宮間快人の長い一日⑧
妙に意識がはっきりした夢の中、完全に初対面の女性に母親宣言されるという異常事態……本当になんだこれ?
マキナと名乗った目の前の女性に見覚えはないし、なにより俺にはちゃんと母さんがいるわけで……。
「あぁ、ごめん、そういう血縁的な話じゃなくて、もっと広い意味でだよ。君は私が創造した世界で生まれた子だから、我が子ってことだよ」
「あ、あぁ、そういうことですか……あれ? つまり貴女は、俺の居た世界の神様ってことですか?」
「うん、その通りだよ」
ビックリした母親って、そういう広い意味での話か……あれ? でも、こういう話は前にどこかで聞いたというか、同じようなことを言う知り合いがいたような気がするのだが……『思い出せない』。
妙な感覚だ、そこだけすっぽり抜け落ちているかのように、特定の人物に関することが思い出せない。
「おっと、ごめんね。ちょっと事情があって、ここでは『そっちの私』のことは思い出せないようにしてあるんだ」
「う、うん?」
「まぁ、なんというか……我が子は最初夢って思ってたみたいだけど、それはある意味で近くて、いまは眠っている我が子の精神だけを一時的にこの空間に招待しているんだよ。でも、これが割と契約違反というか、ギリギリで、シャローヴァナルから文句言われそうだから……『ここではそっちの私を思い出せない』『ここでの話は目が覚めたら忘れてる』って制限をかけてるんだよ」
「……な、なるほど」
……とんでもない話だが、神様というのであればそういうことができても不思議ではないだろう。まぁ、俺もいろいろあったし常識では考えられない事態が発生するのには……なんかもう、慣れてきたというか、ある程度冷静に受け止められるようになってきた。
己の成長に喜ぶべきか、慣れるほど異常事態に巻き込まれまくっていることを嘆くべきか……迷いどころである。
そんなことを考えていると、目の前の女性……神様ってことだし、様付けで呼んだ方がいいのかな?
「あ、いや、普通に呼びやすい呼び方でいいよ。もちろん! 母って呼んでくれても……」
「……では、マキナさんと呼ばせていただきますね」
「……ママとかでもいいよ?」
「よろしくお願いします、マキナさん」
「あ、うん。よろしくね……」
なんだろうなぁ、この感覚。見た目はなんか清楚で優し気な美少女って感じだし、声とか口調も優し気なんだけど……なぜか分からないけど、そこはかとない『ヤバさ』を感じる。
特にさっき「母って呼んでくれても~」のくだりの時に、ゾクッと背筋が寒くなるような感覚がした。なんか無意識に体が警告していたような気がした。
気のせいだとは思いたいんだけど、一瞬虹色の瞳の奥に『どす黒いハート』が見えたような……。
「……えっと、気を取り直して、マキナさんはなぜ俺をこの空間に? さっきの話から察するに、シロさんとの契約違反をしてまで呼ぶ用事があるってことでしょうか?」
「うんうん、我が子は賢いね! 我が子は結構自分のこと卑下しちゃうけど、目の付けどころとかは悪くないし、頭の回転も速いと思うんだよね。もちろんちょっと抜けてるところがあったりするけど、そこも我が子の可愛さなわけだし、まったくマイナス点なんかじゃないよ。むしろプラス点だね。知的でカッコよくて、その上ところどころで可愛いなんて、二度おいしいどころの話じゃないね。私としてもペロペロポイントが非常に高い要素だね。やっぱり、私としては定期的に我が子を甘やかしたいというか、ペロペロしたいというか……おっと、話が『ちょっと』逸れちゃったね」
……ちょっと? というか今この人、真顔でペロペロとか変なこと言わなかった? 聞き間違えだよね? 聞き間違えであってくれ……怖くて聞き返したくない。
あとやっぱりなんか、妙なヤバさを感じるんだよなぁ。なんか、ところどころ湿気が強いというか、じっとりと汗をかくような妙な雰囲気を感じることがある。
「私が我が子をここに呼んだのは、もちろん我が子に直接会いたかったからってのもあるんだけど……前々から、一度ちゃんと話がしたいって思ってたからだよ」
「話、ですか?」
「うん。まぁ、立ち話もアレだしゆっくり話そうって言いたいんだけど……ごめん、ちょっと待ってね」
マキナさんはそう告げたあと、グッと右手を握り……『自分の顔をぶん殴った』。こちらには風圧などは一切着ていないが、マキナさんの後方……空間そのものが軋むような音と共にひび割れたので、滅茶苦茶な力で殴ってそうな気がする。
というか……なにしてんのこの人!?
「……あ、あの、突然なにを……」
「ごめんね。危うく『我が子への愛がビックバン』しちゃうところだったから……さすがにこれ以上干渉を強めると、シャローヴァナルにバレちゃうし我慢しないといけないからね」
「……は、はぁ」
ただの爆発とは言わないところが恐ろしいし、また背筋にゾクッとする感覚があった。
やっぱりなんか……清楚な見た目とは裏腹に、狂気みたいなのが見え隠れしてる気がするんだよなぁ……けどなんだろう、なんかそれでも『まだマシなレベル』とかいう異常な感覚もあるけど……なんでだ?
シリアス先輩「……自制、できるじゃねぇか……」
マキナ「楽園はあくまで端末だから一時的に接続切ったりの対策が限界だけど、こっちの体だと私に直接ダメージ与えられるから、ある程度自制しやすさはあるね。あと、これ以上干渉強くするとシャローヴァナルにバレてクレーム入れられるから……」




