とても昔の特典SSその7
※二巻の特典SS
※クロと恋人になる前の話です
これで過去の特典SSも終わり、次回から本編に……と思ったのですが、なんか、もうひとつどの巻の特典SSかは忘れてしまったのですが、もうひとつ発掘したので本編は明後日になります
窓から温かな日差しが差し込む昼下がり、俺はのんびりと一冊の雑誌を眺めていた。
この世界にも雑誌は存在する。さすがに週刊誌がたくさんあったりするわけではないが、月刊誌みたいなものはあるようだった。
この世界に写真はないらしいので、絵が添えられているが……どれも写真と見紛うほど上手いので、読んでいて違和感はない。
しかも内容も結構面白い。流行りの飲食店の紹介とか、魔法具の紹介とか、観光スポット案内なんだけど……俺にとってはどれも新鮮で、見ていて飽きない。
ちなみに現在俺が読んでいるページには、カラフルな文字で『一歩進んだスキンシップ~耳かき編~』というタイトルが付いている。まさかの連載企画である。
「……カイトくんはこういうのが好きなの?」
「う~ん。夢のシチュエーションって気はす……る?」
後方から聞こえてきた声に反射的に返事をしかけて、途中で言葉を止めた。
つい先ほどまでこの部屋には俺ひとりだけだったはずで、なのに後方から声が聞こえてくる。そんなことをするのは、というか平然と音もなく部屋に現れるのはひとりしかいない。
「……クロ?」
「遊びに来たよ~」
「ひ、昼から来るなんて、珍しいな……」
「うん、今日は余裕があったからね~」
クロは魔界を統べる六王の一角であり、それなりに忙しい立場にある。だからこそ、基本的にここへ来るのは夜になってからだけど、時間に余裕があるときは昼に来たりすることもある。
それ自体は問題ない。が、現れたタイミングは大問題だ。恋愛関係っぽい記事を読んでいるところを見られたのは結構恥ずかしい。
なんとか……誤魔化せないかな?
「……で、夢のシチュエーションなの?」
「……」
駄目だった⁉ 誤魔化すまでもなく、話がもとに戻ってしまった。
「……はい」
「ふむふむ」
純粋な興味の眼差しでこちらを見詰めてくるクロに対し、俺にはもはや素直に認める以外の選択肢はなかった。
かなりの恥ずかしさを感じつつ答えると、なぜかクロは満足気な表情を浮かべたあとで、ベッドへと移動する。
「……カイトくん、ほら、ここ!」
「……あの、クロ……さん? なんでベッドに座って腿を叩いてるんですか? あと、いつの間にか手に持っている耳かきらしき物体は……」
「もちろん、耳かきだよ。ボクが、カイトくんの夢のシチュエーションを叶えてあげるね!」
慈愛に満ちたような笑みを浮かべながら、クロは優しい声でそう告げた。
クロが膝枕をして耳かきをしてくれる。それをハッキリと理解した瞬間、やけに大きく心臓が跳ねた気がした。
考えるまでもなくクロはとびきりの美少女であり、なおかつ俺は彼女に恋心を抱いている。そんな相手に耳かきをしてもらえるというのは、とてつもなく魅力的だ。
しかし、どうしようもなく恥ずかしい。クロに膝枕をしてもらうのは初めてではない。それどころか、抱きしめられたことだってある。
だが、いままで経験したそれらのシチュエーションでは俺は受動的な立場だった。自分からクロの膝に寝転ぶというだけで、情けない話ではあるが滅茶苦茶緊張している。
だからといって断るには、あまりにも魅力的な誘いであり……本音をいえば、してもらいたい。
「……い、いいの?」
「うん、ほらほら、早く!」
「わ、わかった……じゃ、じゃあ、失礼して……」
クロの眩しい笑顔と、急かすような言葉に背中を押され、俺はベッドに近付く。
そして、ベッドに一度腰掛けてから、ゆっくりとクロに向かって体を倒した。柔らかいクロの腿に頭が乗るのと同時に、顔に熱が集まっていくのを感じた。心臓はバクバクとうるさいし、思考はまるで落ち着かない。
