宮間快人の長い一日①
後悔先に立たずという言葉がある。世の中大抵の失敗というのは、失敗してから気付くもので、同時に気付いた時にはすでに手遅れなことも多い。
たったひとつの迂闊な発言が、とてつもない事態を引き起こすなんて、よくある話かもしれない。だが、当事者になってみるとその絶望感は筆舌に尽くしがたい。
人は後悔する生き物だ。あの時ああしておけば、あそこで気付けていればと……過去を振り返り頭を抱える。
神ではない只人の身には時間を遡るすべなどありはしないが、それでも思ってしまう……なんとか、あの間違いをやり直せないものかと……。
変わらぬ過去を思いながら、もう何度目か分からない問いを心の中で浮かべる……なんで、こんなことになってしまったんだ?
「どうかしましたか、愛しい我が子? 考え事ですか?」
「いえ、なんでもないです」
「そうですか、今日はせっかくの機会ですし、心行くまで『ふたりっきりで散策』を行いましょう」
「……そう……ですね」
天使のような笑顔を浮かべ、見た目もまんま天使なのに……なぜ、涎を垂らした捕食獣の幻影ばかり見えるのだろうか?
丁重な口調で、表情も一見すると優し気なのに……なぜ、滲み出る狂気が隠れていないのだろうか……。
そもそも……本当に……なぜこんなことになってしまったのだろうか、何度目か分からないが、己の迂闊な発言を心から悔いた。
ことの発端は少し前に遡る。週5くらいの頻度で現れるエデンさんとのいつものお茶会。本当にいつも通りの流れだった。
15分ぐらいが経過し、そろそろ暴走フェイズも2を過ぎてきたので、もう少ししたらクロに合図を送っていつもの流れでお開きになるだろうと、そう思っていた。
言ってしまえば……その時の俺には『油断』があったのだと思う。いかにエデンさんが、俺の知り合いの中でぶっちぎりにヤヴェ方であったとしても、もう定番の流れができていた。
だから今回もそうなるだろうと、いつも通りだろうと……安心、してしまっていた。得てしてそんな時ほどイレギュラーとは発生するものだ。
「愛しい我が子、母もこの世界をいろいろと巡りまして、個としてそれなりに気に入った場所も見つけました」
「へぇ、エデンさんが気に入る場所って、ちょっと興味がありますね。どんなところなんですか?」
「いくつかありますが、ひとつはなかなかよい景色の島で、広さはありますがあまり生物は住んでいません。整えられ管理された美しさとはまた違う、ありのままの自然の美しさがある場所ですね」
「へぇ、それはよさそうですね。エデンさんが気に入るぐらいですから、きっといいところなんでしょうね」
微笑みながら会話をしつつ、俺は会話の内容よりもそう遠くないうちに暴走するであろうエデンさんの様子に意識を集中していた。エデンさんは早口気味になってはいるが、表情は深い笑みでは無く微笑みだし、まだ狂気は滲んでないのでいままでの経験から察するに、もう少しの間は大丈夫そうだ。
「ええ、是非愛しい我が子にも見せてあげたいと思っているのです」
「いいですね、一度見てみたいです」
フェイズ3の深い笑みに変わったら、ネックレスに魔力を送ってクロに事前連絡をしようと、そんな風に考えていた。会話に集中しきれていなかった……それがひとつ目の失敗である。
「では、今日これから一緒に私の見つけた場所を順に回りませんか?」
「ああ、今日は特に予定も無いですし、大丈…………え?」
そしてふたつ目にして致命的な失敗。エデンさんの言葉に生返事しつつ、『今日の予定が空いている』と宣言してしまったこと……。
「では、決まりですね。ふふ、愛しい我が子と出かけるなんて、とても楽しみです」
「え? あっ……そ、そう、ですね」
己の失態に気付いた時には、もう訂正はできなかった。もうエデンさんの中では、俺と一緒に出かけることが決定しており、いまさらやっぱりやめますなんて言えばどうなるか……恐ろしすぎる。
しかも、いまから断ろうにも、予定が無いことは白状してしまったし、心が読めるエデンさんが相手では適当な理由をでっちあげることもできない。
そしてなにより、ちゃんと話に集中していなかったのは俺の責任であり、生返事だったとはいえ、いちおうは了承してしまった以上、いまさらやっぱり止めますという気にはならない。
つまり、どういうことか……覚悟を決めるしかないというわけである。
そんなふたつの失敗が重なった結果、俺は『一日エデンさんと一緒に散策』という、どうなるか不安しかない状況に追い込まれてしまったわけだが、胸は不安でいっぱいだ。
い、いや、もしかしたらすぐに暴走してお開きになる可能性もあるし……う、うん……な、なんとかなるんじゃないかな……なるといいなぁ……やっぱ……ならない気がするなぁ。
シリアス先輩「……なんか、リリアが珍しく胃痛を回避したと思ったら、主人公の方がド級の胃痛フラグぶっ建ててるんだけど……」
???「カイトさん……無茶しやがって……」




