とても昔の特典SSその4
※第一巻時点(最初~クロとのデート)あたりでの特典SSです
※今回はクロとシロとのお話、まだ付き合ってない頃なので初々しい感じですね
「……なんか違う」
穏やかな昼下がり、美味しい紅茶を片手に雑談を楽しんでいると、クロがそんなことを言いながら立ち上がった。
まぁ、クロが突拍子もないことを言い出すのはいつものことといえなくもないが、あまりいい予感はしない。
「違うって、なにが違うの?」
「……フォーメーション……かな?」
ああ、やっぱり面倒なことになりそうだ。だって質問に答えてもらったはずなのに謎が増えるという、意味がわからないことになってるし……。
そして実はこの場には俺とクロ以外にもうひとり、我関せずといった感じで紅茶を飲んでいる方がいた。
「というわけで、シロ! プランBでいくよ!」
「プランBとはなんですか?」
「わかんないけど、ノリで!」
「なるほど」
提案した側がノープラン⁉ そしてシロさんもシロさんで、なぜ頷く?
そう、以前約束した通り、今日はクロとシロさんと三人でお茶をすることになり、例の空中庭園にやってきていたんだが……どうやら平穏に終わってくれそうにない。
クロとシロさんはそのままアイコンタクトを交わし、どちらともなく頷き合う。
そしてシロさんが指を軽く振ると、テーブルと紅茶が消え、『俺が座っている椅子の形状』が変化した。
先程まではごく普通のひとりがけの椅子だったのだが、何故か公園のベンチみたいな横に長いものに変化している。まるで隣に誰かが座るみたいに……よし、逃げるか。
あれ? おかしいな……体が動かないんだけど? どういうこと? コレなにかしてるよね? 魔法的な力で抑え込んでるよね?
クロとシロさんは、そのまま横に長くなった椅子に俺を挟むような形で腰掛ける。
「うん。これでバッチリ!」
「な、なにが⁉」
「……オペレーションRが、かな?」
「さっきプランBって言ってなかった⁉」
完全に思い付き先行のクロは、俺の隣に座るとニコニコとする。その姿は大変可愛らしく、思わずドキッと心臓が高鳴った。
もうこうなってしまっては仕方がない。逃げられないというのはよくわかったし、それに関しては諦めた。
だけど……なんで俺の『右腕に抱きついて』きてるの⁉ 柔らか……じゃなくて!
「ク、クロ⁉ な、なにを……」
「ん~、カイトくんあったかい~」
「いや、感想を聞いているんじゃなくて……」
俺の腕に頬を擦り寄せるようにくっついてきたクロ。俺は顔がもの凄く熱くなるのを感じつつ声をかけるが、クロのほうはまったく気にした様子もなく楽しそうにしている。
や、やばい。なにがやばいのか自分でもよくわからないけど、これはやばい。
密着したことでクロの体温を感じ、頭が熱に浮かされたようにボーっとしてくる。それでもなんとか冷静になろうとしていた俺だが、残酷なことにさらなる追撃が襲いかかってきた。
「……」
「ちょっ! シロさんまでなにを⁉」
「プランBです」
「結局プランBってなんなの⁉ ちょっ、当たって……」
クロが抱きついている腕とは反対側……左腕に、シロさんがクロの真似をして抱きついてきた。腕に押し当てられるマシュマロのような感触は、間違いなくシロさんの……あわわわ。
「うん、これで完璧だね!」
「な、なにが?」
「え? いまのカイトくんは『両手が花』だから、こういう風なフォーメーションになるんでしょ?」
「両手に花だから、両手が花だとモンスターだから⁉ いや、そもそも、それは比喩であって物理的に両手にくっつくことじゃないから⁉」
「そうなの? ……まぁ、気にしない気にしない。さっ、お茶を再開しよう」
美少女と美女にサンドイッチされるという状況に慌てふためく俺の叫びは、笑顔のクロには届かない。クロがお茶を再開すると告げると、シロさんが指を振り、俺たちの前に横に長いテーブルが出現する。……前も塞がれた。マジでもう逃げられない。
