優勝候補にされたんだけど!?
思わぬトラブルもあったが、いよいよ俺や楠さん、柚木さんが参加する収穫祭の開催が近付いてきた。
宿の玄関に集合してから会場である精霊の森へと移動する前に、集合した俺達に対しジークさんが布に包まれた包みを差し出してくる。
「ジークさん? これは?」
「……」
「え? お弁当ですか? ありがとうございます!」
「……」
どうやらジークさんは俺達三人に弁当を作ってきてくれたらしい。
収穫祭は朝10時から昼の3時までの間で行われ、一度街に戻って食事をする者もいるらしいが、大多数は弁当を用意していくとの事だ。
ジークさんはお菓子作りが趣味みたいで、俺も何度か頂いた事があるのだが……どれも本当に丁寧に作られていて美味しかったし、普段から料理はよくすると言っていたので、お昼に頂くのが楽しみだ。
ジークさんにしっかりとお礼を言ってからお弁当を受け取り、皆で会場へと移動を行う。
ちなみにリリアさん達は収穫祭の方には参加しないらしい。と言うのも、ブラックベアーと言う脅威の心配は無くなったものの、警備隊が壊滅状態なのは安全面で不安もあり、狩猟大会の参加者の内で有志を募り、精霊の森の周辺を見回る事になったらしく、リリアさん達もそちらに参加する様だ。
リグフォレシアの街の出口付近に着くと、そこには収穫祭の参加者らしい人達が大勢集まっていた。
昨日の狩猟大会と違うのは、女性や子供が非常に多い事だろうか?
「子供も多いんですね」
「ああ、収穫祭の一番の目的は精霊との触れ合いだからね。特にエルフ族にとっては、この収穫祭で良い結果を残す事は、将来を約束されるにも等しいからね。子を持つ親は、こぞって我が子を参加させたがるんだよ」
成程、エルフ族にとっては精霊に愛されると言う事は誉れであり、収穫祭で結果を残せば精霊魔導師としての道が開かれると言う事らしい。
精霊魔導師はエルフ族の中でも、かなり優遇される職の様だし、やはり親としてはその道に進んで欲しいと思うのだろう。
レイさんから説明を受けている間に、リリアさんが俺達の参加申請をしてくれたみたいで、収穫祭の担当らしきエルフの男性が、柔らかい笑顔を浮かべて俺達に話しかけてくる。
「では、参加するお三方には、説明といくつかの諸注意を聞いてもらいます。少し時間がかかりますが……」
エルフの男性は歓迎する様な表情を浮かべ、そう言いながら俺達に近付き……直後にその体が、浮いた。いや、持ち上げられた。
「……貴様、千の白金貨より価値有るご主人様の時間を浪費させようなど、万死に当たる不敬と思え! 今、この場で八つ裂きにしてくれようか!!」
「……アニマ……手を離しなさい。後、お前どこから沸いて出た?」
「はっ!」
突然現れ、男性の胸倉を掴んで、その体を片手で軽々と持ち上げながら物騒な発言をするアニマ……それを見て俺は、大きく溜息を吐きながら手を離す様に命令する。
アニマは俺の言葉に従い即座に手を離し、俺の方を向いて敬礼をする。
「おはようございます、ご主人様! 自分はただ今、街の巡回を行っております! その最中に、ご主人様に対する無礼を見かけましたので、不敬者を『排除』しようとこちらに来た次第です!」
本当にこの子は……もう、抜き身のナイフどころか、火の付いたダイナマイト並みに喧嘩っ早いんだけど……うん、後で絶対強く言い聞かせとこう。
超理論とすら言える、アニマの思考に頭を抱えつつ指示を出す事にする。
「うん。ここは大丈夫だから……仕事に戻って良いよ」
「はっ! アニマ、これより任務に復帰いたします!」
「うん……頑張って」
「勿体ないお言葉です! では、自分はこれで!」
