六王幹部に会おう・十魔編Ⅱ③
フェニックスさんの元を訪れ、翌日に一日休みを入れてから、いよいよ十魔最後のひとりティアマトさんの元に向かうことになった。
あのフェニックスさんと一二を争う問題児ということで、非常に不安しかない。
パンドラさんの案内で辿り着いたのは、魔界の一角にある深い森だった。リグフォレシアのリリウッドさんの森のように明るく美しい森ではなく、薄暗くどこかおどろおどろしい雰囲気の森である。
地形的に光があまり当たりにくいのか日の光が少なく、生えている木の葉なども暗めの色合いが多いため、時間的には昼のはずなのにまるで夜の森のようだった。
「なんというか、独特の雰囲気の森ですね」
「この森は魔界でも危険な魔物が多く生息する場所で、黒い森と呼ばれています。それなりに広いですが、魔族はほぼ住んでいませんね」
「な、なるほど……」
「まぁ、いかに知性なき獣とはいえ、不敬にもミヤマ様の歩みを邪魔する愚か者などいないでしょうし、問題はありませんよ」
俺がどうこうというよりは、伯爵級最強であるパンドラさんの魔力に怯えているのだろう。実際に魔物が多く住むというわりには、とても静かだった。
そのまま薄暗い森を歩いていると……微かに歌のようなものが聞こえてきた。歌詞は無いみたいで「ら~」という言葉のみの歌ではあったが、かなり綺麗で上手い。
いまだ歌い主の姿は見えないのに、広域に響くような歌声……歌っている人は、とんでもない声量の持ち主のようだ。
「……この声って、もしかして」
「ええ、ティアマトですね。この歌はラミア族に伝わるもので、ティアマトはよく今は亡き同族を想って歌っていますね」
「いまは亡き……」
「ラミア族は太古にティアマトを残し絶滅しています」
「そうなんですか……同族思いの方なんですね」
既に自分以外絶滅した同族を想って種族に伝わる歌を捧げている……思っていたより優しい方のようだ。
「いえ、ただの異常者です」
「え?」
「ラミア族を絶滅させたのは、『幼き日のティアマト自身』ですからね」
「……えっと、それはなにかアレですか? 己の力が制御できない的な……」
「いえ、己の欲望のためですね。まぁ、幼さ故に加減を知らず、本能のままに絶滅させてしまったことは本人も後悔しているみたいです。シャルティア様の指導により常識を学んでからは自制するようにはなりましたので、ある程度はマシではありますが……元を辿れば、己の性癖を満たすためなので、同情の必要はありません」
……まだ会っていないのに、すでに物凄く濃そうな感じなんだけど……子供の時に同族を絶滅させた? 話を聞く限り分別の分からない無邪気な子供故の残忍さが原因だった感じっぽいけど……。
少し不安になりながらも足を進めると、木々が無く開けた場所にでた。かなり広い広場といった感じのそこには、おびただしい数の墓標が並んでおり……その中心に巨大な人影が見えた。
少し青みがある黒色で長く癖の強い髪、水牛の角を思わせる二本の巨大な角、上半身が人型で下半身が蛇のような姿……上半身には胸元だけが隠れるチューブトップの服を一枚だけ着ている。
パッと見て一番初めに湧いてきた感情は『デカい』というものだった。目算で6mぐらいに見えるが、蛇のような下半身を含めた全長はもっと巨大だろう。
サイズだけならメギドさんやマグナウェルさんといったこれ以上に大きな方も見てきたが、上半身だけとは言え人間と同じような外見でここまで大きいと独特の存在感がある。
そのティアマトさんらしき存在は、俺たちが広場に踏み入ると歌を止めてゆっくりと顔をこちらに向けた。ハイライトが無く、蛇のような縦に長い瞳孔のある目が俺たちを捉える。
「……ようこそ、良い日ですね。いかな形であれ、新たな出会いというのは喜ばしいものです。ですが世界から悲しみが消えない以上、新たな出会いは新たな悲しみの始まりともいえるのかもしれませんね」
そんな声が聞こえた瞬間、地面を這うような音と共に一瞬でティアマトさんは俺たちのすぐ前に移動してきていた。
そのままチラリと俺の方に視線を向け、先が二つに割れた細長い……蛇のような舌で己の唇を軽くなぞってから、ニヤリと笑みを浮かべる。
「初めまして、シャルティア様が認めた我らの主、ミヤマカイト様……幻王配下幹部、十魔の末席を預かっております。コードネームはティアマト、本名は『メディア・レビアタシ』、以後お見知りおきを」
「宮間快人です。こちらこそよろしくお願いします。えっと、なんとお呼びすれば……」
どことなく不気味な雰囲気を感じつつも、俺も挨拶の言葉を返す。
「メディアと本名で呼んでくださって構いません。貴方とはとても仲良くなれそうな気がするのです、ええ、私の生涯においていままでないほどに、素晴らしき……」
「……ティアマト。ミヤマ様を『貴様の性癖』に巻き込む気なら、私にも考えがあるぞ」
「……言い回しが悪かったですね。普段の行いを考えれば誤解されてしまうのも致し方ありません。ですが、ご安心を、さすがに私とてそこまで自制の効かない愚か者ではありません。というより、そのようなことをしようとすれば行う前にシャルティア様に始末されてしまうでしょうしね」
なんだろうか、口調は丁寧そのものだけど、言いようのない不気味さがある。問題児と語られるほどだし、いまのパンドラさんの性癖という言葉も気になる部分はあるが……やはりなんというか、一癖どころでは済まなさそうな相手だ。
【ティアマト】
ラミア族の特殊個体にして、ラミア族最後の生き残り。フェニックスを極まった変態と称するなら、こちらは『狂った変態』である。
些細なことでも嘆き悲しむ感受性が豊かなように見えるが、実際は精神的な苦痛に対して快感を感じる変態であり、十魔の中でもかなりの異常者。
特に『親しい相手を失う悲しみ』が大好きであり、かつて本能のままに同族を絶滅させた。シリアルキラーともいえるような存在だが、アリスが捕まえて躾と教育をした結果、最低限の常識と自制は覚えたので、現在は無差別に他者を襲ったりすることはない。
ただ、性癖が消えたわけでは無く、任務……特に対象を始末するようなものを行う際には、まず最初に始末する対象を『家族や恋人』に見立てた上で、親しいものを己の手で始末しなければならない悲しみを疑似的に味わいつつ嬲り殺すので、付いた通り名は『嘆く絶望』。
そして対象を始末し終えたあとは、大泣きして超音波で周囲を滅茶苦茶に破壊するので、とにかく被害が大きくなりがちで序列は十魔最下位。
ただ性癖が歪んでいるが故に異常な行動をとるものの、ソレと関係のない部分では温厚であり、黒い森に迷い込んだ魔族などが居れば、魔物に襲われる前に保護して家まで送ってあげたりしている。
子供が好きで給与の大半を各地の孤児院などに寄付しているが、匿名で行っており孤児院を訪ねたりはしない(親しくなると性癖が顔を出して、殺したくなってしまうため)
余談ではあるが、黒い森にの最奥にはラサルの住む洞窟があり、ラサルとティアマトはいちおう顔見知り(※ラサルは興味が無いのでティアマトの名前は憶えていない)




