とても昔の特典SSその3
※書籍版第一巻時点(最初~クロとのデート)あたりの設定で書いた特典SSです
※今回の話はリリアのお話、まだドラゴン好きがバレていなかった頃の話です。
アルベルト公爵家の執務室。当主であるリリア・アルベルトは椅子に座り、目の前の机に置かれた包みを見つめていた。
「……ふ、ふふふ」
若くして公爵となった彼女は非常に真面目な人物であり、それゆえか趣味らしい趣味は持っていない……という風に周囲には言っていた。
しかし、実は彼女にはひた隠しにしている趣味がある。それは……。
「す、素晴らしい出来です。それなりに高価でしたが、この『レッドドラゴンの模型』は本当に素晴らしい完成度……」
口元に笑みを浮かべながら包みを開き、出てきたドラゴンの模型をうっとりと見つめるリリア。普段の彼女からはまるで想像できない恍惚とした様子だった。
そう、なにを隠そうリリアは幼いころからドラゴンが大好きだった。ドラゴンの鱗や牙、そして模型……それらを集めることは、彼女の唯一にして最大の趣味である。
しかし、リリアはその趣味を周囲には秘匿している。理由は単純、恥ずかしいからだ。それゆえに今回の模型も、使用人たちに気付かれないように何重にも偽装をして購入していた。
リリアはそのまましばらく模型を見つめたあと、キョロキョロと周囲を見まわす。ノックもなしに入ってくるような者は屋敷にはいないうえ、事前に付近に人の気配がないのは確認済みだ。
それでもついつい再確認してしまうのは、人の性というものだろう。
誰もいないことを確認したリリアは、執務室にある大きな本棚に近付き、そこから何冊かの本を取り出す。
本棚の奥には複数の魔水晶が設置されており、リリアはソレに決まった順番で触れる。すると、本棚はゆっくりと横にスライドし、扉が現れた。
そこはリリアの秘密のコレクションルーム。中には彼女が集めたドラゴン関連の品々が大切に保管されている。そこに今回手に入れたレッドドラゴンの模型を入れようと、リリアが考えた瞬間……ノックの音が聞こえた。
「ッ⁉」
その音を聞いたリリアは、恐るべき速度で本棚を元に戻し、机の上に置いたままだった模型を素早く机の下に隠した。
そしてできるだけ平静を装いながら、扉に向かって声をかけた。
「……ど、どうぞ」
「失礼します」
聞こえてきたのは男性の声、この屋敷に男性はひとりしか存在しないので、それだけで誰が訪ねてきたかは理解できた。
「どうかしましたか? カイトさん」
「お忙しいところすみません。実はちょっと相談したいことが……」
「相談ですか? はい、なんでしょうか?」
(な、なんでよりにもよってこんなタイミングで⁉)
平静を装ってはいる。しかし、笑顔とは裏腹にリリアの心中は大慌てだった。ドラゴンの模型を快人に見つかってしまえば、長い付き合いのルナマリアにさえ隠している趣味がばれてしまう。
公爵としての威厳的にもマズイし、なにより恥ずかしい。
そう考えているリリアは、なんとかすみやかに快人の相談とやらを終わらせたかった。
「あ、はい……あれ? リリアさん。『本が落ちて』ますよ」
「え? あっ……」
先程慌てて本棚を元に戻した際に落ちてしまったのか、床に一冊の本が落ちていた。
「あそこの本棚ですかね?」
「ま、待ってください! わ、私が戻します!」
(だ、駄目です! あの本棚の仕掛けはまだロックをかけていません。いま快人さんに触れられたら……扉が……)
リリアは素早く快人を制し、本を拾い上げる。
本棚に施してある仕掛けは、特定の順番で魔水晶に触れることでオンになり、その状態で本棚に触れると作動する。オフにするときは逆の順番で魔水晶に触れなければならない。
それゆえにいまは本を元の位置に戻せない。うっかり本棚に触れてしまうと、秘密の部屋への扉が現れてしまう。
「……本、戻さないんですか?」
「あ、あとで戻します!」
「そ、そうですか……」
慌てふためくリリアの様子に、快人は不思議そうに首を傾げていたが、それでも深く追求したりはしなかった。