鋭く背筋を伸ばし、相変わらず大きな声で返事をした後、アニマは規則正しい足取りで巡廻に戻っていく。
それを見送った後で、俺は混乱している様子の男性に頭を下げる。
「すみません、アニマが失礼を……」
「あ、ああ、いや……成程、君が噂のご主人様ですか……」
「噂?」
「ええ、彼女の前でご主人様……つまり君を軽視する様な発言をすると、即座に殴り飛ばされるって注意が回ってきたんですよ」
「……本当に色々すみません」
たった半日近くで、どうやったら注意喚起が回るレベルで警戒される様になるんだよ!! 一体何したんだアニマ!? レイさんも何か諦めた様な溜息吐いてるし……
突如襲来したアニマのお陰で、なんだか参加前からどっと疲れた様な感覚を味わいつつ、俺は改めて男性から説明を聞いていく。
収穫祭の説明はそれほど難しい物ではなく、一度聞けば大体の内容を理解する事が出来た。
参加者にはマジックボックスに似た性能がある袋が配られ、そこに収穫した実を入れると言うのが簡単な収穫祭の流れになる。
またこの袋は精霊が作ったもので、中に入れられた実が今年の物か、去年の物か等を判別する機能もあるらしく、不正は行えないようになっているらしい。
そして注意点として、精霊族に危害を加えない事、ゴミ等を森に捨てたりしない事等が告げられる。それらを破れば、途中で強制的に失格となる場合もあるとの事だ。
後トラブルが発生した際には、袋に付いている魔水晶を強く握れば、精霊の森周辺の警備隊にすぐ位置が伝わるらしく対応してくれるらしい。
やはり子供が参加する事も多いだけあって、その辺りの安全対策は多く施されているみたいだ。
「それじゃあ、アオイちゃん、ヒナちゃん。経験者からのアドバイスよ~たぶん森に入って少しすると、精霊が姿を現すと思うけど……精霊は凄く臆病だからね。急に近付いたりせず、精霊の方から近付いて来るのを待つ事。それさえ覚えておけば『二人』なら良い結果が出せるわ」
「「はい!」」
「あの……俺は?」
「カイトくんは……うん。適当に、思う通りにしてたら良いんじゃないかな?」
フィアさんが楠さんと柚木さんにアドバイスをしていたが……俺には無かった!? なんで!?
「ミヤマくん」
「何ですか? レイさん」
「『優勝賞品』の果実詰め合わせだが、新鮮な分味の劣化も早いからね。早目にマジックボックスにしまう事をお勧めするよ」
「……いや、別に俺優勝した訳じゃないんですけど……」
何の冗談かは知らないが、レイさんは俺が優勝する可能性が有るみたいな言い方をしてくる。
いや、いくら何でも本家の精霊魔導師には敵わないんじゃないかな?
「おや? ルナ、それは?」
「あちらで『優勝者予想の賭け』をしていまして、ミヤマ様に先月の給料を『オールイン』してきました」
「……私の分も買っておいてください」
「畏まりました」
「ちょっと……リリアさん? ルナマリアさん?」
ルナマリアさんがいつの間にか手に持っていた木札を見てリリアさんが尋ねると、何とルナマリアさんは収穫祭の賭けに参加してきたらしい。
いや別にそれは良いんだけど、何で俺に賭けてるの!?
「あ、ルナさん。私もお願いします」
「私も!」
「……」
「楠さんに柚木さんまで!? って、何ジークさんもおもむろにお金取り出してるんですか!?」
何でこんな事になったのか全く分からないが、皆して俺に賭け始める。
いやいや、いくら何でも無茶振りが過ぎる!?
拝啓、母さん、父さん――いよいよ収穫祭が始まって、俺も祭りに参加する訳なんだけど……なんでそうなったか分からないけど、リリアさん達に――優勝候補にされたんだけど!?
私もその場にいたら、快人に賭ける。




