とても昔の特典SSその6
過去の特典SSはあとふたつだけなので、もう流れのままに公開します。
※二巻のカラー絵に関わるSSです。
窓から差し込む温かな日差しに照らされながら、今日のお昼ご飯はなんだろう? なんて考えを頭に浮かべる。
「……だから、カイちゃんは『私の作ったお弁当』を食べるんだから、死王は帰っていいよ」
「……フェイトが……帰って……仕事しろ」
今日は特に気温もいい感じで、お昼寝なんてすると気持ちよさそうな気がする。リリアさんの屋敷の庭には、芝生みたいな場所もあるし、その辺で昼寝したいな~。
ペットとかいるともっといいかもしれない。猫あたりを膝の上にのっけて一緒に昼寝するってのは、かなり憧れるシチュエーションだ。
「仕事なんて時空神に任せておけばいいんだよ! それより死王のほうこそ、こんなホイホイ人界に来て、大騒ぎになっても知らないよ?」
「……大丈夫……リリウッドが……なんとかしてくれる」
こんな天気のいい日は外でご飯を食べるのもいいかもしれない。楠さんと柚木さんを誘って、召喚に巻き込まれた組でピクニックとか楽しそうだ。
まぁ、場所は屋敷の庭になるだろうけど……。
「カイちゃん、聞いてるの?」
「……カイト……どっちのお弁当……食べる?」
「……」
うん、いい加減現実逃避は止めよう。差し出されたふたつの弁当箱を眺めつつ、俺は大きな溜息を吐いた。
「……というか、そもそも、なんでこんな状況に……」
確かことの始まりは、十数分前ぐらいだ。昨日から約束をしていたアイシスさんが、リリアさんの屋敷に遊びに来た。
そしてアポなしで遊びに来たフェイトさんと、いつの間にか睨み合うような構図になってしまっていた。
「ほら、やっぱり男心を掴むには胃袋からじゃん? だから、将来的にカイちゃんに養ってもらうための先行投資として……面倒くさかったけど、もの凄く面倒だったけど、頑張ってカイちゃんのためにお弁当を作ってきたんだよ!」
「……そ、そうですか」
「……私は……カイトに美味しいもの……食べてもらいたくて……料理したことなかったけど……勉強して……作ってきた」
「あ、ありがとうございます」
どうしたものか……正直俺の中では、現時点では九対一ぐらいでアイシスさんのほうを食べたい。下心満載な上、これでもかというほど面倒だったと強調するフェイトさんに比べ、アイシスさんからは純粋な好意を感じる。
もうこの時点で天使と悪魔ほど差があるのだが、かといって下心ありとはいえわざわざ弁当を作ってくれたフェイトさんも無下にはできない。
しかし、差し出された弁当箱はどちらもかなり大きく、重箱の一段くらいはある。コレをふたつ食べるのは、さすがに厳しい。
ならば半分ずつ食べるという手もあるが……フェイトさんのはともかく、アイシスさんの弁当を残してしまうのは気が引ける。フェイトさんのはともかくとして……。
「……ねぇ、カイちゃん? 気のせいかな、いま、私、カイちゃんの心の中でものすごく貶されてない?」
「気のせいです」
「こんな美少女が、カイちゃんのために料理してきたんだから、ここは感動にむせび泣くところじゃないの?」
「自分で言ってたら台なしですよね」
意外と鋭いフェイトさんに適当に返事をしていると、アイシスさんが心配そうな表情を浮かべて話しかけてきた。
「……カイト……大丈夫? ……お腹空いてないなら……あとで食べる?」
「いえ、丁度お昼にしようと思っていましたし、アイシスさんの気遣いは本当に嬉しいですよ」
「……おかしいよね。明らかに私と死王とで対応に差があるよね?」
「気のせいです」
雑な対応こそしているが、フェイトさんが俺のために料理をしてくれたというのは、もちろん嬉しい。
俺だって男なわけだし、アイシスさんにフェイトさん、ふたりの美少女が手料理を作ってきてくれたのはありがたい。
「……あっ、そうだ! せっかくですし、三人で食べませんか? それならこの量でも……」
