とても昔の特典SSその8
※昔の特典SS
※内容的に二巻~六巻のどこかのお話だとは思いますが、何巻の特典なのか作者も忘れてしまいました
それは、ある日の昼下がり――不意に告げられたクロの一言から始まった。
「ねぇ、カイトくん……」
「うん?」
いつもは明るく笑顔の多いクロだが、いまはなぜか真剣な表情で、どこか思い悩んでいるようにさえ見える。俺はクロの言葉に首をかしげながらも、心には不安と心配が渦巻いていた。
そしてクロは、たっぷりと間を使ってから、ドシリアスな顔で言葉を発した。
「……『究極のベビーカステラ』って、なんだと思う?」
「いや、分からない」
ビックリするぐらいどうでもいいことだった⁉ え? なに? あんな真剣な顔で悩んでたのがソレ⁉
「そっか……実は、ボクもその答えが出なくて困ってたところなんだ」
「う、うん。そうか」
えっと、この話続くのかな? 正直、まったく興味ない話題なんだけど……と、とりあえず、なんか言ったほうがいいのかな?
「えっと……一番美味しいベビーカステラとか?」
「うん。そうだね。たしかに食品である以上、美味しさってのは重要な要素だと思うよ。でも、考えてみてほしいんだ。例えば、世界最高級の素材ばかりを厳選して、細部にまで拘った超高級ベビーカステラは至高の味かもしれない。でも果たして、それが『ベビーカステラとして究極の形』だと言えるのかな?」
「……う、う~ん」
「ボクは素朴な美味しさってのも、ベビーカステラの魅力のひとつなんじゃないかって思うんだ。そこを消して、味だけを追求したとしても……ベビーカステラとしては、究極と言えないんじゃないかって思うんだ」
俺はクロのことが好きだ。一緒にいて楽しい明るさも、柔らかく包み込んでくれるような包容力も、時々子供っぽい性格も大好きだ。
しかし、残念ながら、このベビーカステラに対する異常な拘りだけは……まったく理解できない。というか、できれば理解したくない。
「む、難しいんだな」
「うん。でもやっぱりこういうのは、アレコレ話すより実際に試してみたほうがいい。だから、カイトくん……ボクと一緒に、究極のベビーカステラを追求しよう!」
「……」
なんか、ナチュラルに俺も頭数に含まれてるんだけど……これ、拒否権あるのかな? なさそうだ。クロ滅茶苦茶真剣だし、期待を込めた目でこっち見てる。
クロが突拍子もないことを言い出すのはいつも通りではあるが……今回は俺にとって、なかなか大変なことになりそうだ。
クロに転移魔法で連れてこられた巨大なキッチン。そこには、ありとあらゆる食材や調味料が用意されていた。
可愛らしいフリルの付いたエプロンを身に着けたクロは、グッと拳を握り締めながら話しかけてくる。
「よし! じゃあ、カイトくん。まず始めはどんなベビーカステラを作ろうか?」
「……そうだな。とりあえず、あそこら辺に積んである『肉類』とか『魚類』を片付けるところから始めようか」
「え? で、でも、アレを片付けちゃうと……肉とか魚を使ったベビーカステラが作れなくなっちゃうよ?」
「それが、究極のベビーカステラって可能性はないから大丈夫」
「い、いや、でも、ベビーカステラには無限の可能性が……」
「ともかく、撤去!」
「う、うん。わかった……」
百歩譲って、究極のベビーカステラ探究とやらに付き合うのはいい。しかし、ゲテモノベビーカステラの試食係になるのはごめんである。
明らかにおかしな味になりそうな食材は、積極的に撤去していくことにしよう、主に、俺の身の安全のために……。
「まぁ、とりあえずここまできたんだし、その究極のベビーカステラ作りってのには付き合うけど……ある程度は方針を決めておきたいな」
「う~ん、そうだよね。じゃあ、今回はとりあえず『一番美味しいベビーカステラ』を目指すってのは、どうかな?」
「うん、それでいこう」
ベビーカステラ作りに関しては、以前クロにプレゼントするために教わったので、多少の覚えはある。そして、方針もいい感じだ。
少なくともこれで、ゲテモノベビーカステラのオンパレードという事態は避けられた。
