッドキャップはすでに近くまで迫っていた。
「おいレッドキャップ!、こっちだ!」
タケルはレッドキャップを挑発するが意味は無かった。
挑発するまでも無くタケルに襲いかかってきたからだ。
レッドキャップをキールから遠ざける様に誘導して走った。
幸いにもレッドキャップはキールには気付いていない。
キールだけは守ってやりたい、その一心で走ったがすぐに足が止まる。
あまりの激痛に体が動かない。
「ぐあっ・・・・っう」
タケルの肩に斧が突き刺さっていた。
斧だけがそこにある。そう、単純な話だ。斧を投げてきたのだ。
そしてすぐにレッドキャップが追い付いてくる。
助かる方法は、・・・ある。
魂は2つあるのだ。回復してまた走れば良い。
追い付かれたらまた回復すれば良い。
流石に逃げきれるはずだ。
だが、タケルは魂を使わない。
逃げれば、キールを置き去りにしてしまう。
実のところ、キールが深手を負った時点で、すでに考えていた事があった。
魂は、使う訳にはいかなかった。
「俺の死に場所は、ここか。はははは、良いね・・・最高にかっこいい」
タケルはその場に屈み込み、痛みで動けない振りをした。
実際痛くて今にも意識が飛びそうだった。
レッドキャップが油断して近付いてきたところで、斧を抜き取り、残りの力全てを、その斧に込めた。そして・・・レッドキャップの首をはねた。
タケルは、魂を使わない。
キールの側まで這って行くと、落ちていた石で木に文字を掘る。
そこで、タケルは息絶えた。
キール マホウ ナオシテ タノム