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番外編・トーレとフィーア

ウトウトしてしまって本来更新予定のジークの話がまだ書けてないので、明日更新予定だった番外編と順番を入れ替えます。



 午後の診察を終え、フィーアはふと部屋の片隅に置かれている金属製の缶に目を向けた。元々は紅茶の茶葉が入っていたものだが、中身を使い切った今も小物入れとして使っていた。

 特別お洒落というわけでもなく、どこにでも売っている程度の一般的な茶葉……だが、フィーアがそれを今も使っているのは、この診療所ができたばかりの頃に家族に貰った品だったからだろう。





 時は数百年遡る。

 クロムエイナの家族のひとり、フィーア……かつて魔王と名乗り人界に攻め入った彼女は、大きな過ちを悔い、贖罪ために生きると決めて家族の元を離れた。

 元々回復魔法は得意であったが、人界を旅しながら人族の医学などを学び、医者として十分な腕を得てから彼女はシンフォニア王国に診療所を作った。


 ハッキリ言ってしまえば、彼女の家族……俗に冥王陣営と呼ばれる者たちには優れた者も多く、フィーアの居場所程度、探そうと思えば探すことができる。

 実際、多くの家族がフィーアがシンフォニア王国で医者として生活を始めたことは知っていた。しかし、誰も彼女に会いに行こうとはしなかった。

 フィーアの苦しみや後悔を分かっており、彼女にも……そしてクロムエイナにも、心を落ち着ける時間が必要だろうと思っていたから……。


 だが、まぁ、何事にも例外というものはある。

 フィーアが診療所を建て、いよいよ明日から医者としての生活がスタートする丁度そのタイミングで、診療所に来訪者があった。


「フィーア! 遊びにきたよ~。あっ、これお土産ね。美味しい紅茶見つけたんだ~」

「……えぇぇぇ、ト、トーレお姉ちゃん? な、なんで……」

「診療所作ったって聞いて、遊び……お祝いにきたよ!!」


 そう、トーレである。突然来訪した姉の存在に、フィーアが戸惑ったのは言うまでもない。家族への後ろめたさや、己の行いへの後悔など、様々な感情と共に家族から距離をとっていたフィーアだが……『トーレはそんなこと気にする人物ではない』。

 押し切られる形で、トーレはフィーアの家の中に入り、持ってきた紅茶を飲んで楽し気に雑談を始める。


 そんないつもと変わらない姉の姿は、嬉しくもあったが……フィーアの心情として、それに甘えるわけにはいかなかった。

 だからこそ、フィーアは紅茶を飲む姉に対して、真剣な表情で、遠回しに帰るように促すような言葉を告げた。


「……トーレお姉ちゃん。私はさ、大きな間違いを犯した。いまの私は、家族の皆に顔向けできない。家族と会う資格なんてないんだ……ううん、私は、少なくとも当分の間は家族の誰とも会う気はないんだ。皆もその私の気持ちを分かってくれてるから、気遣ってくれてなにも言ってこないんだよ」

「なるほど……ところでさ、この前面白いことがあってね」

「そうだよね!? トーレお姉ちゃんに、そういう遠慮とかないもんね!!」


 無論そんなことを言って聞くトーレではなく、フィーアは頭を抱えた。


「……ところで、トーレお姉ちゃん? チェントとシエンは?」

「はぐれちゃった、不思議だね」

「……」


 トーレのその言葉にフィーアが遠い目をしたのは言うまでもない。戦闘能力が皆無な姉を無理に放り出すわけにもいかず、結局チェントとシエンが診療所の近くにくるまで、フィーアはトーレの相手をし続けた。

 そしてその後もたびたびトーレは診療所にやってきた。フィーアも何度か説得しようと試みたが……4回目あたりで完全に諦めた。


 トーレは本当に遊びに来ているだけであり、フラッと現れては適当に雑談をして帰っていく。フィーアの行いを咎めるわけでもない、家族やクロムエイナと会うように説得してくるわけでもない。本当にただ雑談しているだけである。

 だからこそ、フィーアとしても強くは拒絶できなかった。


 トーレは考えなしに見えて勘で核心を把握していることが多く、今回の件に関してもフィーアとクロムエイナの仲を取り持つことは困難……いや、『自分には不可能』だと認識していた。

 フィーアを救うには、彼女を一度強く否定した上で無理やりにでもクロムエイナの前に引っ張っていく必要があるが、それは自分には不可能だと分かっていた。


 実力的な話ではない……仮にトーレがフィーアを否定したとしても、その言葉は『フィーアの心の奥には届かない』。適当に流されるか、謝罪されて終わりであり、フィーアの心を揺さぶることはできない。

 それこそ、フィーアにとって絶対に無視できない存在……『フィーアが成し遂げられなかったことを成し遂げた存在』の言葉でもない限り、フィーアが心の奥に隠した本音を引き出すことはできない。


 トーレはそこまで完璧に把握していたわけでは無いが、なんとなく自分では無理だろうとは分かっていた。基本的に彼女はポジティブなので、いつかなんとかなるだろうと普通にフィーアの元に遊びに来るだけだった。

