六王幹部に会おう・十魔編Ⅱ④
挨拶を交わしたあと、メディアさんが用意してくれたテーブルにつき、紅茶をいただいていた。このテーブルと椅子は明らかに俺やパンドラさんに合うサイズであり、ティアマトさんの体躯では使い道は無いと思えるので、わざわざ用意してくれたのかと思うとありがたい。
しかし、しかしである……人の趣味にケチをつけるのもアレだが……椅子も机も『骨で出来てる』のはなぜだろうか?
「……なんだこの趣味の悪い机と椅子は?」
なんか十魔への挨拶をしている時は、本当にパンドラさんはマトモに見える。俺が言いたかったことをズバッと言ってくれて、本当にありがたい。
「これは貰いものです。この黒い森の奥には偏屈な死霊術士が住んでいるのですが、気の迷いで作ったが使い辛いと……ミヤマカイトさんの体のサイズを考えると、丁度いいものだったので今回利用させていただきました」
「それは体よく不用品を押し付けられただけではないのか……」
死霊術士……確かゼクスさんも死霊術士だったような気がする。まぁ、ゼクスさんはクロの家に住んでいるのでゼクスさんではないだろう。
しかしこの黒い森の雰囲気と死霊術士はすごくマッチしてる気がする。
少し話がそれてしまったが、改めてメディアさんに以前の件のお礼を伝えることにした。
「……えっと、改めましてメディアさん。以前は神界での戦いで協力してくださって、ありがとうございます」
「構いません。戦いとは悲しいものですが、世界から戦いが無くならぬのもまた事実……であるなら、この身を仲間の盾とすべく戦場に赴くのは、私自身望みでもあります」
「……」
なんだろう、言ってることは仲間想いの台詞のように聞こえるが、パンドラさんが物凄く微妙な顔をしている。
「貴様は単に己の欲望を満たしたいだけだろう」
「それも否定はしませんよ。悲しみとは、『悦び』でもありますから」
「……う、うん?」
なんかとんでもないこと言い始めたぞ。悲しみが悦び? 俺が混乱していると、パンドラさんがため息を吐いたあとで説明をしてくれる。
「……ティアマトは精神的な苦痛を快感に感じる異常者です。とりわけ、『親しい相手を己の手で殺し離別する悲しみ』をたまらなく好みます。対象を始末する任務などでは、相手を親しい友人や家族に見立てて嬲り殺すという残忍な面も持つのですよ」
「……」
えぇ、なにそれ怖い……あ、あぁ、そうか、だからさっきメディアさんが『仲良くなれそう』みたいなことを言いかけた際に、パンドラさんは俺を性癖に巻き込むなと言ったのか……。
「あぁ、本当に悲しいことです。いままで多くの者を手にかけました……どなたも私にとって得難い存在でした。交流を深めればきっと生涯の友にも、伴侶にもなれたかもしれません。あぁぁぁ……そうなるはずだった未来を摘み取るのは、胸が張り裂けそうなほどの悲しみでしたよ」
そう語るメディアさんの表情は恍惚としたものであり、なんというか……すごく楽しそうだった。なるほど、フェニックスさんと並び称されるだけあって、とんでもない方のようだ。
「……超音波を放つなよ? 放ったら即座に処断するぞ」
「分かっています。あぁ、ミヤマカイトさん、怖がらせてしまったようであれば申し訳ありません。安心してください、これでも自制はできる方なのです……ただ、少し、私は誰かと親しくなると、その相手を殺して悲しみに浸りたくなってしまうという、罪深き性癖があるだけです」
「は、はぁ……」
総合すると、とんでもなくヤバい方以外の結論が出てこないんだけど!? というか、もしかしてこの周囲にあるおびただしい墓標って……か、考えないようにしよう。
パンドラさんの情報を聞けば、パンドラさんが異常者と呼ぶのもわかるようなとんでもない方ではあったが……会話は特におかしな感じではなく、丁寧な口調で落ち着いた印象だった。
そのまましばらく雑談を続けてある程度時間が経ち、そろそろ帰ろうということになって席から立ち上がる。すると、そのタイミングでメディアさんが俺に話しかけてきた。
「……ミヤマカイトさん、少し、失礼します」
「え? うぉっ!?」
スッとメディアさんが俺のわきの下に手を入れると、そのまま人形を持ち上げるかのように俺は一瞬で二階ぐらいの高さに上がった。
突然の出来事に驚いていると、メディアさんはジッと俺の顔を見て沈黙し、少ししてからフッと笑みを零しながら告げた。
「……私は、貴方をとても好ましく思います」
「え?」
「失礼、誤解を与えてしまいました。私の性癖とはまた関係のない意味です……私は、『私が殺せない相手』がとても好ましい」
そう言って微笑んだメディアさんの表情は、どこか哀愁があり寂しげに見えた。
「たとえそれが貴方自身の力ではないとしても……たとえ、私が貴方をどれだけ好きになり、どれだけ殺したいと願ったとしても……あらゆる手を尽くしても、私では貴方を殺すことはできない……それが、どうしようもなく『安心できます』」
「……」
なんだろうか、この感じは……メディアさんはパンドラさんが言う通り、親しい相手を殺したいと感じ、悲劇を心地よく感じる……間違いなく異常者ではあると思う。
精神的苦痛を快感に感じるというのも本人が言う通り事実だろうし、実際に対象を始末する任務などではパンドラさんの言う通り己の欲望を満たすため残忍な手段をとっているとは思う。
ただ、それでも、彼女の根底は『邪悪ではない』ような気がした。だってたぶん、この方は……己が異常であると、ちゃんと自覚しているから。
「また機会があればいらしてください」
俺の体を下ろしながら、メディアさんはどこか優しさを感じる表情で微笑みを浮かべた。
彼女にとって、好意と殺意は比例する。相手を好きになればなるほど、その相手を殺して離別したいという欲求が湧き上がってくるのだろう。
だからこそ彼女は、魔族がほとんど住んでいない黒い森に住み、今は亡き同族を想って歌っているのではないかと思う。
少なくともいまの言葉……相手を殺せないことに安心するというのは、紛れもないメディアさんの本心のように感じた。
「……そうですね。また、機会があれば是非……ただ、その時は、骨の椅子はやめていただけると……」
「骨は駄目ですか……なるほど、次の機会までに勉強しておきます」
シリアス先輩「……思ったよりまともな思考してるのでは?」
???「まぁ、一応数少ない『アリスちゃんの指導がうまくいった例』ですしね」
シリアス先輩「……え? いや、普通に異常者なのは間違いないんだけど……」
???「逆です。ティアマトの場合は他と違って、元が欲求を我慢できない理性なき怪物だったんですよ。それが、アリスちゃんの指導によって、理性を獲得し……始末対象の相手……つまりは殺してもいい相手以外には、無暗に手を出すことは無くなったわけです」
 




