とても昔の特典SSその2
まだ体調が戻らないので、とりあえず発掘した四つの特典SSを順に掲載します
※書籍版第一巻時点(最初~クロとのデートぐらいまで)のお話なので、注意です。
今回は、ノインと豆腐に関するやりとり、リグフォレシアでノインが落ち込んでいた話の詳細です
魔界の一角にある巨大な建物。その一室では、冥王の家族であるノインが難しい表情を浮かべていた。彼女の前には複数の皿とそれに乗った白い塊……豆腐があり、どれも一口ずつ食べた形跡がある。
「……舌触りが悪い……作り直しですね」
ノインは先日行われた冥王・クロムエイナ主催のバーベキューにて、快人から豆腐の作り方を教わった。
正しくは快人もうろ覚えだったものを、アインに相談しながら形にしたというべきか。ともかく、いまのノインは美味しい豆腐を作るため、毎日思考錯誤を続けていた。
しかし、ノインは大の和食党であり、和食に関しては非常にこだわりがある。そして妥協を良しとしない実直な性格も合わさり、すでに百を越える試作品を作りながらも、満足いくものはできていなかった。
料理の達人であるアインに任せれば、それこそ数度の試作で完璧な品が完成するだろうが、ノインはあえてひとりで豆腐作りに挑んでいた。
その理由は単純で、バーベキューの際にアハトが口にした、「米を作っているのはラズリアで、調理しているのはアイン」という言葉を気にしているから。今度こそ自分ひとりの力で、満足いくものを作り上げると、それはもう意気込んでいた。
「ノイン~オトウフさん、出来たですか~?」
「ラズ様? どうされたんですか?」
そんなノインのもとへ、小さな羽で飛びながら妖精のラズリアがやってくる。
どうやらラズリアは、ノインの作っている豆腐に興味があるみたいで、皿の上に並べられている試作品を見て目を輝かせる。
「おぉ~、白くて綺麗ですね~。ラズにも食べさせてください!」
「だ、駄目です!」
「え? だ、駄目……なんですか……」
「あぁ⁉ な、泣きそうな顔にならないでください。いまは、です。まだ満足いくものが完成してませんので……」
「十分美味しそうに見えるですけど……」
「駄目です。ラズ様に不出来なものを食べさせるわけにはいきません」
まだ納得できるものが完成していないので食べさせられない、そう告げるノインに、ラズリアは両肩を落とし、わかりやすいほどしょんぼりとした顔になる。
元々好奇心が旺盛であり、なおかつ菜食主義……妖精族の特徴として肉類は食べられないので、ラズリアは大豆から作る豆腐を食べたくて仕方がなかった。
「……そうですか、わかりました。ラズ、我慢するです」
「あぅ……」
小さなラズリアがしょんぼりとする姿は、ノインの良心に多大なダメージを与え、ノインは困ったような表情を浮かべる。
「で、ですが、手応えは感じています。この調子なら、もう数度の試作で提供できるかと思います」
「ほ、ホントですか⁉ すぐできるですか?」
「ええ、すぐです。できあがったら、ラズ様にももちろん差し上げますよ」
「わ~い。楽しみですよ~」
ノインの言葉を聞き、先程の落ち込みなど一瞬で消え去たラズリアが、ノインの周りを嬉しそうにくるくると飛ぶ。
微笑ましい光景、ノインの顔にも思わず笑みが浮かび……少ししてラズリアは動きを止めた。
「……そろそろできたですか?」
「へ? い、いや、まだですよ?」
「そ、そうですか……あとどのぐらいですか? 五分ぐらいですか?」
「……い、いえ、もっとかかります」
「……そ、そうなんですか……」
もともと我慢強い性格でもないラズリアにとって、待つというのはなかなか難しいことだった。
ノインが一度こうと決めたら覆す性格ではないことは、付き合いの長いラズリアにはわかっている。しかし、一度湧き上がった興味というのはなかなか消えないもので、豆腐作りに戻るノインの背中を、ラズリアはしばらく物欲しげに見つめていた。
数日後、ついに我慢ができなくなったラズリアは、ノイン以外で豆腐を作れそうなアインのもとを訪れていた。
「……トウフ、ですか?」
「はいです! ラズは、あの白くてプルプルしたオトウフさんが、どうしても食べたいです! だから、アインさん、ラズに豆腐さんを食べさせてください!」
「ふむ……構いませんよ」
「わ~いですよ~」