 それがなにかの変革をもたらしたわけでは無いが……ずっと変わらない姉の態度は、フィーアの心に幾ばくかの安心感を与えたのかもしれない。









 宮間快人という特異点により、フィーアとクロムエイナの関係が改善されたのち、フィーアは魔界にあるクロムエイナの居城……懐かしい家に帰ってきていた。

 姉妹のように仲の良かったフュンフには、一発だけだが思いっきり殴られ、その上でツヴァイに数時間にわたる説教をガッツリ行われてぐったりとした様子で歩いていたフィーアは、たまたま家に戻ってきていたトーレと遭遇した。


「あれ? フィーア?」

「ト、トーレお姉ちゃん。あ、あの、私ね……」


 トーレと会ったフィーアはなんというべきか、ほんの少し言葉に詰まった。そんなフィーアに対して、トーレは眩しいほどの笑顔を浮かべて口を開く。


「おかえり、フィーア」

「…‥っ……トーレお姉ちゃんって……ずるいよね……いっつも滅茶苦茶なくせに……こういう時は……あたり前みたいに、私が一番言ってほしい言葉をくれる」


 トーレは余計なことは何も言わなかったし、聞かなかった。ただ、久しぶりに家に帰ってきた家族に笑顔でおかえりと、それだけを告げた。

 それが、フィーアにはとれも嬉しかった。目からこぼれる涙をぬぐい、フィーアも微笑みながら言葉を返す。


「……ただいま、トーレお姉ちゃん」


 たぶんこの姉にはずっと敵わないんだろうなと、そんなことを考えながらも、フィーアはとても嬉しそうだった。










「……ところで、トーレお姉ちゃん? チェントとシエンは?」

「う~ん……どこだろう?」

「また抜け出したの? 駄目だよ、ふたりを困らせちゃ……」

「いや、ちょっと家に戻るだけだったしね」


 いつも通りのトーレを見て、フィーアは大きなため息を吐いたあとで半目になって告げる。


「……ふ~ん、そうなんだ。ちょっと家に戻るだけだから、問題ないんだ……じゃあ、向こうにいるツヴァイお姉ちゃんに伝えても大丈夫だね」

「……ツヴァ姉は……ちょっと困るかなぁ」

「トーレお姉ちゃん?」

「う~ん、フィーア……見逃して?」

「駄目」

「駄目か~残念」


 結局トーレはフィーアに首根っこを掴まれて、ツヴァイの元へ連行されていった。まぁ、それでトーレが懲りるかどうかといえば、まったくそんなことはないのだが……。





~おまけ・トーレに関するアレコレ~


【フィーア】

家族は皆、複雑なフィーアの心境を察して遠慮していた……しかし、トーレお姉ちゃんにはそんなの関係ないため、何度も診療所に遊びに来られていた。

しかも毎回チェントとシエンをまいてやってくるため、追い返そうにも追い返せない状態だった。


【ツヴァイ】

トーレをよく叱っている。というか、トーレはツヴァイに説教された回数も時間も家族の中で二位以下に圧倒的差をつけてぶっちぎりの一位である。

しかし、懲りない、さっぱり懲りない……。

ツヴァイとしては、元々末っ子扱いだったところに初めてできた妹であり、トーレのことはかなり可愛がっている。ただ、何度説教してもさっぱり懲りないのは改善してほしいところである。


【クロムエイナ】

実はトーレを溺愛している。というのもクロの家族で現在末っ子なのはノインだが、彼女を含めて家族の皆はしっかりしており、あまりクロに迷惑をかけたりしない。

家族が立派に成長してくれたことは、もちろん嬉しいのだが、それはそれで頼られることが少ないのは寂しい親心……しかし、トーレはあの性格なのでいまも割とクロにおねだりしたり甘えたりしてくることが多く、ぶっちゃけクロ的にはかなり嬉しい。

「もう、しょうがないなぁ」とか言いつつ、トーレのおねだりによく応えている。


【ラズリア】

トーレとは性格的な相性が抜群で物凄く仲良しであり、よくふたりでワイワイ騒いでいる。


【アグニ】

意外なことに結構仲がいい。というのも、トーレに戦闘力が皆無なので、「よし模擬戦しよう」とならず、普通に雑談が成立するため。


【3.4.7コンボ】

クロムエイナの家族が物凄く警戒する危険な組み合わせ。

ポジティブお化けのトーレ、思い込んだらイノシシのように一直線かつ凄まじい行動力のフィーア、天真爛漫なラズリア……この三人が集まることで、不意に明後日の方向に大暴走する危険がある。

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― 新着の感想 ―
[一言] シリアス先輩の有給、終・了!
[良い点] ええ話や。゜(゜´ω`゜)゜。 トーレさんとラズさんのワイワイ見てみたい
[一言] トーレの存在があったからフィーアは1000年もの間完全に潰れる事なくいられたと言っても過言じゃないですね。
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