クロに手渡されたエプロンを身に着け、ひとまずオーソドックスなベビーカステラ作りを始める。
「一番美味しいってぐらいだから、食材は最高のものを使うとして……味にはどう変化をつけるんだ?」
「大きく分けると、生地に手を加えるか、中になにかを入れるかって感じだね。ボクとしては、生地に変化を付けてみたいんだけど……」
「なるほど、食感とかも変えられるし、いい変化になるかもしれないな」
「うん! 一緒に、頑張ろう!」
ニコニコと楽しそうに作るクロを見て、俺も自然と笑顔になりつつ料理を続けていく。
そして俺たちは、生地にさまざまな変化をつけたベビーカステラを製作してみた。地球の知識を参考に、抹茶を練り込んでみたり、チョコレートを練り込んでみたり、モチモチとした食感を強化するために材料を変えてみたりもした。
結果としてどれも、なかなかいい感じに仕上がりはしたが……果たしてこれが究極のベビーカステラかと言われれば、首をかしげてしまう。
というか、クロじゃないけど究極ってのは難しいものだ。味の好みは千差万別だし、食感にしてみたって味によって合う合わないがある。
なんか。これといった正解なんてない気がする。
「う~ん。難しいねぇ。というか、これって正解ないんじゃないかな?」
いくつもの試作品を前にして、難しそうな表情を浮かべるクロ。そして俺と同じような結論に達したみたいで、かつく肩を落としながら呟いた。
「そうだな……たしかに、万人にとって一番美味しいベビーカステラってのは無理だと思う。けど、今回に限って言えば、発起人のクロにとって一番のベビーカステラがいちおうの正解じゃないかな?」
「ボクにとって……う~ん」
「あっ、そうだ! 思いついたんだけど……いままで、クロが食べた中で一番美味しかったベビーカステラを元にアレンジしてみたらいいんじゃないかな?」
自画自賛になるが、これはかなりファインプレーだと思う。なにせ、あれだけ飽きもせず毎日ベビーカステラを食べているクロ。いままで食べた数は計り知れないと思うし、そんな彼女にとって一番美味しいベビーカステラは、限りなく究極に近いものと言えるかもしれない。
「ボクが、いままで食べた中で一番美味しかったベビーカステラ……」
そう告げたあとでクロは、一度俺の顔を見て……ふいになにかを思いついたような表情で手を打った。
「ふふふ、あはは!」
「クロ?」
なぜか急に笑い出したクロを見て首をかしげるが、クロは気にした様子もなくひとしきり笑ったあとで、満面の笑顔で告げてきた。
「カイトくん! せっかくいろいろなベビーカステラを作ったんだし、一緒に食べようよ!」
「へ? あ、うん。それはかまわないけど……究極のベビーカステラ作りは?」
「あぁ、それはもういいんだ。ボク、分かっちゃったからね」
「え? あっ、ちょっ⁉ お茶の準備する前に、なにが分かったのか、教えてくれ!」
「だ~め、内緒」
「なんで⁉」
なんだこれ、なにがどうなってるのかさっぱり分からない。分からないけど……心底嬉しそうなクロを見ていると、まぁいいかとも思えてくる。
……気にはなるけどね‼
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不思議そうに首を傾げつつ、ベビーカステラを食べる快人を横目に見て、クロムエイナはもう一度笑みをこぼした。
(ボクがいままで食べた中で一番美味しかったのは……カイトくん、君がボクのために作ってくれたベビーカステラだったんだよ)
心の中でそう呟きながら、愛おし気な目で快人の横顔を眺めるクロムエイナ。
(結局、そういうことなんだよね。どんなに高級な食材を使ったベビーカステラでも、どんなに最高の技術で作られたベビーカステラでも……『大好きな相手と一緒に食べる』ベビーカステラには。敵わないんだよね)
究極のベビーカステラとはなにか? その問いに万人を納得させる答えは存在しないのかもしれない。しかし、彼女にとっての正解……答えは、ちゃんと存在していた。
(ボクにとっての究極のベビーカステラは……大好きなカイトくんと一緒に食べるベビーカステラなんだ。まぁ、カイトくんには、内緒だけどね)