しかし、幸か不幸かクロの体に後頭部を向ける形で寝転がっているため、クロには俺がいっぱいいっぱいであることはバレてはいなかった。
「じゃ、始めるね」
クロは耳かきを持ってないほうの手でそっと俺の顔に触れ、どこか楽しそうに聞こえる声で宣言してから耳かきをスタートした。
誰かに耳かきをしてもらうなんて、小さな頃に母さんにしてもらって以来……十数年ぶりだ。
コレがまた、驚くほどに気持ちがいい。優しく丁寧な手つきもそうだが、頬に感じる柔らかな太腿の感触、鼻孔をくすぐる心地よい香り、そのどれもが言葉では言い表せないほどの安心感を与えてくれた。
俺がクロに対して心を許しているからというのもあるだろうが、なによりもクロの温かな優しさが伝わってくるからだと思う。
「……カイトくん、痛くない?」
「うん、大丈夫……むしろ、気持ちいい」
「そっか、よかった」
まるで子守唄のように優しい声で話しかけてくるクロに、俺も静かに言葉を返す。
「……なぁ、クロ?」
「うん?」
「……クロはさ、その、よくこういうことをしたりするの?」
なんでそんな質問をしたのか、自分でもよくわからなかった。クロの優しさも、見た目に合わない抱擁力も……よく知っている。多くの人に向ける慈しみを、俺にも与えてくれているだけだろうとは思っている。
けど、それでも、ついそんなことを聞いてしまった。もしかしたら、心のどこかで独占欲が疼いたのかもしれない。この幸せな温もりを、ひとり占めしたいと……。
「……ううん、全然。というか、膝枕自体『カイトくんにしかしたことない』からね」
「……え? そ、そうなの?」
クロが少し沈黙したあとで告げた言葉は、予想外のものだった。クロはすごく優しいし、誰とでもすぐに仲よくなれるほどコミュ力も高いうえ、どこかガードが緩いところがある。
だから、俺はてっきり、クロはいままで育てた子や家族に対しても、こんな風に膝枕をしてあげているんだと思っていた。
だけど、クロは俺以外には膝枕をしたことがないと、そう言った。それはまるで、俺がクロにとって特別なんだと、そう言われているみたいで……驚くほどに、嬉しかった。
「うん。カイトくんだけだよ」
「ど、どうして……とか、質問するのは変だよな?」
「あはは、そうだね。でも、う~ん……ボクもハッキリと理由はわからないんだけど、カイトくんにはいろいろしてあげたいんだ。たぶん、カイトくんを初めて見たときに『ビビッ』と来たからかな?」
「ビビッとって……なに?」
「……さぁ? なんだろうね? ボクにもわからないや」
クロの顔は見えない。だけど、いま、彼女がはにかむような笑みを浮かべて首を傾げているのはすぐにわかった。
……はぐらかされたかな? この感じだと、いくら聞いてもいまは話してくれるつもりはないみたいだ。
「よしっ! 片方終わったよ。じゃ、今度はこっち向いて~」
「う、うん」
クロの言葉に従い、体をぐるりと反転させる。しかし、クロはすぐに耳かきを始めはしなかった。
なにも言わないままで俺の頭に手を置き、優しく撫ではじめ、絶妙な力加減で行われるその行為の心地よさに、俺はそっと目を閉じた。
太腿と手、両方から感じる温もりが顔全体を包み込んでくれるみたいで、このまま眠ってしまいたい欲求が湧いてくる。
それをグッとこらえながら、薄く目を開けてみると……向きを変えたことにより、少しだけクロの顔が見えた。
クロはいつもの優しい笑顔で俺の頭を撫でていたが……少し、ほんの少しだけ……頬が赤く染まっているように見えた。
それを確認したあとで、俺は再び目を閉じてまどろみに沈んでいく。
俺がクロにとっての特別になれるかどうか、それはいまの時点ではわからない。ただ、うん。いつか、そうなれるように……クロが俺のことを特別だと言ってくれるように、これまで以上にいろいろなことを頑張っていこう。
幸せな温もりに包まれながら、俺は心の中で強く誓った。