豆腐が食べたいというラズリアの言葉を聞き、アインはいつも通りのクールな表情で頷く。
すると丁度そのタイミングで、二人のもとにアハトがやってきた。
「ラズ姐さんにアインの姐御? なにしてんすか?」
「オトウフさん食べるですよ~。アハトくんも一緒にどうですか?」
「トウフっていうと……ノインの奴が、カイトから聞いてたやつっすか……確かに興味ありますね。アインの姐御、俺にもお願いしていいすか?」
「ええ、問題ありません」
ラズリアの誘いの言葉を受け、アハトも豆腐には興味があったのか、自分の分もアインに頼み、ラズリアと一緒に食堂へ移動する。
広い食堂に辿り着き、適当なテーブルに座ったラズリアとアハトの前には、一瞬で豆腐が出現する。
「どうぞ」
「……さっすがアインの姐御」
「わ~い。いただきますですよ~」
瞬きほどの間に用意された豆腐だが、ラズリアもアハトもアインの凄さは嫌というほどわかっているので、突っ込みを入れたりはしない。
それぞれスプーンを手に持ち、豆腐を口に運ぶと……その反応は見事にふたつに分かれた。
「……う、う~ん。なんか味気ねぇすね」
アハトは首を傾げながら微妙そうな表情を浮かべており、その様子を見ればあまり好みではないことが伝わってくる。
「ふぁぁぁ、柔らかくて優しい味です。と~っても美味しいですよ!」
対してラズリアは好みの味だったみたいで、幸せそうな表情で身をよじる。
「コレがオトウフさんなんですね。ラズ、これとっても好きです。ありがとうですよ~アインさん」
「いえ、これくらいでしたらいつでも……」
「お待たせしました!」
「……おや?」
満面の笑顔でお礼を伝えてくるラズリアに、アインも小さく微笑みを浮かべる。
そして「またいつでも作りますよ」と返そうとしたタイミングで、食堂の扉が勢いよく開かれノインが駆けこんできた。そして、その手には豆腐の乗った皿があった。
「ラズ様、お待たせしました! ようやく、満足のいく豆腐が完成し……あ、あれ? ソレは、豆腐……ですか?」
「あ、は、はい……ご、ごめんなさいです。ラズ、我慢できなくて、アインさんに作ってもらっちゃいました」
フライングしてアインに豆腐を作ってもらったラズリアは、少々バツが悪そうな表情でノインに謝罪する。
しかしノインは特に気にした様子もなく、アインの豆腐をチラリと見てから自信満々な表情へ変わる。
「気にしないでください、ラズ様。私もつい凝りすぎて、時間がかかってしまいました。しかし、こだわった分、この豆腐は完璧な仕上がりです! 『いかにアイン様とはいえ、私が作った豆腐以上ではないでしょう』」
「……おい、馬鹿、ノイン。やめとけ……相手が悪すぎる」
「ふふふ、もちろんアイン様のことですから、素晴らしい出来だとは思いますが……すみません、アハト様。一口いただいても?」
「……あ、あぁ……悪いことはいわねぇから、前言撤回しろ……マジで」
よっぽど完成した豆腐に自信があるのか、思考錯誤を繰り返してようやく完成させたことで気が大きくなっているのか、ノインは普段なら絶対に口にしない挑戦的な言葉を発する。
そしてアハトから豆腐を少し分けてもらい、それを笑顔で口に運び……ゆっくりと皿をアハトに帰したあと、流れるように土下座の姿勢に変わった。
「……私程度の羽虫が、メイドであるアイン様に無礼を働きました。申し訳ありません。どうか今後もこの豆腐を食べさせてください」
「……」
アインの作った豆腐は、伸びた天狗の鼻をへし折るには十分すぎる出来だったようで、ノインは涙を流しながら謝罪の言葉を口にする。
しかし、それで慌てたのはむしろアインのほうだった。
「ノ、ノイン……お、落ち着いてください。あ、貴女のトウフも素晴らしい出来ですよ? メイドである私には、見れば分かります」
「いえ、私の作った豆腐など……アイン様のものに比べれば、ただのゴミです」
「そ、そこまで卑下しなくとも……もっと自信を持ってください」
コレが仮にノインではなく、どこかの料理人であれば、「メイドである私に勝とうなど、増長が過ぎますね」とでも返していた。
しかしノインはアインにとって家族……涙を流すノインを、アインは珍しく動揺した様子で慰め始めた。
結局ノインが立ち直るまでには、相当の時間がかかってしまい、その復活には快人が関わってくるのだが……ソレはまた別のお話。




