究極の神⑨
夜、快人の家の地下にあるバーのカウンターに果実を置き、アリスはイリスと話をしていた。
「……それで、結局その果実の効果はどうだったのだ?」
「検証したところ、身体能力や魔力が1時間ほど1.5倍に上昇しますね」
「……それだけか? それより倍率の良い補助魔法なぞ、いくらでもあるであろうし、効果は控えめなのだな」
「……ところがそうでもないんです」
全能力が1.5倍と考えると強力そうに見えるが、補助魔法や強化魔法にはそれを越える倍率のものも多く、あらゆる傷を治す本来の世界樹の果実と比べれば効果は控えめに感じられた。
しかし、そのイリスの言葉にアリスは首を横に振り、少し沈黙してから告げる。
「……これ、試してみたら……『私の能力も1.5倍』になったんですよね」
「……ヘカトンケイルの究極戦型を使ってない状態で、ということか?」
「ええ」
「なるほど、前言は撤回しよう。とてつもない品だな……」
アリスの言葉を聞いて、イリスは先ほど効果は控えめだといった言葉を撤回した。アリスはあらゆる能力を限界まで鍛え上げており、普段は基本的にそれ以上成長することが無く無限に進化するヘカトンケイル究極戦型を使用している時にのみ成長する。
その前提で考えると、ネピュラの作り出した世界樹の果実は……。
「……この果実による能力上昇は、使用者の能力の限界値を超えて1.5倍にします。しかも『あらゆる強化の後に適応される』みたいで、強化魔法とかで上昇した能力も含めて1.5倍になるって考えると、とんでもない品ですね」
「そうなると、貴様の危惧した通り、ネピュラがその究極神というのもである可能性が上がってくるのではないか?」
「う~ん、そうかもしれない……とは思うんですけどね」
「なんだ? 今回はずいぶんと歯切れの悪い物言いだな」
迷うようなアリスの口ぶりに、イリスは珍しいものを見たと感じながら告げる。言うまでもなくアリスは圧倒的に頭がよく、その思考速度も頭脳も世界一と言って過言ではない。
イリスはそんなアリスなら、もう粗方の仮説は立て終えているだろうと予想しているが、その割にはどうもアリスは浮かない表情だ。
それを察したイリスは、ひとつひとつ尋ねる形でアリスとの話を進めていくことにした。
「仮説は、立てているのだろう?」
「まぁ、私の考え通りなら……あの子は、かつて究極神と呼ばれた存在で間違いないでしょう」
「ふむ、しかし、神ではなく精霊なのであろう? その辺りはどう説明する?」
「完全に推測の域は出ませんが、エデンさんが以前物語の終わりについて語った時、チラッとシャローヴァナル様なら終わらせた存在を復活させられる的なニュアンスを零していました。そのことから、シャローヴァナル様は物語の終わりで終わらせた存在を復活させることができる可能性が高いとは思います」
そこまで話したところで、アリスはイリスが差し出したカクテルを一口飲み、説明を続けていく。
「ただ、終わらせた相手を復活させられるだけでは、シャローヴァナル様にメリットが少ないですし……私は、復活させる際に対象になんらかの影響を及ぼせるのではないかと予想しています」
「というと?」
「たとえば、能力に制限を加えたり、シャローヴァナル様に逆らえなくなったりとか、そんなことができるんじゃないかなぁと……それなら、種族が精霊であることも、聞いていた話より明らかに能力が低いことも納得できます。なにせ、マキナでも力が強大すぎて普通にこの世界に来るのは難しいらしいので、それ以上の存在を格落ちさせずにこの世界に顕現させられるとも思いませんしね」
「……なるほどな」
アリスは推測ではありものの、ほぼ正解に近い答えに辿り着いており、ネピュラが究極神と同一人物であることはほぼ確信していた。
「あとは、直感的な話です。私はそれなりに場数を踏んでるので、大体一目見れば直感的に勝てる相手かどうかってのは分かります」
「ふむ……勝てないと感じたのか?」
「いえ、普通に勝てるって思いました。ネピュラさんの潜在能力を限界まで発揮しても準全能級って印象で、仮に彼女がカイトさんに不意打ち襲い掛かったとしても、私やクロさんなら十分対処可能でしょう」
「……だが、それなら、むしろ別人の可能性の方が高くなるのではないか?」
「ええ、私も最初はそう思いましたが……なんでしょうね。なぜか『こっちが一方的に仕掛ける展開』だと……負ける気がするんですよね。私が勝手にネピュラさんを危険分子だと判断して排除しようとした場合をシミュレートすると……根拠は無いですが、なぜかまったく勝てる気がしないんです。まぁ、本当にただの勘なので違うかもしれませんが、全てを内包するっていう彼女の能力に制限がかかっている気がしますね」
「なるほど……相手に非がある戦闘においてのみ発動できるとか、そういった類か……」
アリスは膨大な戦闘経験があり、そこから感じる直感はかなりの精度を誇る。その直感が、ネピュラを一方的に排除しようとするのは危険だと告げていた。
「……まぁ、ある程度考えもまとまったので、マキナに一度確認してみるつもりですよ。マキナなら本当のところを知っているでしょうしね」
「ふむ……推測が多いとはいえ、しっかりと考えは纏まっているように思えるが……ではなぜ釈然としない感じだったのだ?」
「いや、それがですね……」
イリスの問いかけに、アリスは微妙な表情を浮かべつつ、カクテルを一口飲んで告げる。
「……直感的に受ける第一印象、話してみた感じ、普段の行動……そのすべてを総合して、どんなに考えてもネピュラさんは……『根っからの善人』で『カイトさんなみのお人好し』にしか思えないんですよね」
「うん?」
「世界創造レベルの神にありがちな常識がズレてるような感じもなく、空気が読めないような様子もないどころか、むしろ気配り上手な印象……多重世界の頂点に君臨していたような神が、そんな性格って……ありえるんですかね?」
「……なるほど、お前の疑問はなんとなくわかった。たしかに、少しイメージと違う気がするな」
「そうなんすよね。あまりにもマトモっていうか……とんでもない存在のはずで、こっちから攻める側だと勝てない気がする相手なのに……全然危険な感じがしないんですよ。だからなんか、逆に不安になるんですよねぇ……」
そう、アリスが悩んでいたのは明らかなイレギュラーであり、能力的には極めて強大な力があると予想される相手にも関わらず……あんまり警戒心が湧いてこないことだった。
現状まったく問題ないというか、むしろ快人の知り合いの中でもトップクラスの善人にしか見えないのが逆に彼女を戸惑わせていたのだ。
とはいえ、いくら考えたところで答えが出るわけでもなく、アリスは微妙な表情をしつつ詳しくはマキナに尋ねようと結論付けた。
シリアス先輩「なんとなく、分かった気がする」
???「そうなんすよね。いろいろ考えても、あまりにも真っ白というか……結論として『ただのいい奴では?』となってしまうので、逆に戸惑ってるんですよね」
シリアス先輩「果実の効果とか、秘めてる能力とかヤバ目な要素もあるのに……正直当人の性格的にまったく問題なさそう。やっぱただのいい奴だろ」
 




