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駄目人間だった

 リグフォレシアの街から王都へと帰って来て二日。

 宝樹祭の疲れも取れた俺は、王都の街をのんびりと歩いていた。


 リグフォレシアに行っていたのは4日程度だったが、色々あったせいか随分長い間向こうに居た様な気がする。

 収穫祭優勝者という肩書も手伝ってか、エルフ族の多くの方々が俺の帰還を惜しんでくれ、またいつでも遊びに来てくれと言ってくれた。

 レイさんやフィアさんにも改めてお世話になったお礼も言いたいし、また手土産を持って訪れたいものだ。


 ちなみにアニマはまだリグフォレシアの街で警備隊に参加している。

 と言うのも、リリウッドさんが警備隊の再編成を確約してくれたが、流石に一日や二日でどうにかなるものではないので、再編成が終わるまでの間はアニマに頑張ってもらう事にした。

 何だかんだで仕事を押し付けちゃったわけだし、再編成が終わってアニマが王都に来たら、何か美味しいものでも食べに連れて行ってあげて、労う事にしよう。


 リリウッドさんは色々忙しそうで、精霊の森で雑談して以降はあまり話せていなかったが、帰り際にある提案をしてくれた。

 アイシスさんと以前約束した件……アイシスさんの家に遊びに行く際に、リリウッドさんが迎えに来てくれるらしい。

 魔界には魔物もそれなりにいるらしいし、アイシスさんの家は街からかなり離れたところみたいなので、その申し出は大変ありがたかった。

 詳しい日程はアイシスさんとも相談すると言う事だが、近々魔界に訪れる事になりそうだ。


 宝樹祭を経て大きな変化があったと言えば、リリアさんとジークさんの関係だろう。

 わだかまりが解消されて、以前はあまり話している所を見なかったが、戻って来てからはリリアさん、ルナマリアさん、ジークさんの三人で行動しているのを見る機会が明らかに増えた。

 特にリリアさんが嬉しそうで、まるで憑き物が落ちたかのように明るい笑顔を浮かべていたのが印象的だった。


 さて、現在俺が街に来ている目的は、以前知り合った雑貨屋の店主……アリスに宝樹祭のお土産……もとい優勝賞品のおすそわけをしようと思っている。

 いや、正直果実の詰め合わせと言うから、てっきりバスケットに入った果物みたいなのを想像していたんだけど……滅茶苦茶多かった。

 それはもう半端ではない量の果物で、リリアさんの屋敷にいる使用人の方々におすそわけをして尚、多すぎると感じる程ある。


 レイさんの話では例年より多いと言う事だったが、やはりリリウッドさんが来ていたので見栄を気にしたんだろうか? 