「いいよ~。お菓子とかならともかく、ちゃんと食事するのは結構久しぶりだね~」
「……私は……『四千年ぶり』……」
「……え?」
アイシスさんがアッサリと口にした四千年ぶりの食事という言葉に、思わず首を傾げる。すると、俺の疑問を察したのか、フェイトさんが説明するように口を開いた。
「あ~カイちゃん。私や死王は人間とはちょっと違うからね。食事とか睡眠に関しては、必須じゃなくて趣味嗜好の範囲なんだよ」
「なるほど……」
「まぁ、それは置いといて……まずは私の弁当からお披露目しちゃおうかな?」
どこか緩い感じで話しながら、フェイトさんは大きめの弁当箱をテーブルの上に置き、その蓋をあけた。
中から現れたのは、いろとりどりの野菜と果物……のみ。
「……え? ちょっ、ちょっと、フェイトさん? コレなんですか?」
「お弁当だよ」
「……俺には、皮をむいた野菜と果物が、生のままで放り込まれた箱にしか見えないんですけど……」
「……カイちゃん」
「はい?」
「皮をむいただけでも……私にしては頑張ったほうだと思わない?」
「……」
ど、どこから突っ込めばいいんだ。なにか工夫や意図があるわけではなく、本当に皮をむいた食材を放り込んだだけらしい……。
わからない。本当に、わからない。なぜこんな弁当を披露しておいて、フェイトさんはドヤ顔なのか……。
「……フェイトさんには、コレが美味しそうに見えるんですか?」
「いや、全然! ぶっちゃけ、動物の餌にしか見えないね‼」
「なんで持ってきたんですか⁉」
「……ノリと勢いでなんとかなるかなぁ~って」
保護者……クロノアさんはどこだ? お願いだから、早急にこの方を連れて帰ってくれ……。
「……フェイト……そんなお弁当……カイトに食べさせちゃ……駄目」
「正直、私もちょっと手を抜きすぎたかな~とは思うけど、愛情でカバーできる範囲じゃないかな!」
「……無理……だと思う」
「ぐっ……な、なら、死王はどんなお弁当を作ってきたの?」
「……私は……ちゃんと……カイトの好きな食べ物……作ってきた」
動物の餌……もとい、フェイトさんの弁当はアイシスさんの手により撤去された。そして現在、俺の前にはアイシスさんが持ってきた弁当箱が置かれている。
しかし、俺の好きな食べ物? ハンバーグとか海老フライかな? いや、でも、俺アイシスさんに好きな食べ物を教えたことあったっけ?
そんな疑問を抱きつつ、弁当箱の蓋を取ると……そこには所狭しと詰め込まれた『大量のベビーカステラ』が入っていた。
え? なにこれ? ベビーカステラ弁当? これが俺の好きな食べ物……いやいや、違うから‼
「……ア、アイシスさん? こ、これは、いったい……」
「……クロムエイナに……カイトの好きな食べ物……聞いた」
やっぱりあのベビーカステラの精霊が元凶かぁぁぁ! なに勝手に俺の好物に仕立てあげてるの⁉
「……いや、アイシスさん。別に俺は、ベビーカステラが好物というわけでは……」
「……そ、そう……なの? ……ごめんなさい……私……」
「あ~いえ、いま思い出しました! 俺は三度の飯よりベビーカステラが好きだったんですよ! いや~嬉しいなぁ、こんな素敵なお弁当は初めて見たなぁ~」
「……よかった……カイトが喜んでくれて……嬉しい」
アイシスさんに間違いであることを伝えようとしたが、直後にアイシスさんが浮かべた悲しそうな表情を見て、俺は即座にそれを取りやめた。
ベビーカステラであろうと、アイシスさんが頑張って作ってくれたのには変わりないわけだし……間違った情報をやんわりと、アイシスさんを傷つけないように正す方法は食べながら考えよう。
そうさ、アイシスさんの笑顔を見るためなら……こ、この程度のベビーカステラ、余裕で食べきってやるさ。
「やっぱ、私と死王の扱いに差があるよね?」
「気のせいです」
話しかけてくるフェイトさんに簡潔に答えたあと、俺は重箱いっぱいのベビーカステラへと挑んだ。
この日、俺にベビーカステラに対する新たなトラウマが刻まれた。