「ふふふ、実は今日のために新作のベビーカステラを用意してきたんだよ」
「……なんだろう。もの凄く嫌な予感がする」
相変わらずのベビーカステラ推し……クロの正体って、冥王じゃなくてベビーカステラの精霊なんじゃないかと、最近割と真剣に考えてる。
まぁ、ベビーカステラが出てくるのはいつものこと、それは別にいいとして……問題は、新作という言葉だ。
それを聞いて、俺の脳裏には以前食べたワサビたっぷりのベビーカステラが思い浮かんだ。ああいうのは勘弁してほしいなぁ、せめてまともな新作……。
「なんで『銀色』⁉」
おかしいな、俺の知るベビーカステラというのは茶色。いや、一般的に考えても茶色がベーシックだろう。
まぁ、もちろんオレンジ色のパンだとかそういうのも見たことがあるし、生地になにかを練り込んで色を変えるというのは珍しいことではない。
しかし、えっと……『メタリックシルバー』になる食材ってなに? 水銀でも混ぜたのかな? 死んじゃうよ? うん、間違いない。コレは食べちゃ駄目なやつだ。
「ささっ、カイトくん。食べて~」
「……」
満面の笑みで告げられるその言葉は、まるで死刑宣告のように聞こえた。いやいや、駄目だろこれは? 人間が口にしていい色じゃないって⁉
逃げたい。でも食べたくないと言うと、クロが悲しみそうではある。クロの悲しむ顔は見たくないけど、だからといってこの恐ろしい物体を口に入れたくもない。
あちらを立てればこちらが立たず……デットロック状態である。
「……い、いや、ほら……お、俺、両手がふさがってて……」
苦し紛れにそう告げたが、実際いまの俺は右腕をクロに、左腕をシロさんに掴まれている状態だ。ふたりは俺の手を離す気はないみたいだし、咄嗟にしてはいい逃げなんじゃないだろうか?
「じゃあ、『食べさせてあげるね』」
「……」
……現実は非情である。俺の言葉を聞いたクロは、笑顔でベビーカステラを摘み、俺の口元に差し出してきた。
可愛らしい美少女に、いわゆる「あ~ん」をしてもらっている素敵なシチュエーション。とても幸せな状況のはずだ。……差し出される食べ物が、地獄への片道切符でなければ……。
「はい、カイトくん。あ~ん」
「……あ、あ~ん」
愛くるしいクロの表情に押し切られ、俺は全身に寒気を感じながら、ゆっくりと震える口を開いた。
口の中に放りこまれる銀の塊、見た目からは想像もできないほど柔らかく……そして、総毛立つほど『不味かった』……。
「……」
「カイトくん?」
この味はいったいなんだろう? 泥水を煮詰めてチョコレートでコーティングして、タバスコと生クリームをトッピングしたような……苦さ、甘さ、辛さ、酸っぱさ……その全てが混然一体となり、恐ろしいほどの不味さとなって口内に広がった。
胃の中身が逆流しそうだ。全身が食べることを拒否してる。飲み込むことはおろか咀嚼すらしたくない。
それでも必死に、目に涙を浮かべながら死ぬ思いで飲み込んだ。息を荒くしながら、それでもなんとか乗り越え安堵したあと、俺はゆっくりクロに問いかける。
「……く、クロ……これ、味見した?」
「ううん。最初はカイトくんに食べてもらおうと思って……」
「……そ、そっか……あのな、これは……むぐっ⁉」
……死ぬほど不味い。その言葉を口にしようとした瞬間、なぜか俺の口には『おかわり』が放り込まれた。
再び襲いかかってくる空前絶後の不味さに、脳の防衛本能が作動したのか、意識が急速に遠のいていく。
「カ、カイトくん⁉ 大丈夫⁉ し、しっかり!」
「……クロ……今後は……味見……し……て……」
「カイトくぅぅぅん⁉」
消えゆく意識の中、チラリと視線だけを動かすと……そこには、クロの真似をして俺の口に銀のベビーカステラを放り込んだ犯人が、不思議そうに首を傾げている姿があった。
シロさん……やっぱり貴女か……。