 ともかくとても食べ切れないので、色々良い商品を安く売ってくれたアリスにもと思って向かっている。

 まぁ、流石に前回5000R近く買い物をしたし、以前の様に食べ物に困ってはいないだろうが……














 大通りより外れた路地で、相変わらず『雑貨屋』とだけ書かれている看板が付いた小さな店。

 辿り着いた俺は、特に何も考えず店の扉を開き……すぐ閉めた。


 何か今、変なのが見えた気がする。いや、たぶん見間違えだと思うけど、猫の着ぐるみが床に寝転がってたような……


「……ヤバいっすよこれ……もうお腹と背中がくっつくとかそんなレベルじゃなくて、お腹に穴が空きそうな空腹感すよ……」

「……」

「マジ動けない……これもう、一歩も動けないっすよ……」

「……」


 床で仰向けに横たわり、ブツブツと呟いている見覚えのある着ぐるみ。

 正直来て即効帰りたい気持ちでいっぱいになったが、それをぐっと堪えて目の前の『馬鹿』をみる。


「……うん? あっ、カイトさん~また何か買いに来てくれたんすか~? てか、何か奢ってください~」

「……ふんっ!」

「ひえっ!? ちょ、ちょっと!? 何で踏み付けようとしたんすか! 危ないでしょ!?」

「……ごめん、気付かなかった」

「いやいや!? 今完全に一回、目が合いましたからね! 合った上で踏みに来ましたからね!」


 偶然を装って寝転がる着ぐるみを踏みつけようとしたのだが、まことに残念ながら素早く回避されてしまった……全然動けるじゃないか……


「再会するなり、こんな美少女の顔を踏みつけようなんて、どんだけバイオレンスなんすかカイトさん!?」

「いや、身長的にその位置まで顔届いてないだろ」

「……まぁ、確かにギリギリ口までしか届きませんね」

「じゃあ、大丈夫だ」

「成程! そうですね! ……いやいや!? それは可笑しい!?」


 ノリツッコミ……だと? コイツやっぱりタダ者じゃないかもしれない。


「……感心するとこ、違わないすか? と言うか、カイトさん私に対して厳しすぎないすか? もっと愛情を下さい、愛情を!」

「……」

「……こほん。改めていらっしゃい、カイトさん。宝樹祭からはいつお帰りに?」

「久しぶり、二日前かな」


 起き上がりふざけた台詞と共に両手を広げるアリスを、冷たい目で見つめると、少ししてアリスは仕切り直す様に挨拶をしてくる。

 相変わらずの濃いキャラに苦笑しつつ、挨拶の言葉を返すと、アリスは着ぐるみの両手を器用にすり合わせる。


「で、今日も何か買いに来てくれたんですか? 何をお求めでしょう!」

「いや、今日は買い物に来たわけじゃないんだけど……」

「ちっ……冷やかしっすか……私の苦しむ姿を見てご飯でも食べる気ですね! 他人の不幸は蜜の味ってやつなんすね!!」

「……宝樹祭のお土産、果物いっぱい持って来たんだけど……」

「いや~カイトさん、会いたかったっすよ! もうホント、カイトさんが宝樹祭に行ってる間、寂しくて寂しくて仕方が無かったです。数日の筈なのに、まるで何年も待ってた気分ですよ! ささ、こちらの椅子へどうぞ、今お茶淹れてきますね!」

「……」


 コノヤロウ……ぶ、ぶん殴りてぇ……

 コロッと180度態度を変えて、カウンターの前に椅子を用意するアリスを見て、その後頭部を思いっきり殴りたい気持ちになったが、何とかそれを抑え込んで席に座る。

 するとアリスは着ぐるみを脱ぎ始め、以前に見たオペラマスクの状態に変わる。


「あれ? 今回は着ぐるみの中に仮面付けてるの?」

「ええ、前みたいに、カイトさんにひん剥かれて、昼間っから視姦されて恥辱を味わう訳にはいかないっすから」

「……誤解を招く言い方は止めろ」

「そんな事より、カイトさん! 食べ物、食べ物はどこっすか! 早く、早く出して下さい!?」

「あ、あぁ……」


 もう本当に鬼気迫る様子で詰め寄ってくるアリスに若干気圧されながら、俺はマジックボックスから大量の果物を取り出す。

 するとアリスは目を輝かせ……いや仮面でよくは見えないけど、動きとかから何となく目を輝かせている気がする。


「こんなに!? コレ全部、私が貰って良いんすか!?」

「え? ああ、勿論」

「カイトさん、マジイケメン! 素敵! 私、今のカイトさんになら、抱かれても良いです!」

「勘弁してください」

「敬語になる程の拒否っ!?」


 何と言うか、相も変わらず騒がしい奴だ。

 アリスは非常に嬉しそうな様子で、手早く紅茶を淹れて来てくれ、即座に果物に齧りついた。


「うぅ……『4日ぶり』の食事です。凄く美味しい」

「……4日ぶり?」

「ええ、以前カイトさんが来てから、お客は驚きのゼロっすからね。マジで死を覚悟しましたよ」

「ちょ、ちょっと待て、この前俺が5000R近く買い物しただろ? それはどうしたんだ?」


 4日間何も食べて居ないと言うアリスの言葉を聞き、俺は反射的に聞き返した。

 以前俺がこの店で買ったのは5000Rくらい、日本円にして50万円近い金額……それこそ、物価が違うとは言え、こちらの世界でも2ヶ月は生活出来る筈の金額だ。

 それは一体どこへ行って決まったのかと思って尋ねると、アリスは顔を伏せ小さく声を絞り出す。


「……もう、無くなりました」

「一体、どうして……まさか、借金とか?」

「……」

「ッ!? も、もし、俺で力になれる事があるなら……」


 俺はアリスの事はまだよく知らないが、以前会った時も全然お金が無いと言っていたし……何らかの事情があるのかもしれない。

 それならアレだけ必死に購入を勧めて来た事にも納得いく。もしかして、親が残した借金とか、騙されて多額の負債を背負ったとか……

 くそっ、よく聞いとくべきだった。もしかしてアリスは凄く辛い思いをしていて、それを紛らわそうとあんなに明るく振る舞っていたのかもしれない。

 事情は分からないが、もし俺が力になれるなら手伝って……


「……やめらんねぇんすよ……『ギャンブル』が――あいたっ!?」


 ふざけた台詞が聞こえてきたので、反射的にゲンコツを叩き込んだ。


「何で殴るんすか!?」

「むしろ何で殴られないと思った! え? と言うか、ちょっと待て、お前……お金が無いとか、食事が出来てないとか……ただギャンブルですってただけ!?」

「だ、大丈夫です! 今回は運が無かっただけで……次で取り戻すんで!」

「ギャンブルで破産する奴は皆そう言うんだよ! と言うか、ギャンブルするなとは言わないけど、加減を考えろ! 加減を! 食費まで使いこむな!」

「カイトさん、苦し……苦しい」


 アリスの胸倉を掴んで、激しく前後に揺らす。

 この大馬鹿は……駄目な奴だとは思っていたけど、想像以上……いや、想像以下の駄目人間っぷり、さっきの俺の心配は何だったんだ……


 拝啓、母さん、父さん――アリスと再び再会して、少し彼女の事情を知ったよ。いや、本当に何と言うか、アリスはとんでもない――駄目人間だった。

 















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