絶対者の一日~夜~
夜となり窓の外もすっかり暗くなった時間帯に、ネピュラは快人に呼ばれて部屋にやってきていた。いや、正しくは快人の部屋にいつも通り遊びに来ていたクロムエイナの希望で、ネピュラが呼ばれた感じではある。
初日に多少顔は合わせたとはいえゆっくり話す機会が無かったネピュラとクロムエイナは、元々どちらも社交的な性格だったこともありすぐに打ち解けて、快人も加えて三人で雑談を楽しんでいた。
すると途中で不意にクロムエイナが、なにかを思い出したように告げた。
「……あっ、すっかり忘れるところだった。実は今日も『新作のベビーカステラ』を持ってきたんだよ。ネピュラちゃんも一緒に食べよう!」
「ッ!?」
「ベビーカステラですか、新作ということは通常とは違うものでしょうか? 楽しみですね!」
クロムエイナが告げた言葉に快人は緊張したような表情に変わった。クロムエイナの新作発言というのは、快人にとっては数々のトラウマがある危険なフラグだった。
もちろん外ればかりではなく、無難なものや美味しいものもある……不味いベビーカステラが出てくる確率は3割ほどだ。
しかし、その3割の中には快人に凄まじい恐怖を植え付け、食したアリスにダメージを与えた大失敗と呼べるレベルの危険物も存在する。
己だけが被害にあうならいい……いや、よくはないが我慢はできる。しかし、今回はネピュラも居るため、快人はかなり不安そうな表情を浮かべていた。
ただ、なにより厄介なのは……まだ当たりか外れか分からないため、この段階では止めようがないこと……そのため、快人は心の中で当たり……せめて不味くても控えめなのが来てくれと祈っていた。
「これだよ!」
「……待ってくれ、クロ。どうやって作ったら、ベビーカステラが『きっちり七色で等間隔のカラーリング』になるんだ?」
「ふふふ、今回のは見た目はすごく上手くできたんだよ!」
「虹のようですね」
クロムエイナが取り出したベビーカステラは虹色であり、ひとつひとつの色の割合が同じという……後付けでなければ、いったいどんなふうに生地を練ったらこんな色になるのか? と疑問を抱く品であり、同時に多くのベビーカステラを食べてきた快人の本能が、とてつもない勢いで警告を発していた。
「なんと今回は『28種類の食材』を生地に練り込んだんだよ! ふふふ、なにが入っているか分かるかな?」
「……うっそだろ、お前……」
「変わった見た目の食べ物ですね。それではさっそく……」
「待ってネピュラ! 先に俺が食べるから!! 少し待ってくれ!!」
「え? あ、はい」
手を伸ばしかけたネピュラを珍しく強い口調で制してから、快人は毒見のために先んじで虹色のベビーカステラを口に入れ……ほんのわずかな間、意識を虚空へと飛ばした。
(……ヤバいこれ、久々の大失敗作だ……すげぇよ、なんでベビーカステラ食べただけで、喉の中で竜巻でも起ってるような痛みが襲ってくるんだ。い、意識が飛びそう……だ、だが、堪えろ、コレをネピュラに食べさせるわけにはいかない! 止め――ちょっ!? 『喉が痛くて声が出ない』)
クロの新作ベビーカステラは、いままでたくさんの失敗作を食べてきた快人であっても、心を強く持たねば気を失いかねないほど凄まじい味で、よりにもよって大失敗といえる出来だった。
快人に続いてベビーカステラを手に取ったネピュラを見て、快人は慌てて制止の声を上げようとしたが、その凄まじい味によるダメージで思うように声が出ず、無慈悲にもネピュラは快人の目の前でベビーカステラを一口食べた。
「……不思議な味ですね。いままで食べたことがない感じです」
「……なんっ……だって……」
そして興味深そうな表情で感想を述べたネピュラを見て驚愕の表情を浮かべた。そう、ネピュラはとてつもない味覚の許容範囲を持つ快人であっても気を失いそうになったベビーカステラを食べて、平然としていたのだ。
「ネ、ネピュラ!? だ、大丈夫なのか?」
「はい? 大丈夫とは、なにがでしょうか?」
「い、いや、そのベビーカステラ……不味くなかった?」
「あまり一般受けする味とは思えませんでしたね。ですが、もしかしたらどこかにこういった味が好きな者も居るかもしれませんね」
「ネピュラ自身は?」
「妾ですか? 妾は絶対者です! 『あらゆる味を許容』してこその絶対者ですので、妾にとってあらゆる味は問題とはなりません!」
「……すげぇな、絶対者……」
自信満々に告げるネピュラを見て、快人は戦慄したような表情を浮かべて呟いた。
そしてそんな光景を眺めつつ、クロムエイナは自分も虹色のベビーカステラを口に入れ……。
「まっずぅぅぅぅ!?」
口を押えて悶絶した。そう、クロムエイナはとんでもない味のベビーカステラを作るが、彼女自体の味覚はごく普通であり、つまるところ……失敗作は彼女が食べても不味い。
しばらく口を押えて青ざめた表情を浮かべていたクロムエイナは、少しして起き上がり申し訳なさそうな表情で快人とネピュラに頭を下げた。
「ごめんね、ふたりとも……これ、大失敗だったよ」
「……出来れば、完成した色合いを見た時点でその結論に達してほしかった」
「妾としては、いままでにない味を体験できて新鮮な思いです!」
「……ネ、ネピュラちゃんは、平気なの? お腹痛くなったりしてない?」
「問題ありません! 妾は絶対者ですからね!」
「……なんて凄いんだ、絶対者……」
妙なところで快人とクロムエイナから、とてつもない存在と認識されたネピュラであった。
???「……なんて、凄い奴なんすか、絶対者……あのダークマターを食べて平然としているとは、やはり数多の世界の頂点に立った存在はレベルが違いますね」
シリアス先輩「……味覚が絶対者か……まぁ、実際はいろんな世界を統べて配下も山ほどいたみたいだし、特殊な味覚の配下とかからの献上品とかもあったのかも? 性格的にそういうのは絶対食べるだろうし……」




