絶対者の一日~昼~
日がすっかり昇った庭で、ネピュラは世界樹の枝に腰かけていた。するとリリアの屋敷の玄関から、当主であるリリアが出てきたのが見えたので、挨拶のためにそちらへ向かった。
リリアはいつもとは違った服装に身を包んでおり、いつもより貴族らしい雰囲気だった。
「こんにちは、リリアさん。おでかけですか?」
「ネピュラさん、こんにちは……ええ、これから王城に向かう予定です。名目上は王都の特定区画に商店を持つ者たちの連携強化ですが、実際は貴族的な腹の探り合いですね」
「ふむ……なんだか、少し浮かない顔ですね?」
「あはは、いえ、私はいろいろカイトさんのおかげで恩恵を受けていますから、そういう集まりに出るとどうしても嫌味などが多くて、少々煩わしくは感じていますね」
そう言って苦笑するリリアを見て、ネピュラは顎に手を当てて考えるような表情を浮かべる。そして少しの沈黙ののち、リリアに向けて言葉を発する。
「……リリアさん、差し出がましい物言いかもしれませんが、そのような連中は捨て置けばよいのです。嫉妬から嫌味や嫌がらせをするような者など、正面からではリリアさんに敵いませんと宣言しているようなものです。そのような者に気を配ったところで、今後リリアさんの利益になることはないでしょう。あげ足だけとられないようにして、あとは適当に流しておけばよいのです」
「ネピュラさん……」
「むしろ、そう言った状況下において、リリアさんとの取引を増やそうとしたり、リリアさんに協力するような提案をしてくる者に意識を割くべきです。そちらはやり手の可能性が高いので、腹の探り合いを行うのであればそちらの方がはるかに益となるでしょう。人が発揮できる集中力というのは無限ではありませんし、配分を間違えないように気を付けてください」
「……ためになるアドバイス、ありがとうございます。ネピュラさんは貴族になっても上手くやって行けそうですね」
「妾は絶対者ですからね!」
「ふふふ、なるほど」
小さな体で自信満々に胸を張るネピュラを微笑ましそうに見つめながら、リリアは肩に入っていた力が少し抜けるのを実感していた。
表情の和らいだリリアは、ネピュラの頭を数度撫でたあとで待たせていた馬車に乗り、手を振るネピュラに手を振り返しながら王城へ向かっていった。
昼が近づくとネピュラはベルフリードのブラッシングを行う快人を手伝ったあとで、快人とペットたちと一緒に過ごしていた。
世界樹の麓に寝そべったベルフリードに快人がもたれかかり、ネピュラはリンドブルムとセラスの二匹の竜と一緒にベルフリードの背の上でのんびりと過ごす。
大人しくのんびり屋なセラスは、ベルフリードの上で昼寝を始め、寝そべっているベルフリードともたれ掛かって休憩している快人も昼食後ということもあってウトウトしている。
そんななかで、ネピュラはリンドブルムと話をしていた。
「キュキュ、キュイ! キュイ!」
「う~ん……気持ちは分かりますが、成長とは焦ってするものではありません」
「キュク、キュイ!」
「たしかにそうした外的要因により、貴女を成長させることはできるでしょう。ですが、肉体が成長したとして心の成長が伴っていないのなら、チグハグになりますよ」
「キュゥ……」
当然ではあるが、ネピュラのレベルになればリンドブルムの言葉は理解できており、現在は早く成長したいというリンドブルムの相談に乗りながら、焦り気味なリンドブルムを諭していた。
「焦らなくても貴女はちゃんと成長していますし、その過程でしか得られる経験というものもあります。貴女が焦って成長するよりも、一瞬一瞬を楽しみながら成長していった方が主様も喜びますよ」
「キュイ? キュキュクイ?」
「ええ、主様が気の短い方では無いというのは、妾よりもリンドブルムの方が知っているはずですよ?」
「キュ! キュイキュクイキュ!!」
「その意気です」
ネピュラの言葉に納得したのか、リンドブルムは元気よく頷き、それを見たネピュラも微笑まし気な表情を浮かべた。
(これでいい。たしかに妾であれば、即座に成竜に成長させてやることも出来る。だが、必ずしも『なにもかも与えることが最善というわけではない』。自ら求めて苦心するからこそ、得られる成果というものも存在する。絶対者たるもの、状況に応じてあえて手出しをし過ぎず道を示すという方法も獲れなくてはな)
そんなこと考えていると、ひょいっとネピュラの体が抱え上げられた。ネピュラが視線を動かすと、優しい表情を浮かべている快人の顔が見える。
どうやら快人も、先ほどのネピュラとリンドブルムのやり取りを聞いていたらしい。
「なんというか、ネピュラはしっかりしてて頼りになるね」
「ふふふ、お任せください! 妾は絶対者ですからね」
「あはは、なるほど……」
ネピュラの言葉に楽しげに笑いながら、快人は1mほどの小柄なネピュラを自分の膝の上にのせて抱え、優しく頭を撫でる。
(まったく、主様め……絶対者たる妾をぬいぐるみのように扱うとは……しかし、これもまた主様なりの忠義の示し方というのであれば、受け取らぬわけにもいかないな。うむ、許す。好きに撫でるといい)
ネピュラは満更でもないような表情を浮かべて、快人にもたれ掛かっており、どことなくその姿は楽しげで……すっかりこの環境に馴染んでいるように見えた。
シリアス先輩「……この圧倒的ほのぼの感……まぁ、それはそれとして、どうやらネピュラ自身もすっかり環境に馴染んでる気がする。心の声で快人の呼び方を訂正しなくなってるし……」