「そ、それで、カイトさん? 相談というのは……」
「あっ、はい。実は靴を新調したいと思っていまして、いい店があったら教えていただきたいんですが……」
「く、靴ですか……それでしたら、私が普段利用している店を……」
なんとか話題を元に戻すことに成功したリリアは、ホッと胸を撫で下ろすと、机にあったメモに素早く店の名前と場所を書きこむ。
「……この店に行ってみてください。私の紹介だと言えば、安くしてくれると思いますよ」
「ありがとうございます……えっと……」
リリアからメモを受け取った快人は、それを確認してから少し首を傾げた。
メモには地図と共に店の位置が書かれていたが、この王都の地理にまだ詳しくない快人にはいまいちピンとこなかったからだ。
「リリアさん、この広場っていうのは噴水のある広場ですか?」
「ええ、そこを右に曲がって数分歩いたところですね」
「つまり……あの辺の……」
「ストップ! カイトさん、ストップ⁉」
「へ? あ、はい。ど、どうしたんですか? 急に……」
快人は別におかしな行動をとったわけではない。執務室にある大きな窓から「あのあたりの位置ですか?」と確認するため、窓に近付こうとしただけなのだ。
しかし、リリアにとってそれは非常にマズイ。咄嗟に机の下に隠したドラゴンの模型は……先程までの位置なら、快人からは机の影になって見えない。
しかし、窓に接近されてしまうと、見えてしまうのだ。
だからリリアは、なんとしても快人を窓に近付けさせるわけにはいかなかった。思わずあげてしまった声に不思議がる快人を納得させるべく、リリアの思考は超加速しながら言いわけを考え出した。
「そ、そこは『崩れるんです』!」
「……はい?」
しかし、悲しいかな……リリアは致命的なほどに嘘が下手だった。
「崩れるって、なにが?」
「ゆ、床が崩れるんです! あと、天井も落ちるんです!」
「……欠陥住宅ってレベルじゃないんですけど……」
快人の容赦ない指摘が突き刺さるが、いまのリリアの頭には快人を窓に近づけさせないということしかない。
「崩れるったら、崩れるんです!」
「……わ、わかりました。も、もしかして、ですけど……リリアさん、机になにか隠してます?」
「なぁっ⁉ なな、な、なんのことですか? わ、わわ、私、なな、なにも……」
核心を突かれ、リリアは大きく動揺してしまう。その反応は隠していると言っているようなものであり、もはやリリアに逃げ道はない。
快人があと一言「なにを隠しているのか?」と尋ねれば、テンパりまくったリリアは自供してしまうだろう。
しかし、そうはならなかった。快人がなにかを言うより先に、部屋にある人物が入ってきたのだ。
「……失礼します。お嬢様、先程からなにを騒いで……おや? ミヤマ様ではありませんか」
「え? あっ、こんにちはルナマリアさん」
「丁度いいところに……なにやら、クスノキ様とユズキ様が探していましたよ?」
「え? ふたりがですか?」
「ええ、なにか大事な用があるとか……」
入室してきたルナマリアの言葉を聞き、快人は一度チラリとリリアを見る。リリアがなにを隠しているかは気になったが、快人もリリアがひた隠しにしているものを無理に聞きだすつもりはない。
「それじゃあ、俺はふたりを探しに行きます……リリアさん、ありがとうございました」
「い、いえ、またいつでもどうぞ」
リリアに礼を告げ、ルナマリアにも一礼してから快人は部屋から出ていく。それを見送ってから、リリアはホッと胸を撫で下ろして息を吐いた。
「……お嬢様? なにやらお疲れの様子ですね。紅茶でも淹れてきましょうか?」
「……ええ、お願いします」
「では、失礼します」
そう言ってルナマリアが退出したあと、リリアは疲れ切った表情で椅子に腰を下ろした。かくして、公爵家当主の内緒の趣味は、無事その秘密を守られることになった。……かと思われた。
執務室から退出したルナマリアは、やや呆れた表情を浮かべながら誰にでもなく呟いた。
「……まさか、本気で誰にもバレていないと思ってるんでしょうか? 相変わらずお可愛いらしいことです」




