究極の神⑧
まだ早朝と言っていい時間帯、快人の家の屋根の上で周囲から姿が見えないように佇みながら、アリスは快人から預かった世界樹の果実を眺める。
(……なんか妙な事態になってきましたね)
少し困った表情を浮かべつつ、アリスが視線を動かすと快人の家の庭では魔力をハサミのように変化させたネピュラが、己の本体である世界樹を手入れしていた。
無駄に伸びた枝や葉を切り、少し離れて全体を確認するということを繰り返しており、その姿には特に異常と思える部分はない。
(やっぱり、何度見ても普通に精霊にしか見えないんですよね。けど、マキナから聞いた究極神と同じ名前の存在が、いままで例のない形に突然変異した世界樹から現れる……偶然同名だったと思うには、妙な材料が揃い過ぎなんですよねぇ)
快人の庭の世界樹の変化は、アリスでさえ思わず「なんだアレ」と言ってしまうようなイレギュラーであり、いろいろ調べてみたが、過去に同様の変化をしたという事例はない。
しかも、精霊に詳しいリリウッドやクロムエイナといった面々も調査したにもかかわらず、結論としては『よく分からないが、たぶん突然変異』というものであり、結局のところなにもわかっていない。
(でも、現状出自がおかしいだけで……それ以外に妙なところは一切無いんですよね。変な行動をとったりしてるわけでもないですし、周囲にも友好的ですし……う~ん)
頭を悩ませるアリスの視線の先で、ネピュラは世界樹の手入れを終えたのか、引き続き庭の花壇や噴水なども手入れし始めた。
一通り庭の手入れを終えて、すっかり日が昇ったのを確認しながらネピュラは満足そうに頷いていた。
(うむ、よい出来だ。世界樹のあるこの庭は、妾の土地のようなものだ。ならばそこを美しく保つのも、絶対者としての務めだな)
実際ネピュラの手入れの能力は見事なもので、大きく変えていないにもかかわらず前より庭全体が美しく見えるほど綺麗に手入れされていた。
(しかし、以前に管理していた者もいい腕をしている。さすがに絶対者たる妾には及ばぬが、それでも景観なども含め、よく考えているしこまめに手入れしているように見えた。さぞ、優秀な庭師なのだろう)
「おやぁ? もしかしてぇ、庭の手入れを~してくださったのですかぁ?」
(……む? コヤツは確か……)
ネピュラは己が絶対者であるという自負と自信は持ち合わせているが、別に他者を見下しているわけでは無い。あくまで絶対者たる己と下位の者は切り離して考えており、優れた能力は正当に評価するし賞賛も惜しまない。
ネピュラが心の中で庭の管理者を賞賛していると、後ろから声が聞こえてきて振り返った。視線の先には剪定ハサミなどの道具を待ったイルネスの姿がった。
「おはようごさいます、イルネスさん!」
「おはようございますぅ」
「申し訳ありません。勝手なことをしてしまったでしょうか?」
イルネスが手に持つ道具を見て、彼女が庭の手入れをしに来たことを察したネピュラは、謝罪の言葉を口にした。
「いえいえ~そんなことはぁ、ありませんよぉ。むしろ~私が整えるよりも綺麗でぇ、驚きましたぁ。特に~植木やぁ、花壇の手入れが素晴らしくてぇ、感嘆しましたぁ」
「ありがとうございます。ですが、元々イルネスさんの手入れが綺麗でしたので、妾が手を加えたところは少ないです。ただ、やはり妾は精霊なので、こうした植物などの手入れに関しては人後に落ちない自信はあります」
「なるほど~もしコツなどがあればぁ、ご教授いただきたいですぅ」
実際ネピュラは本人が絶対者を自称するだけあって、あらゆる能力に優れており、庭はイルネスの目から見ても見事と思えるほどに整えられていた。
コツがあれば教えて欲しいというイルネスの言葉を聞き、ネピュラは思考を巡らせる。
(ふむ、妾に教えを乞うか……よいだろう。下位の者を教え導くのも、絶対者の務めだ)
そして素早く思考をまとめると、イルネスに対して明るい笑顔で告げる。
「はい! 妾に教えられることでしたら、いくらでも!」
「ありがとうございますぅ」
イルネスの願いに快く応じたネピュラは、いくつかの手入れのコツをイルネスに教えていく。とはいえ、元々イルネスの技術は優れており、教えることはそれほど多くなく十数分で指導は終了する。
お礼をいうイルネスに笑顔で応えたあと、ふとネピュラはなにかを思いついたような表情を浮かべて口を開いた。
「……そういえば、イルネスさん。提案なのですが」
「はい~?」
「主様の庭ですが、現状はリリアさんの屋敷と同じ形にしているみたいですが、植木などの位置を調整して芝生のスペースを広げると、ベルフリードやリンドブルムが遊びやすくてよいのではないでしょうか?」
「なるほど~それはぁ、とてもよい案ですねぇ」
快人はリリアと違って貴族というわけでは無く、いわゆる貴族的な庭の様式に拘る必要はない。現状は特に本人からの要望が無かったので、リリアの屋敷の庭と似た形にしているが……ネピュラの言う通り、ベルフリードやリンドブルムが動き回れるスペースを増やしたほうが、快人としても喜ぶと思えた。
「一度~私の方からぁ、カイト様に~相談してみますねぇ。カイト様の許可が出たならぁ、手を加えてみましょうぅ」
「はい!」
「庭を作り変える際にはぁ、ネピュラもぉ、いろいろと手伝ってくれたら~助かりますぅ」
「もちろんです! 妾は絶対者ですから、安心してお任せください!」
「頼りになりますねぇ」
小さな体で胸を張るネピュラを微笑ましそうに見たあと、イルネスは微笑みながら言葉を続ける。
「飲食が可能なのでしたらぁ、紅茶でも~ご用意しましょうかぁ?」
「ありがとうございます! いただきます」
互いに気配り上手という共通点があるからか、イルネスとネピュラは性格的がよく、その後も庭の手入れや改修の許可が出たらどんな風にするかなどの話を楽し気にかわしながら、家の中に入っていった。
シリアス先輩「……なんでお前は悩んでるの?」
???「私ではなく、アリスちゃん的には……世界創造の神ってシャローヴァナル様やマキナが基準ですからね。あまりにもマトモすぎて、神だと思えなくて戸惑ってるんですよ」
シリアス先輩「……天然とヤンデレのせいで、常識的で真っ当というのが逆に個性になってしまっているのか……」




